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平成29年2月13日

理化学研究所
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

パラジウム-107の核変換

~高レベル放射性廃棄物の低減化・資源化への挑戦~

理化学研究所(理研) 仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室のワン・へ 国際特別研究員、核変換データ研究グループの櫻井 博儀 グループディレクター、高速RIデータチームの大津 秀暁 チームリーダーらの共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)注1)」を用いて、長寿命放射性核種注2)のパラジウム-107(107Pd、原子番号46、質量数107、半減期650万年)を不安定核ビームとして取り出し、核破砕反応注3)のデータ取得に成功しました。この研究は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の藤田 玲子 プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として行われました。

原子力発電所などで生じる高レベル放射性廃棄物の処理・処分問題は、日本のみならず世界的な問題です。後の世代への負担を軽減するために本プログラムでは、廃棄物から有用元素を回収して資源として利用する方法や、長寿命核分裂生成物(LLFP)注2)を取り出して、短寿命核種もしくは安定核種に核変換することにより放射能を低減する方法を開発しています。なかでも有用元素の一つとして、自動車用触媒注4)などに利用されているパラジウム(Pd)に注目しています。廃棄物中のPdからLLFPである107Pdを取り出し、残りのPd同位体を資源として再利用します。取り出した107Pdは、その放射能を低減するために核変換させる必要があります。

今回、共同研究グループは107Pdの核変換反応として「放射性核種と陽子注5)または重陽子注5)を衝突させて放射性核種を壊す反応(核破砕反応)」に着目しました。「逆運動学法注6)」を利用して、世界に先駆けて107Pdの核破砕反応の確率(反応断面積)の測定や反応で生じる生成物の組成データを明らかにすることに成功しました。生成物の組成からこの核変換反応により、650万年という非常に長い寿命を持つ107Pdから生成された核種は、安定核種が約64%、半減期が1年以下の核種が約20%、1~30年が約9%、30年を超えるものが8%以下であることが明らかになりました。また、長寿命の放射性核種が生成される割合は、標的の陽子や重陽子の全運動エネルギーが低いほど少なく、陽子と重陽子を比較すると、重陽子の方が小さいことが示唆されました。

今後、RIBFでさらに多種多様な核変換データを取得し、より高効率な核変換法を模索していきます。

本研究は、国内のオンライン科学雑誌『Progress of Theoretical and Experimental Physics』(2月4日付け)に掲載されました。

共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器研究センター
櫻井RI物理研究室 国際特別研究員 ワン・へ(王 赫)
核変換データ研究グループ グループディレクター 櫻井 博儀(サクライ ヒロヨシ)
高速RIデータチーム チームリーダー 大津 秀暁(オオツ ヒデアキ)

ほか、北海道大学、東京大学、東京工業大学、立教大学、九州大学、宮崎大学の49名からなる共同研究グループ。

<藤田 玲子 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を加速器による新しい核変換の経路を実現することにより、廃棄物をリサイクルして資源化する方法を提案することを目指しています。加速器により核変換を効率的に行うためには種々の入射エネルギーにおける放射性核種の核変換のデータを取得する必要があります。理研のRIBFを用いるとLLFPのビームを作製できることから放射性のターゲットを準備しなくても測定することができます。今回はLLFPの一つであるパラジウム-107の核破砕反応のデータを世界で初めて取得することに成功しました。本成果は、高レベル放射性廃棄物の低減・資源化へ向けた大きな1歩になると考えています。

<研究の背景>

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理・処分問題は、日本のみならず世界的な問題です。内閣府 総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)において、藤田 玲子 プログラム・マネージャーが推進しているプログラムでは、この問題を解決するために、廃棄物から有用元素を回収して資源として利用する方法や、長寿命核分裂生成物(LLFP)を取り出して、短寿命核種もしくは安定核種に核変換して放射能を低減する方法を開発しています。

原子力発電所から排出される放射性核種は、ウラン燃料の中性子捕獲によって生成される「マイナーアクチノイド注7)」と、ウランの核分裂によって生成される「核分裂生成物」とに大きく分けることができます。マイナーアクチノイドについては、高速増殖炉や加速器駆動型原子炉などで得られる高速中性子を利用した核変換が長年にわたって研究されており、基礎的・系統的な反応データが蓄積されています。一方、核分裂生成物については核変換に関連する反応データはほとんど取得されておらず、放射能を効率よく低減するための基盤開発や技術開発はまだ進んでいません。

そこで、共同研究グループは、LLFPであるパラジウム-107(107Pd、原子番号46、質量数107、半減期650万年)に着目しました。パラジウム(Pd)は自動車用触媒などに利用されている有用元素です。核燃料の燃焼度(ウランやプルトニウムが核分裂した割合)が33GWd(ギガワットデイ、3.3%)の場合、使用済み燃料1トン(1,000kg)当たりPdは約1kg含まれており、そのうちの約15%(約150g)が107Pdです。この107Pdを取り出すことによって、残りのPd同位体(102Pd、104Pd、106Pd、108Pd、110Pdなど)を資源として活用することができます。一方で、取り出された107Pdは、その放射能を低減するために核変換させる必要があります。

