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平成29年3月2日

芝浦工業大学
量子科学技術研究開発機構
科学技術振興機構(JST)

高効率な水素製造を可能にするイオン交換膜型ブンゼン反応器を開発

~高温熱を利用しCOフリー水素を製造する膜分離新ISプロセス実用化の第一歩~

ポイント

芝浦工業大学(学長 村上 雅人。以下「芝浦工大」)の野村 幹弘 教授、今林 慎一郎 教授、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(理事長 平野 俊夫。以下「量研機構」)の八巻 徹也 上席研究員、澤田 真一 主任研究員らは共同で、熱化学反応で水から水素を製造するISプロセスの高効率化が期待されるイオン交換膜注1)型ブンゼン反応(以下「膜ブンゼン反応」)方式の実用化を目的とし、新たに開発したイオン交換膜と電極触媒注2)を用いた反応器を開発し、目標とする反応条件での実験に成功しました。

ISプロセスは、ヨウ素(I)と硫黄(S)を循環物質とした熱化学反応サイクルにより、水を分解して水素と酸素に変換する技術です。二酸化炭素(CO)を排出することなく、高温熱を利用して水素を製造する方法として期待されています。プロセスの最初に位置するブンゼン反応は、大量の循環物質を必要としますが、その解決策として膜ブンゼン反応方式が検討されてきました。しかし、既存のイオン交換膜では水素イオンの選択的な透過性が十分でない問題がありました。また、陽極側の電極触媒にて消費される電力が大きいことも問題でした。

このたび芝浦工大および量研機構は、放射線を利用した高分子グラフトおよび架橋技術を用いて、網目構造を持つ新しいイオン交換膜を開発し、水の透過を既存の膜より60%削減し、さらに水素イオンの輸率注3)をほぼ1.0と理論限界レベルに高め、水素イオンの選択的かつ効率的な透過を可能にしました。また、芝浦工大は、新たに開発した貴金属複合触媒を陽極とする膜ブンゼン反応器を動作させて、陽極の消費電力が従来から半減することを確認しました。

これらの成果に基づき、太陽熱を利用する場合の膜分離新ISプロセス全体のエネルギー計算を行った結果、太陽熱発電注4)水電解水素製造注5)の組み合わせよりも10ポイント以上も効率が向上することが分かりました。今後、イオン交換膜・電極触媒の耐久性向上、エネルギー低減に向けたさらなる改良などの実用化研究を進め、COフリーで高効率な水素製造・供給インフラへの貢献を目指していきます。

この技術の詳細は、2017年3月6日から、芝浦工業大学 豊洲キャンパスで開催される化学工学会第82年会で発表されます。

本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」(管理法人:国立研究開発法人 科学技術振興機構【理事長 濵口 道成】。以下「JST」)の委託研究課題「熱利用水素製造」(研究責任者:国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 坂場 成昭)において実施されました。

また、本研究の一部は平成25年度JST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)の委託研究「太陽熱を用いた革新的アンモニア製造技術の開発」において実施されました。

<研究開発の背景>

政府は「エネルギー基本計画」(平成26年4月11日閣議決定)で水素社会の実現を目指し、実用化に向けた研究開発を推進しています。現在、水素は主に天然ガス等の化石燃料を原料として製造されており、製造時に二酸化炭素(CO)を発生しています。地球温暖化防止の観点から、低コスト、高効率で安定にCOフリー水素を製造する技術が強く望まれています。

ISプロセスは、高温の熱を用いて化学反応のサイクルを駆動して水を熱分解する「熱化学水素製造法」であり(図1)、ヨウ素(元素記号:Ⅰ)と硫黄(元素記号:S)を循環物質として用いるので「ISプロセス」と呼ばれます。高温の熱源として原子力(高温ガス炉注6))や再生可能エネルギー(太陽熱)を使用することにより、COを排出しない高効率の水素製造技術として期待されています。

このプロセスは、次の3つの反応工程により構成されます。

SIPエネルギーキャリアでは、①を電解膜反応にする、②で生成水素を膜分離する、③で生成酸素を膜分離する、という新しいコンセプトの「膜分離新ISプロセス」を開発し、高効率で低コストの水素製造を目指しています。

