大阪大学,東北大学,理化学研究所,科学技術振興機構(JST)

令和元年5月16日

大阪大学
東北大学
理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

生物発光で複数マウスの脳活動を同時にライブ観察

~社会性行動をつかさどる脳機能や精神疾患研究分野での新たな展開に期待~

ポイント

私たちの脳では、神経細胞が回路を形成し、電気的な信号の伝搬を通じて認知・行動・記憶といった高次脳機能を実現します。それら脳機能を詳細に理解するために、従来は電極を用いた脳活動計測が行われてきました。しかしこの手法では、特に自由行動中の動物における脳活動を計測する際に、それぞれのマウスにケーブルを接続する必要があります。従って、例えば社会性行動注1)を行っている複数のマウスから同時計測を行おうとすると、ケーブルが絡まってしまうことなどが問題となり、研究が困難でした。

今回、大阪大学 産業科学研究所の永井 健治 教授、稲垣 成矩 日本学術振興会 特別研究員(当時)、揚妻 正和 科学技術振興機構 さきがけ研究員(当時)、東北大学の大原 慎也 助教、飯島 敏夫 名誉教授、理化学研究所 光量子工学研究センターの横田 秀夫 チームリーダーらの共同研究グループは、「生物発光膜電位センサー LOTUS-V注2)」を利用した新規脳活動計測法の開発に成功しました(図1)。LOTUS-Vが神経活動に応じてその発光色を変化させることを利用して、ミリ秒単位で変化する脳活動の計測ができます。生物発光を利用することで、夜にホタルの光を撮影するように、LOTUS-Vの色の変化を離れた場所からでも検出できます。このワイヤレスなライブ脳活動計測技術により、世界で初めて自由行動中の複数マウスからの同時計測が可能になりました(図2)。

そして、この計測法を用いて実際にマウスが他のマウスと接触する際の脳活動を観察したところ、一次視覚野注3)の神経活動が接触に応じて優位に上昇することを世界で初めて発見できました。これは今回開発された計測法が、未知の脳機能を発見する手段として有用であることを示唆しています。特に、これまで研究が困難であった、複数動物間のコミュニケーションなどの社会性行動をつかさどる脳機能の解明、そして関連する自閉症スペクトラムや対人恐怖症などの精神疾患の研究・治療への貢献が期待されます。

本研究成果は、2019年5月16日(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されます。

本研究は、文部科学省 新学術領域「少数性生物学」、科研費基盤A、科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業「先端計測分析技術・機器開発プログラム」(JPMJSN16A4)、日本学術振興会 Core-to-coreプログラム、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団の支援を得て行われました。

<研究の背景>

私たちの脳の中には、1000億個以上の神経細胞が存在し、それらが複雑なネットワークを形成しています。神経細胞同士は、互いに電気シグナルを介して情報の受け渡しを行っており、その正確な情報処理が、認知や行動をつかさどる脳機能の成立に重要です。モデル動物を用いた実験において、この電気的活動はこれまで電極や蛍光イメージングを用いて計測されてきましたが、計測のために電極・ファイバーを脳に挿入し、さらにケーブルをつないで記録装置へと接続する必要がありました。そのため、特に複数動物の同時計測においては、ケーブルが絡まってしまい計測そのものが行えないといった問題がありました。一方、特に社会性行動などの精神疾患関連の研究分野では、ケーブルによるストレスが問題視され、ケーブルを用いないワイヤレス計測手法の必要性が以前より議論されています。また複数動物におけるコミュニケーション時の脳活動同時計測はこれまで実現できておらず、重要な発見をもたらし得ると考えられます。

永井教授らの研究グループはこれまで、ホタルの光に代表される生物発光たんぱく質を用いたイメージング(生物発光イメージング)に着目し、研究を進めてきました。生物発光イメージングは、動物個体からの発光シグナルをワイヤレスに検出することが可能です。近年、遺伝子組み換え技術により生物発光たんぱく質を改変することで、生体内の現象を可視化することができるさまざまなたんぱく質センサーの開発が進められています。

