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平成29年7月7日

国立大学法人 名古屋大学
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

世界最高速の細胞分取マイクロ流体チップ

ポイント

名古屋大学 大学院工学研究科(研究科長:新美 智秀)の新井 史人 教授、佐久間 臣耶 助教、早川 健 特任助教、笠井 宥佑 博士課程学生の研究チームは、超高速な流体制御技術を用いて、細胞を高速かつ高生存率注1)分取注2)する世界最高性能の細胞分取技術の開発に成功しました。

近年、膨大な数の細胞の中から目的の細胞を高速に分取する技術(セルソーティング)は、細胞の特性解析に貢献するのみならず、細胞集団の中から優れた特性を持つ細胞を発見するための強力なツールとして注目されています。例えば、血液中の循環腫瘍細胞を発見・解析して癌の早期診断を行う、多数のミドリムシの中から脂質を大量に含む個体を分取してバイオ燃料の品種改良に利用するなど、医療や産業への応用が期待されています。しかし、従来の細胞分取装置では、分取速度と細胞の生存率にトレードオフ注3)が存在し、大きな細胞を高速に分取する際の細胞の生存率の低下が問題でした。

本研究チームは、マイクロ流体チップ注4)を用いて、わずか16マイクロ秒(1マイクロ秒は100万分の1秒)で、超高速に流体を切り替えることで、大きな細胞を高速かつ高生存率で分取することに成功しました。藻類細胞としてミドリムシおよび動物細胞として胃がん細胞を対象とした分取実験では、成功率注5)純度注6)、生存率のすべてにおいて、9割以上の世界最高レベルの分取性能を実現し、従来のトレードオフを打破する細胞分取技術の開発に成功しました。 本研究成果は、平成29年7月7日付(日本時間午後6時)英国の科学雑誌「Lab on a Chip」オンライン版に掲載されます。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題・研究メンバーによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
URL:http://www.jst.go.jp/impact/

新井 史人(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)

新井 史人

佐久間 臣耶(名古屋大学 大学院工学研究科 助教)

佐久間 臣耶

早川 健(名古屋大学 大学院工学研究科 特任助教
現 中央大学 精密機械工学科 助教)

早川 健

笠井 宥佑(名古屋大学 大学院工学研究科 博士課程学生)

笠井 宥佑

プログラム・マネージャー 合田 圭介
研究開発プログラム セレンディピティの計画的創出による新価値創造
研究開発課題 流体制御を基盤とする超高速・超精密単一細胞分取技術の開発
研究開発責任者 新井 史人 (名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
チームメンバー
佐久間 臣耶 (名古屋大学 大学院工学研究科 助教)
早川 健 (名古屋大学 大学院工学研究科 特任助教/現 中央大学 精密機械工学科 助教)
笠井 宥佑 (名古屋大学 大学院工学研究科 博士課程学生)
研究期間 平成27年4月~平成29年3月

本研究開発課題では、膨大な細胞集団から単一の目的細胞を発見する細胞検索エンジンの開発に取り組んでいます。その中で、新井チームは、マイクロ・ナノメカトロニクスの技術を駆使し、超高速・高精度な流体制御技術を用いた細胞分取技術に取り組んでいます。

<合田 圭介 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

本成果は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造」に参画する新井チームによるものです。今回開発した世界最高速の細胞分取マイクロ流体チップは、大きな細胞から小さな細胞までを高い生存率で高速・高精度に分取することが可能で、本チップ上でのイメージングデータを用いた高速細胞分取システムへと応用できます。本プログラムでは、最先端の異分野技術を組み合わせて、膨大な数の多種多様な細胞集団の細胞一つ一つを網羅的に調べ上げる細胞分析装置「セレンディピター」を開発しており、本研究成果は、セレンディピターの実現、そして、これを用いた超効率バイオ燃料や高精度血液検査技術の開発に向けた大きな一歩であると考えています。

<研究の背景>

近年、単一細胞解析の重要性から、図1に示すような、単一細胞を分取する研究が盛んに行われています。これらの単一細胞分取技術は、細胞の特性解析に貢献するのみならず、細胞集団の中から優れた特性を持つ細胞を発見するための強力なツールとして注目されています。例えば、血液中の循環腫瘍細胞を発見・解析して癌の早期診断を行う、多数のミドリムシの中から、脂質を大量に含む個体を分取し大量培養を行うことで高効率なバイオ燃料を生産するなど、医療や産業への応用が期待されています。

従来、細胞を分取するために、Fluorescence-activated cell sorting(FACS)装置が多くの研究機関で用いられてきました。しかしながら、多くのFACS装置は高速分取が可能という特徴がある一方で、分取の際に細胞を含む液滴を空気中に打ち出す工程があるため、空気感染の対策が必要であったり、分取された細胞の生存率が細胞の大きさなどの条件に大きく依存するなどの問題がありました。

このような問題に対し、近年、液滴を形成することなく装置内で分取が可能な技術として、マイクロ流体チップを用いた細胞の分取装置(オンチップセルソーター)に注目が集まっています。現在までに、さまざまな方式を用いたオンチップセルソーターの研究が行われていますが、広い領域の流体を高速で制御するシステムの構築が困難であるため、大きさが100マイクロメートル程度のミドリムシや、大きさが数10マイクロメートル程度の白血球や循環腫瘍細胞など、比較的大きな細胞や希少な細胞を10マイクロ秒程度の高速かつ高生存率で分取することは困難であるという問題がありました。