ブンゼン反応工程では、ヨウ素(I)と二酸化硫黄(SO)に水を加えてヨウ化水素と硫酸を生成(I + SO + 2HO → 2HI + HSO)します。生成したヨウ化水素は未反応のヨウ素との混合溶液として存在し、比重差によってヨウ化水素とヨウ素の混合液(重液)と硫酸(軽液)を分離し、それぞれヨウ化水素分解反応工程と硫酸分解反応工程に送ります。重液の比重を大きくして硫酸と分離し易くするために、過剰量のヨウ素(反応量の9倍)を添加する必要がありました。このため、高価なヨウ素の初期費用や、大量のヨウ素の循環に伴う機器の大型化、エネルギー消費量の多さがISプロセスの問題でした。そこで、イオン交換膜の両側でそれぞれ硫酸とヨウ化水素の生成反応が進行し、分離に必要な過剰量のヨウ素が原理的に不要になる膜ブンゼン反応が検討されてきました。この膜ブンゼン反応を実現するためには、硫酸などの強酸環境で使用できる耐久性を備えたうえで、水素イオンを選択的に透過するイオン交換膜と陽極過電圧注7)の低い電極触媒の開発が必要です。

ヨウ化水素分解反応工程では、ヨウ化水素を熱分解(2HI → I + H)して水素を生成します。ISプロセスでは約400℃の温度でヨウ化水素を分解していますが、分解率は約20%と低く、また、分解時の温度を上げたとしても分解率の大幅な向上はできません。そこで、ヨウ化水素環境で使用できる水素分離膜を開発し、熱分解反応の途中で水素を分離、除去することにより分解率を向上させます。

硫酸分解反応工程では、一旦硫酸を熱分解(HSO → SO + HO)し、さらに三酸化硫黄(SO)を熱分解(SO → SO + 0.5O)して酸素を生成します。この三酸化硫黄の分解は、高温ほど分解率が高く、高温ガス炉を利用した場合の800~900℃の反応環境では80%以上の分解が期待できますが、太陽熱を利用した600℃程度の反応環境では分解率が30%程度に低下します。そこで高温の硫酸環境で使用できるセラミックス製の酸素分離膜を開発し、熱分解反応の途中で酸素を分離、除去することにより分解率を向上させます。

太陽熱を熱源(600℃)とした場合、従来のISプロセスのエネルギー計算では水素製造の熱効率注8)が27%程度となります。また、すでに実用化されている技術の組み合わせとしては、太陽熱で発電し、水の電気分解で水素を製造する方法がありますが、それぞれの効率を積算して得られる水素製造熱効率は約30%です。膜分離新ISプロセスでは、循環しているヨウ素量の削減、硫酸やヨウ化水素の分解反応の反応率の向上などにより、熱効率が約41%と10ポイント以上向上し、高効率で低コストの水素製造が期待できます。

<研究開発の手法と得られた成果>

膜ブンゼン反応では、陰極側に二酸化硫黄の水溶液、陽極側にヨウ素の水溶液を流し、前者で硫酸を生成するとともにイオン交換膜を通して水素イオンを後者へ移動させてヨウ化水素を生成します(図2)。

しかし、既存のイオン交換膜を用いた膜ブンゼン反応では、水素イオンだけでなく、水もイオン交換膜を透過していました。この水とともに中性分子である二酸化硫黄やヨウ素も膜を透過してしまい、硫酸とヨウ化水素の生成・分離が効率良く達成されないという問題がありました。そのため、イオン交換膜の水素イオン透過性を保ったうえで、水の透過を抑制することに取り組みました。

量研機構は、放射線グラフト重合法注9)を応用し、膜ブンゼン反応用イオン交換膜の開発を進めました。その結果、化学架橋剤注10)を用いてグラフト鎖注11)どうしを架橋させる工夫により、水素イオン以外が透過しにくい網目構造をイオン交換膜に導入しました。そして、得られたイオン交換膜に対して水の透過率を測定した結果、既存の膜と比べ40%以下に抑えることが出来ました(図3)。したがって、この新規イオン交換膜は水やそれとともに移動する二酸化硫黄やヨウ素の透過を抑制することができ、これまで困難であった水素イオンの選択的な透過に成功しました。さらに、イオン交換容量注12)とグラフト鎖の架橋密度注13)を適度に制御することにより、水素イオン伝導性注14)を向上できる見通しを得ることができ、膜抵抗による過電圧の低減への道筋を明らかにしました。

