NTT,科学技術振興機構(JST)

平成31年4月16日

日本電信電話株式会社
科学技術振興機構(JST)

光変調器を超省エネ化し、高速高効率な光トランジスタを実現

~光電子融合型の超低消費エネルギー・高速信号処理へ前進~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:澤田 純、以下NTT)は、世界最小の消費エネルギーで動作する光変調器と光トランジスタを実現しました。

従来、光変調器や受光器のような光-電気変換デバイスは高い電気容量を持つため、消費エネルギーが高く、光と電子回路が緊密に連携した信号処理を行うことは困難でした。本研究グループは、フォトニック結晶と呼ばれるナノ構造技術を用いて、世界最小の電気容量を持つ光電変換素子の集積に成功しました。この技術により、世界最小の消費エネルギーで動作するナノ光変調器や、光入力信号を別の光へ変換・増幅出力させる「光トランジスタ」を実現しました。このようなナノスケール光電子集積によって、光による高度な信号処理技術をプロセッサチップの中へ導入することが可能となり、従来にない超低消費エネルギーで高速なコンピューティング基盤の実現が期待されます。

本研究成果は、2019年4月15日(英国時間)に英国科学誌「Nature Photonics」のオンライン版で公開されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) CREST「集積ナノフォトニクスによる超低レイテンシ光演算技術の研究(研究代表者:納富 雅也)」の支援を受けて行われました。

<研究の背景>

これまでCMOS(相補型金属酸化膜半導体)電子回路技術注1)によるコンピューティング基盤は、ムーアの法則注2)に沿って高性能化が進んできましたが、微細加工や集積密度の制約により電子回路による処理は速度と消費エネルギーの面で限界が近づいています。そのため、光技術を従来のような長距離信号伝送だけでなく、電子回路と連携したプロセッサチップ内の信号処理部にも導入し、光電子融合による新しいコンピューティング基盤を実現することが期待されています(図1)。

このようなコンピューティング基盤を実現するため、レーザー光源や光変調器のような電気-光変換(E-O変換)や、受光器のような光-電気変換(O-E変換)を小型化・省エネ化することが必要です。また、光信号を非線形的に制御・変換できる素子が実現できれば、電子回路技術を超える高速な光信号処理が可能となります。そのため、E-O変換とO-E変換を組み合わせたO-E-O変換のような光非線形素子がこれまで研究されてきました。しかし、通常は非線形効果を起こすために強い光入力が必要なため、このような光非線形素子を小型化・省エネ化することは困難でした。

歴史的には、O-E-O変換素子をはじめとするプロセッサ向けの光電集積素子は20年以上前から研究されてきましたが、素子のサイズや消費エネルギーが大きく、また動作速度も1GHzに満たなかったため、実用技術として確立されませんでした。根幹の原因は、E-O/O-E変換素子の電気容量(キャパシタンス)注3)が100フェムトファラド(fF)以上と大きいために、電気容量に比例する高い消費エネルギーが必要であり、またRC時定数注4)によって電気容量に反比例して動作速度が遅くなっていたことです。これらの課題を解決するためには、光電子集積の電気容量を抜本的に小さくする必要があります。本研究グループはこれまで、フォトニック結晶注5)と呼ばれる半導体ナノ構造を用いてさまざまな超小型光制御素子の研究を進めてきましたが、最近、この技術を用いることにより、極めて低容量の光電子集積が可能であることを見いだし、今回の成果を達成しました。

<研究の成果>

本研究グループは、フォトニック結晶によるナノスケール光技術を用いて、電気容量が極めて小さく消費エネルギーが極めて低いナノ光変調器(E-O変換)と、これをナノ受光器(O-E変換)と集積させることでO-E-O変換型の光トランジスタを実現しました。本成果のポイントを下記に説明します。

(1)世界最小動作エネルギーを持つナノ光変調器の実現

フォトニック結晶による微小な光ナノ共振器注6)を用いて、超小型のナノ光変調器を作製しました(図2左)。40Gbit/sの高速な電圧信号入力に追従する明確な光変調出力が観測され、このときの消費エネルギーは、現存するさまざまな材料や構造の光変調器の中でも最小(1ビットあたり42アトジュール)であることを確認しました(図2右)。

