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平成30年7月26日

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

世界初、思うだけで操れる3本目の腕

~同時にいろいろこなせる人になる訓練用としても期待~

ポイント

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の研究プログラム「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」(プログラム・マネージャー:山川 義徳)の一環として、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 石黒浩特別研究所の西尾 修一 主幹研究員らのグループは、人が両腕を使いつつ、並行して脳でロボットアームを操作する手法を世界で初めて実現しました。

思うだけで機器を操作できるブレイン・マシン・インターフェース(以下、BMI)注1)には多くの期待が寄せられています。しかし、現状の技術では性能が極めて限定的で、また使用者が身体を静止して強く集中することが必要なため、用途が障がい者用などに限られ、技術の汎用化が課題となっていました。

本研究では、人が両腕を使いつつ、BMIを介して脳でロボットアームを操作する実験を行い、高い成功率で操作が可能であることを実証しました。BMI技術の用途拡大に向けた第一歩と考えられます。また本技術は、人のマルチタスク能力など認知能力の解明と向上にも役立つと考えられ、研究の進展が期待されます。

本研究成果は、2018年7月25日午後2時(米国東部夏時間)発行の米国科学誌「Science Robotics」に掲載されます。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー 山川 義徳
研究開発プログラム 脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現
研究開発課題 アンドロイドフィードバック
研究開発責任者 西尾 修一
研究期間 平成26年度~平成30年度

本研究開発課題では、アンドロイドから人が受けるフィードバック効果を検証するとともに、この効果による人の能力の向上を目指しています。

<山川 義徳 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACTプログラム「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」では、脳情報の可視化と制御の技術開発を進め、健康な脳をいつまでも維持できる社会を実現することを目指しています。

西尾主幹研究員が牽引するプロジェクトは、脳情報とアンドロイド・ロボット注2)(以下、アンドロイド)を組み合わせることで、人の持つ能力を拡大しようとするものです。今回の成果は、BMIにより、人の身体能力を技術的に拡大できる可能性を示しました。これは、人の身体・認知機能を維持・強化する仕組みの解明の糸口でもあり、科学的な発見にとどまらず、新たな脳情報サービス創出への大きな一歩を踏み出せたと考えています。

<研究の背景と経緯>

ImPACT山川プログラムでは、脳の健康に関する科学研究と産業界の相乗効果による、世界に先駆けた新産業創出を目指しています。その一環として、アンドロイドが人の脳に及ぼす効果の検証と、この効果を用いて人の脳を効率的に制御する方法を探索してきました。

これまでの研究から、BMIを介して人の脳がアンドロイドを操作する際、フィードバックの与え方を工夫することで、操作者の脳活動パターンをBMIの性能を引き上げる方向に変化させられること参考文献1)が分かっていました。本研究開発プログラムではさらに研究を進め、この効果が通常のロボットよりもアンドロイドを操作した場合に長く続くこと参考文献2)、アンドロイドをBMI操作すると、体で操作した場合と比べ、アンドロイドへの適応力が高くなる(アンドロイドとの一体感が高まる)参考文献3)など、アンドロイドをBMIで操作することで、人に強い作用を及ぼしうることが分かってきました。

しかし現状の技術ではBMIの性能は限定的で、またBMI操作の際に使用者が静止し、強く集中する必要があることから、用途が障がい者用などに限られていました。健常者にとっては、リモコンや人の手足などで動かして操作する従来手段と比べて、BMIを使うメリットがありませんでした。

<研究の内容>

今回本研究グループは、脳波によるBMIでロボットアームを操作する実験を行いました(実験参加者15名)。実験で使用したロボットアームは、アンドロイドの腕で、人の腕のような見た目のものです(図1)。このロボットアームを実験参加者の左横に設置し、肩からもう1本腕が出ているようにしています。実験では、参加者は両手で板を持ち、板の上に置かれたボールが、板に描かれた4つの図形の上を順に回るよう、板を動かし続けました。実験参加者はこの間、実験者がペットボトルを差し出した時、ロボットアームでペットボトルをつかむよう指示されました(図2)。ここで、ペットボトルが差し出されたときにロボットアームでペットボトルを握ることができ、またペットボトルが引き戻されたときにロボットアームを下ろすことができれば成功とみなし、それ以外の場合を失敗としました。

実験の結果、実験参加者がうまく操作できる群(8名)とうまく操作できない群(7名)とに分かれること、またうまく操作できる群では、平均85%の成功率が得られることが分かりました(図3)。

BMIによりロボットを操作する場合、通常「右手を動かす」、「左手を動かす」といった運動のイメージを想起し、その脳活動を測定・区別することでロボットの操作を行います。しかし今回の実験のように、人が本来持っていない、3本目の腕の動作をイメージすることは困難です。また両腕を使っている最中に、異なる動作を想起することが難しいだけでなく、両腕を動かすことに伴う脳活動との区別も困難です。そのため今回の実験では、運動イメージの想起ではなく、「差し出されたペットボトルをつかむ」という意図を持ってもらい、これを検出する新しいBMI手法を開発しました。また今回の実験では、身体から出ているようにロボットアームを設置するとともに、ロボットアームとして見た目が人に類似したアンドロイドの腕を用いました。研究グループがこれまでに得た知見から、このようなロボットアームの配置や見た目も、操作性の向上に寄与したと考えられます。

<今後の展開>

今回の実験では1種類の操作意図(ペットボトルをつかむ)しか扱いませんでしたが、今後の研究の進展により、さまざまな意図を区別して制御できる可能性があります。またアンドロイドの腕を動かす練習をすることで、アンドロイドに限らず、多様な機器を制御できる可能性があります。将来、自分の身体動作と同時に、さまざまな機器を自由に操作できるインターフェースを実現できれば、これまで人間には不可能と思われていた動作も実現できる可能性があります。

また今回の実験では、うまく操作できる人と、できない人とが明確に分かれることが分かりました。これは注意をうまく分散する能力、マルチタスク能力に関わっていると考えられますが、アンドロイドの腕をBMIで動かす訓練をすることで、人のマルチタスク能力を全般的に向上できる可能性が考えられます。自動車の運転や歩きながら話すなど、日常生活ではマルチタスクが必要な行為が数多く見られますが、このような能力は老化や認知症により減衰することが知られています。今後、アンドロイドのBMI制御からのフィードバックの性質と、これを効果的に強化する手法の探索をさらに進めることで、脳の活性化・健康維持に寄与する応用に向けた研究を進めていきます。

<参考図>

図1 ロボットアーム

図1 ロボットアーム

図2 実験の様子

図2 実験の様子

https://youtu.be/LE98L-1pJFA

図3 実験の結果

図3 実験の結果

<用語解説>

注1)ブレイン・マシン・インターフェース(BMI:Brain Machine Interface)
脳の活動状態を読み取ったり脳へ刺激を加えたりすることで、脳と機械システムとの情報伝達や制御を仲介する装置を一般に指します。ここでは、脳波を計測して操作者が意図する運動を推定し、アンドロイドに対して動作指令を送る装置を指します。
注2)アンドロイド・ロボット
外観が人に酷似したロボット。

<論文情報>

タイトル BMI Control of a Third Arm for Multi-Tasking
(BMIによる三本目の腕のマルチタスク制御)
著者名 Christian I. Penaloza & Shuichi Nishio
DOI 10.1126/scirobotics.aat1228

<参考文献>

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 企画・広報チーム
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel:0774-95-1176
E-mail:

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
E-mail:

<報道担当>

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科学技術振興機構 広報課
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