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平成30年1月19日

大阪大学
科学技術振興機構(JST)
京都大学
慶應義塾大学
国立遺伝学研究所

細胞分裂期の染色体凝縮はマグネシウムイオンの増加によって起こる

~生細胞イメージングにより新たなメカニズムを検証~

ポイント

細胞が分裂する際、ヒトでは全長2メートルにもおよぶゲノムDNA注1)からコンパクトに凝縮した「染色体」と呼ばれるDNAの束が作られ、2つの細胞に正確に分配されていきます。半世紀以上前、細胞に大量に存在するマグネシウムイオン(Mg2+注2)がゲノムDNA凝縮の鍵となりうることが提唱されたことがありましたが、当時は細胞内Mg2+濃度を測定する手段が無かったため証明されぬまま忘れられていました。

国立遺伝学研究所の前島 一博 教授、大阪大学の永井 健治 教授、慶應義塾大学の岡 浩太郎 教授、京都大学の今村 博臣 准教授らの共同研究グループは、蛍光タンパク質技術を駆使してMg2+濃度の変化を高感度で感知できる蛍光センサーMARIOを開発し、生細胞内のMg2+濃度を蛍光イメージングにより可視化することに成功しました。そして細胞分裂の際にMg2+濃度が一過的に上昇することを示すとともに、負の電気を帯びているDNA同士の反発を弱め、染色体の凝縮を促進していることを明らかにしました(図1)。本研究によって、実際にMg2+が細胞のなかで染色体の凝縮に関わっていることが初めて証明されました。

染色体の形成の失敗はゲノムDNAの損傷を引き起こし、細胞に「死」や「がん化」などのさまざまな異常、さらには疾病をもたらすと考えられています。また細胞のなかに多量に存在するMg2+は多くのタンパク質の働きを助けており、欠乏するとさまざまな細胞異常が現れることが知られています。今回の蛍光センサー開発と生物学的知見の発見は、このような細胞の異常が起こる仕組みの解明につながると期待されます。

また、本研究は文部科学省科学研究費・新学術領域「少数性生物学」(領域代表:大阪大学 永井 健治 教授)、科学研究費(16H04746)、日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の支援を受けました。

本研究成果は、2018年1月19日(金)午前2時(日本時間)に「Current Biology」に掲載されます。

本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)(JPMJCR15G2,JPMJCR15N3)の支援を受けました。

<研究の背景>

私たちの体は約40兆個の細胞からできていて、その1個1個に全長約2メートルにも達するゲノムDNAが収められています。ゲノムDNAは、細胞が分裂する際に切れたり、絡まったりするのを防ぐために凝縮し、染色体と呼ばれる46本のDNAの束になります(図1)。近年、コンデンシン注3)などの染色体を形作るタンパク質が同定され、染色体レベルでの凝縮メカニズムが明らかにされてきました。

DNAは直径2ナノメートル注4)のとても細い糸で、負(マイナス)の電荷を持っています。DNAは正(プラス)の電荷を有するヒストンと呼ばれる糸巻きに巻かれて、直径約11ナノメートルのヌクレオソーム線維を作ります。しかしながらヌクレオソームには負の電荷が残っていて、互いに反発するため、細胞などの小さな空間に折り畳むことができません(図2)。そこで、細胞内に多量に存在するMg2+がヌクレオソームの負電荷を中和して反発を弱め、染色体の凝縮を引き起こすのではないかと半世紀以上前から予想されていました。しかしながら、細胞内に単独で存在しているMg2+の変化を測定する手法がなかったため、本当にMg2+が染色体凝縮に働いているのかは長い間謎のままでした。

<研究の成果>

本研究では、まず大腸菌が有するMg2+輸送タンパク質(CorA)のMg2+結合ドメインに2種類の蛍光タンパク質を組み合わせることによって、単独で存在しているMg2+の変化を調べることができる高感度Mg2+センサーMARIO(MAgnesium Ratiometric Indicator for Optical imaging)を開発しました(図3)。従来も蛍光Mg2+センサーが開発されていましたが、細胞内のMg2+の濃度を計測するには結合力が強すぎ、かつMg2+が結合した時の蛍光シグナルの変化が微少なため、細胞内のMg2+の変化を検出できませんでした。一方、MARIOはMg2+の結合によりその蛍光色が青から黄緑に大きく変化し、かつ細胞内のMg2+濃度(mMレンジ)に合わせた結合力に調律されました。このMARIOの遺伝子を生細胞内に導入してセンサータンパク質を産生させ蛍光顕微鏡で観察することにより、細胞が分裂する際にMg2+濃度が上昇することを発見しました(図1)。一方で、もう1つの細胞内の重要なイオンであるカルシウムイオン(Ca2+)の濃度を研究グループが以前開発したCa2+の変化を調べることができる蛍光センサーYC3.60で調べたところ、ほとんど変化しませんでした。

