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平成29年10月5日

大阪府立大学植物工場研究センター
科学技術振興機構(JST)

植物体内時計の柔軟な環境適応能力を明らかに

~植物栽培における体内時計の高度計測制御技術の開発に期待~

ポイント

私たち人間が時差ぼけから回復できるように、植物にも自身の体内時計をさまざまな周期の環境刺激に同調できる仕組みが存在することが知られています。しかしながら、体内時刻の計測の難しさなどもあり、その詳しいメカニズムは明らかになっていませんでした。

本研究グループでは、刺激に対する応答性を精密に計測できる新手法を開発し、植物がもつ幅広い同調性の詳細とそのメカニズムを明らかにすることに成功しました。モデル植物シロイヌナズナを用いて、同一個体にさまざまな周期の光刺激を複数回与え時計遺伝子CCA1注1)の発現リズムを観察することで、刺激に対する応答性の変化を精密に計測しました。その結果、個体レベルの概日リズム注2)の振幅が小さくなるほど、光刺激に対する応答が極度に強くなることを明らかにしました。また、この応答性の変化のメカニズムを、体内時計を構成する細胞集団の同期状態/非同期状態の変化として数理的に解明することにも成功しました。

本研究の成果は、植物工場注3)など人工栽培環境下における体内時計の精密制御技術の開発につながると期待されると同時に、過剰な応答性が引き起こすさまざまな生育不安定性の解明につながると期待されます。 本研究は、大阪府立大学 工学研究科の増田 亘作(マスダ コウサク) 研究員と立命館大学 理工学部の徳田 功(トクダ イサオ) 教授らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2017年10月4日(米国東部時間)発行の米国オンライン科学雑誌「Science Advances」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「情報科学との協働による革新的な農産物栽培手法を実現するための技術基盤の創出」
(研究総括:二宮 正士 東京大学 大学院農学生命科学研究科 特任教授)
研究課題名 精密環境オミクスデータに基づく植物生産不安定性の解明
研究者 (福田 弘和 大阪府立大学 大学院工学研究科 准教授)
研究期間 平成27年12月~平成31年3月

<研究の背景と経緯>

現在、気候変動や農業担い手不足、人口爆発などによる食料不足が懸念されている中、高収量・高品質な農業生産を持続的に行うことを可能とする先進的な栽培手法の確立が求められています。特に、植物工場注3)と呼ばれる人工環境下における植物生産システムは、砂漠地帯や寒冷地だけでなく都市中心部における農業をも実現し、食料の安定生産技術として世界的に注目されています。

植物工場における作物生産においては、潅水、温度制御のみならず、光の照射条件(光環境制御)が重要です。そのため、過去30年にわたって、植物の生育と人工的な光環境の関係を明らかにする研究が数多く行われてきました。しかしながら、人工の昼夜サイクル環境が植物の生育に与える影響は複雑であり、統一した理解は十分に得られていませんでした。また、近年の分子生物学的研究によって、植物の体内時計(専門的には概日時計と呼ぶ)を介して昼夜サイクルが生育に強く影響していることが判明しています。このように、体内時計の精密な測定と動作メカニズムの解明は、先進的な植物生産技術開発の基礎として世界的にも重視されています。しかしながら、体内時計の挙動は複雑であり、その実態や動作メカニズムは不明のままでした。

<研究の内容>

本研究では植物の時計遺伝子CCA1にホタルの発光遺伝子(ルシフェラーゼ遺伝子)を導入した遺伝子組み換えシロイヌナズナを用い、発光量(時計遺伝子CCA1の発現リズム)を連続計測することにより植物の概日リズム(周期約24時間の生体リズム)を計測しました。植物は細胞ごとに自律した概日リズムを持ち、細胞集団のリズムが同期して個体レベルのリズムを生み出しています。一方で、植物における細胞同士の結びつきは比較的弱いため、恒常条件下では時間の経過によって細胞同士の同期が崩れるという性質があります。また、この細胞同士の同期状態は個体レベルの概日リズムの振幅の大小として現れ、細胞間で同期しているほど振幅は大きくなります。本研究では、この恒常条件下で自発的に細胞同士の非同期が生じることと、同期状態が個体レベルの振幅として現れることを利用し、同期状態の変化と刺激に対する応答を同時に観察しました。ここで、実験では周期的に2時間の暗期を与える「周期的2時間ダークパルス」を用い、その周期を16時間から32時間の間で変化させることで異なる同期状態における応答を広範囲に計測しました。

実験の結果、個体レベルの概日リズムの振幅と刺激に対する応答量に強い関連があることが判明しました。体内時計は刺激を受けたタイミングに依存して、応答量(リズムの位相の変化量)が変化する性質があります。この性質は位相応答曲線(PRC)注4)により表されます。

