JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成29年6月23日

大阪府立大学
群馬大学
科学技術振興機構(JST)

全固体電池実現に向けた研究開発への応用に期待
高イオン伝導度を示すガラス固体電解質の非結晶状態を解明

ポイント

大阪府立大学(学長:辻 洋)の塚崎 裕文 研究員、森 茂生 教授、林 晃敏 教授、辰巳砂 昌弘 教授と、群馬大学(学長:平塚 浩士)の森本 英行 准教授らは、JST(理事長:濵口 道成)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発・特別重点技術領域「次世代蓄電池」(ALCA-SPRING)の一環として、近年、全固体電池への応用が期待されている固体電解質材料、ガラスおよびガラスセラミックスにおける非結晶状態の直接観察に初めて成功しました。

一般的にLiイオン伝導パスとしての役割を担う固体電解質には2種類存在します。1つは非結晶状態で特徴付けられるガラス、もう1つは、ガラスを結晶化させて得られるガラスセラミックスです。高いイオン伝導度を示す固体電解質を開発するためには、非結晶状態や非結晶マトリックス中での結晶の形態・つながり方を解明することが極めて重要です。本研究では、硫化物系LiS-P無機固体電解質に着目し、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、ガラス、およびガラスセラミックスの微細構造の直接観察を試みました。さらに、全固体電池における熱的安定性評価に向けた研究の一環として、加熱その場観察注1)によりガラスの結晶化挙動の特徴も明らかにしました。

なお、本研究成果は「Scientific Report」誌にて、日本時間2017年6月23日に掲載される予定です。

80Li2S・20P2S5ガラスセラミックスの高分解能電子顕微鏡像

<研究の背景>

従来のリチウムイオン電池は優れた充放電サイクル特性と高いエネルギー密度を示すものの、電解液に可燃性の有機溶媒を用いているため、安全性に課題がありました。そこで、近年では有機溶媒を不燃性の無機固体電解質に置き換えた全固体電池が注目されています。無機固体電解質の中には電解液に匹敵するイオン伝導率を示すものが存在します。その1つが硫化物系固体電解質です。硫化物系固体電解質は、酸化物系よりも高いイオン伝導度を示し、広い電位域において電気化学的に安定であることから、全固体電池への応用が期待されています。

本研究で着目した硫化物系LiS・Pガラス電解質は、組成選択の自由度が大きいことに加え、図1に示すように加熱すると結晶化が起こり、析出する結晶相の種類によってイオン伝導度が大きく変化する特徴があります。このように、ガラスを結晶化させたものを一般的にガラスセラミックスと呼んでいますが、その構造については不明な点が多く、結晶を含んだ非結晶状態の実態は未だに解明されていません。

<研究内容と成果>

本研究では、硫化物系LiS・Pガラス電解質での非結晶状態、および結晶を含んだ非結晶状態について透過型電子顕微鏡(以下、TEM)を用いたその場観察により調べました。まず、硫化物系電解質は空気に不安定であるため、空気にさらすことなくTEM観察するための実験環境を整えました。TEM観察用試料の作製は図2に示す不活性ガス雰囲気のグローブボックス内で行い、TEM観察時には不活性ガス雰囲気対応の真空TEMホルダーを用いました。さらに、非結晶・結晶領域の空間分布を可視化するため、暗視野法と呼ばれるTEM観察方法を確立しました。暗視野法は図3に示すように、まず結晶化により出現した回折スポットを用いて暗視野像を複数枚取得します。すると、結像に使ったスポットに対応した結晶粒が明るいコントラストとして観察されます。そして、取得した像を全て重ね合わせることで、結晶粒の形態やサイズ、非結晶・結晶質領域の空間分布を直接観察することが可能になります。

この観察方法を利用して、80LiS・20Pガラスセラミックスの微細構造を調べました。室温で測定したX線回折データには高イオン伝導結晶相Li3.250.95の回折ピークが観察されました。そこで、Li3.250.95結晶の形態を明らかにするためTEMを用いてナノスケールでその場観察を行いました。

図4は80LiS・20Pガラスセラミックスの高分解能電子顕微鏡像です。大きさ約5nmのLi3.250.95ナノ結晶が非結晶領域中に存在し、互いに連結している様子を観察します。この結果から、超イオン伝導ナノ結晶の析出、および連結が高いイオン伝導度に寄与していることを示唆しています。次に75LiS・25Pガラス電解質の微細構造を調べました。図5は75LiS・25Pガラス電解質の暗視野像と高分解能電子顕微鏡像です。まず、対応する電子回折図形にはハローパターン注2)が観察されます。これは、平均構造として非結晶状態であることを示唆しています。しかし、暗視野像中には、図5左内の矢印で示すように、結晶領域を示す明るいコントラストが所々に点在しています。さらに400万倍の高分解能電子顕微鏡像中には、図5右内の点線で示すように、大きさ数nmのナノ結晶が非結晶領域中にランダムに分布している様子が観察されます。これらの観察から、ガラス状態は均質な非結晶状態ではなく、数nmのナノ結晶を含んだ不均一な状態であることが明らかになりました。