芝浦工大は、膜ブンゼン反応に必要な電圧を低下させるため、陽極の電極触媒の開発を行いました。膜ブンゼン反応では陽極側に硫酸が生成するため、高い耐食性が求められます。そこで、二酸化硫黄の酸化触媒能力と耐食性を両立させるため、プラチナや金の薄膜をチタン板にマイクロメーターオーダーで電析注15)させる複合構造を採用しました。電析前のチタン表面処理や電析後の加熱処理によって薄膜の密着性向上や電極表面積増大による過電圧低減を図れることを明らかにし、膜ブンゼン反応に必要な電圧を、従来の炭素電極と比較し大幅に低下させることが出来ました(図4)。

また、芝浦工大は、電解セルにこれらのイオン交換膜及び電極触媒を組み込んだ多層式のイオン交換膜型反応器(図5)を開発し、従来のISプロセスと比較して、ヨウ素の使用量を約8割削減(反応量の2倍以下)した条件で膜ブンゼン反応を行い、ヨウ化水素と硫酸の生成、分離ができることを確認しました(図6)。

これら2機関の成果によって、膜ブンゼン反応の成立性を明らかにでき、ISプロセスの高効率化に向けた研究開発を大きく前進させることができました。

<今後の展開>

膜ブンゼン反応では、イオン交換膜や電極触媒が高濃度の強酸中で使用されるため、このような過酷環境下において長時間安定である必要があります。今後は、硫酸などの強酸環境における膜や電極触媒の耐久性の確認・向上、並びに必要なエネルギー低減に向けたさらなる改良をSIPエネルギーキャリアの研究課題として行い、膜ブンゼン反応技術を確立します。

<参考図>

図1 ISプロセスの原理

図2 膜ブンゼン反応の原理

図3 開発したイオン交換膜の水透過率
(水素イオン伝導性は既存膜と同じ)

イオン交換膜に架橋構造を導入することで、従来のイオン交換膜と比較して、水の移動を60%以上削減することに成功しました。

図4 開発した陽極電極触媒の特性
(陰極側溶液: [HI]=10 mol kgH2O-1, [I] =5 mol kgH2O-1
陽極側溶液: [HSO]=9.0 mol kgH2O-1, [SO]=1.2 mol kgH2O-1

貴金属系電極を開発することで、従来の炭素電極(カーボンフェルト)の半分以下(電流密度0.20A cm-2の場合、約45%)の電圧で膜ブンゼン反応を進行させることに成功しました。

図5 開発した膜ブンゼン反応器

水素イオンを選択的かつ効率的に透過するイオン交換膜と耐食性を有する高活性電極触媒を開発し、大型化が可能な多層構造(本研究では4層)の膜ブンゼン反応器を開発しました。

図6 膜ブンゼン反応試験結果

所定濃度に調整した硫酸-二酸化硫黄水溶液およびヨウ化水素-ヨウ素水溶液で膜ブンゼン反応を開始しました。実験開始時は、
 [I]=1.5 mol kg-1、[SO]=1.2 mol kg-1で、I/SO=1.2
でした。実験終了時は、
 [I]=1.21 mol kg-1、[SO]=0.68 mol kg-1で、I/SO=1.8
でした。したがって、従来ISプロセスのI/SO=9と比較してヨウ素量を8割以上削減した試験条件で、硫酸とヨウ化水素の生成を確認しました。この時、図中の実線は通電量から計算した理論線であり、HI濃度変化より計算した水素イオン輸率は、理論線とプロットの相関からほぼ1.0と求められました。

