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平成29年11月6日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

宇宙線の観測(ミューオンラジオグラフィ)により
エジプト・クフ王のピラミッドの中心部に未知の巨大空間を発見!

名古屋大学 高等研究院(院長:篠原 久典)の森島 邦博(もりしま くにひろ)特任助教(筆頭著者)らの研究グループは、原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンの観測により約4,500年前に建造されたエジプト最大のクフ王のピラミッドの中心部に、これまでに発見されていない未知の巨大な空間を発見しました。考古学で最大の謎の一つとされるピラミッド建造の謎や、その内部構造の理解に大きなインパクトを与えるものであるといえます。本成果は、11月2日付の英科学誌Natureオンライン版(AAP)で「Discovery of a big void in Khufu’s Pyramid by observation of cosmic-ray muons」として掲載されました。

ミューオンはX線よりも物体を透過する能力が高く、この性質を利用すればピラミッドのような巨大な構造物でもレントゲン写真のように透視することが可能です。原子核乾板は、ニュートリノの研究などで用いられてきた特殊な写真フィルムで、ミューオンなどの電荷を持つ素粒子の軌跡を1μm以下の精度で立体的に記録できます。薄くかつ軽量で電源を必要としないため、ピラミッドの入り組んだ狭い通路への設置や玄室への持ち込み・設置が容易です。

今回見つかった空間は、クフ王のピラミッド中心部に位置する女王の間内部の2か所に設置した原子核乾板の解析により見つかったもので、その位置は、既に存在がわかっている大回廊の上部になります。その空間の長さは30m以上で、規模は大回廊に匹敵します。なお、名大のグループが発見したこの空間は、その後、高エネルギー加速器研究機構(KEK)とフランスの原子力・代替エネルギー庁(CEA)が、それぞれ、独自に行った観測により追確認されました。今後は、より、新空間に接近した位置に検出器を設置することで、新空間の詳細な構造を特定するための観測を継続していく計画です。

 本研究成果は、名古屋大学と日本放送協会(NHK)との共同研究により得られたものです。なお、今回透視に成功した宇宙線ラジオグラフィ技術は、科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラムおよびJSPS科研費基盤(B)JP15H04241の助成を受けて開発されたものです。

<研究の背景・意義>

エジプトのピラミッドは、約4,500年前(古王国時代)に建造された世界最古かつ最大の石造建築です。その内部の構造については、未知の空間(部屋や通路などの内部構造)が残されているのではないか?どのように建造されたのか?など、未だに多くの謎が残されています。

2015年10月、エジプトのピラミッド群(クフ王のピラミッド(ギザ)、カフラー王のピラミッド(ギザ)、屈折ピラミッド(ダハシュール)、赤のピラミッド(ダハシュール))の4つのピラミッドを対象として、最新の科学技術を駆使した国際共同研究プロジェクト「スキャンピラミッド(ScanPyramids)」が立ち上げられました。このプロジェクトは、エジプト考古省、カイロ大学、HIP(フランス)により運営されており、世界最先端の科学技術を活用してピラミッドを一切破壊することなく内部および外部を調査し、ピラミッドの謎を明らかにする計画です。この調査には、宇宙線ミューオンラジオグラフィ(宇宙線によるイメージング)、赤外線イメージング、写真やレーザー測量による精密な3次元再構成の技術が用いられます。

名古屋大学は、原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィによる観測を担当しています。この計画では、素粒子宇宙物理学の研究開発で培った最先端技術を考古学研究へ投入するという従来にはない異分野融合的な試みにより、考古学研究に新たな技術を提供し、新しい知見を得ることが期待されています。

<クフ王のピラミッド>

クフ王のピラミッドは、エジプトのギザに建造された高さ約150mのエジプト最大のピラミッドです(図1)。周辺には、同時期に建造されたカフラー王、メンカウラー王のピラミッドが並び、それらはギザの3大ピラミッドと呼ばれています。クフ王のピラミッドには、図2に示すような内部構造が確認されており、今回の論文発表は、ピラミッド中心部に位置する女王の間に設置した原子核乾板から得られた結果により、新たに発見された巨大な空間(内部構造)に関するものです。

<原子核乾板>

原子核乾板は、厚さ約0.3mm(300μm)と非常に薄いシート状の放射線検出器です(図3)。透明なプラスチックシートの両面に素粒子の飛跡を写す乳剤層を塗布した構造を持ちます。乳剤層は、約70μmの厚さのゼラチン中に約200nm径の臭化銀結晶が分散した構造となっており、この中をミューオンが通過すると、通過した結晶に潜像という数個の銀原子からなる集合体が形成され、現像により1μm程度の大きさの銀粒子へと成長します。ミューオンが通過した跡(飛跡)は、このような現像銀粒子が3次元的に並んだ点の列として記録されます。このような原理により、現像後の原子核乾板を光学顕微鏡で計測することで、ミューオンの通過経路や入射角度などがわかります。

