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平成29年3月4日

筑波大学
科学技術振興機構(JST)

細菌の情報デジタル化

~細菌間情報伝達の新たなモデルを提唱~

ポイント

筑波大学 生命環境系 豊福 雅典 助教(チューリッヒ大学 客員研究員 兼任)、野村 暢彦 教授らの研究グループは、スイスのチューリッヒ大学、住友重機械工業株式会社、住友重機械エンバイロメント株式会社、ドイツのヘルムホルツセンターミュンヘンとの共同研究により、細菌同士の会話(情報伝達)を仲介する物質(シグナル物質)が、細胞膜で構成された袋状の構造MV(メンブランベシクル)注1)によって運搬されることを解明しました。

多くの細菌はシグナル物質を介してお互いに情報伝達を行い、遺伝子発現を調節することで集団としての性質を発揮します。シグナル物質の大半を占めるのがアシル化ホモセリンラクトン(AHL)類注2)と呼ばれる共通の骨格構造を持つ化合物です。AHLの中には極めて水に溶けにくいものも存在し、そのような疎水性のシグナル物質がどのようにして水環境で細胞間に伝達され、さらには遺伝子発現を調節できるほどの濃度(閾値)に達するのかは未解明でした。

本研究は、疎水性のAHLが細胞膜で構成されたMVによって放出されて、他の細胞に伝達されることを示しました。MV1粒子あたりには、閾値以上のAHLが濃縮されています。従来、シグナル物質は徐々に拡散して遺伝子発現を連続的(アナログ)に調節すると考えられてきましたが、MVによるシグナル物質の運搬は、オンとオフでのとびとび(デジタル)な遺伝子発現制御であることを示唆しています。また、MVによって長距離間での情報伝達も可能となります。加えて本研究は、MVには自身を放出した細胞の仲間を認識する傾向があることを示しており、情報の交通整理に役立っていると考えられます。

本研究の成果は、2017年3月3日(日本時間4日)付「The ISME journal」で公開される予定です。

本研究は、科学研究費若手研究(A)(豊福)の助成によって実施され、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「野村集団微生物制御プロジェクト」(野村)の一環で行われました。

<研究の背景>

細菌はシグナル物質を介して細胞間で情報伝達を行い、お互いに遺伝子発現を調節することで、集団としての性質を発揮することが明らかとなっています。このような細菌間情報伝達は細菌の病原性やバイオフィルム注3)形成などを制御しており、ヒトの健康や環境保全にも密接に関与しています。シグナル物質の中には水溶液中で拡散しにくい疎水性のものも多く、それらがどのようにして細胞から放出され、さらには周囲の細胞に伝わるのかは分かっていませんでした。シグナル物質の中で多くの細菌で用いられているのがアシル化ホモセリンラクトン(AHL)類です。AHL類がシグナルとして有効に働き、遺伝子発現を調節するためには、ある一定の濃度(閾値)に達しないといけません。これまでAHLを介した細菌間情報伝達は、AHLが単純拡散するというモデルのもと、濃度に応じて集団全体の遺伝子発現の強弱が調節される、と考えられてきました。しかし、その場合、物質が希釈されてしまう海洋や河川などの水環境でシグナル物質がどのようにして一定の濃度に達するのかを説明することができず、常に議論の的となっていました。

<研究内容と成果>

疎水性のシグナル物質は細胞膜に蓄積する傾向があるため、本研究グループは細菌が自身の細胞膜で構成する袋状の構造物であるメンブランベシクル(MV)(図1)に着目し、MVによってシグナル物質が運搬されるのではないかと考えました。そこで、土壌や水環境に生息し、疎水性のAHLの一種(C16-HSL)を産生する細菌Paracoccus denitrificans(パラコッカス デニトリフィカンス)注4)をモデルとしてこれを検証しました。P. denitrificansのMVを調べたところ、細胞外に放出されるMV1粒子には閾値濃度以上のC16-HSLが濃縮されており、それを受け取った細胞の遺伝子発現を制御できることが示されました。