(2)超低容量のO-E-O変換素子の実現

同一のフォトニック結晶上にナノ光変調器とナノ受光器を形成し、近接集積することで、超小型のO-E-O変換素子を作製しました(図3左)。動作実験では、ナノ受光器に入力された10Gbit/sの高速な光信号がまず電流となり、さらに負荷抵抗を介して電圧信号へと変換されます。この電圧信号をナノ光変調器に与えることで、別波長の光に信号波形を転写することができます(図3右)。これにより、光非線形動作注7)の1つである、光信号の波長変換動作を実現しました。このとき必要な光制御エネルギーは1ビットあたりわずか1.6フェムトジュールであり、従来のO-E-O変換素子に比べて2桁以上の低減を達成しました(図4上)。また、動作速度とRC時定数の対応から、この集積による電気容量がわずか2fFであることを確認しました(図4下)。これは世界で初めてfFレベルの光電子集積に成功した成果です。

(3)信号利得を持つ省エネの光トランジスタ注8)動作の実現

上記の光波長変換動作では、制御光の入力強度よりも被制御光の出力強度を2倍以上高めることができました(図5)。これは光信号の入出力において信号利得が得られたことを意味し、「光トランジスタ」に相当する動作を実現したことになります。従来のO-E-O変換素子では、このような動作における小型化・省エネ化は困難でした(図6)。また、利得があることで、この光トランジスタを多段に接続することも可能となり、将来的に高密度な集積による光信号処理が期待されます。

<今後の展開>

今回実証されたナノ光変調器およびO-E-O変換型の光トランジスタは、従来の技術に比べて圧倒的に小型で低消費エネルギーであることから、従来「信号伝送」に留まっていた光技術を「信号処理」にまで適用できることが期待できます。例えば、E-O変換/O-E変換を低消費電力化したことで、多数のCMOSチップ内でコア間を光で緊密に接続するネットワーク処理を劇的に省エネ化することが可能となります。また、小型で信号利得を持つ光トランジスタが実現されたことで、電子回路技術だけでは難しい高速な光信号処理を行うことが可能となり、新しい光電融合型のプロセッサチップの実現が期待できます(図1)。

近い将来、サイバーフィジカルシステム(CPS)と呼ばれるような、IoTなどの現実空間からのデータ情報とサイバー空間を介在し、リアルタイムで分析やフィードバック処理を行うシステムが必要と考えられています。現在のCMOSテクノロジーのように並列処理に依存するだけでは高度なリアルタイム処理は難しく、今回実現されたような光電子集積技術をプロセッサチップ内で駆使し、低遅延で低消費エネルギーの情報処理を実現する必要があります。NTTでは、本成果である低容量の光電融合技術を活用して、このような次世代の情報処理基盤の構築を目指します。

<技術のポイント>

(1)フォトニック結晶光ナノ共振器による電気光学変調器

極めて小型の電気光学変調器を実現するため、InP半導体にフォトニック結晶光ナノ共振器を作製しました。フォトニック結晶の穴配列から3つだけ穴を除去すると、長さが1.3μm程度の小型のナノ共振器が形成されます(図2左)。また、埋め込みヘテロ技術注9)を用いて、光非線形材料であるInGaAsP材料を精密にナノ共振器中に埋め込みました。これらの微細加工技術は他機関にはなく、NTTが保有する優位な技術です。pn接合を介して電圧信号を印加すると、フランツケルディッシュ効果注10)が起き、ナノ共振器中で屈折率と光吸収率が変化するため、入射した光の強度を変調できます。これにより、40Gbit/sの高速な光変調動作が観測されました。このときの動作エネルギーは、素子の電気容量への充放電にかかるエネルギーが支配的です。素子の電気容量が0.6fFと極めて小さいことと、必要な電圧信号が0.5Vと低いことで、わずか42aJ/bitに抑えることができました(図2右)。

(2)ナノ受光器とナノ光変調器の近接集積によるO-E-O変換素子

上記の埋め込みヘテロ技術によって、ナノ光変調器(E-O変換)とは異なる材料であるInGaAs吸収層をナノ受光器(O-E変換)を形成するために埋め込みました。これにより、ナノ光変調器をナノ受光器と近接させて集積し、O-E-O変換素子を作製しました(図3)。完成したO-E-O変換素子の面積は約10×15μm、電気容量は約2fFであり、いずれも従来のO-E-O変換素子に比べて1/100以下です。

