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平成29年6月16日

電気通信大学
科学技術振興機構(JST)

光コムを用いた新しい高速3次元イメージング法の実証に成功

~瞬時立体計測と広範囲・高精度を両立~

ポイント

科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業において、電気通信大学の加藤 峰士 特任助教、美濃島 薫 教授らの研究グループは、高い制御性を持ち、位相が極めて精密に揃った広帯域スペクトル注1)を持つ光波を発生するレーザー光源(光コム)を用いた新しい高速イメージング方法を開発しました。

3次元形状計測法の研究では、広範囲かつ高精度な測定を実現するため、様々な方法が考案されており、距離計測に基づく方法はその1つです。距離計測においては、特に、近年、光コムという高い制御性とコヒーレンス注2)を持った超短パルス列注3)を用いることにより、計測精度とダイナミックレンジ(最小計測距離と最大計測距離の比)が飛躍的に向上しました。しかし、従来法ではレーザー光を被測定物に照射し、そこから反射した光が戻るまでの時間に基づいて距離を計測するため、被測定物全体の形状を測定するには光を照射する位置を変えながら順次計測する必要がありました。さらに、科学的・産業的に有用なマイクロメートル以下の高精度測定を行なうためには、フェムト秒などの超高速時間の測定が必要ですが、直接測定することができないため、基準との相対遅延時間を連続的に変化させながら測定する必要がありました。そのため、被測定物について3次元形状の瞬時計測と広範囲・高精度計測を両立することは容易ではなく、測定は静止対象物に制限されるという課題がありました。

上記の課題を解決するために、本研究グループは、計測対象までの距離情報を色(周波数)情報に変換して取得する、高精度で広範囲に適用できる瞬時イメージング方法を開発しました。具体的には、ファイバレーザーで発生させた光コムから繰り返し出射される超短パルス列を2つに分け、一方の色(周波数)が時間とともに規則的に変化するパルス光(チャープしたパルス光)を被測定物に照射し、その反射により戻ってきた光を、もう一方の色(周波数)が変化しないパルス光(チャープのないパルス光)と干渉させます。干渉パターンをカメラで撮影し、簡単な解析から距離情報を抽出します。実際に、この方法を用いて、既知の段差を持つ被測定物(ブロックゲージ)の段差プロファイル形状計測を行い、瞬時に3次元形状を取得できることを原理的に検証しました。光コムから繰り返し発せられる精密間隔のパルス列を用いることで、大きな物体でも精度を落とすことなく測定できる点が特徴です。

本方法は、非常に小さな物体から、大きな段差や長辺と短辺の比が大きな物体の高速3次元形状計測、単発現象の瞬時イメージングなど、多様な応用が期待されます。 本研究成果は、2017年6月16日(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の電子ジャーナル「Scientific Reports」で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト」
研究課題 美濃島 薫(電気通信大学 情報理工学研究科 教授)
研究期間 平成25年10月~平成31年3月

光波の時間、空間、周波数、位相、強度、偏光など全てのパラメータを自在に操作でき、様々な応用に使えるところまで進化した知的光源を開発し、その未踏な応用分野を開拓することを目標としています。

<研究の背景と経緯>

3次元形状計測法の研究では、広範囲を高精度に計測するため様々な方法が考案されてきており、距離計測に基づく方法はその1つです。距離計測においては、近年では、光周波数コム(以下、光コム)という高い制御性とコヒーレンスを持った超短パルス列を発生するレーザーを用いる計測方法が考案され、距離計測の精度およびダイナミックレンジが飛躍的に向上しました。光コムは、周波数領域注4)において櫛のように等間隔に並んだ広帯域のスペクトル群で構成される光源であり、その間隔は、レーザーを構成する共振器内の発振モード(縦モード)間の位相関係により、極めて等しくなっています。また、時間領域注4)ではフェムト秒(fs:10-15秒)などの超短パルス列になるという特徴があります。図1に、光コムの特徴を表す時間領域と周波数領域における概念図を示します。

