別紙2

高柳粒子表面プロジェクト事後評価報告書

評価委員:
中岡一秀 (株)NKK 特別主席
仁科雄一郎 石巻専修大学理工学部 教授
藤田広志 近畿大学理工学総合研究所 教授
Flemming Besenbacher University of Aarhus, Professor
1. 研究の内容
 本プロジェクトでは、固体表面又は自由空間に、単独孤立した少数原子・分子の相対的な位置関係を電子顕微鏡とSTMにより解析し、それらの化学結合機構を質量分析法との組み合わせにより解明している。更に、量子力学的な低次元の原子間相互作用が、外場の影響下にあって、いかに化学安定性に変化を与えるか、またその結合構造の変化が、電気伝導度、発光スペクトルなどの特性に、どのような機能的効果をもたらすか、という疑問に解答を与えた。実験には粒子ビームの先端技術を駆使し、理論家の協力も得て、世界的に評価の高い成果を報告している。
2. 研究成果の状況
 総括責任者高柳氏は高分解能の電子顕微鏡による固体表面解析の専門家である。このプロジェクトは、高分解能電子顕微鏡と、飛行時間型質量分析装置を組み合わせ、両装置の同時運転による不安定粒子の解離、または結合過程の時間的変化を記録することに成功した。特に評価すべき成果を具体的に述べると次の通りである。
  2.1. 金のナノワイヤーの一次元結合状態の電子顕微鏡撮影とその量子的な電気伝導度の変化の測定
 金の極細線を張力によりナノメーター程度の直径に細めて行くと、一次元の鎖束が段階的に集束数を減少し、遂には一列に並ぶ原子4ケ程度の鎖となる。また、これに並行して、鎖の電気伝導度は、散乱損失効果の無視できる弾性伝導状態を反映するため、2e2/hのジャンプ幅で変化することが実証された。この成果は'98年の国際会議 (NANO‐V、英Birmingham市) で発表されたが、非常に大きな反響を呼び、聴講していた評価者のひとりも深い感銘を受けた。
2.2. シリコンクラスターの作製とその安定性のコンピュータシミュレーション
 レーザーアブレーションにより作製されたシリコンマイクロクラスターの安定性を質量分析により決定した。その解離・会合の過渡的過程にあって、クラスターの分子量を測定し、これに対応する分子構造を、コンピュータ計算により推定した。この実験の手法は、CCD空間分解分光法と、飛行時間型質量分析法を組み合わせた空間−時間分解の研究報告が既に発表されており、完全に独創的な方法とは言えないが、従来の発表内容に比べて、一段と精密化を伴う考察が加えられている点を評価したい。
  2.3. シリコンクラスターの粒径制御とスペクトルの測定
 前項の研究と並行して、レーザーアブレーションで作製されたシリコンのクラスタービームにアルゴンの粒子ビームが直交するように投射すると、シリコンビームの進行方向が、質量分析の測定原理によりその粒径に応じて、異なる偏向角度に分散しつつ進行する。その際、シリコン粒子からの発光スペクトルのピーク波長が、偏向方向、即ち粒径によって異なることを確かめた。しかもそのピーク波長位置は、粒径が小さくなるにつれて、量子サイズ効果によるブルーシフトを示すのに対し、粒径が3〜4ナノメーター近傍では、突然レッドシフトへの逆転を示した。多孔質シリコンの作製方法次第で可視波長のフォトルミネッセンスが観測されることは既に知られて4年以上の年月が経過しているが、その発光の機構は明白ではない。シリコンが発光体として利用出来るならば、応用上の意義は極めて重要である。今まで最も品質管理の行き届いた半導体の中で、シリコンに勝るものはまだ得られておらず、世界の固体電子工学における主要機能素子はシリコン製だからである。
2.4. 液体ヘリウム温度でのSTM操作によるシリコン表面上の量子箱の作製
 量子箱内の電子波をシリコン単結晶表面上に実現することは、液体ヘリウム温度 (4.2 K) 近傍でのSTMによる原子・分子操作能力を必要とする。この技術は全てのSTM実験研究者が熟達し得るとは限らぬ困難な実験であるが、この研究グループはアルミニウムの原子障壁による表面電子の量子箱を実現し、電子波の詳細を確かめた。この様な実験は、一般学生や、研究者にとって、量子力学の本質を理解するために、教育的な効果がある。又、表面の欠陥が、如何なる局所的電子状態を作り出すかについて直感的なイメージを与えるのに役立つ。
3. 研究成果の科学技術への貢献
