JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成29年11月28日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

キラル筒状分子の右手と左手

~二重らせん型集積と有機分子での最強円偏光発光~

ポイント

東京大学 大学院理学系研究科の磯部 寛之 教授(JST ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括)の共同研究グループは、炭素と水素からなる筒状分子のキラリティ注1)(右手性と左手性)が、その分子の集積構造や光物性という興味深い特徴を決定づけることを明らかにしました。共同研究グループは、まず、筒状分子が二重のらせん階段状に組み上がることを見いだしました。そして、この二重らせんが形づくられる際、筒状分子の右手性・左手性が、らせん階段の左巻き・右巻きを決定していることを見つけました。二重らせんのような高次な集積構造は、核酸分子やたんぱく分子などにおいて自然界ではよく見られるものですが、炭素と水素のみからできている分子(炭化水素)では見つかったことがありません。本来、炭化水素分子間の相互作用は非常に弱いのですが、筒状分子では「筒状」という独特な構造が二重らせん形成を促したものと考えられます。さらに共同研究グループは、筒状分子が溶液中において有機分子として最も強い円偏光注2)発光を示すことを見いだしました。これは、有機分子で実現可能な円偏光発光の非対称要素(g値)注3)を、半世紀ぶりに大幅に塗り替えるものです。本研究で用いた筒状分子は、単層カーボンナノチューブ注4)の部分構造をもつ分子であり、有限の長さをもつ単層カーボンナノチューブ分子が将来、光学材料などの有用な分子材料となることを予見させる成果となります。

今回の研究成果は、東京大学の磯部グループ、東京理科大学の古海 誓一 准教授、物質・材料研究機構の竹内 正之 グループリーダーの共同研究によりもたらされたものです。

研究成果は、国際学術雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS; Proceedings of National Academy of Science U.S.A.)に2017年11月27日の週に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「磯部縮退π集積プロジェクト」および科学研究費助成事業の一環として進められました。

<発表内容>

単層カーボンナノチューブは、「筒状構造」という極めて特徴的な構造をもつ物質として知られています。特に最近、カーボンナノチューブの「剛直で筒状」という構造を分子で模す研究が注目されています。単層カーボンナノチューブの「分子」としての特徴を明らかにし、新物質・新材料の展開が可能となると期待されるためです。磯部グループでは2011年、初めて「剛直で筒状」という構造を分子で実現し、キラリティをもつ筒状分子を登場させました(図1)。この筒状分子は炭素と水素の極めて簡素な元素構成からなる分子です。今回の研究では、この「筒状分子のキラリティ」が、独特な物性を決定づける重要な要素であることが明らかとなりました。

最初に研究グループは、筒状分子が結晶固体中、二重のらせん階段状に積み重なる(集積する)ことを見つけました(図2)。二重らせんという高次な集積構造は、自然界では核酸分子やたんぱく分子などでよく見られますが、炭素と水素のみからできている分子(炭化水素)では見つかったことがありません。これは分子間の相互作用が弱く、さらに方向性がないためです。今回の発見は、弱い分子間相互作用でも、「筒状」という独特な構造を付与することで高次集積構造が実現できることを示したものです。研究グループではさらに、らせんの巻き方(右巻き・左巻き)が筒状分子のキラリティにより決定されていることを見いだしました(図2)。分子上のキラリティが、ナノサイズの集積体に伝播することを示す発見です。

次に研究グループは、筒状分子の溶液中での光物性を探るなか、材料として応用可能な興味深い物性である「円偏光発光」において史上最強の偏光発光を見いだしました。円偏光発光は、3Dディスプレイなどの要素として注目される光物性ですが、高い強度を実現するためにはこれまで金属を活用することが必須であると考えられていました。特に近年、さまざまな分子設計が試みられ、金属を含まない有機分子でも円偏光発光は実現できるようにはなりましたが、その強度を示す非対称要素g値での最高値は1967年に記録された0.035という低い値でした。この値はケトンと呼ばれる化合物で実現されていましたが、その作用機作は十分には理解されていませんでした。今回の研究では、筒状分子が非対称要素g値で0.152という、有機分子として最も高い値を示すことが見つかりました。文字通り「桁違い」の強度を実現したもので、有機分子での円偏光発光強度が50年ぶりに更新されました。

研究グループは、理論化学による解析により、この強い円偏光発光の秘密を解き明かしています。その秘密は、単純に言えば「剛直な筒状」構造にあります。光という電磁波を分子に照射すると、その分子の上にある電子がわずかに動くことで光を吸収・発光します。この電子のわずかな動きを可視化したものが遷移密度注5)ですが、筒状分子ではこの遷移密度が「筒状分子上で回る」かたちになります(図4)。その結果、筒状構造では対面の壁上の電子は反対方向を向いて動くことになり、分子全体での電子遷移が小さくなります。これを図示したものが電子遷移双極子モーメントです(図4左下)。ところが「電子が筒状分子の上を回転する」と、そこには磁気双極子が生じることとなります。「右ねじの法則注6)」としても知られる「アンペールの法則」が現れるためで、分子構造が「筒状」であることで生じる最大の特徴です。生じた磁気双極子を可視化したものが磁気遷移双極子モーメントです(図4右下)。この巨大な磁気遷移双極子モーメントが史上最強の円偏光を生み出す原動力であり、円偏光発光材料の新しい分子設計指針を示すものです。通常、分子では電子遷移双極子モーメントが大きく磁気遷移双極子モーメントが小さいと考えられてきました(図4)。しかし今回の発見により、有機分子の円偏光発光では磁気遷移双極子モーメントが重要となる特異例が存在することが示されました。この理解は実はカーボンナノチューブの世界にも適用可能であることは容易に想定でき、カーボンナノチューブの今後の展開にも影響を及ぼす発見となると期待されます。近未来、単層カーボンナノチューブを含めた筒状分子が、有用な光学材料として活用されることを予見させる成果となります。

