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平成29年2月28日

産業技術総合研究所
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

不揮発性磁気メモリーMRAMのための高性能参照層を開発
~大容量MRAMの開発を加速~

ポイント

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)スピントロニクス研究センター【研究センター長 湯浅 新治】金属スピントロニクスチーム 薬師寺 啓 研究チーム長は、次世代の不揮発性メモリー注1)である磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)注2)の参照層に、新たにイリジウム(Ir)を用いたスペーサー層を用いて、大容量MRAMに求められる性能を達成した。

高性能な垂直磁化TMR素子注3)は、大容量MRAMを実現するための中核技術であり、情報を記憶する「記憶層」、酸化マグネシウム(MgO)の「トンネル障壁層」、記憶層情報の判定基準である「参照層」により構成される。参照層は、上部強磁性体層、下部強磁性体層と、その2層の間の厚さ0.5nm程度の極めて薄いスペーサー層からなり、判定基準の強固さ(参照層の強固さ)注4)が求められる。スペーサー層は参照層の強固さに影響するが、今回、これまで広く用いられてきたルテニウム(Ru)の替わりにイリジウムを用いたところ、ルテニウムより強固な参照層特性が得られることを発見した。また、要求される性能を達成できるスペーサー層厚さの範囲が約2倍となったため、製造が容易になると考えられる(図1)。強固な参照層を与えるイリジウムのスペーサー層は、大容量MRAMにおいて現在標準的に用いられているルテニウムを一新するとともに、MRAMの大量生産に貢献すると期待される。

この技術の詳細は、2017年2月27日にApplied Physics Lettersにオンライン掲載される。

参照層のスペーサー層の厚さと強固さの関係

<佐橋 政司 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACT「無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現」では、究極の超低消費電力かつ大容量の不揮発性メモリーの実現に挑戦し、電圧書き込み方式の不揮発性磁気メモリー「電圧駆動MRAM」の研究開発に取り組んでいます。今回、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の研究開発チームでは、磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)の参照層に、新たにイリジウム(Ir)を用いたスペーサー層を開発し、大容量MRAMに求められる性能の達成に成功しました。MRAMの大容量化には、書き込み方式に関わらず、記憶層(磁化反転層)と参照層(磁化固層)から成る共通基本要素であるMTJ(磁気トンネル接合)の高性能化は、欠かせない要素開発です。従来の参照層の特性を凌駕する性能をイリジウムスペーサー層で実現した今回の成果は、究極の超低消費電力と大容量化を目指す「電圧駆動MRAM」の周辺技術開発としても極めて重要なもので、今後の開発に大きな弾みとなるものです。

<開発の社会的背景>

MRAMは、不揮発、高速、高書き換え耐性などの特徴を持ち、特に不揮発性による省エネルギーの観点から、新世代ユニバーサルメモリー注5)として注目を集めている。MRAMには、磁界書き込み型MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)注6)、電圧書き込み型MRAM(電圧トルクMRAM)の3種類がある。垂直磁化TMR素子をベースとしたSTT-MRAMはギガビット級の大容量化が可能であり、国内外のメーカーが製品化を進めている。また、電圧トルクMRAMは基礎開発段階であるが、STT-MRAMを超える省電力性と高速性が見込まれる。STT-MRAMや電圧トルクMRAMは、不揮発性を活かした周辺メモリーや、従来の半導体メモリー(DRAM)を凌駕する大容量メインメモリーへの応用が考えられ、近い将来、多くのモバイルIT機器やコンピューターにこれらのMRAMが搭載されると見込まれている。

<研究の経緯>

産総研は、大容量STT-MRAMを実現するための中核技術として、2004年にMgOトンネル障壁層を持つ高性能TMR素子を発明し、2008年には、NEDO「スピントロニクス不揮発性機能技術プロジェクト」(株式会社東芝との共同研究)の一環で、世界で初めて垂直磁化TMR素子ベースのSTT-MRAMを試作するなど、国内外をリードするSTT-MRAM開発を行ってきた(IEDM会議発表2008年12月17日(doi:10.1109/IEDM.2008.4796680)、産総研プレス発表2004年3月2日、産総研プレス発表2004年9月7日、産総研プレス発表2004年11月1日、産総研プレス発表2015年12月17日)。現在もDRAM代替向け超大容量STT-MRAMやSRAM代替を目指した電圧トルクMRAMの開発を行っている。

TMR素子は小さくなるほど「記憶層の記憶安定性」と「参照層の強固さ」の確保が難しくなる。記憶層については、産総研において材料開発が広く行われ、DRAM代替向けで必要な、TMR素子直径20nm以下の実現に向けた成果が得られている。一方、参照層の研究開発はあまり精力的には行われてきておらず、20nm以下のサイズに必要な性能は、極めて限定された条件でしか得られていなかった。そのため、今回、極薄膜の積層技術を基本技術として参照層の強固さ向上のための研究開発に取り組むこととした。

なお、この研究開発は、内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現(平成26~30年度)」による支援を受けて行った。

<研究の内容>

今回開発した垂直磁化TMR素子の概略を図1に示す。垂直磁化TMR素子は、参照層/トンネル障壁層/記憶層を基本構成とし、各層の厚さは数nm程度と薄い。参照層は、上部強磁性体層、下部強磁性体層と、その2層の間のスペーサー層からなるが、スペーサー層(図中ではイリジウムスペーサー)は0.5nm程度と極めて薄い。