原子核乾板には、ミューオンの他にも環境放射線によるガンマ線から生成される電子なども記録されますが、その軌跡の直線性や長さなどを分析することで、ミューオンを選び出すことができます。ミューオンが残した飛跡を名古屋大学で独自に開発した高速読み取り顕微鏡装置(Track Selector)で読み出し、原子核乾板中に記録されたミューオンの位置と角度の計測を行います。

原子核乾板によるミューオン測定は、高い方向決定精度と広い視野を併せ持ちます。更に、軽量・コンパクトで電力を必要としないため可搬性が高く、設置・観測が容易であるという利点があります。また、塗布で製造できるフィルムであるため、大判の複数の原子核乾板を並べた大面積観測により、より高精細なイメージを短時間で得ることができます。

このような特徴を生かし、最近では、福島第一原子力発電所2号機および5号機の原子炉内部の炉心部領域の宇宙線イメージングを行った結果、2号機の炉心溶融(メルトダウン)を初めて明らかにしました(名古屋大学プレスリリース[1])。また、スキャンピラミッドでは、2015年12月から2016年1月にかけて、電源設備を持たないエジプト・ダハシュールの屈折ピラミッド内部での宇宙線観測により、世界で初めてのピラミッド内部空間(既知の玄室)のイメージングに成功しました(詳細は、ScanPyramids Press Release [2])。さらに、クフ王のピラミッドの下降通路に原子核乾板検出器を設置して観測を実施し、2016年10月にその上部に新たな空間を発見しています(ScanPyramids Press Release [3]、名古屋大学プレスリリース [4]*本論文の主題である”大回廊上部に位置する巨大な空間”とは異なりますが、この2つの空間には関連がある可能性があります)。

関連するプレスリリース一覧

[1]
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20150320_esi.pdf
[2]
http://www.hip.institute/press/HIP_INSTITUTE_CP7_EN.pdf
[3]
http://www.hip.institute/press/HIP_INSTITUTE_CP9_EN.pdf
[4]
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20161017_imass.pdf

<宇宙線ミューオンラジオグラフィ>

ミューオンは、岩盤1kmでも透過するという極めて高い透過力を持つ素粒子で、大気上層部で生成され、1平方センチメートルあたりの面積を1分間に約1個の割合で、常に地上に降り注いでいます。このような天然の宇宙線ミューオンは、幅広いエネルギー分布を持ちます。ミューオンのエネルギーが高いほど透過能力が高いという特徴を利用し、X線では測定不可能な大きさ(厚さ)の対象物周辺にミューオン検出器を設置して、対象物を通過してくるミューオンの飛来方向分布を計測します。測定したミューオンの角度分布の濃淡は観測対象の内部構造を反映しており、X線写真のようにミューオンの飛来経路中に存在する積算質量の分布を映像化することができます。ミューオンがより多く検出された(透過率が高い)方向は、その方向に存在する物質の量がより少ないことを示しています(図4)。

ピラミッドの観測の場合、既知の構造から期待されるミューオンの飛来方向分布を、独自開発したコンピューターシミュレーションにより作成し、シミュレーションと得られた実験結果とを比較します。ミューオンが期待よりも多く検出された方向には、想定よりも物質が少ないこと、つまり、空間または低密度領域が存在することが、逆に期待よりも少ない場合は、その方向には高密度領域が存在することがわかります。

<成果と意義>

2015年12月から、ピラミッド中心部の女王の間(5mx6mx6m程度)に原子核乾板を設置して宇宙線ミューオンの観測を行いました。この場所からは、女王の間の上部を観測することができるため、大回廊と王の間のイメージングが可能です。今回の解析結果は、女王の間の2つの異なる場所に設置した原子核乾板(図5の設置位置1、設置位置2および図6)のうち合計1.8m2(複数回の交換を含む)相当のフィルムに蓄積した約1100万本の宇宙線ミューオンの情報を分析したものです。それぞれの検出器を設置した場所から期待される宇宙線のイメージをシミュレーションにより求めて実験結果と比較した結果、共に大回廊周辺にミューオンが予想よりも多く検出される領域を検出しました(図7図8)。この2つの異なる位置に設置した結果を複合的に分析したところ、このミューオン超過領域は3次元的に大回廊のちょうど真上に位置する巨大な空間であることを発見しました(図9図10)。発見した新しい空間の断面の大きさ(幅x高さ)は大回廊に匹敵するものです。このようなミューオンの超過が、偶然起きる確率は一千万分の一以下と小さく、極めて高い信頼性で大回廊上部に存在する未知の巨大な内部空間の存在を検出したと言えます。この観測により得られた結果は、後に、同様に女王の間に検出器を設置したKEKにより、独自に確認され、更に、CEA(フランス)によりピラミッドの外側からも再確認されました。この空間は、大回廊のように1つの巨大な空間構造であるのか、それとも2つ以上の部屋状の構造が連なったものであるのか、などその構造の詳細については未だ明らかではありません。今後は、より新空間に接近した位置に検出器を設置することで、新空間の詳細な構造を特定するための観測を継続していく計画です。