<参考図>

図1 筒状分子の化学構造

図1 筒状分子の化学構造

図2 筒状分子が形づくる二重らせん

図2 筒状分子が形づくる二重らせん

右手のらせん性をもつ筒状分子から左巻きらせん(左側)ができあがり、左手のらせん性をもつ筒状分子から右巻き(右側)のらせんができあがる。

図3 筒状分子が形づくる二重らせん(図1を横から見た図)

図3 筒状分子が形づくる二重らせん(図1を横から見た図)

右手のらせん性をもつ筒状分子から左巻きらせん(左側)ができあがり、左手のらせん性をもつ筒状分子から右巻き(右側)のらせんができあがる。

図4 巨大な磁気遷移双極子モーメントが生み出される仕組み

図4 巨大な磁気遷移双極子モーメントが生み出される仕組み

  • 上図:筒状分子が光(電磁波)を吸収する際、分子上での遷移密度の変化により電子遷移双極子モーメントが生じる。電子遷移双極子モーメントは、電子がある領域(赤)から別の領域(緑)にわずかに移動することで生まれるが、円筒全体では、赤い矢印方向に電子が動くこととなる。分子全体の電子の動きは円筒の対面で相殺され、ほとんど無視できる大きさとなる一方で、電子が円筒上で回転した結果、巨大な磁気遷移双極子モーメントが生みだされる。すなわち円筒分子上では、電子遷移双極子モーメントは極小となり、磁気遷移双極子モーメントは巨大となる。
  • 下左図:円筒分子上に生じる電子遷移双極子モーメント(赤)。
  • 下右図:磁気遷移双極子モーメント(青)。
図5 1-フェニルエチルアミンを例とした通常の分子での円偏光特性

図5 1-フェニルエチルアミンを例とした通常の分子での円偏光特性

  • 上図:電子遷移双極子モーメント。領域(赤と緑)の意味は図4と同様。
  • 下図:分子上に生じる電子遷移双極子モーメント(赤)が円偏光を決定する。磁気遷移双極子モーメント(青)は小さく、ほぼ無視できる大きさとなる。

<用語解説>

注1) キラリティ
右手と左手のように鏡に映った像(鏡像)同士が重ね合わさらない性質。キラリティが存在することをキラルと称す(「キラル」はギリシア語の「手」を意味する言葉に由来する)。鏡像関係にあるキラルな分子のうち、どちらか一方のみが存在する物質、あるいはその特性は、光学活性と称される。なお、カーボンナノチューブの分野では炭素の並び方を「キラリティ」と称しているが、本来は誤用である。
注2) 円偏光
電場および磁場が偏った方向に振動する光が偏光と呼ばれ、特に光の伝播方向に円を描くように偏りをもつ偏光が円偏光と呼ばれる。円偏光を発する素子は、3次元ディスプレイなどの次世代光学材料として注目されている。強力な円偏光を発することができるため、これまで高価な金属を用いる物質が主に開発されてきていた。
注3) 非対称要素(dissymmetry factor)
異方性因子とも呼ばれ、円偏光の吸収および発光において、右あるいは左どちらかの偏光に偏っている度合いを示す値(g値)。その最大値は2である。
注4) カーボンナノチューブ
飯島 澄男 教授(東北大学 大学院理学研究科出身、現 名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。現在、入手可能なカーボンナノチューブは、さまざまな構造を持つものの混合物であり、国際純正・応用化学連合(IUPAC)により「分子性物質(Molecular Entity)」ではなく「化学種(Chemical Species)」として定義される物質となっている。
注5) 遷移密度
分子による光の吸収・発光過程では、分子上の電子密度がわずかに変化し電磁波との相互作用が実現される。一般にこの相互作用を担うのは遷移双極子であると理解されるが、遷移双極子をつくりだす際の電子密度の変化により理解するのが遷移密度である。
注6) 右ねじの法則(アンペールの法則; Ampere's right-hand grip rule)
右ねじ方向に流れる電流からは、ねじの進行方向に向いた磁場が生じることをあらわす法則。

<論文情報>

タイトル Chiral intertwined spirals and magnetic transition dipole moments dictated by cylinder helicity”
著者名 Sato Sota, Asami Yoshii, Satsuki Takahashi, Seiichi Furumi, Masayuki Takeuchi, Hiroyuki Isobe (責任著者)
doi 10.1073/pnas.1717524114

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

磯部 寛之(イソベ ヒロユキ)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 教授
Tel:03-5841-4777 Fax:03-5841-4162
E-mail:

佐藤 宗太(サトウ ソウタ)
東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻 特任准教授 
Tel:03-5841-1474
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室
Tel:03-5841-0654
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Chirality in nanoscale cylinders: Chiral double helix formation and strongest circularly polarized luminescence