全固体電池における熱的安定性評価に向けた研究の一環として、加熱によるその場TEM観察によりガラス電解質の結晶化挙動についても調べました。図6は75LiS・25Pガラス電解質から取得した各温度での電子回折図形です。室温では非結晶状態を示すハローパターンが観察されます。この状態から加熱すると、約180℃付近で結晶化が始まり、その後は温度上昇にとともに結晶化が進行します。280℃の電子回折図形を解析した結果、析出した結晶相は高いイオン伝導度を示すβ-LiPSであることが分かりました。さらに、75LiS・25Pガラスセラミックスの微細構造を明らかにするため、210℃でその場TEM観察を行いました。図7は75LiS・25Pガラスセラミックスの暗視野像と高分解能電子顕微鏡像です。電子回折図形中には多数の回折スポットから成るデバイリング、暗視野像中には大きさ約数十nmのβ-LiPS結晶粒が観察されます。高分解能電子顕微鏡像中には、点線で示すように、β-LiPS結晶が互いに隣接している様子が観察されました。このように、暗視野法と高分解TEM法を組み合わせることにより、これまで解明されていなかったガラスセラミックスの描像、すなわち結晶を含んだ非結晶状態の実態と、ナノ結晶の析出と連結が高いイオン伝導性に寄与していることが明らかになりました。

<今後の展開>

LiS・Pガラス電解質は、ガラスセラミックス化させることによりイオン伝導度を大きく向上させることができます。今後は硫化物型全固体電池の実現に向けて、充放電サイクルに伴う電極複合体での構造変化や電極-電解質固体界面付近の微細構造の評価が大きな課題です。今回確立した暗視野法・高分解TEM法による観察手法は、電極複合体に対しても有効であると考えています。さらに、本研究では加熱によるその場TEM観察でガラスの結晶化挙動が明らかになったので、今後、電極複合体の熱安定性評価にもつながることが期待できます。

<参考図>

図1 70Li2S・30P2S5ガラス電解質のX線回折プロファイルとイオン伝導度の組成依存性

図1 70LiS・30Pガラス電解質のX線回折プロファイルとイオン伝導度の組成依存性

熱処理条件により析出結晶相が変化。ガラスセラミックス化によるイオン伝導度の向上。

図2 硫化物系電解質を空気にさらさずにTEM観察するための実験環境

図2 硫化物系電解質を空気にさらさずにTEM観察するための実験環境

左:グローブボックス 右:真空TEMホルダー

図3 暗視野法による結晶化領域の可視化

図3 暗視野法による結晶化領域の可視化

結晶化した領域は明るいコントラストとして観察される。

図4 80Li2S・20P2S5ガラスセラミックスの高分解能電子顕微鏡像

図4 80LiS・20Pガラスセラミックスの高分解能電子顕微鏡像

図5 75Li2S・25P2S5ガラス電解質の暗視野像と高分解能電子顕微鏡像

図5 75LiS・25Pガラス電解質の暗視野像と高分解能電子顕微鏡像

図6 75Li2S・25P2S5ガラス電解質における電子回折図形の温度変化

図6 75LiS・25Pガラス電解質における電子回折図形の温度変化

図7 75Li2S・25P2S5ガラスセラミックスの暗視野像と高分解能電子顕微鏡像

図7 75LiS・25Pガラスセラミックスの暗視野像と高分解能電子顕微鏡像

<用語解説>

注1) その場観察
その場観察とは、透過型電子顕微鏡(TEM)鏡体内で試料の微細構造、ならびに相変化や核生成などの過程をリアルタイムで直接観察することを言います。本研究で用いたTEMホルダーには、不活性ガス雰囲気を保持するだけでなく、温度をリアルタイムに制御できる機能があります。これにより、LiS・Pガラス電解質のナノ構造や結晶化挙動を直接観察することが可能となります。
注2) ハローパターン
結晶には周期構造が存在するため、電子回折では周期構造に起因する回折スポットが観察されます。一方、ガラスなどの非結晶は、等方的でかつ結晶のような周期構造を持たないため、強度の弱い同心円状の回折パターンが観察され、一般的にハローパターンと呼びます。

<論文情報>

タイトル Direct observation of a non-crystalline state of LiS−P solid electrolytes
(LiS・P固体電解質における非結晶状態の直接観察)
著者名 塚崎 裕文、森 茂生、森本 英行、林 晃敏、辰巳砂 昌弘
掲載誌 Scientific Reports
doi 10.1038/s41598-017-04030-y

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

塚崎 裕文(ツカサキ ヒロフミ)
大阪府立大学 大学院工学研究科物質・化学系専攻マテリアル工学分野 研究員
Tel: 072-252-1161
E-mail:

森 茂生(モリ シゲオ)
大阪府立大学 大学院工学研究科物質・化学系専攻マテリアル工学分野 教授
Tel: 072-254-9318
E-mail:

森本 英行(モリモト ヒデユキ)
群馬大学 大学院理工学府環境創生部門 環境エネルギーコース 准教授
Tel: 0277-30-1383
E-mail:

<JST事業に関すること>

江森 正憲(エモリ マサノリ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 ALCAグループ
Tel: 03-3512-3543
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail: