金沢大学 理工研究域 物質化学系の生越 友樹 教授らの研究グループは,リング状有機空間材料「ピラー[n]アレーン」注1)骨格を化学的に修飾することにより、リング内に取り込んだガス分子(ゲスト分子)のサイズと形状を“色”の変化という直観的な方法で見分けることができる新しい空間材料を開発しました。また、その色変化のメカニズムが、ゲスト分子の取り込みによって生じるピラー[n]アレーンの構造変化に起因することも明らかにしました。
開発した材料は、電気的な偏り(極性)が小さいために従来取り込みが難しかったアルカンガス分子注2)を吸着することが可能であり、また、常温・大気圧下でガス分子を安定に貯蔵する能力を持ちます。さらに、炭素-炭素、炭素-水素結合からなるアルカンガス分子のうち、直鎖状の分子を取り込み、分岐・環状の分子は取り込まないというサイズと形状選択性も有しているため、分子の形状による選択的な検知が可能となります。また、上下対称な柱状のブロック構造をしているため、構造化も容易であり高い制御性を持ちます。
有機化合物のほとんどが、炭素-炭素,炭素-水素結合を有していることを考えると、ピラー[n]アレーンは、さまざまなガス分子を選択的に取り込むことが予想されます。これらの特徴を生かすことで新たな原理に基づくガス分子の選択検知・貯蔵材料への展開が期待されます。
本研究成果は,平成29年4月17日午前9時(米国東部時間)発行の米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「超空間制御と革新的機能創成」研究領域(研究総括:早稲田大学 理工学術院 黒田 一幸 教授)における研究課題「分子レベルで制御された次世代キラル超空間の創製と機能開拓」(研究者:金沢大学 理工研究域 生越 友樹 教授)、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究B「結晶状態のホスト-ゲスト化学を基盤とした分子の濃縮・分離システムの創製」(代表者:金沢大学 理工研究域 生越 友樹 教授))の一環として行ったものです。
<研究の背景と経緯>
リング状分子は、その形状に基づく空孔を内部に有しています。ゲスト分子のサイズが空孔サイズにマッチしなければ空孔内に取り込まれません。一方、空孔サイズが適合したゲスト分子は選択的に空孔内に取り込まれ、いわば鍵と鍵穴のような関係にあります。
しかし、この取り込みに関する研究は、リング状分子とゲスト分子の両方が溶解した溶液中での場合がほとんどであり、固体/液体または固体/気体界面での取り込み能力はほとんど調べられてきませんでした。実際に、物質の分離・精製が、液体から固体、気体から固体を取り出すといった手段で行われていることを考えると、溶液中よりもむしろ、固体/液体または固体/気体界面での分離能力が重要であるといえます。
生越教授らが2008年に開発したリング状分子「ピラー[n]アレーン(図1、nは繰り返し数を表す、図1はピラー[5]アレーン)」も、溶液中において、空孔サイズに適合したゲスト分子を選択的に取り込む特性が見いだされてきました。ピラー[n]アレーンは、70%の高収率で簡単に再結晶から得ることができ、アルコキシ基を反応性の高いフェノール性水酸基に変換することで、さまざまな原子や原子団を置換することができるため、誘導体化が可能です。このような優れた特徴を有していることから、世界中の化学者から利用され、さまざまな応用展開が期待されています(参考文献1)。
その中でも、ピラー[5]アレーンは、通常は取り込むことが困難である炭素-炭素と炭素-水素結合といった低極性基からなるアルカンガス分子も取り込むことができます。これはピラー[5]アレーンに特徴的なゲスト分子取り込み能力です。さらに、このゲスト分子の取り込みは、直鎖のアルカンガス分子は取り込むが、分岐・環状のアルカンガス分子は取り込まない(図2)、すなわち分子サイズを見分けるという、独自のゲストサイズ認識取り込み能力を有していることも分かっています。
しかしながら、これらの現象は液体中に限られたものでした。その中で、生越教授らは、固体/気体界面でのピラー[5]アレーンのゲスト分子取り込み能力を調べた結果、ピラー[5]アレーンの固体粉体は、気体のアルカンガス分子にさらすだけで、高効率にアルカンガス分子を取り込むこと、また、液体中と同じく、独自のゲストサイズ認識取り込み能力を有することが分かりました。さらに、一度取り込んだ直鎖アルカンガス分子は常温・大気圧下でも放出されないといった優れた貯蔵能力を有していることも発見しました(参考文献2)。
しかし、「ピラー[5]アレーン」の固体粉体は、白色であるために、直鎖アルカンガス分子の取り込みを、色変化などで検知することは不可能でした。
<研究の内容>
今回の研究では、ピラー[5]アレーンの分子構造に、電子受容性分子であるベンゾキノンを導入した空間材料を作製(図3)し、その材料を用いて、評価を行いました。
この材料は、ゲスト分子を含んでいないときは、茶色でしたが、そこに直鎖アルカンガス分子を導入した場合は、茶色から赤色に色変化することが分かり(図3B)、これまでは色変化で検知が困難であったアルカンガス分子を検知することに成功しました。
また、分岐・環状構造のアルカンガス分子をさらした場合には、色変化をしないことも分かりました(図3C)。さらに、直鎖・環状・分岐アルカンガス分子の混合ガスを用いた場合では、選択的に直鎖アルカンガス分子を吸着し、色変化を示すことも分かりました。すなわち、混合アルカンガス中に直鎖アルカンガス分子が存在するかどうかを色変化で検知することも可能となりました。
一方、水酸基を有したメタノールガス分子を吸着させた場合には、茶色から黒色へと色変化を示すことが分かりました(図3A)。吸着ガス分子の官能基を、変化する色の違いによって見分けることができました。
また、上記の色変化については、ピラー[5]アレーンの骨格を形成する「1,4-ジアルコキシベンゼン」は電子供与性分子であるために、ベンゾキノンへ電荷を供与することで電荷移動錯体注3)を形成し、それにより着色することが分かりました。
