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平成29年5月31日

京都大学
物質・材料研究機構(NIMS)
立命館大学
千葉大学
高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)
科学技術振興機構(JST)

ガラスが熱で変形しやすいのはなぜか、原子レベルで一端を解明

ガラスは、我々の生活に欠かせない材料です。可視光に対し透明で加工しやすく、熱的にも化学的にも安定といったガラス固有の性質を持っていますが、なぜこのような機能が現れるのかという原子レベルのメカニズムは分かっていませんでした。メカニズム解明にはガラスの原子配列を調べる必要がありますが、実用ガラス材料は多くの元素から構成されているのに加え、ガラスにおける原子配列は結晶のような規則性がないため、配列の把握には大きな困難を伴います。

京都大学、物質・材料研究機構、立命館大学、千葉大学、高輝度光科学研究センター、科学技術振興機構の共同研究チームは、大型放射光施設SPring-8注1)の高輝度放射光X線、中性子、核磁気共鳴(以下、NMR)注2)から得られるデータからガラスの原子配列を忠実に再現するデータ駆動型構造モデリング法を世界で初めて適用し、ガラス材料に酸化亜鉛(以下、ZnO)を加えると予測に反し熱膨張係数注3)が大きくなるという異常なふるまいを原子レベルで明らかにしました。

今回の研究では、加工時の省エネルギーの観点から低融点な光学ガラス材料として有望視されているZnO-Pガラスを対象に、熱膨張係数が異常なふるまいをするメカニズムを実験で検証しました。SPring-8の共用ビームラインBL01B1ならびにBL04B2においてXAFS注4)実験、高エネルギーX線回折注5)実験を行い、さらにNMR計測から得られたデータおよびすでに報告されている中性子回折データを併用してこれらの実験データを同時に再現するデータ駆動型構造モデリング法を世界で初めて適用しました。その結果、ガラスの組成を変化させたときに現れる熱膨張係数の異常の原因はガラスのネットワーク構造の担い手がPO四面体からZnO<4)多面体に移っていることにあることが分かりました。

今回の発見は、ガラスの機能発現メカニズムをガラス構造から原子レベルで明らかにしたものです。今後、こういった知見を蓄積することにより、超高屈折率ガラスや新規セラミックスのような革新的材料の開発への道筋を示す重要な知見となることが期待されます。

京都大学 小野寺 陽平 助教らのチームの共同研究による今回の研究成果は、2017年5月31日(日本時間)に英国の科学雑誌 Nature Communications に掲載されます 。

本研究はJSPS 科研費 若手(A)26709048、公益財団法人 泉科学技術振興財団 研究助成、京都大学 化学研究所 共同利用・共同研究拠点(No.2015-69、2016-47)、科学技術振興機構 個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」(JPMJPR15N4)、科学技術振興機構 イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MII)」の支援を受けて実施されました。

<研究の背景>

ガラスは窓ガラスやガラス容器のような構造材のみならず、光学機器や光ファイバー、透明度を切り替えられるスマートガラスにも使われており、我々の日常生活に不可欠な材料です。その歴史は古く、紀元前4,000年より前の古代エジプトやメソポタミアですでに使われていたことが分かっています。しかし、可視光を通し成形しやすく化学的に安定といったガラス固有の性質を示す理由は解明されておらず、新しいガラスの合成は経験と勘に基づいて行われてきました。

一般的にガラスは、原料を高温で溶かした後、急冷することで作製します。近年の材料開発の競争に日本が勝ち残っていくためには、ガラスの機能が発現する理由をガラス構造から押さえたうえで、効率良く開発を行っていく必要があります。ところが、実用ガラス材料は多くの元素から構成されており、さらに、ガラスにおける原子の配列は結晶のような規則性がないため、構造を原子レベルで捉えることそのものが大きな課題でした。

<研究手法・成果>

今回の研究では、まずZnO-Pの様々な特性を調べました。その結果、本来ZnOの添加量が増えると小さくなるはずの熱膨張係数が逆に大きくなるという異常なふるまいを発見しました。そこでZnOの添加量に伴い構造がどう変化するかを調べることにしました。

純粋なPガラスでは、リン(以下、P)原子は4個の酸素(以下、O)原子と結合したPO四面体がOを頂点で共有することにより、ネットワーク構造を作ることが知られています。Oが2つのPと結合していたら完全なネットワークですが、本ガラスにおいては、その4つのOのうちの1つのOは1つのPとしか結合していません。このような環境構造はQと呼ばれます(図1)。QにZnOを添加していくとQネットワークがどんどん切断され、やがては鎖状構造(Q)、P二量体注6)(Q)、最後には、孤立したPO(Q)となります。核磁気共鳴法(NMR)を用いるとQ、Q、Q、Qの存在比率を正確に捉えることができます。NMRでの実験を通してPOの局所的な原子配列が浮き彫りになりました。一方、Znが何個のOと結合しているかははっきりと分かっていませんでした。

今回の研究では更にZn周辺の構造のみを抽出するためにXAFS測定を行いました。その結果、Znの周りのOの数には分布があり、平均で4より少し小さい値をとることを突き止めました。次にこれらのユニットがどういう風に繋がっているかを明らかにするためガラスの構造モデルの構築に取り組みました。NMR、XAFS、X線回折、中性子回折すべてのデータを再現する構造モデルを逆モンテカルロモデリング注7)法(以下、RMC法)により構築することに世界で初めて成功しました。RMC法によりQ、Q、Q、Qの存在比率を再現することは不可能と考えられてきましたが、RMC法に化学の知見を加え新たな改良を行うことでQ、Q、Q、Qの存在比率再現に成功しました(図2)。これはデータに基づいた信頼性の高いガラス構造モデルの構築、すなわち「データ駆動型構造モデリング」に成功したことを意味します。

研究を通してZnOが少ない組成では、PO四面体がネットワークを作っていることが分かりました。一方、ZnOが多い組成では、PO四面体はネットワークを作らず、単量体や二量体になってしまっていて、かわりにZnO多面体がまるでPOが作るようなネットワークを作っていることも分かりました。この僅かなZnOの添加量の違いでネットワークの担い手が変わることが熱膨張係数の異常なふるまいと関連していることを世界で初めて提示することができました。

<波及効果、今後の予定>

今回明らかにした2つのネットワークの詳細な解析を進めていく予定です。前世紀まではガラスの機能発現メカニズムを構造から理解することは不可能だというのが研究者の認識でした。しかし、SPring-8やJ-PARCのような大型量子ビーム施設の出現と、多くの実験データを駆使したデータ駆動型構造モデリングにより徐々に研究が進んでいます。今後は機械学習のようなデータ科学との連携によりデータ駆動型の研究がさらに加速し、構造に裏打ちされた新たな機能性ガラスのマテリアルデザインができる時代の到来が期待されます。

<参考図>

図1 PO四面体の繋がり方の変化

純粋なPガラスでは、PO四面体の4つあるO原子のうち3つが2つのP原子と結合して架橋酸素(Bridging Oxygen:BO)となり、残り1つがP原子と二重結合を形成して非架橋酸素(Non-Bridging Oxygen:NBO)となる。ZnOの添加によってP-O結合が切断され、PO四面体中の非架橋酸素の数が増加していく。POユニットはユニット中の架橋酸素の数を用いてQ、Q、Q、Qと分類される。

図2 ネットワーク構造の変化

ZnOの添加量が小さい60ZnO-40PガラスにおいてはPO四面体がネットワークを形成しているが、ZnOの添加量が大きい70ZnO-30PガラスにおいてはPOネットワークが遊離したPOユニット(Q)とP二量体(Q)に分断され、代わりにZn多面体によるネットワークが形成される。