従来のAHLが単純拡散するという仮説では、濃度に応じて集団全体の遺伝子発現の強弱が調節されることになります。この場合、産生する細菌から離れるに従って、シグナル濃度は希釈され最終的には閾値以下になります。一方、MVにAHLが濃縮された場合は、それを受け取った細菌と受け取らない細菌の間で、遺伝子発現の差異が生じてきます。この場合には、距離が長くなるに従って、シグナル物質を受け取る確率が減りますが、MVが届きさえすれば、十分量のシグナル物質が受け渡されるので、長距離間におけるシグナル伝達にも利用されている可能性があります。以上のように、既存の細菌間情報伝達モデルはシグナルが濃度勾配を伴って集団全体に連続的(アナログ)に伝達されるのに対して、本研究グループの発見は、MVによってパッケージ化されたシグナルがとびとび(デジタル)に伝達されることを示しています(図2)。

さらに、P. denitrificansによるMVを介したシグナル伝達を解析したところ、MVは特定の細胞に付着しやすいことを明らかにしました。つまり、C16-HSLがMVによって運搬されることで、主に仲間の細菌に伝達され(細胞特異性)、他の細菌には伝達されにくくなることが分かりました。AHLを介した細菌間情報伝達は仲間同士の会話ともいわれています。様々な種が混在する実際の環境を想定すると、MVはシグナル物質を目的の細胞まで運搬する、交通整理役を担っている可能性があります(図3)。

<今後の展開>

本研究グループの発見は、実際の環境でどのように細菌が情報伝達を行うかについて、重要な知見を与えます。また細菌間情報伝達は多くの細菌が行い、環境問題や健康問題など我々の生活にも密接に関与しているため、それを人為的に制御したいというニーズは増えています。本研究は、MVをターゲットにして細菌間情報伝達を操作できる可能性を示唆しました。さらに、MVの細胞特異性の詳細なメカニズムが明らかになれば、細菌へピンポイントに薬物を輸送するシステムへの応用も期待されます。

<参考図>

図1

細菌の周囲に多数存在する球状の構造物がMV(メンブランベシクル)である。

図2

MVによる情報(シグナル物質)のデジタル化。シグナル物質(青)がMVに濃縮されることで、情報がデジタル化される。アナログな情報伝達(左図)では、シグナル物質が集団全体に連続的に伝わり、シグナルが伝達される距離に従って徐々に希釈され、やがて閾値以下の濃度となる。デジタルな情報伝達(右図)では、シグナル物質はMVによってパッケージ化され、とびとびに伝わる。この場合、距離が長くなるに従って、シグナル物質を受け取る確率は減るが、濃度は閾値以上に保たれる。

図3

MVによる情報の運搬。MVは自身を放出した特定の細胞に付着する細胞特異性を持っているため、MVに含まれるシグナル物質が特定の細胞に届けられる。

<用語解説>

注1) MV(メンブランベシクル)
細菌が放出する、膜に包まれた直径30-400nm程度の袋状の構造。ほとんどの細菌が産生するといわれ、多様な機能が報告されている。
注2) アシル化ホモセリンラクトン(AHL)類
細菌間の情報伝達を行う物質のグループ。現在までに最も多くの細菌で使用されることが見つかっているシグナル物質である。細菌の種によって構造が異なるAHLを産生し、それぞれのAHLは受容体によって特異的に認識される。
注3) バイオフィルム
バイオフィルム細菌の集合体で、粘着性のある物質よって覆われている。抗生物質耐性が向上するなどして、感染症の慢性化を引き起こす。排水管のぬめりや歯垢などもバイオフィルムの一種である。
注4) Paracoccus denitrificans
環境中に広く生息する細菌。環境浄化能力が高く、排水の浄化処理などに役立っている。

<論文情報>

タイトル Membrane vesicle-mediated bacterial communication
(メンブランベシクルを介した細菌間情報伝達)
著者名 Masanori Toyofuku, Kana Morinaga, Yohei Hashimoto, Jenny Uhl, Hiroko Shimamura, Hideki Inaba, Philippe Schmitt-Kopplin, Leo Eberl, Nobuhiko Nomura.
doi 10.1038/ismej.2017.13

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

豊福 雅典(トヨフク マサノリ)
筑波大学 生命環境系 国際テニュアトラック助教(チューリッヒ大学 客員研究員 兼任)
E-mail:

野村 暢彦(ノムラ ノブヒコ)
筑波大学 生命環境系 教授
Tel:029-853-6627
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528
E-mail:

<報道担当>

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