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平成29年7月13日

北海道大学
科学技術振興機構(JST)

性器ヘルペスとHIVの流行の関連性は
性的接触ネットワークの構造で大きく異なることを解明

ポイント

HIV注1)の制圧には、感染リスクの高い集団を見つけ出し対処することが重要です。感染リスクは性行動に依存しますが、これまでの性行動調査は正確性に乏しく、感染リスクを計るには不十分でした。そこで性器ヘルペス注2)の流行レベル(全体に占める感染者の割合)からHIV流行の可能性を推定する手法が提案されています。北海道大学の大森 亮介 助教の研究チームは、個人レベルの詳細な性的接触ネットワーク注3)上でのHIVと性器ヘルペスの流行シミュレーターを開発し、HIV、性器ヘルペスの性的接触ネットワーク構造との関連性およびHIVと性器ヘルペスの流行の関連性を明らかにしました。この結果から、性器ヘルペス流行レベルから集団レベルのHIV感染リスクが推定可能であること、ネットワーク統計量と組み合わせるとさらに推定精度が高まることが判明しました。

本研究成果は、2017年7月13日(英国時間)に英国科学誌「AIDS」のオンライン版で公開されました。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」(研究総括:京都大学 國府 寛司 教授)における研究課題「非疫学データによる感染症流行動態解析の新展開」(研究代表者:大森 亮介)の一環として行われました。

<研究の背景と経緯>

HIVは世界各国で流行し、その致死率の高さから社会的脅威となっている性感染症です。HIVの流行レベル(感染者割合)は地域やコミュニティによって大きく異なり、感染リスクは個人レベルのみならず集団レベルでも大きく異なることが示唆されます。HIV流行制圧のためには、感染リスクの高い人に対する医療介入が重要です。性感染症の感染リスクは性行動に由来するため、感染リスクを計測するためには性行動を計測する必要がありますが、性行動の調査結果は自己申告に基づくため正確性を欠いていることが多く、正確な感染リスクの計測は困難です。

一方、性感染症に対して比較的低リスクな性行動をとる人からも観察されるという点で性器ヘルペスの流行レベルは入手しやすく、かつ、性器ヘルペスの流行レベル自体は性行動調査よりも正確であるといった理由から、性器ヘルペスの流行レベルからHIV感染リスクを推定する方法が考案されました。しかし、性器ヘルペスとHIVの流行の関連性には不明な点が多く、その精度は未解明でした。本研究の目的は、個人レベルの詳細な性的接触ネットワーク上を伝播するHIVと性器ヘルペスの流行シミュレーターを構築し、性的接触ネットワークの関連性を明らかにした上で流行レベルの関連性を解明することです。

<研究内容>

性感染症は性行為によって伝播する感染症で、伝播は性的接触ネットワークに沿って発生します。性感染症の流行レベルを知るためには、個人レベルのパートナーの数の違いだけでなく、誰と誰がつながっているかという性的接触ネットワークの詳細を把握することが重要です。そこで、性的パートナーシップ注4)の形成と消失、人の誕生、死亡により時々刻々と変化する個人レベルの性的接触ネットワークのシミュレーターを構築し、その上にHIVと性器ヘルペスが伝播する別のシミュレーターを構築しました。HIVと性器ヘルペスの流行シミュレーターには詳細な疫学データを用いることで、現実的な流行を再現しました。さらに、性的接触ネットワークの関連性の解明のために、アフリカにおける大規模性行動調査結果を参考に多様なネットワークを構成し、その関連性を調査しました。

<研究成果>

HIVの流行レベルの大半は未婚者のパートナー数の平均と分散によって決まるのに対し、性器ヘルペスの流行レベルの大半は未婚者、既婚者のパートナー数の平均と分散、クラスター係数注5)によって決まるといった、流行レベルと性的接触ネットワークの構造との関連性の違いを明らかにしました。また、性的接触ネットワークは多様であるため、性器ヘルペスの流行レベルのみではHIVの流行レベルの4割程度しか説明できないことが判明しました。そこで、性器ヘルペスの流行レベルにネットワーク統計量(次数相関注6)、クラスター係数、コンカレンシー注7))という数理的指標を組み合わせることにより9割程度の性的接触ネットワークでHIVの流行レベルを説明できました。