<用語解説>

注1) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転管理と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
注2) 核磁気共鳴法(NMR)
物質に電磁場を照射し、励起した核磁気モーメントを測定することで観測対象とする原子の周囲の化学結合状態などの情報を得る手法。
注3) 熱膨張係数
温度の上昇によって物質の体積が膨張する割合を示した物理量。
注4) XAFS
X-ray Absorption Fine Structureの略語で、日本語ではX線吸収微細構造と呼ばれる。物質にX線を入射すると、物質中の元素に応じて内核電子の励起に伴って特定のエネルギーの吸収が起こる(X線の吸収が起こるエネルギーを元素の吸収端と呼ぶ)。照射するX線のエネルギーを試料に含まれる特定の元素の吸収端付近で連続的に変化させ、物質によるX線の吸収スペクトルを測定・解析する手法がXAFSである。X線吸収スペクトルの吸収端近傍(X-ray Absorption Near Edge Structure:XANES)を解析すると吸収端元素の電子状態に関する情報が得られ、広域スペクトル(Extended X-ray Absorption Fine Structure:EXAFS)の解析によって吸収端元素の隣接原子種、原子間距離、配位数といった局所構造に関する情報が得られる。
注5) X線回折と中性子回折
物質にX線(中性子)が入射したとき、入射した方向とは違ったいくつかの特定の方向に強いX線(中性子)が進む現象。原子がある規則に従って配列した集合体、すなわち物質にX線(中性子)を入射すると、それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波が進行する。X線は原子内の電子で散乱され、中性子は原子核で散乱されることから、その散乱能が両者で異なることが多い。今回の場合は、X線回折はP,Znに、中性子回折はOに敏感であることから、両者の併用は乱れた構造の決定において非常に有力である。また、SPring-8のような第三世代放射光施設は短い波長、すなわちエネルギーの高い、透過力の強いX線を発生することができる。高エネルギーX線を使えば、ガラスのような長距離まで構造の周期性のない物質の構造を捉えることができる。
注6) 二量体
2つの同種の分子やユニット(単量体)が一つになって形成される構造単位。今回の場合は2つの架橋酸素しか持たない2つのPOユニット(Q)が架橋酸素を共有することでPが二量体となっている。
注7) 逆モンテカルロモデリング
対象とする物質の密度を持つ立方体セルの中に存在する原子を乱数を用いて動かし、ガラス・液体・アモルファスの回折実験データを再現する構造モデルを求める手法。

<論文情報>

タイトル Formation of metallic cation - oxygen network for anomalous thermal expansion coefficients in binary phosphate glass
(二元系リン酸塩ガラスにおける熱膨張係数異常に資するカチオン−酸素ネットワーク)
著者名 Yohei Onodera, Shinji Kohara, Hirokazu Masai, Akitoshi Koreeda, Shun Okamura & Takahiro Ohkubo
掲載誌 Nature Communications 発行日:2017年5月31日(日本時間)
doi 10.1038/ncomms15449

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小野寺 陽平(オノデラ ヨウヘイ)
京都大学 原子炉実験所 助教
Tel:072-451-2423 Fax:072-451-2635
E-mail:

小原 真司(コハラ シンジ)
物質・材料研究機構(NIMS) 先端材料解析研究拠点 主幹研究員
Tel:0791-58-0223 Fax:0791-58-0223
E-mail:

正井 博和(マサイ ヒロカズ)
産業技術総合研究所 無機機能材料研究部門 高機能ガラスグループ 主任研究員
Tel:072-751-9648 Fax:072-751-9627
E-mail:

<報道担当>

京都大学 企画・情報部 広報課 国際広報室
Tel:075-753-5729 Fax:075-753-2094
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物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
Tel:029-859-2026 Fax:029-859-2017
E-mail:

科学技術振興機構 総務部 広報課     
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
Tel:0791-58-2785 Fax:0791-58-2786
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千葉大学 企画総務部 渉外企画課 広報室     
Tel:043-290-2018 Fax:043-284-2550
E-mail:

(英文)“Understanding thermal metamorphosis in oxide glass