約4,500年の歴史を持つエジプトのピラミッドのような巨大な石造建築物における巨大な未知の空間の発見は、世界初の成果です。今後、この宇宙線ラジオグラフィの手法は、様々な考古学遺跡調査や空洞調査などへの応用が可能であることを示しており、ピラミッド研究のみならず多分野への大きな波及効果が期待されます。

本成果は、名古屋大学と日本放送協会(NHK)との共同研究により実施されました。また、今回、透視に成功した宇宙線ラジオグラフィ技術は、JST先端計測分析技術・機器開発プログラム(要素技術タイプH23~H27)の一環として開発され、現在、同プログラム(先端機器開発タイプH28~H32)において、さらなる高精度化/システム化を目指しているものです。また、文部科学省/日本学術振興会科学研究費基盤(B)「原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィ技術の高度化と新分野への応用展開」で開発した技術も貢献しています。

<参考図>

図1

クフ王のピラミッド(北側から撮影)

図2

クフ王のピラミッドの断面図と今回の解析に用いた検出器を設置した場所。 黄色で示す範囲(天頂方向から±45度)を観測している。

図3

原子核乾板Natureの論文中のExtended Data Figure 1に相当。

図4

宇宙線ラジオグラフィの原理(宇宙線ミューオンのイメージはH.K.M.Tanaka,T.Nakano,et.al.,2007より)。

図5

原子核乾板の設置位置を示す図(主要な内部構造と女王の間部分が拡大された図):原子核乾板の設置位置1と2を示す。この2箇所に設置した検出器の複合解析(三角測量)により、大回廊の真上に存在する巨大な新空間を発見した。大回廊の中心はピラミッドの中心から東に約7mずれている。Natureの論文中のFigure 1.d,eに相当。

設置位置1

設置位置2

図6

女王の間の設置位置1および2に設置した原子核乾板検出器。設置位置1は縦横1m程度の狭い洞穴内であるため、原子核乾板1組を1組のアルミ板に固定する小型検出器を設置した。設置位置2は女王の間の広い床面に、できるだけ多くの原子核乾板を敷き詰めるために、1組のアルミハニカム板の間に3組の原子核乾板を固定する大型検出器を大規模に設置した。

図7

設置位置1と2の原子核乾板検出器により得られたデータ(A,B)とシミュレーション(C,D)の宇宙線イメージ。aは王の間、bは大回廊を示す。赤い色ほどミューオンの検出数が多いことを表しており、逆に、青い色ほど少ない。シミュレーションと実験の結果を比較すると、いずれの結果も同様に、観測結果の方には、シミュレーションよりも赤い領域が大回廊の横(設置位置1では左側、設置位置2では右側)に見られる。このようなデータとシミュレーションの差は、期待されるよりも多くのミューオンを検出したことを示しており、空間の存在を示している。さらに、この2つの結果からミューオンが多く観測された方向の情報を使って3次元的解析を行った結果、大回廊の真上に巨大な空間が存在することを明らかにした(図9)。(Natureの論文中のFigure 2.a,b,c,dに相当)

図8

図7の白い枠内のミューオン数の2次元ヒストグラム。Aは検出器設置位置1、Bは設置位置2を示す。bは大回廊を示す。黒の線はピラミッドの内部構造(大回廊、王の間およびそれを繋ぐ通路)がある場合のシミュレーション結果、灰色の点線はピラミッドの内部に内部構造がない場合のシミュレーション結果、赤の十字はデータ点であり縦の棒の長さは統計誤差を示す。黒の線と赤のデータの差は予想よりも多くのミューオンが飛来している部分に相当し、このような数値解析を行った結果、大回廊上部に存在する新空間によるものであることを明らかにした。(Natureの論文中のFigure 2.e,fに相当)

図9

東側から見たピラミッドの断面図。黒十字の中心は、設置位置1,2の原子核乾板検出器によって得られたデータを用いた三角測量による新空間の位置を示す(縦横の棒は誤差を示す)。新空間は、女王の間の床面から約40~50m上方(ピラミッドの底面からは約60~70m上方)に位置していることがわかる。Natureの論文中のFigure 2.gに相当。

図10

観測データを基にして作成した新空間の位置(大回廊の直上部)を示す想像図。新空間の詳細構造(断面形状、傾き、一つの構造体であるのか複数の構造体の組み合わせであるのか、など)の決定は今後の課題である。また、この図は一つの可能性を示すものであり、新空間の形状が水平であるということを主張するものではない。(ScanPyramids提供)

<論文情報>

タイトル “Discovery of a big void in Khufu’s Pyramid by observation of cosmic-ray muons”
掲載誌 Nature
doi 10.1038/nature24647

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