<本研究の成果>

今回、大阪大学 産業科学研究所の永井 健治 教授、稲垣 成矩 日本学術振興会 特別研究員(当時)、揚妻 正和 科学技術振興機構 さきがけ研究員(当時)、東北大学の大原 慎也 助教、飯島 敏夫 名誉教授、理化学研究所 光量子工学研究センターの横田 秀夫 チームリーダーらの共同研究グループは、LOTUS-Vを用いて、自由行動中の動物の脳活動をワイヤレスに検出可能な新規脳活動計測法を開発しました。この計測法では、まずアデノ随伴ウイルス注4)を介してLOTUS-Vを脳内の観察したい領域の神経細胞にのみ導入しておきます。そして発光基質注5)を含む液を脳内に浸透させることによって、LOTUS-Vは平均で3時間(最長7時間)光を発するようになり、観察領域の電気的活動の変化に伴って、その発光色も変化します。原理的には、夜にホタルの光を撮影することと同じであり、動物の行動に伴う発光色の変化を、暗箱内の離れた場所に設置した通常の研究用CCDカメラにより計測することで、従来の計測手法よりも簡便に自由活動中のマウスから脳活動計測が行えます。ワイヤレスな観察であるため、ケーブルにより動物行動が制限されることも起こらず、複数動物同時の観察も可能であることを示すことができました。さらに、このLOTUS-Vを用いた観察では、発光「色」の変化を測定するため、従来の発光の強度を測定するような手法と比べて、動くサンプルからの正確な計測にも非常に有利であることが実際の観察データから証明できました。

以前にも発光によるマウスからのシグナルの検出に関する報告はありますが、このように正確でかつミリ秒単位でダイナミックに変化する脳活動の検出に成功したのは今回が世界初となります。そして実際に、共同研究グループはこの計測手法を用いることにより、マウスが互いに接触する際に一次視覚野と呼ばれる脳部位の神経活動が優位に上昇することを、世界で初めて発見しました。

今回、このワイヤレス脳活動計測法を用いることで、マウス接触時における新たな脳機能の発見につながりました。この結果は、今回開発された計測法が、今後も未知の脳機能を発見する手段として有用であることを示しています。そして、これまで研究が困難であった、複数動物間のコミュニケーションなどの社会性行動をつかさどる脳機能の解明、そして自閉症スペクトラム・対人恐怖症・注意欠陥多動性障害などといった関連する精神疾患の研究・治療などへの貢献が期待されます。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

人間が社会の中で生きていくためには、他人と絶えず関わり合う必要があります。しかしながら、他人と上手くコミュニケーションがとれない対人恐怖症や自閉症スペクトラムといった障害を抱えている人も多く存在します。ワイヤレス脳活動計測法は、動物の社会性行動をつかさどる脳機能を理解するために広く用いられ、社会性障害の発生メカニズムの解明や、治療薬の開発・スクリーニングが進むことが期待されます。

<研究者のコメント>

ワイヤレス計測法は、動物集団における個体の脳活動計測に優れています。集団の中で、それぞれの個体がどのように考え、行動するのか、その基となる脳機能はどのようなものなのか理解するために必要不可欠なツールになるものと考えております。

<参考図>

<用語解説>

注1)社会性行動
人や動物集団の中で、その集団に適応している行動。例えば、協力して仕事をする、困っている人を助ける、好きな人にアプローチをするなど。
注2)生物発光膜電位センサー LOTUS-V(Luminescent Optical Tool for Universal Sensing of Voltage)
細胞の電気シグナル(脱分極)に応答し、自身の発光色を水色から黄緑色へ変化させる(図1)。この色の変化を検出することで、細胞の電気シグナルを可視化することが可能。永井教授らの研究グループが世界に先駆けて開発した。
注3)一次視覚野
動物の視覚に関する情報を処理している脳領域。例えばパターン認識などに重要な役割を持つことが知られる。
注4)アデノ随伴ウイルス
外来遺伝子を個体の細胞に高効率に導入することが可能なツール。
注5)発光基質
生物発光は発光基質の酸化反応によって生じる。この酸化反応を触媒するものが生物発光たんぱく質。
注6)脱分極
細胞膜内外の電位差(膜電位)が減少すること。神経細胞の電気的な活性化。

<論文情報>

“Imaging local brain activity of multiple freely moving mice sharing the same environment”
10.1038/s41598-019-43897-x

<お問い合わせ先>

(英文)“New cable-free brain imaging method may take social neuroscience to the next level”

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