光コムを特徴づけるパラメータは、スペクトル間隔周波数ƒrepとキャリアエンベロープオフセット周波数ƒceoです(図1(b))。ƒceoは発振モードをƒrep間隔で仮想的にゼロ周波数まで並べたときの余りに相当する周波数を意味します。時間軸では、ƒrepは超短パルス列の繰り返し周波数を、ƒceoはエンベロープに対する内部キャリア波の位相ずれの周波数を意味します。超短パルスレーザーであることを利用し、フェムト秒領域に局在したエンベロープとエンベロープ内部のキャリアの干渉を用いれば、高精度な長さ計測が可能となります。さらに光コムでは、櫛の歯に相当する各周波数モードが極めて高いコヒーレンスを持つため、図1のパルス列のうちの同一パルスだけでなく、大きく離れたパルス同士であっても干渉できるので、パルス幅以上の長距離にわたって同様の干渉計測が可能となり、計測可能な距離の範囲を大きく拡大することができます。しかし、このような方法は基準点から被測定物の1点までの距離計測に留まるもので、近年、科学的・産業的に要望の大きい高精度な瞬時多点距離計測すなわち高速高精度な3次元イメージングへの展開は困難でした。実際、瞬時多点距離計測と広範囲・高精度計測を両立するためには、被測定物へ照射するレーザー位置、および遅延時間を連続的に変化させながら測定することが必要となるため、測定は静止対象物に制限されていました。

<研究の内容>

本研究のもととなる、超短パルスレーザーのチャープ光を光源とした空間-時間-色情報の超高速変換の原理は、美濃島教授らにより1994年に提案されています文献1)。この方法では、時間とともに規則正しく色が変化するチャープパルス光が、段差のある被測定物に照射され、段差の形状情報は反射光パルスの遅延時間情報に変換されます。次にこの反射光は、非線形光学効果である光カー効果注5)を利用した高速シャッターによって一部が切り出されることで、形状情報が遅延時間情報を介して色(周波数)情報に変換され、段差計測が行なわれます。この方法では、単独のパルスのみを用いていたため、一度に測定できる奥行きの範囲がチャープパルス幅で制限される点が課題でした。また、効率的な光カー効果を生じさせるためには高強度のレーザーが必要であり、複雑かつ大型な増幅チタンサファイアレーザーを光源として用いることから、安定性、実用性に乏しく、計測の高精度化が困難でした。

今回、実用性に優れた光源であるファイバレーザーから発せられた高精度に制御されたパルス列である光コムを利用し、さらに、高強度を必要としないチャープした超短パルスのスペクトル干渉を、形状情報から変換された色(周波数)情報の取得手段として用いることで、光源の安定化・省スペース化を実現するとともに、瞬時多点計測と広範囲・高精度計測を両立する手法を開発しました。

まず、図2を用いて本方法の原理を説明します。本方法では、図2①のように、チャープしていない(チャープフリー)光パルスを基準の光(以下、リファレンス光)とし、チャープした光パルス(チャープパルス)を形状測定用の光(以下、プローブ光)として使用します。図2②のように、チャープパルスを被測定物に照射すると、その反射光は被測定物の段差(図2のA、B、C)に応じて遅延時間が発生します(図2③)。反射光は、ビームスプリッタによってチャープフリーパルス(図2④)と重ね合わされ、スペクトル干渉が生じます(図2⑤)。スペクトル干渉とは波長軸上で検出される干渉のことであり、特に図2⑤では図2⑥のような干渉縞パターンが観察されます。これをカメラで撮像してスペクトル干渉画像を取得すると、チャープパルスとチャープフリーパルスが重なるタイミングによって、図2⑨のように波長スペクトル上の干渉縞パターンが変わります。チャープフリーパルスの中心と重なったチャープパルスの波長において、干渉縞パターンが最も粗く(周波数が最も小さく)なり、これを最低干渉縞周波数波長と呼ぶことにします(図2⑥の点線)。図2⑨の観測された干渉縞パターンのそれぞれの最低干渉縞周波数波長を求めることによって、上述の遅延時間すなわち被測定物との距離を測定することができます。