<用語解説>

注1) イオン交換膜
スルホン酸基のようなイオン交換基が固定されている高分子樹脂からなる膜です。この膜はプラスの電荷を持った水素イオンを伝える性質を持ち、膜ブンゼン反応では膜厚方向に水素イオンが透過します。
注2) 電極触媒
反応で消耗せず、反応を起こすために必要な電気エネルギーを減らすことができる電極材料のことです。電解に使用すると、電解電圧を下げ、電解に要する電気エネルギーを低減できます。膜ブンゼン反応の場合、陰極反応(ヨウ素の還元によるヨウ化水素の生成)よりも陽極反応(二酸化硫黄の酸化による硫酸の生成)の方が必要な電気エネルギーが大きいため、陽極触媒の開発が肝要です。
注3) 輸率
イオン交換膜において、流れた電流のうち目的のイオンが移動した割合です。最大は1となります。
注4) 太陽熱発電
広大な土地に反射鏡を設置し、太陽光を集光して高温を作りだし、蒸気タービンで発電する技術です。 SIPエネルギーキャリアでは、次世代技術として、650℃の熱供給が可能な高温太陽熱供給システムの開発を進めています。熱交換損失のため得られる蒸気温度を600℃とし、超々臨界圧火力発電(USC)を参照すると送電端熱効率は約42%(HHV)となります。(参考:経済産業省、次世代火力発電の早期実現に向けた協議会(第1回)‐配布資料)
注5) 水電解水素製造
水を電気分解(一般的に「電解」と略されています。)して水素(と酸素)を製造する技術です。大規模に実用化されているのはアルカリ水電解法であり、電解効率は、70%と想定されています。(参考:経済産業省、水素・燃料電池戦略協議会ワーキンググループ(第5回)‐配布資料)
注6) 高温ガス炉
炉心の主な構成材に黒鉛を中心としたセラミック材料を用い、核分裂で生じた熱を外に取り出すための冷却材にヘリウムガスを用いた原子炉です。1000℃程度の熱を取り出すことができます。
注7) 過電圧
熱力学的に求められる電気化学反応の理論電位と実際に反応が進行するときの電極電位との差を指します。反応種の活性化に必要なエネルギーに相当する活性化過電圧、反応種の電極表面濃度と溶液濃度が異なるために生じる濃度過電圧、電極、電解質およびイオン交換膜の抵抗から生じる抵抗過電圧からなります。過電圧が大きいと、同じ電流を流すためにより大きな電圧が必要になります。
注8) 熱効率
投入した熱エネルギーが仕事や電力などに変換される割合で、膜分離新ISプロセスの場合は、反応に必要な熱エネルギーと、プロセスで使用する電力に相当する熱エネルギーの合計に対し、製造した水素の燃焼エネルギーの割合としています。
注9) 放射線グラフト重合法
ビニール袋などに使われているポリエチレンなどのプラスチック素材に放射線を照射した後、試薬と反応させて、接ぎ木(グラフト)のように分子の枝を導入し、プラスチックの特性を改良する技術です。
注10) 化学架橋剤
グラフト鎖どうしを結合させ、架橋という網目構造を形成するために用いる化学試薬です。代表例はジビニルベンゼンです。
注11) グラフト鎖
基材高分子の主鎖に対して結合された高分子側鎖であり、樹木に例えれば幹に対する接ぎ木(グラフト)に相当します。
注12) イオン交換容量
イオン交換膜に含まれるイオン交換基の量を表す指標です。通常は、膜1g当たりの物質量で表します。
注13) 架橋密度
高分子鎖どうしが結合し網目構造を形成することを架橋といい、その数を指します。ジビニルベンゼンのような化学架橋剤によって、グラフト鎖の架橋形成、架橋密度の制御が可能です。
注14) 水素イオン伝導性
イオン交換膜が水素イオンを伝える能力を表す指標です。一般に、膜の水素イオン伝導性が高いほど、膜ブンゼン反応において水素イオンの透過がしやすくなります。
注15) 電析
電流を流して、物質を析出させることです。電気めっきともいいます。

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野村 幹弘
Tel&Fax:03-5859-8160

今林 慎一郎
Tel:03-5859-8159 Fax:03-5859-8101

量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学研究部門 高崎量子応用研究所
上席研究員 八巻 徹也
Tel:027-346-9126 Fax:027-346-9385

<JST事業に関すること>

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