海洋研究開発機構,名古屋工業大学,科学技術振興機構(JST)

令和元年7月23日

海洋研究開発機構
名古屋工業大学
科学技術振興機構(JST)

都市空間での詳細な熱中症リスク評価技術の開発に成功

~より安心・安全な行動選択に向けて~

ポイント

海洋研究開発機構(JAMSTEC) 付加価値情報創生部門 地球情報基盤センターの大西 領 グループリーダーと名古屋工業大学 先端医用物理・情報工学研究センターの平田 晃正 センター長/教授らの共同研究グループは、都市空間で実際に行動した場合の熱中症リスク評価技術を開発しました。

JAMSTECでは、大局的な地理情報のみならず、局所的な都市建物や樹木などの物理的作用を考慮可能な都市街区の暑熱環境予測シミュレーションモデルを開発してきました。一方、名古屋工業大学では、50を超える組織構成を考慮した詳細な人体モデルを対象とした大規模シミュレーションにより、発汗量、体温上昇を推定、熱中症のリスクを評価する技術を開発してきました。

今回、JAMSTECが実施した東京駅周辺を対象とした暑熱環境予測シミュレーションによって算出された5mメッシュの気象データ(気温、湿度、日射量、風速)を入力情報とし、名古屋工業大学の人体モデルシミュレーションを実施することにより、同じ通りを歩く場合であっても日なた側と日陰側の違いを考慮したリスク評価技術の開発に成功しました。

今後、熱中症リスクを定量的に、より詳しく知っていただくことで夏季の戸外イベントでのより安心・安全な環境の確保や人の誘導、都市街区開発段階における熱中症対策など人の健康配慮への応用が期待されます。

本共同研究は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業「超スマート社会の実現」領域、「自然と調和する自律制御社会のための気象情報インフラ構築」課題(研究開発代表者:大西 領)による取り組みです。

本共同研究でJAMSTECが用いた都市街区内の詳細熱環境を予測するシミュレーション技術の一部は、文部科学省の気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT)の中で開発されました。

<背景>

地球温暖化などの影響から、熱中症の患者数は増加の一途をたどり、日本だけではなく、アメリカやヨーロッパなどでも関心が寄せられています。特に、子供や高齢者は熱中症の高リスク群とされており、一層の注意が必要となります。

これまで、JAMSTEC 付加価値情報創生部門 地球情報基盤センターは、建物や樹木などの輻射や蒸散などの物理的作用を考慮した超高解像度気象シミュレーション法を開発し、都市街区の熱環境を明らかにするとともに、真夏の暑い日の風の流れ、気温、湿度などに及ぼす緑地の効果を定量的に解析する取り組みを行ってきました。これらの成果としては、例えば、「超高解像度数値シミュレーションにより東京湾臨海部の緑地の効果を解析~2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会を契機とした暑熱環境対策の検討に貢献~」(2016年3月31日既報)や、「最新スパコン技術を駆使して暑さから人々を守る! 熊谷スポーツ文化公園のヒートアイランド対策にスーパーコンピュータによる予測結果を活用」(2018年6月21日既報)などがあげられ、最新の数値シミュレーション技術が暑熱環境改善策を検討する上で強力なツールとなり得ることが実証されています。

また、名古屋工業大学の研究グループは、乳幼児や高齢者などの個人特性を考慮した熱中症リスク評価のための複合物理・人の生理応答を統合したシミュレーション技術を開発してきました。さらに、東北大学 サイバーサイエンスセンター、北見工業大学、日本気象協会との共同研究により、現実的な条件(例えば、アスファルト、運動場など)での熱中症リスク評価(2016年7月26日既報)や、外国人を対象とした熱中症のリスク評価に関する試算結果(2017年7月25日既報)についても報告してきました。研究成果の一部は、日本気象協会が推進する「熱中症ゼロへ」プロジェクトの一環で熱中症セルフチェック(https://www.netsuzero.jp/selfcheck)としてコンテンツ開発され、広く一般の方にも活用されています(2017年4月25日既報)。

