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平成29年4月4日

東京大学
九州大学
科学技術振興機構(JST)

世界最高の活性を示すアンモニア合成触媒の開発に成功

~モリブデン錯体を触媒とした常温・常圧での窒素固定反応~

ポイント

窒素原子(N)は、タンパク質や核酸などの生体分子に含まれる、生命にとって必須の元素である。窒素ガスは非常に反応性が乏しく、直接窒素源として利用することができない。したがって、窒素ガスを利用が容易であるアンモニアへと変換する反応は非常に重要である。

今回、東京大学 大学院工学系研究科の西林 仁昭 教授らの研究グループと九州大学 先導物質化学研究所の吉澤 一成 教授らの研究グループは、窒素固定反応に適したPCP(リン—炭素—リン)型ピンサー配位子および窒素分子が配位したモリブデン窒素錯体を新規に分子設計・合成し、これを触媒として用いて常温・常圧で窒素ガスを直接アンモニアへと効率的に変換することに成功した。本モリブデン窒素錯体は長寿命であり、アンモニア合成速度も大幅に向上した。これまでに本研究グループが報告している世界最高のモリブデン窒素錯体の触媒活性を大きく凌駕する触媒活性を達成した。

本研究の成果は、現行のハーバー・ボッシュ法を将来代替する触媒開発に向けて、重要な指針となると期待される。

本研究成果は、2017年4月4日の「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」(オンライン速報版)で公開される予定である。

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST:研究領域「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究総括:江口 浩一(京都大学 大学院工学研究科 教授))と文部科学省 科学研究費助成事業(新学術領域研究:「高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出」)の支援によって行われた。

<発表内容>

窒素ガスを生体分子などに利用するためには、まずアンモニアなどに変換する必要がある。現在、アンモニアはハーバー・ボッシュ法と呼ばれる手法により工業的に合成されている。この手法は、鉄系触媒を用いて高温・高圧(400–600℃、100–200気圧)の条件で窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成する手法であり、大量のエネルギーを必要とする。一方で、自然界ではニトロゲナーゼと呼ばれる酵素が常温・常圧という温和な条件で窒素ガスをアンモニアへと変換していることが知られている。ニトロゲナーゼの活性中心は鉄およびモリブデンを含むことが明らかになっており、これをモデルとした窒素錯体を用い、温和な条件での窒素ガスの変換反応が研究されてきた。

2010年に西林教授らの研究グループは、PNP(リン—窒素—リン)型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体を触媒に用いて、常温・常圧で窒素ガスからアンモニアを合成する反応を開発した(Nishibayashi,Y.et al.Nature Chemistry 2011,3,120)。この報告は室温で窒素分子からアンモニアを合成する反応として大きな前進であったが、反応中に触媒が分解して反応が停止しやすいため、触媒活性が低いことが問題であった。

今回、本研究グループは、新規にモリブデン窒素錯体を分子設計・合成することに成功した。具体的には、従来の触媒で用いていたPNP型ピンサー配位子よりも金属原子と強く結合し、かつ触媒反応条件下で触媒が分解しにくくなることを期待して、PCP型ピンサー配位子を新しく設計し、これを持つモリブデン窒素錯体の合成に成功した(図1)。これを触媒として用いて、常圧の窒素ガスを還元剤およびプロトン源と室温で反応させることで、触媒的にアンモニアが生成した(図2)。本モリブデン窒素触媒は20時間の反応終了後にも触媒活性を示したのに対し、これまでに報告してきた従来のPNP型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体は反応後に完全に失活しており、従来のモリブデン窒素錯体と比較して期待通り長寿命であった。さらに、アンモニア合成速度も大幅に向上した。本触媒1分子は窒素ガスから最高で230分子のアンモニアを合成することができ、世界最高の触媒活性を達成した(既に報告したPNP型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体では23分子のアンモニアが生成される。この結果と比較すると、触媒活性が10倍に向上した)。