 研究成果が基礎的な科学上の知見にもたらす学術的な貢献と、それが一般社会において利用される応用技術への貢献との二種類に分けて以下に考察する。
3.1. 基礎科学への貢献
 本プロジェクトの構成メンバーは大部分が大学院の博士課程修了後数年という若い研究者である。これを反映して、基礎的な分野で顕著な貢献が見られる。原子間結合距離の単位で解明された金原子鎖の結合と揺動の現象は、in-situでの動的解析が可能となったので、新物質の原子構造と輸送ならびに光学特性との因果関係を明らかにする上に、彼等の用いた手法が重用されることは間違いない。この成果は理工学のみならず、今後、生物学、特に遺伝子工学の発展にも影響を与えるものと期待される。
3.2. 科学技術への応用
 この問題の将来は簡単に予測出来ない。しかし電子顕微鏡と関連ビーム機器およびSTMは、その機能の組み合わせ次第で、思いもよらぬ物質機能の創製とその利用用途を拓くであろう。シリコン微粒子やセラミック粉体にも未開の分野が残されており、形状の精密化や化学反応条件の制御次第では、環境の変化に強い超高密度メモリー、高速・高感度センサーなど、一見平凡でも、利用度の高い応用素子の開発に結び着く可能性を秘めている。
4. その他の波及効果
4.1. 若手研究者の育成
 国の内外を問わず、優秀な若手研究者が必ずしも恵まれた研究環境にあるとは言えない。むしろ優れた成果は、苦境にある若手が良き指導者を得るときに生まれることが多い。ERATOの制度は、その発足以来、大学あるいは民間企業の研究室で各種の制約を受けがちな若手の研究者にたいして、より自由な発想に基づく研究の場を提供してきた。本プロジェクトも、主として博士課程終了後間もない人材を意欲ある若手研究者へと育てることに成功していることは特筆すべきである。
5. その他の特記事項
5.1. 異なる分野間の有機的な研究協力体制
 一見、全く関係の無い分野間の協力から斬新な独創的研究の生まれることが多く、このため最近では、異なる分野間の協力体制を強く意識したプロジェクトの構想が世界的傾向となっている。この研究形態は、新分野の創製をその理念とするERATOが従来から採用してきており、ERATOの先見性の証明といえる。このような研究体制は、既存の公募型研究では実行が難しく、ERATOに独自な特徴と言ってもよい。今後は、自分の分野における先端的研究を実行、指導できるだけでなく、「未知の分野への好奇心を持ち、柔軟な対応能力と実行力に富む」総括責任者を積極的に選定して、新分野の創製のための一層の努力を行って欲しい。
5. 2. 研究員のリクルート
 研究は「組織」でなく「人」であり、これもERATOが発足以来標榜してきたところである。昨今、国内のよい研究者が不足しがちな点が指摘されているが、修士課程あるいは博士課程を終了後まもなく海外に留学して力をつけている研究者も決して少なくはない。こうした人材をリクルートするためには、採用の時期、報酬、地位などを弾力的に実行することが不可欠である。ERATOには、このような弾力的な仕組みがあるので、総括責任者は、その仕組みをもっと積極的に利用して、海外から優秀な人材を必要に応じて適宜リクルートする努力を行って欲しい。
6. 結語
 以上に述べたように、海外および国内の評価委員は、全員が本プロジェクトの行ったTEM+STMの組み合わせ測定技術と質量分析結果、および一次元金属鎖の解析に非常に高い評価を与えた。
 残された問題はこの新しく得られた基礎的知見を、今後どのように活用して新しい学問分野の開拓、または、応用技術の育成に資するかにある。このため、研究期間を現在の5年間 (実質3.5年間) から数年の間延長するべきという考えもあるが、それはERATOが定めた規範を越えるものと言えよう。したがって、この問題への取り組みは、プロジェクトから生まれた成果を十分に評価してその中から将来特に重要となりそうな課題を選定して、総括責任者をアドバイザーとし、その課題を発展・展開できる適当な研究者を選定して、ERATOとは異なるプログラムにおいて継続研究を行えるような弾力的な仕組みを作ることが望まれる。例えば、本プロジェクトにおいては、2.1.から2.3. の内容の中から特に将来重要になると見込まれるものを継続させることが妥当と考える。

This page updated on May 12, 2000

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