動作実験では、10Gbit/sの高速な光信号をナノ受光器に入力し、生成された電流は負荷抵抗で電圧信号として変換された後、これをナノ光変調器に与えることで別波長の光信号として出力されます(光波長変換動作)。一般的に、このような高速な光非線形動作を得るために、光信号を電圧信号に変換する際に電気増幅器を用いることが多いですが、本素子では高い負荷抵抗(24kΩ)のみで高い電圧信号を生成できるため、そのような増幅器が不要で強い省エネ効果があります。このような高い負荷抵抗を接続しても、素子の電気容量が小さいためにRC時定数を低く抑えられました。結果として、10Gbit/sの高速動作が得られ、また、動作に必要な光制御エネルギーが1ビットあたり1.6フェムトジュールまで低減できました。

<参考図>

<用語解説>

注1)CMOS(相補型金属酸化膜半導体)電子回路技術
CMOSは電圧を印加することで論理演算動作を可能にする半導体素子構造の1つで、これを基本とした電子回路の大規模集積技術である。消費電力が少なく、製造コストが安いなどの利点から、コンピューター内のマイクロプロセッサの多くに採用されている。ムーアの法則に沿って微細化と高密度集積化が進んできたが、半導体加工における物理的制約や、消費電力の下げ止まりによって、限界が見えつつある。
注2)ムーアの法則
半導体の集積密度が18~24ヵ月ごとに倍増し、性能が向上するという経験則。
注3)電気容量(キャパシタンス)
金属などの導体において、どれだけ電荷が蓄えられるかを表す量を指す。光電変換素子の多くは半導体pin接合や金属電極を含むため一定の電気容量(C)を持つ。素子の動作に必要な電圧(V)を発生させるためには、Q=CVに相当する電荷(電気的なエネルギーに相当する)が必要であるため、電気容量Cを低減させることは消費エネルギーの低減につながる。
注4)RC時定数
電気回路などで、入力信号の変化に対する出力の応答時間の目安となる定数を時定数と呼ぶ。特にRC回路においては、電流を流し始めてから定常電流に至るまでの応答時間が、抵抗Rと電気容量Cの積(RC)によって決まり、RC時定数と呼ばれる。
注5)フォトニック結晶

屈折率が光の波長と同程度の長さで周期的に変調された構造のことを指し、通常ナノ加工技術で半導体を微細加工することによって作製される。フォトニック結晶は、特定の波長において光の絶縁体として機能するため、通常の物質では不可能な強い光閉じ込めが可能となる。

注6)光ナノ共振器
光共振器とは、特定の波長の光を空間的に閉じ込める構造。光は常に伝搬しているため、小さな光共振器であるほど外部に放射されやすい。そのため、長時間光を閉じ込める小型の光共振器を作製することは一般に難しい。従来、波長の10~100倍程度の小型共振器は光マイクロ共振器と呼ばれていたが、フォトニック結晶技術によって、閉じ込め体積が1立方ミクロン以下となる光ナノ共振器が作製可能となった。
注7)光非線形動作
半導体などの材料や構造に対して一定の強度を持つ光を入射させることで、材料の光吸収や屈折率が変化し、光の出力強度や位相が非線形的に変調される。複数の光信号を組み合わせることで、光-光スイッチング動作や光波長変換動作などさまざまな光制御が可能となる。
注8)光トランジスタ
光非線形動作が可能であり、かつ信号利得を持つ光入出力型のデバイス。本成果の場合、光三端子型の構成になっており、受光器への光入力、光変調器への光入力と光出力がそれぞれ電気トランジスタにおけるゲート、ソース、ドレインの役割に相当することから、光トランジスタと呼んでいる。小型化、省エネ化させることで、情報処理回路において光信号制御を行う非線形素子として用いられることが期待されている。
注9)埋め込みヘテロ技術
半導体の基板材料に対して、異なる組成の半導体を精密に埋め込むための加工技術。例えば、使用する光信号の波長に対して透明な材料と非透明な(吸収する)材料を任意の箇所に形成できるため、異なる機能を持つ光素子を同一基板上で作製することが可能となる。
注10)フランツケルディッシュ効果
半導体に高い電界が印加されることで、元々の半導体のバンドギャップが実効的に狭められ、光吸収端が長波長側にずれる効果。この効果によって光の吸収率や屈折率が変化するため、入射した光の強度や位相を変調できる。光共振器の場合は、共振スペクトルの波長シフトやピーク値の変化として現れ、光変調動作が得られる。

<論文タイトル>

“Femtofarad optoelectronic integration demonstrating energy-saving signal conversion and nonlinear functions”
DOI:10.1038/s41566-019-0397-3

<お問い合わせ先>

(英文)“Realization of an ultra-energy-saving electro-optic modulator and highly-efficient optical transistor”

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