次に、段差計測の原理検証に用いた実験配置を示します(図3)。モード同期ファイバレーザーから出射した光コムをビームスプリッタで2つに分け、それぞれをリファレンス光とプローブ光として使用します。プローブ光には3.8メートルのシングルモードファイバによってチャープを与え、パルス幅5.7ピコ秒(ps:10-12秒) のチャープパルス光にします。その後、プローブ光を被測定物であるブロックゲージに照射し、A段とB段の形状情報をプローブ光の上半分と下半分にそれぞれ与えます。ブロックゲージはガラス基板に光学接着されており、A段とB段の間に高精度な既知の段差480マイクロメートルが形成されています。一方、チャープフリーパルス光であるリファレンス光は、遅延ステージ(以下、ディレイステージ)でこの部分の光路を通過する時間に相当する遅延を与えたのちにプローブ光と重ね合わせられます。重ね合わされた光が示す干渉パターンを、反射型回折格子を用いて色(周波数)成分に分解し、1次回折光を赤外線カメラに入射させます。

まず、原理確認のため、ディレイステージでリファレンス光の遅延時間を変えながら、赤外線カメラでスペクトル干渉画像を撮影しました(図4)。各画像の横方向が波長、縦方向が空間位置で、AとBはブロックゲージのA段とB段の位置を表しています。画像中の数字はディレイステージの位置を示し、ディレイステージを移動させると干渉縞のパターンも移動する様子がよく分かります。

図4(a)の干渉画像から、A段およびB段について、各々の最低干渉縞周波数位置を解析して各点の位置を求めました。その結果、段差形状の分布を含めた計測結果は477±12マイクロメートルとなり、標準偏差の範囲内で設計値480マイクロメートルと一致しました。

さらに、図5に、遅延時間を固定して撮影した1枚の画像(図4(b))からブロックゲージの立体プロファイル形状を瞬時に測定した結果を示します。この結果からAとBの各領域を平坦とみなして測定結果を平均し、A段とB段の段差を求めると、479.1±1.3マイクロメートルとなり、高精度な段差測定が可能であることが示されました。

最後に、光コムの高精度なパルス列間隔を用いて異なるパルス同士の干渉縞を取得し、3メートル離れて配置された2つのミラーの形状と間隔を瞬時に測定しました(図6)。その結果、大きな物体であっても同様の高精度で瞬時に形状計測ができることが示されました。

<今後の展開>

チャープした光コムを用いたスペクトル干渉による瞬時3次元計測方法を提案し、その方法を用いてブロックゲージの段差計測を行なうことにより、瞬時プロファイル形状計測が可能であることを原理的に検証しました。実験では画像素子を用いて、形状に対応したスペクトル干渉縞パターンを取得することで、1枚の画像から段差の立体プロファイル形状を測定した結果、計測した値は標準偏差内で設計値と一致しました。

光コムの高い制御性とコヒーレンスを利用することで、奥行き測定範囲のさらなる拡大が可能であり、光学系の改良によってイメージ分解能の向上を図ることができると考えています。

この原理を応用することにより、非常に小さな物体から大きい物体までの被測定物の高速3次元データ取得、特に、ものづくりにおけるメートル規模の対象物や長辺と短辺の比が大きい形状物の精密計測、さらにはレーザーによる加工や物質改変における単発現象や衝撃波発生のような瞬間イメージングなどを実現することが期待されます。

<参考図>

時間領域と周波数領域における光コム

図1 時間領域と周波数領域における光コム

  • (a)は時間領域での光コム波形で、4つの光パルス列が描かれている。赤色の曲線はキャリア(搬送波)と呼ばれる光電場波形で、それに接する青色の曲線はエンベロープ(包絡線)と呼ばれる。
  • (b)は周波数領域での光コムのスペクトルで、その波形は櫛(Comb)のような形をしている。周波数領域における櫛1本1本の間隔がƒrepであり、この櫛を仮想的に左端(0ヘルツ)まで並べた時の余りがƒceoである。一方、時間領域では光パルス1個1個の間隔がƒrepで決まり、キャリア波形が1周して元に戻る周期がƒceoで決まる。
図2 スペクトル干渉を用いた距離測定方法の原理