これらの精緻な熱中症リスク評価計算技術と超高解像度気象シミュレーションによる気象の詳細な予測技術を融合することにより、地域や地点ごとに時々刻々と変化する熱中症リスクを推定できれば、より安全・安心な環境を創造する応用展開が期待されます。

<成果>

JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を活用し、JAMSTECで開発を進めてきた、樹木の物理的作用を考慮可能な大気海洋結合モデルMSSG注)を用いて、東京駅周辺領域(東京駅を中心とする2.0km×2.0km四方)に対し、解像度5mでの暑熱環境予測シミュレーションを行いました(図1)。今回のシミュレーションでは、2016年の既報に比べ、より現実に近いシミュレーション設定で気象予測を行うことが可能になりました。シミュレーションから算出された2015年8月7日14時頃の東京駅周辺部を想定した5mごとの気象データ(例えば、図2)を入力値とし、名古屋工業大学研究グループでは、熱中症リスクを評価するための大規模人体モデルシミュレーションを行いました。

具体的には、人が4km/hの歩行を23分間行うことを想定(図3)し、異なる歩行ルートごとに体温変化をそれぞれ推定しました。始めに、選択したルートを歩行した場合に、歩行者が受ける熱環境の時系列データを算出しました(図4)。そのデータを入力情報として、詳細な人体モデルシミュレーションを実施しました。それによって得られた発汗量と体温上昇(日なたと日陰における体温上昇の比較:図5)から熱中症リスク評価を行いました。成人の体温上昇は日なたにおいて0.39℃、日陰において0.22℃、子供の体温上昇は日なたにおいて0.48℃、日陰において0.28℃となりました。米国政府労働衛生専門家会議による職業環境における熱中症リスク管理では、1℃の体温上昇を作業中止基準としてあげていることから、今回の試算で得られた上昇値の差は小さくないといえます。このことから、日なた・日陰を考慮した熱中症リスク評価の有用性が確認されました(図6)。

<今後の展望>

本技術は、その地域や場所の気象特性を建造物や道路、樹木などの影響も考慮した上で予測し、さらに詳細な人体モデルによって個人単位の熱ストレスを定量評価しているため、戸外の各地点における個人に応じた熱中症リスクの評価が可能となります。今後、この技術の対象地域や期間を拡大することで、都市計画規模で各個人の熱中症リスク評価が可能となります。また、夏季イベントにおける熱中症リスク評価結果をもとにリスクを低減した計画・対策の立案、より丁寧な注意喚起が可能になるとともに、年代別や活動の負荷別に具体的かつピンポイントに行うことが可能となり、熱中症リスクを軽減した行動を提案するシステム構築などへの応用が期待されます。

また、本研究グループでは、将来を見据えて、気象シミュレーションと人工知能(AI)の技術を融合させることで、さらに高速かつ高解像度で多目的に用いることが可能な都市気象予測の実現を目指して研究を進めています。この研究が実用化されれば、本技術による熱中症リスク評価をほぼリアルタイムで行うことができるようになり、例えば、リスクの高い人々の優先避難誘導や、リスクの高い地域への救急部隊の優先配置などさまざまな最適化情報も合わせて提供することにより、猛暑の際の熱中症のさらなる被害低減への貢献が期待されます。

<参考図>

<用語解説>

注)MSSG(Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment)
地球全体、特定の地域、さらに特定の都市や街区など、さまざまなスケールの大気現象と海洋現象を予測することのできるマルチスケール大気海洋結合数値モデル。一般的な気象・海洋モデルでは、地球全体、特定の地域、都市スケールについて、それぞれに異なるモデルが使用されているが、MSSGでは、これらのスケールを単一の数値モデルで取り扱うことにより、異なるスケールの間の相互作用を再現することが可能。

<お問い合わせ先>

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