本研究では周期刺激からこのPRCを取得するとともに、それぞれの刺激を受けた時の振幅を求めました。実験により得られたPRCから、個体レベルの概日リズムの振幅が大きいほど植物個体としての応答量が小さく、振幅がゼロに近づくほど応答量が高まることを明らかにしました(図1)。また、振幅が低下するほど、周期的な刺激に同期できる領域(引き込み領域)が広がることを明らかにしました(図2)。これらの結果は、体内時計の細胞集団が高い同期状態を示している場合は刺激に対する影響が小さく、低い同期状態では刺激に対して鋭敏であることを示しています。すなわち、植物の体内時計は強い外部サイクル刺激に対して同期している場合は細胞間の同期状態を高め外的刺激に対して頑強となり、弱い外部サイクル刺激に対しては自ら細胞間の同期を崩すことにより、弱い刺激にも同期できるようになるというように、環境に応じて柔軟に適応する能力を備えていることが分かりました。

さらに、この同期状態の変化による応答性の変化を数理モデルで明確に説明することに成功しました(図3)。数理解析の結果、個体レベルの概日リズムが高振幅状態にある時、個体レベルのPRCは細胞レベルのPRCと一致することを明らかにしました。この成果は、個体レベルでの計測によって細胞レベルのPRCを推定することを可能にするとともに、細胞レベルから個体レベルまでの植物の体内時計の応答性を一つの理論で統一して理解することを可能にしました。

<今後の展開>

本研究の成果によって、さまざまな光サイクル条件下における体内時計の挙動を詳細にシミュレーションできるようになりました。これにより、植物工場などにおける人工の光環境が植物に与える影響を、従来に比べ格段に精密に推測できようになり、栽培環境の最適設計に貢献します。また、仮に過剰な応答性が予測される場合には、それを回避することにより生育における不安定性を排除できる可能性があります。このように、植物工場などの人工環境下における体内時計の精密制御技術の開発につながると期待されると同時に、過剰な応答性が引き起こすさまざまな生育不安定性の解明につながると期待されます。

<参考図>

図1 細胞間の同期状態の変化による位相応答の変化

図1 細胞間の同期状態の変化による位相応答の変化

細胞同士の体内時刻が揃っている同期状態(高振幅状態)では、弱い刺激に対して弱い応答しか示しません。一方で、細胞同士がばらばらの体内時刻を持つ非同期状態(低振幅状態)では、弱い刺激に対しても非常に敏感な応答を示します。これは植物体内時計が、細胞間の同期状態を利用して、刺激に対する応答性を使い分けできることを意味しています。

図2 概日リズムの振幅の変化による同期範囲の変化

図2 概日リズムの振幅の変化による同期範囲の変化

外力周期と植物体内時計の平均周期の差がおよそ0になる点が同期範囲(引き込み領域)を示します。高振幅(同期)状態では同期範囲が小さいのに対し、低振幅(非同期)状態では同期範囲が大きく広がっていることがわかります。

図3 実験データと数理モデルにより得られた位相応答曲線

図3 実験データと数理モデルにより得られた位相応答曲線

実験データと数理モデルにより得られた位相応答の比較から、実験における振幅の低下による位相応答の変化と、数理モデルにおける同期状態の変化が同一であることが示されました。

<用語解説>

注1) 時計遺伝子CCA1
時計遺伝子は、概日時計の分子機構を担う遺伝子群を指す。シロイヌナズナの時計遺伝子としてはCIRCADIAN CLOCK ASSOCIATED 1(CCA1)などがある。CCA1は朝方に発現量が最大になり、夕方に発現量が最小となる周期的な発現リズムを示す。
注2) 概日リズム
動物や植物など、さまざまな生物が示す約24時間周期の生体リズム。これを生み出す生理機構を概日時計、一般に体内時計と呼ぶ。生物のさまざまな代謝活動と密接な関係を持つとともに、光や温度変化に対して応答する性質を持つ。
注3) 植物工場
閉鎖的な環境で光や温度などを人工的に制御し植物を栽培する植物生産システム。天候に左右されず安定して食料を生産できる設備として注目を集める一方、現状では生産コストなどで課題がある。
注4) 位相応答曲線(PRC)
概日時計の刺激を受けた位相(体内時刻)ごとに、位相の変化量をまとめたもの。PRC(Phase response curve)は与えられる刺激の種類や強さによって変化し、PRCにより概日時計と環境刺激との関係性を知ることができる。

<論文情報>

タイトル “Multicellularity enriches the entrainment of Arabidopsis circadian clock”
(多細胞性が植物の概日時計の同調性を強化する)
掲載誌 Science Advances
doi 10.1126/sciadv.1700808

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

福田 弘和(フクダ ヒロカズ)
大阪府立大学 植物工場研究センター 准教授(工学研究科)
〒599-8531 大阪府堺市中区学園町1-1
Tel:072-254-6376 Fax:072-254-6376
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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