図2 スペクトル干渉を用いた距離測定方法の原理

チャープパルス(①)を被測定物に照射すると(②)、その反射光は被測定物の段差に応じて遅延時間が発生する(③)。それをチャープフリーパルスと重ね合わせると(④)、得られた干渉縞(⑤)においてパルスが重なるタイミングによってスペクトル上のパターン(⑥)が変化する。スペクトル干渉縞(⑦)を面的に取得し(⑧)、それぞれの干渉縞の周波数が最も小さくなる波長(⑨の点線)を求めれば、遅延時間すなわち被測定物との距離を測定することができる(⑩)。

図3 原理実証のための実験配置

図3 原理実証のための実験配置

モード同期ファイバレーザーで発生させた光コムを、ビームスプリッタ(BS)でリファレンス光とプローブ光に分離する。プローブ光は3.8メートルのシングルモードファイバを通ることでチャープパルスとなり、ビームエキスパンダ(BE)でビーム径を拡大させて被測定物(ブロックゲージ)に照射される。反射されたプローブ光と、ディレイステージによって遅延の与えられた光路を通過してきたリファレンス光を干渉させ、回折格子で波長分解したのち、赤外線カメラで撮影した。

図4 赤外線カメラで撮影したスペクトル干渉画像

図4 赤外線カメラで撮影したスペクトル干渉画像

  • (a)はディレイステージを190~1590マイクロメートル移動させて撮影したスペクトル干渉画像。干渉縞パターンの粗いところの波長から距離情報が取得できる。
  • (b)はディレイステージの位置を960マイクロメートルに固定して取得したスペクトル干渉画像。この1枚の画像から、ブロックゲージのA段とB段それぞれから反射してきたプローブ光によって形成された干渉縞パターンが取得できる。
図5 ブロックゲージの瞬時形状測定結果

図5 ブロックゲージの瞬時形状測定結果

図4(b)の干渉画像から立体プロファイル形状を瞬時に測定した結果、A段とB段の段差が479.1±1.3マイクロメートルという高精度なデータが得られた。

図5 ブロックゲージの瞬時形状測定結果

図6 距離が離れた物体の形状と間隔の瞬時測定

3メートル離れて配置された2つのミラーの形状と間隔を瞬時に測定した。光コムの高精度なパルス同士の干渉を利用すれば、大きな物体でも高精度な瞬時形状計測が可能である。

<用語解説>

注1) スペクトル
光の波長ごとの強度分布をスペクトルと呼ぶ。
注2) コヒーレンス
波と波が重なり合う時、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質がある。この性質を干渉性があるといい、干渉のしやすさをコヒーレンスという。
注3) 超短パルス列
超短パルスとは、非常に短い時間のみ光るパルスのことで、特に数ピコ秒以下のパルスのことを超短パルスと呼ぶ。それらが高いコヒーレンスを保って等間隔に時間的に連なると、光コムとなり、時間軸上では超短パルス列となる。
注4) 周波数領域、時間領域
光パルスは、様々な周波数(色)の光がそろって重なることで時間的に短いパルスを形成する。このようなパルスを理解するには、図1のように時間とともに変化する波形(図1(a))と、周波数とともに変化する波形(図1(b))の2種類の見方ができ、それぞれを時間領域、周波数領域と呼ぶ。
注5) 光カー効果
光による物質の非線形光学効果の1つで、ある物質に電場が与えられた時、その物質の屈折率が電場の強さの2乗に比例して変化する現象を光カー効果と呼ぶ。

<参考文献>

文献1)
Minoshima, K., Matsumoto, H., Zhang, Z. & Yagi, T. Simultaneous 3-D imaging using chirped ultrashort optical pulses. Jpn. J. Appl. Phys. 33(9B), 1348–1351 (1994).

<論文タイトル>

“No-scanning 3D measurement method using ultrafast dimensional conversion with a chirped optical frequency comb”
(チャープした光周波数コムによる超高速次元変換を用いた無走査3次元形状計測)
doi: 10.1038/s41598-017-03953-w (SREP-16-39420-T)

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

美濃島 薫(ミノシマ カオル)
電気通信大学 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 教授
〒182-8585 東京都調布市調布ヶ丘一丁目5番地1
Tel:042-443-5758
E-mail:

<JST事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

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