本法は潜在能力の高い次世代型の窒素固定法開発を推し進めるための重要な知見であり、省エネルギープロセス開発に向けて、大いに期待できる研究成果である。

さらに、本研究成果は、二酸化炭素排出量の大幅削減の実現を達成する可能性があるとともに、環境的にもクリーンな「アンモニア社会」注5)の実現を推し進める上で重要である。

<参考図>

図1 新規に設計・合成したPCP型ピンサー配位子

図2 モリブデン窒素錯体による窒素ガスからのアンモニア合成

<用語解説>

注1) アンモニア(NH
ハーバー・ボッシュ法によって合成されるアンモニアは、地球上の約半分程度を占めている(自然界で生成されるアンモニアと同量のアンモニアがハーバー・ボッシュ法で合成されている)。アンモニアは、食糧と等価であるとも考えられる窒素肥料として主に使用されており、例えるなら「人間の体の半分は工業生まれである」とも言える。
注2) ピンサー配位子
遷移金属を含む同一平面上の3方向から3つの配位原子が結合する配位子。1分子の配位子が3点で金属と結合することで強固な結合を形成でき、高い熱的安定性を与える。
注3) 窒素錯体
遷移金属に窒素分子が結合した錯体(M-N:M=遷移金属)。窒素分子は化学的に不活性であるが、金属と結合することで活性化されて温和な条件下で反応を行うことが可能になる。そのため窒素固定法の開発を視野に入れた窒素錯体の合成が広く研究されている。
注4) ハーバー・ボッシュ法
窒素ガスと水素ガスから鉄系の触媒を用いてアンモニアを合成する方法であり、現在工業的に広く用いられている。開発者のフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュにちなんでハーバー・ボッシュ法と呼ばれている。本反応には高温・高圧の非常に厳しい条件を必要とする上、水素ガスの製造に多くのエネルギーを消費するため、世界中での年間のエネルギー消費量の数%がハーバー・ボッシュ法に使われていると言われている。「空気からパンを作る」方法と呼ばれる。
注5) アンモニア社会

石油や石炭などの従来の化石燃料は燃やせば二酸化炭素を発生する。一方、次世代のエネルギー媒体として期待されている水素は水しか発生せず、地球に非常にやさしいと言えるが、貯蔵・運搬が困難である。その点、アンモニアは窒素と水素への分解反応で二酸化炭素を発生させずにエネルギーを取り出すことができるだけでなく、容易に液化するので、貯蔵・運搬が極めて容易で取り扱いやすい。つまり、アンモニアをエネルギー媒体として利用できれば、現在問題となっている環境・エネルギー問題を一挙に解決し得る可能性が高まる。アンモニアがエネルギー媒体となる社会は「アンモニア社会」として既に提案されており、実現が強く期待されている。

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST:研究領域「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」研究総括:江口 浩一(京都大学 大学院工学研究科 教授))では、この「アンモニア社会」実現を目指した研究が行われている。

<論文情報>

タイトル Remarkable catalytic activity of dinitrogen-bridged dimolybdenum complexes bearing NHC-based PCP-pincer ligands toward nitrogen fixation
著者名 Aya Eizawa, Kazuya Arashiba, Hiromasa Tanaka, Shogo Kuriyama, Yuki Matsuo, Kazunari Nakajima, Kazunari Yoshizawa, Yoshiaki Nishibayashi
雑誌名 Nature Communications
doi 10.1038/ncomms14874

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

西林 仁昭(ニシバヤシ ヨシアキ)
東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1 工学部4号館410号室
Tel & Fax:03-5841-1175
E-mail:
研究室ホームページ:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/nishiba/

吉澤 一成(ヨシザワ カズナリ)
九州大学 先導物質化学研究所 教授
〒819-0395 福岡市西区元岡744 九州大学 先導物質化学研究所(伊都地区)
Tel:092-802-2529 Fax: 092-802-2528
E-mail:
研究室ホームページ:http://trout.scc.kyushu-u.ac.jp/yoshizawaJ/index.html

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Team creates ammonia-synthesis catalyst with highest-ever activity