参照層のような3層構造では、上部と下部の強磁性層が特徴的な磁気結合を持つ(層間交換結合)。特定のスペーサー材料(ルテニウムやイリジウムなど)を0.5nm程度と薄くした場合には、上下の強磁性層の磁化方向が逆向き(反平行)の磁化配置の状態で強固に結合(反平行結合)する(図2)。反平行結合が強いと、参照層は強固になるので、図2に示した結合強さ(ex)を大きくする必要がある。代表図に示すように、TMR素子直径20nm以下のサイズのMRAMに必要なexは、およそ1.8erg/cm以上である。この値は、既存のルテニウムスペーサーを用いた参照層でも得られるが、ルテニウムスペーサーの厚さは0.38nmから0.48nm程度までの0.1nmの範囲内に収まらなければならない。一方、今回開発したイリジウムスペーサーではexの最大値が2.6erg/cmと、ルテニウムスペーサーの最大値(2.2erg/cm)に比べて約20%増加した。また、1.8erg/cm以上を示すスペーサー厚さの範囲は0.38nmから0.57nm(0.19nm)と、ルテニウムスペーサー厚さの範囲の約2倍に広がった。これは、大量生産では極めて重要な点であり、新世代の低消費電力メモリーMRAMの生産性向上に大きく貢献することが期待される。

さらに、イリジウムスペーサーを用いたSTT-MRAMの性能評価を行ったところ、データ読出特性(MR比注3))やデータ書き込み特性、耐熱性など各種特性は、ルテニウムスペーサーの場合と遜色無く、スペーサー層をイリジウムにすることで、性能の劣化は無く、参照層の強固さだけを高めることができた。20nm以下のサイズだけではなく全ての世代のSTT-MRAMや電圧トルクMRAM、さらにはスピントルク発振素子などの参照層は、イリジウムスペーサーに一新されるものと期待される。

<今後の予定>

今回開発したイリジウムスペーサーを含む参照層は、広範囲なスピントロニクスデバイスに応用できる。今後は、この技術をベースにした大容量STT-MRAMの量産化技術の確立や、他のスピントロニクスデバイスへの応用を目指す。

<参考図>

図1 今回開発した参照層を含む垂直磁化TMR素子断面の模式図と電子顕微鏡像

図2 参照層の上下強磁性層の反平行磁化結合の模式図

<用語解説>

注1) 不揮発性メモリー
電源を切っても記憶された情報が失われないコンピューター用メモリー。磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)、抵抗変化メモリー(ReRAM)、相変化型メモリー(PRAM)など、データ記憶方式の異なる複数種類のメモリーが開発されている。既存の半導体メモリー(DRAM)は揮発性メモリーであり、電荷が情報を担うため電源を切ると情報が失われることから、情報の保持に待機電力を要する。
注2) 磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)
不揮発性メモリーの一種。トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を用いたメモリーで不揮発・高速・低消費電力・低電圧駆動・高集積といった優れた特性を備える。TMR素子に含まれる2つの強磁性電極の磁化の相対的な方向により高抵抗状態と低抵抗状態をとり、それぞれ、「1」と「0」に対応させて情報を記憶できる。微小磁性体の磁化方向として情報を記憶するため、電源を切っても情報が保持される。MRAMには、データ書き込み方式の違いにより、磁界書き込み型MRAM、電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)、電圧書き込み型MRAM(電圧トルクMRAM)の3種類がある。
注3) 垂直磁化トンネル磁気抵抗(TMR)素子、磁気抵抗(MR)比
垂直磁化強磁性体/絶縁体/垂直磁化強磁性体からなる微小TMR素子で、それぞれ厚さが1〜数ナノメートルの薄い層からなる。垂直磁化強磁性体は、基板面に対して垂直方向に磁化が向いている。絶縁体の両側の垂直磁化強磁性体は金属であり、電圧を加えると絶縁層(トンネル障壁層)を通してトンネル電流が流れる。2つの垂直磁化強磁性体の持つ磁化の向きが平行な時と反平行な時で、TMR素子の電気抵抗が大きく変化する。この抵抗変化率を磁気抵抗(MR: Magnetoresistance)比と呼び、STT-MRAMの読み出し信号の性能指標となる。トンネル障壁層に酸化マグネシウム(MgO)を用いると100%を超える巨大なMR比が得られることが2004年に産総研によって実証されて以来、MgOトンネル障壁層が標準的に用いられるようになった。
注4) 判定基準の強固さ(参照層の強固さ)
MRAMでは、記憶層磁性体の磁化方向として「1」あるいは「0」としての情報内容を記憶層に記録する。このとき、参照層はすべて同じ磁化方向を向いていないと、記憶層が「1」あるいは「0」の磁化方向であることを判定できなくなってしまう。判定基準として、あらゆる外乱(記憶層からの磁界、外部磁界、情報書き込み時の電流発熱、電流誘起磁界など)に影響されない強固な参照層が求められる。
注5) ユニバーサルメモリー
小型電子機器や携帯通信機器の低消費電力化や高速起動化を可能とする新世代メモリー。既存のDRAMやSRAMが持つ高速・大容量に加えて、不揮発性や低消費電力化の機能が付与される。MRAMは、高速・大容量・不揮発性(低消費電力)の機能を併せ持っており、ユニバーサルメモリーとしての普及が期待されている。
注6) 電流書き込み型MRAM(STT-MRAM)
MRAMのデータ書き込みは、電流を流して生じるスピントルク(Spin Transfer Torque:STT)磁化反転により行う。高容量化に適した書き込み方法であるため、現在世界中で量産化開発が進められており、近年中に製品化されることが期待されている。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 金属スピントロニクスチーム
研究チーム長 薬師寺 啓(ヤクシジ ケイ)
〒305-8568 茨城県つくば市梅園1-1-1 中央第2
Tel:029-861-3251 Fax:029-861-3432
E-mail:

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
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<報道担当>

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