それではこの増加したMg2+はどこからやってきたのでしょうか?細胞内のMg2+の多くはATP注5)やタンパク質と結合していることが知られています。そこで細胞内のATP量の変化を調べてみると、細胞が分裂する際に濃度が減少していました。細胞分裂を進めるために、エネルギーを貯蔵しているATPが多く消費されるからです。その際にATPに結合していたMg2+が放出され、Mg2+濃度が上昇し、染色体の凝縮が促進されると考えられます(図1)。実際に、ATP量を減らすとMg2+濃度が上昇し、染色体はさらに凝縮を起こしました。逆にMg2+濃度を低下させると、染色体は脱凝縮(ゆるむ)しました。Mg2+は反発するヌクレオソームの電荷を弱め、ヌクレオソームを互いに近づけて、染色体凝縮を促進していると考えられます(図2)。本成果は、ゲノムDNAの「新たな凝縮メカニズム」を提唱するものです。

<今後の展開>

細胞分裂の際に染色体が正常に作られないと、遺伝情報が均等に受け継がれなくなり、遺伝情報の発現異常が起こります。また、DNAが損傷することによって細胞死やがん化などのさまざまな異常が起こると考えられています。さらに、Mg2+は細胞内に多量に存在して多くのタンパク質の働きを助けており、欠乏するとさまざまな細胞異常が現れることが知られています。本研究で得られたゲノムDNAが凝縮する仕組みや、蛍光Mg2+センサーMARIOの利用により、細胞機能の破綻によって引き起こされる関連疾病の理解が進むことが期待されます。

<参考図>

図1

図1

細胞が分裂する際にMg2+が増加し、染色体の凝縮が促進される。ATPの減少によりMg-ATPから遊離したMg2+が供給される。

図2

図2

DNAがヒストンに巻かれたヌクレオソームの線維は負電荷を持つため、反発して伸びている(左)。Mg2+が増えてくると負電荷が中和され、反発が抑えられることによりヌクレオソーム同士が結合し、染色体の凝縮が進む(右)。

図3

図3

新しい蛍光Mg2+センサーMARIOの検出原理 青色と黄色の2種類の蛍光タンパク質が、検出タンパク質(肌色)でつながれている。Mg2+が検出タンパク質に結合すると、2種類の蛍光タンパク質が引き寄せられ、FRET注6)と呼ばれるエネルギーの移動が起こり、紫の光を照射したときに放射される蛍光の色が青から黄にシフトする。

<用語解説>

注1)DNA(デオキシリボ核酸)
DNAは、生命の設計図であり、2本のごく細い鎖が、同じ軸を中心にらせんを巻いた構造をしている。2本の鎖の外側は負(マイナス)に帯電したリン酸で、その内側に遺伝暗号となる「塩基対のはしご」がかけられている。二重らせんの直径は約2ナノメートルで、DNAを伸ばすと、ヒトで全長は2メートルにおよぶ。
注2)マグネシウムイオン(Mg2+
カルシウムイオン(Ca2+)と同様に生体に必須な二価の陽(プラス)イオン。細胞内のATPや多くのタンパク質と結合し、それらの働きを助けている。欠乏する細胞にさまざまな異常が現れることが知られている。また、本研究で明らかになったように、正の電荷を持つため、ゲノムDNAのマイナス電荷を打ち消し、染色体凝縮を助けることができる。
注3)コンデンシン
染色体形成に必須とされている5つのタンパク質よりなる複合体。染色体中に軸のように存在する。現 理研主任研究員 平野 達也らのグループによって1997年に発見された。
注4)ナノメートル
1メートルの10の9乗分の1(10-9)。
注5)ATP(アデノシン三リン酸)
生体の「エネルギー通貨」と言われ、細胞内のさまざまな営みのエネルギー源となっている。細胞の中ではMg2+と結合しATP-Mgとして存在している。本研究により、細胞分裂の際、ATPが消費されるとMg2+が放出され、Mg2+濃度の増加につながることが明らかになった。
注6)FRET(Förster resonance energy transfer、フレット)
近接した2個の蛍光タンパク質(図3)の間で励起エネルギーが光の放出を伴わずに移動する現象。図3では、青色蛍光タンパク質(供与体)で吸収された光のエネルギーによってもう一方の黄色蛍光タンパク質(受容体)にエネルギーが移動し、蛍光が放出される。図3のMARIO内の検出タンパク質部分にMg2+が結合すると、2種類の蛍光タンパク質が近くに引き寄せられてFRET現象が起こる。

<論文情報>

タイトル A transient rise in free Mg2+ ions released from ATP-Mg hydrolysis contributes to mitotic chromosome condensation.
(ATP-Mgの加水分解によってリリースされたフリーのMg2+の一過的な増加が染色体凝縮に貢献する。)
著者名 Kazuhiro Maeshima, Tomoki Matsuda, Yutaka Shindo, Hiromi Imamura, Sachiko Tamura, Ryosuke Imai, Syoji Kawakami, Ryosuke Nagashima, Tomoyoshi Soga, Hiroyuki Noji, Kotaro Oka, Takeharu Nagai
掲載誌 Current Biology
doi 10.1016/j.cub.2017.12.035
論文URL https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982217316688

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

前島 一博(マエシマ カズヒロ)
国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター 生体高分子研究室 教授
Tel:055-981-6864
E-mail:

永井 健治(ナガイ タケハル)
大阪大学 産業科学研究所 生体分子機能科学研究分野 教授
Tel:06-6879-8480
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3531 FAX:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

清野 浩明(セイノ ヒロアキ)
国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室
Tel:055-981-6745/(広報)5873
E-mail:

大阪大学 産業科学研究所 広報室
Tel / Fax:06-6879-8524
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Magnesium makes chromosomes”(外部サイト)