<今後への期待>

本研究によって、性器ヘルペスと性的接触ネットワーク、HIVと性的接触ネットワークではその関連性が異なることが明らかになりました。これは性的接触ネットワークが変わると性器ヘルペスとHIVの関連性が変化することを意味しており、異なる性感染症の流行レベルの関連性を知るためには、その感染経路である性的接触ネットワークを知る必要があることを意味します。本研究で提案した、ネットワークの多様性を考慮したシミュレーターを基に、実際の性器ヘルペスの疫学データからHIVの流行リスクアセスメント(調査・評価)の実現が期待されます。また、性器ヘルペス以外の性感染症の疫学情報も同時に考慮することにより、より詳細なHIV感染リスクアセスメントの実現が期待されます。これらの正確なHIV感染リスクアセスメントから、効果的な医療介入が性感染症流行制圧に大きく貢献すると考えられます。

<参考図>

図 性器ヘルペスとHIVの流行レベル、およびネットワーク統計量の関連性

図 性器ヘルペスとHIVの流行レベル、およびネットワーク統計量の関連性

性的パートナーシップは婚姻関係のパートナーシップと婚姻関係外の性的パートナーシップで、形成のしやすさとその期間が大きく異なるため、性的接触ネットワークに婚姻関係パートナーシップを含めない場合(図A、B、C)と含めた場合(図D、E、F)に分けて図示している。図C、Fからは、コンカレンシーが高いと(=グラフ上の点の色がオレンジに近いと)HIV、性器ヘルペスの両方の流行レベルが高くなるという関連性が見えるが、次数相関(図A、D)とクラスター係数(図B、E)の流行レベルへの関連性は複雑なものになっている。

<用語解説>

注1) HIV
Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)のことで、主に性的接触によって感染するウイルス。HIVに感染することで、病原体に対する防御に重要なTリンパ球やマクロファージなどが徐々に減っていき、さまざまな病気を発症する。この状態をエイズ(後天性免疫不全症候群。AIDS:Acquired Immuno-Deficiency Syndrome)という。
注2) 性器ヘルペス
単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)によって発症する性感染症。感染すると潜伏、再発症を繰り返す。
注3) 性的接触ネットワーク
性行為を行うパートナー同士で結ばれるパートナーシップで構成されるネットワーク。性感染症の感染リスクは単純にパートナー数に比例するものではないため、その算定のためには誰と誰がパートナーシップを結んでいるかといった性的接触ネットワーク全体を考慮する必要がある。
注4) 性的パートナーシップ
性行為を行うパートナー同士で結ばれるパートナーシップのこと。婚姻関係も性的パートナーシップに含まれるが、その形成と消失の確率は婚姻関係でない性的パートナーシップと大きく異なることに注目する必要がある。本研究では、形成と消失の確率は、「未婚時のパートナーシップ」「既婚時の婚姻関係でないパートナーシップ」「既婚時のパートナーシップ」を区別して検討している。
注5) クラスター係数
ネットワークの混雑具合を示す指標の1つ。本研究では、ある1つの性的パートナーシップのパートナーのパートナー同士がパートナーシップを結んでいる割合のすべてのパートナーシップにおける平均値を指す。
注6) 次数相関
ある1つの性的パートナーシップを構成する一方の者のパートナー数と、もう一方の者のパートナー数の相関のこと。正の相関は、多数のパートナーを持つ人同士、もしくは少数のパートナーしか持たない人同士がパートナーシップを結ぶ傾向を示し、負の相関は、多数のパートナーを持つ人のパートナーは少数のパートナーしか持たない傾向を示す。
注7) コンカレンシー
複数のパートナーを同時に持つことで、性感染症の流行に大きく影響していると考えられている。本研究では、2人以上のパートナーを持っている人の割合を指す。

<論文情報>

タイトル Sexual network drivers of HIV and herpes simplex virus type 2 (HSV-2) transmission
(性的ネットワークによって駆動されるHIVと性器ヘルペスの流行)
著者名 大森 亮介、Laith J. Abu-Raddad
掲載誌 AIDS
doi 10.1097/QAD.0000000000001542

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

大森 亮介(オオモリ リョウスケ)
北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 助教
Tel:011-706-9488 Fax:011-706-5190
E-mail:
URL:http://researchmap.jp/ken/

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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