茶色から赤色への色変化(図3B)については、蒸気を含まない粉体に直鎖アルカンガス分子が吸着すると、結晶構造転移が起こり、ベンゾキノンと1,4-ジアルコキシベンゼンが配向した構造へと変化するためです。また、茶色から黒色への色変化(図3A)については、メタノールガス分子が、ベンゾキノンと1,4-ジアルコキシベンゼンが配向した構造を形成しないためです。
また、鎖長が中程度の直鎖アルカンガス分子は、常温・大気圧下では気体となりますが、この物質の空間に取り込まれた直鎖アルカンガス分子は、常温・大気圧下に放置しても、放出されないことが分かりました。一方で、80度の加熱真空条件では、放出させることができました。
なお、放出させると、色は赤色から蒸気吸着前の茶色へと変化し、再度、直鎖アルカンガス分子を吸着させると、茶色から赤色への色変化を示しました。このことから、この材料が、放出を色変化で検知できることと、リサイクル可能であることも分かりました。
<今後の展開>
本研究で開発した空間材料は、通常は取り込むことが難しい低極性のアルカンガス分子を取り込むことができ、色変化で検知することができます。また、鍵と鍵穴のような高選択性を有しているため、分岐・環状・直鎖構造の混合アルカンガスの中に、直鎖アルカンガス分子が存在しているかを色変化により検知し、検知したその直鎖アルカンガス分子のみを選択的に取り込む能力を有しています。蒸気圧を有するアルカンガス分子は、ガソリンのような内燃機関の燃料に用いられています。ガソリンは、アルカンガス分子の直鎖・分岐構造によって燃焼効率が異なるために、この空間材料は、ガソリンの純度を見分けるセンサーとしての応用展開が期待されます。
また、引火性の高いガソリンのような内燃機関の燃料を安定に閉じ込めることができる貯蔵材料への応用展開が期待されます。
さらに、本研究では、アルカンガス分子をターゲットに絞っていますが、有機化合物のほとんどが、炭素-炭素と炭素-水素結合を有していることを考えると、ピラー[n]アレーンはさまざまな有機化合物の蒸気を取り込むことが期待できます。そのため、爆発物や毒物などを検知するセンサーなどへの応用展開も期待されます。
<参考図>
図1 ピラー[n]アレーン(nは繰り返し数を表す、上図はピラー[5]アレーン)の化学構造式と立体構造
ベンゼン環をつなぐ結合が真横(パラ位)であることから、柱状の構造を与える。
図2 ピラー[5]アレーンの形状選択アルカン認識
直鎖のアルカンガス分子は空孔サイズにフィットしているため取り込まれるが、分岐の場合は分岐が引っかかり取り込まれない。
図3 形状選択的アルカン蒸気の吸着と色変化およびベンゾキノン導入による電荷移動錯体形成による着色
- (A)メタノールガス分子吸着後の色変化と電荷移動錯体の配向性。
- (B)直鎖ガス分子吸着後の色変化と電荷移動錯体の配向性。
- (C)分岐・環状アルカンガス分子は吸着しないため色変化を示さない。
<用語解説>
- 注1) ピラー[n]アレーン
-
本研究グループが開発した分子。上下対称であり、非常に美しい柱状の形状であることから、パルテノン神殿の柱(ピラー)を取って、ピラー[n]アレーン(アレーンはベンゼン環の意味)と名付けられた。容易に合成ができ、繰り返し数(n)を変えることで、空孔サイズをオングストローム(1mの100億分の1)レベルで自在に変化させることができ、そのサイズに合った分子を選択的に取り込む機能がある。2014年には東京化成工業株式会社から、試薬として販売が開始された。
- 注2)アルカンガス分子
- 炭素-炭素結合と炭素-水素結合からなる飽和炭化水素である。化学工業における原料物質として広く利用されている。炭素数5–8のものは揮発性の高い液体である。エンジンなどの内燃機関の燃料に使われる。
- 注3) 電荷移動錯体
- 電子供与性分子から電子受容性分子に部分的な電荷移動が起こり、その結果として電荷を帯びた分子同士が軌道相互作用や静電相互作用などの引力によって形成するもの。電子供与性分子から電子受容性分子の距離や配向によって色が変わるため、溶媒の極性の計測などに用いられている。
<参考文献>
- 1) Ogoshi, T.; Kanai, S.; Fujinami, S.; Yamagishi, T.; Nakamoto, Y. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 5022–5023; Pillararene, Ogoshi, T. Ed, The Royal Society of Chemistry: Cambridge, 2016; Ogoshi, T.; Yamagishi, T.; Nakamoto, Y. Chem. Rev. 2016, 116, 7937–8002.
- 2) Ogoshi, T.; Sueto, R.; Yoshikoshi, K.; Sakata, Y.; Akine, S.; Yamagishi, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 9849–9852.
<論文情報>
タイトル |
“Alkane-Shape-Selective Vapochromic Behavior Based on Crystal-State Host–Guest Complexation of Pillar[5]arene Containing One Benzoquinone Unit”
(キノン部位を1つ有するピラー[5]アレーンの結晶状態のホスト-ゲスト錯形成を基にしたアルカン形状選択的ベイポクロミック挙動) |
著者名 |
Tomoki Ogoshi, Yasuo Shimada, Yoko Sakata, Shigehisa Akine, Tada-aki Yamagishi |
掲載誌 |
Journal of the American Chemical Society |
doi |
10.1021/jacs.7b00631 |
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