そこで本研究では、マイクロ流体チップ中で、超高速に流体を制御することで、細胞を高い生存率で高速に分取するオンチップセルソーターの開発を行いました。

<研究内容>

本研究では、マイクロ流体チップを用いた大きな細胞の高速分取を目指し、ガラス-シリコン-ガラスの3層構造を持つ高剛性なマイクロ流体チップを用いて、高速で局所的に流体制御が可能なシステムを構築しました。本研究で提案するマイクロ流体チップは膜型構造を持っており、図2に示すように、外部アクチュエータを用いてガラスの膜を押し込むことによってポンプ内の流体をメインの流路に押し出し、細胞の流れを切り替えることで分取できる仕組みになっています。また、膜型ポンプはメインの流路の上下に設置してあり、2つのポンプの押し引きを交互に行うことで、目的の細胞を上下に分取できる構造になっています。この構成において、流路の断面積に対してガラス膜の断面積を大きくすることにより大容量の流体制御が可能となり、さらに、膜型ポンプの駆動源としてマイクロ秒オーダーの高速駆動が可能なピエゾアクチュエータを用いることで、広い領域の流体を高速で制御するシステムを実現しました。

本研究では、メイン流路の流れを微粒子を用いて可視化し、流体制御の応答速度と応答領域の評価を行いました。図3(a)、(b)に示す実験の結果より、サンプルの流れが最も変位するまでにかかる時間を計測し、最速で応答速度16マイクロ秒を達成しました。これは、31kHzの分取の処理速度に相当します。応答領域の実験では、図3(c)、(d)に示すように、今回の開発したチップにおいて、分取に必要な変位量の約30マイクロメートルを超える領域の幅を計測し、150マイクロメートル程の大領域の応答領域が制御可能であることを確認しました。

さらに、開発した高速流体制御技術を用いて、オンチップセルソーターを構築し、細胞の分取を行いました。大きな藻類細胞の分取の例として、ミドリムシとマイクロビーズを1:1の割合で混合した溶液の中からミドリムシのみを分取する実験を行いました。ミドリムシの分取の様子を図4(a)に示します。ミドリムシの分取実験の結果、成功率92.8%、純度95.8%、生存率90.8%という高い性能を達成しました。また、本研究で提案する細胞分取方式は小さな細胞に対しても適応が可能なため、小さい細胞の例として、胃がんの細胞を対象とした分取の実験を行いました。実験では、胃がん細胞とマイクロビーズを1:1の割合で混合し、胃がん細胞のみを分取する実験を行いました(図4(b))。分取実験の結果、小さな細胞の分取実験でも、成功率97.8%、純度98.9%、生存率90.7%という世界最高レベルの分取性能を実現しました。

以上より、本研究で提案したオンチップセルソーターは、従来の細胞分取装置の問題であった処理速度と細胞の大きさのトレードオフを大きく打破する性能を達成しました。

<今後の展望>

本研究で開発したオンチップセルソーターは、従来技術では難しかった比較的大きな細胞を高速かつ高生存率で分取することを可能とします。これにより、細胞の特性解析に貢献するのみならず、細胞集団の中から循環腫瘍細胞などの希少な細胞や、優れた特性を持つ細胞を発見・分取に強く貢献できると考えられます。これらの技術は、癌の早期診断、高効率バイオ燃料を用いた新規エネルギー開発への応用が強く期待されます。また、顕微鏡を用いた流体中の細胞イメージング技術に適応ができるため、従来技術では難しかった複雑な画像情報を用いた次世代の高速細胞分取システムの開発など大きな飛躍が期待できます。

<参考図>

図1 細胞分取の概念図

図2 超高速流体制御を用いたオンチップ細胞ソーティングのコンセプト図

図3 提案手法を用いた流体制御の応答速度と応答領域の評価

  • (a)ポンプ駆動時の流体評価の様子
  • (b)応答速度評価
  • (c)ピエゾアクチュエータへの入力電圧の立ち上がり時間および最大電圧を変化させた際の応答領域評価の様子
  • (d)応答領域評価

図4 オンチップ細胞ソーティングの実験結果の一例

  • (a)分取対象:ミドリムシ(赤色および青色の楕円)、非分取対象:マイクロビーズ(黒色の円)
  • (b)分取対象:胃がん細胞(赤色の円)、非分取対象:マイクロビーズ(黒色および青色の円)

<用語解説>

注1) 生存率
分取した細胞のうち、生きている細胞の割合。
注2) 分取
集団の中から、対象のみを抽出すること。
注3) トレードオフ
一方を追求する際に、他方を犠牲にしなければならないということ。
注4) マイクロ流体チップ
微量な溶液や生体試料の混合、反応、分離、精製、検出などさまざまな化学、生物操作をミクロ化できる半導体製造技術を用いて作製したデバイス。
注5) 成功率
検出した目的細胞のうち、分取した細胞の割合。
注6) 純度
分取した粒子(細胞など)のうち、目的の粒子の割合。

<論文情報>

タイトル On-chip cell sorting by high-speed local-flow control using dual membrane pumps
著者名 Shinya Sakuma, Yusuke Kasai, Takeshi Hayakawa, Fumihito Arai
掲載誌 Lab on a Chip
doi 10.1039/C7LC00536A

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

名古屋大学 大学院工学研究科 教授
新井 史人(アライ フミヒト)  
Tel:052-789-5025 Fax:052-789-5027  
E-mail:

名古屋大学 大学院工学研究科 助教  
佐久間 臣耶(サクマ シンヤ)  
Tel:052-789-5026 Fax:052-789-5027  
E-mail:

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