そこで、共同研究グループは107Pdの核変換反応として、「放射性核種(107Pd)と陽子または重陽子を衝突させて107Pdを壊す反応(核破砕反応)」に着目しました。核破砕反応は、高エネルギーの陽子や重陽子ビームを壊したい核種(標的核)に衝突させ、標的核を壊し、他の軽い核種に変える反応です。これまで、107Pdの核破砕反応の確率(核反応断面積)やどのような核種にどれだけ変わるのかについての基礎データはありませんでした。また、物質中に入射した陽子や重陽子のビームは深く進むほどエネルギーが減衰するため、さまざまなエネルギーのビームでデータを取得する必要もありました。

2017年1月10日プレスリリース「パラジウム同位体を選択的・高効率に分離するレーザー技術」
http://www.riken.jp/pr/press/2017/20170110_1/

<研究手法と成果>

共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を用いて107Pdを不安定核ビームとして取り出し、陽子と重陽子を標的にして照射する「逆運動学法」を使って107Pdがどのような核種にどれだけ壊れるかを調べました。

まず、RIBFの超伝導リングサイクロトロン(SRC)注8)において、光速の約70%(エネルギーで核子当たり345MeV。1MeVは100万電子ボルト)まで加速したウラン-238(238U、原子番号92、質量数238)ビームをベリリウム(Be)標的に照射しました。その後、照射による核分裂反応で生成した107Pdを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)注9)を用いてビームとして取り出しました。取り出したビームのエネルギーとして、核子当たり118MeVと196MeVの二種類の設定で実験を行いました。この高速の不安定核ビームを陽子と重陽子の標的(二次標的)と衝突させ、反応生成物を下流のゼロ度スペクトロメータ注10)で捕らえました(図1)。

逆運動学法の利点は三つあります。一つ目は、107Pdの厚い標的を用意する必要がない点です。この核種で純度が高く厚い標的を作ると非常に高価になり、かつ放射能が高くなる問題が生じます。二つ目は、ビーム種と反応生成物を一つ一つ粒子として識別することができる点です。これにより、107Pdがどのような核種にどれだけ壊れるのかを正確に調べることができます。三つ目は、陽子標的と重陽子標的の違いを調べる際に、ビームのエネルギーを揃えてデータを取得することが容易な点です。ビームのエネルギーはBigRIPSの設定で決まり、いったん設定を固定した後は、標的を変えるだけで系統的なデータを取得できます。

実験の結果、陽子または重陽子と107Pdを衝突させることで起こる核破砕反応の確率は、陽子に比べて重陽子の方が約1~2割高く、ビーム核種を軽い核にする能力が高いことが分かりました。これは、陽子と中性子で構成される重陽子が107Pdと反応する際に、陽子と中性子がバラバラに反応に関与せず同時に反応するためと考えられます。

また、核破砕反応では107Pdよりも軽い原子核が生成されますが、そのうち、ジルコニウム-93(93Zr、半減期153万年)、ニオブ-94(94Nb、半減期2.03万年)、テクネチウム-99(99Tc、半減期21.1万年)は半減期が長い放射性同位体で、使用済み燃料にも含まれるLLFP核種です。今回の実験で、これらのLLFP核種が生成される割合の測定にも成功しました。すなわち、107Pdから生成された核種は安定核種が約64%、半減期が1年以下の核種が約20%、1~30年が約9%であり、30年を超えるものが8%以下であることが分かりました(図2)。

また、LLFP核種が生成される割合は、ビームの全運動エネルギーが低いほど少なく、陽子、重陽子で比較すると、重陽子の方が小さいことが分かりました。この結果から、反応により生成されるLLFP核種の割合を小さくするためには重陽子の方がよいことが示唆されました。

核破砕反応で利用する陽子や重陽子のビームでは、ビームを衝突させる領域を制御できるため、核破砕反応も核変換反応の候補になりうると考えています。核破砕反応が起こる確率は、熱中性子捕獲反応注11)の1/10程度であり、加速器から得られるビーム強度を大きくできれば、核変換反応として有用となる可能性があることになります。

<今後の期待>

仁科加速器研究センターは、以前にも逆運動学法を利用して、これまで測定できなかった長寿命放射性核種の核反応データを取得することが可能なことを世界に先駆けて示しました。この成果が契機となり、同センターは、ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」に参画しています。今後、RIBFでさらに多種多様な長寿命核種の核変換データを取得して、効率のよい核変換法を模索していきます。

2016年2月19日プレスリリース「放射性廃棄物の処理問題解決への第一歩」
http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160219_1/

<参考図>

図1 核破砕反応実験の概要

超伝導リングサイクロトロン(SRC)で加速した238Uビームをベリリウム(Be)生成標的に照射し、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)で識別・分離し、107Pdをビームとして取り出す(①)。続いて二次標的(陽子と重陽子)と衝突させ(②)、二次標的での反応生成物をゼロ度スペクトロメータで分析する(③)。

