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平成29年9月19日

東京医科歯科大学
科学技術振興機構(JST)

「なぜニューロンは増えないのか?」

~脳梗塞などで脱落するニューロンを分裂させて補充する革新的な再生医療への期待~

ポイント

東京医科歯科大学 統合研究機構脳統合機能研究センターの味岡 逸樹 准教授と押川 未央 特任助教、岡田 桂 研究支援者の研究グループは、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所との共同研究で、大脳皮質ニューロンの細胞分裂を防ぐ仕組みが、脳発生期のDNAメチル化酵素の作用によるChk1キナーゼ注1)の機能抑制であることをつきとめました。また、脳梗塞モデルニューロンにおいてChk1キナーゼを活性化させる低分子化合物カンプトテシン注2)を特定の濃度で作用させるとニューロンが細胞分裂することを見いだしました(図1)。この研究はJST戦略的創造研究推進事業さきがけ「分子技術と新機能創出」ならびに文部科学省科学研究費補助金、キヤノン財団研究助成、テルモ生命科学芸術財団助成の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、英国の科学誌「Development(デベロップメント)」に、2017年9月19日午前11時(グリニッジ標準時間)にオンライン版で発表されます。

<研究の背景>

細胞には増える細胞と増えない細胞があり、増えない細胞の代表例としてニューロンがよく例に挙げられます。脳の代表的な病気である脳梗塞やアルツハイマー病などの神経変性疾患はニューロンが脱落する疾患ですが、脱落を免れたニューロンも増えず、進行的に脱落するため治療が難しい病気です。ニューロンが増えない細胞であるという事実はよく知られていますが、増えない仕組みについては多くが謎に包まれていました。

<研究成果の概要>

細胞が増えるということは、細胞の遺伝情報であるDNAが複製され、それを分配する細胞分裂が繰り返されることです。この一連の過程は細胞周期と呼ばれ、DNA複製をするS期、細胞分裂をするM期、このS期とM期の間にG1期とG2期が存在します(図2)。ニューロンは、細胞分裂を繰り返す神経前駆細胞から主に胎児期において生み出され、分化開始とほぼ同時に別の細胞周期であるG0期に入ると考えられています(図2)。

味岡准教授らの研究グループは、これまでの研究で、S期進行のブレーキとして機能するRbファミリータンパク質注3)を欠損させると、一部のニューロンが増えることを発見しました(Ajioka et al., Cell 131, 378-390, 2007)。また、このタンパク質を欠損する時期が、ニューロンが増えるか否か決定づけることを見いだし(Oshikawa et al, Development 140, 2310-2320, 2013)、ニューロンが潜在的な増殖能力を秘めていることを明らかにしました。一方で、過去の様々な研究により、脳梗塞やアルツハイマー病で観察されるニューロン脱落の一部は、Rbのリン酸化に続き、細胞周期をS期へと進めてから細胞死を起こすということも知られていました(図3)。

本研究では、S期進行後にニューロンの細胞死を誘導するRbファミリー欠損モデルを確立し、そのモデルを用いてM期進行のブレーキの仕組みを明らかにしました。また、そのブレーキを解除する低分子化合物カンプトテシンを同定しました。さらに、S期進行後にニューロンが脱落する脳梗塞モデルにおいて、カンプトテシン投与で細胞分裂させることに成功しました(図4)。

<研究成果の意義>

脳梗塞ニューロンの脱落を防ぎ、細胞分裂させるという方法は革新的な脳再生医療に結びつく可能性があります。しかしながら、脳に悪い影響を与える可能性やがん化の可能性も否定できません。今後は、脳梗塞後に分裂したニューロンの機能を検討し、脳再生医療に展開できるかどうか検証します。

<参考図>

図1 脳梗塞モデルニューロンの細胞分裂

図1 脳梗塞モデルニューロンの細胞分裂

図2 ニューロンと細胞周期

図2 ニューロンと細胞周期

図3 ニューロンの細胞周期と細胞

図3 ニューロンの細胞周期と細胞

図4 脳梗塞モデルニューロンの細胞分裂

図4 脳梗塞モデルニューロンの細胞分裂

<用語解説>

注1) Chk1キナーゼ
Chk1キナーゼは、DNAが損傷した際に活性化するタンパク質で、一般的には細胞周期を停止させるタンパク質としてよく知られています。しかしながら、細胞が増える際にも必要なタンパク質であり、どの経路が活性化するかによって異なる機能を発揮します。
注2) カンプトテシン
カンプトテシンは抗癌剤として知られており、DNAトポイソメラーゼIに結合して機能します。DNAトポイソメラーゼIは、S期の細胞の二本鎖DNAのうち一本鎖だけを切断し、切断したDNAを再結合する機能を持ちます。カンプトテシンが結合したDNAトポイソメラーゼIはDNAから解離しないため、DNA損傷シグナルが誘発され、Chk1キナーゼが活性化します。抗癌剤として用いられる濃度でカンプトテシンをニューロンに作用させると細胞死を引き起こしますが、低濃度で作用させると細胞分裂を引き起こします。
注3) Rbファミリータンパク質
RbはRetinoblastoma(網膜芽細胞腫)proteinの略で、Rb遺伝子は網膜芽細胞腫の患者で変異がある遺伝子として発見されました。Rbとよく似た構造を示すp107とp130を加えた3つのタンパク質がRbファミリータンパク質です。これらのRbファミリータンパク質は互いの機能を補うことができるため、このうち1つの遺伝子だけを欠損させても、多くの細胞では細胞周期が正常に保たれています。研究グループでは、Rb、p107、p130の3つの遺伝子を同時に欠損させるマウスを用いて、ニューロンのS期進行ブレーキを人為的に解除することに成功しました。

<論文情報>

タイトル Dnmt1-dependent Chk1 Pathway Suppression Is Protective against Neuron Division
掲載誌 Development
doi 10.1242/dev.154013

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

味岡 逸樹(アジオカ イツキ)
東京医科歯科大学 統合研究機構脳統合機能研究センター
Tel:03-5803-4972 Fax:03-5803-4716
E-mail:

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町 7 K’s 五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

東京医科歯科大学 総務部 総務秘書課 広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
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科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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