図2 107Pd核破砕反応実験で生成された核種の寿命の割合

重陽子ビーム、核子当たり100MeV(100万電子ボルト)の場合の結果を円グラフで示す。生成された核種は、安定核が63.5%、半減期1年以下が19.5%、半減期1~30年が9.3%、半減期30~1,000年が0.3%、半減期1,000~30,000年が1.4%、半減期30,000年以上が6.0%の割合であった。

<用語解説>

注1) RIビームファクトリー(RIBF)
RI(Radio Isotope)とは放射性同位元素のことで、放射線を出して他の種類の原子核に変化する。RIBFは、理研が所有するRIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。RIビーム発生施設は、2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成される。RIBFではこれまで生成不可能だったRIも生成でき、これまで世界最多となる約4,000個のRIを生成できる。
注2) 放射性核種、長寿命核分裂生成物(LLFP)
アルファ線(α線)やベータ線(β線)などの放射線を放出して崩壊する原子核を放射性核種という。天然に存在する放射性核種として、カリウム-40(40K、原子番号19、質量数40、半減期12億年)やウラン-238(238U、原子番号92、質量数238、半減期45億年)などが知られている。天然放射性核種は、半減期が地球年齢(約46億年)程度あるので崩壊せずに残っている。放射性廃棄物中に含まれる放射性核種は、原子炉内で人工的に作られたもので、天然に存在する放射性核種に比べて半減期が短く、放射能が高い。この核種を長寿命核分裂生成物と呼び、79Se(半減期:29.5万年)、93Zr(153万年)、99Tc(21.1万年)、107Pd(650万年)、126Sn(10万年)、129Ⅰ(1,570万年)、135Cs(230万年)などがある。LLFPはLong Lived Fission Productsの略。
注3) 核破砕反応
核子(陽子と中性子)当たり50MeV程度以上の高エネルギー原子核を標的核に照射した際に起こる反応で、衝突時に陽子、中性子がはぎ取られる。照射核として陽子、中性子、重陽子などの軽い核を利用する場合は、スポレーション(Spallation)反応といい、炭素やウランなどの重い核を照射する場合は、フラグメンテーション(Fragmentation)反応という。
注4) 自動車用触媒
自動車では、排気ガス中に存在する有害物質の炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物を、触媒による酸化・還元反応により、二酸化炭素、水、窒素に変換させて無害化させる。そのための触媒にパラジウムや白金、ロジウムなどの金属が使われる。
注5) 陽子、重陽子
陽子は原子核の構成要素の一つ。原子核のもう一つの構成要素は中性子で、陽子と違い崩壊するため、寿命は有限である。重陽子は、陽子1個と中性子1個で構成されている。陽子と中性子の間に束縛エネルギーがあるため、重陽子は安定で崩壊しない。
注6) 逆運動学法
研究対象の原子核が安定な核の場合、これを標的にし、陽子や重陽子などのビームを照射して研究を行う。一方、研究対象の原子核が不安定で寿命が有限の場合、ビームと標的を逆転させて測定を行う、いわゆる逆運動学を利用する。この場合、陽子、重陽子などを標的にし、調べたい原子核をビームとする。この方法を利用すると、研究対象核の壊れ方を正確に調べることができる。RIBFでは、この方法を利用した基礎研究が推進されている。
注7) マイナーアクチノイド
アクチノイドとは、アクチニウム(Ac、原子番号89)からローレンシウム(Lr、原子番号103)までの元素の総称。マイナーアクチノイドとは、アクチノイドに属するウラン(U、原子番号92)よりも原子番号の大きい元素のうちプルトニウム(Pu、原子番号94)を除いたものを指す。
注8) 超伝導リングサイクロトロン(SRC)
サイクロトロン(加速器)の心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩(ろうえい)を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持つ。総重量は8,300トン。SRCを使うと非常に重い元素であるウランを光速の70%まで加速できる。また、超伝導方式により、従来の方法に比べて1/100の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
注9) 超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、実験グループにRIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。
注10) ゼロ度スペクトロメータ
RIBFの基幹実験装置の一つで、逆運動学法で生成された生成核種の粒子識別や運動量分析などが行える磁気分析装置。この装置は、逆運動学法で生成された核が照射したビームと同じ方向に放出されることを考慮して設計されている。反応生成物の収集効率を上げるため、BigRIPSと同じ超伝導四重極電磁石が採用されている。分析装置内での飛行時間が長いため、質量数200程度の核種まで粒子を識別できる。
注11) 熱中性子捕獲反応
原子核が熱中性子1個を捕獲して、中性子数が1個多い同位体になる核反応。熱中性子とは、原子の熱運動と平衡状態にある中性子で、中性子のエネルギー分布は室温で決まる。平均エネルギーは約0.025eV、平均の速さは約2.2km/s。

<論文情報>

タイトル Spallation reaction study for the long-lived fission product 107Pd
著者名 He Wang, Hideaki Otsu, Hiroyoshi Sakurai et al.
掲載誌 Progress of Theoretical and Experimental Physics
doi 10.1093/ptep/ptw187

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