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平成29年1月10日

理化学研究所
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

パラジウム同位体を選択的・高効率に分離するレーザー技術

~高レベル放射性廃棄物の資源化に向けて前進~

理化学研究所(理研) 光量子工学研究領域 アト秒科学研究チームの小林 徹 専任研究員、クレイトン・ロック 研究員、緑川 克美 チームリーダーらの研究チームは、奇数質量数のパラジウム同位体注1)に対し、従来法に比べて約10,000倍のイオン収量が得られる選択的励起イオン化法を開発しました。本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」(プログラム・マネージャー 藤田 玲子 氏)の一環として実施されました。

原子力発電所の使用済み核燃料を再処理した際に発生する高レベル放射性廃棄物には、核分裂生成物としてパラジウム(Pd、原子番号46)やルテニウム(Ru、原子番号44)などの有用元素が含まれています。Pdにおいては、半減期の長い放射性同位体(長寿命核分裂生成物、LLFP注2))の107Pdと6種類の安定同位体(102Pd、104Pd、105Pd、106Pd、108Pd、110Pd)が存在します。Pdを資源化するために107Pdを除去する必要がありますが、同位体は化学的性質が似ているため、化学的手法で特定の同位体だけを分離抽出することは不可能です。また、「レーザー同位体分離法」注3)は特定の同位体だけをイオン化して分離する方法ですが、パラジウムのように同位体シフト注4)の小さな元素には適用できません。この問題を解決するため1980年、Hao-Lin Chenらが「レーザー偶奇分離法」を開発し、奇数質量数のPd同位体(105Pd 、107Pd)を選択的に励起イオン化することが可能になりました。しかしパラジウムを資源として十分な量を分離回収するためには、励起イオン化効率が低くイオン収量が少ないという課題がありました。

今回、研究チームは、自動イオン化準位注5)の利用および励起原子のイオンコア注6)統一という二つの分光学的考察に基づいた新しい励起スキームを採用することで、レーザー偶奇分離法を改良しました。その結果、奇数質量数の105Pdのイオン収量は従来の約10,000倍に増大しました。この方法は本来の目標物質である107Pdにも原理的には適用できます。また、本手法で分離される105Pdと107Pdは理研 仁科加速器研究センターによる非放射化実験の試料として活用される予定です。

また本手法は、ジルコニウム(Zr、原子番号40)やセレン(Se、原子番号34)など、他のLLFPへの応用も可能です。今後、パラジウムにおけるレーザー偶奇分離技術の実用化に向けた開発が“高レベル放射性廃棄物の資源化”という大きな目標への第一歩になると期待できます。

本成果は、日本の学会誌『JJAP Rapid Communication』(2016年11月24日号)に掲載されました。また、米国の科学雑誌『Applied Physics B』(2017年1月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月28日付け)に掲載されました。

<藤田 玲子 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を加速器による新しい核変換の経路を実現することにより、廃棄物をリサイクルして資源化する方法を提案することを目指しています。核変換を効率的に行うためには、半減期の長い奇数核種を半減期の短いもしくは安定な偶数核種と分離し、取り出す必要があります。今回開発に成功した偶奇分離法は、今後の実用化に向けて、処理量を多くできる画期的な励起方法です。この成果はまた、核変換をせずに放射性核種を除くことのできる代替法を提示しており、放射性廃棄物を資源化できる可能性を世界で初めて示すことができました。

<研究の背景>

高レベル放射性廃棄物とは、原子力発電所の使用済核燃料からウラン(U)とプルトニウム(Pu)を分離回収した残余物のことで、核分裂生成物としてパラジウム(Pd、原子番号46)やルテニウム(Ru、原子番号44)といった種々の有用元素が含まれています。その量は高レベル放射性廃棄物1トン(1,000kg)当たり、Pdは1kg、Ruは2kgに達します。しかし、資源化を目的にPdを回収しても、それには放射性同位体107Pdが含まれています。107Pd以外の6種類のPd安定同位体(102Pd、104Pd、105Pd、106Pd、108Pd、110Pd)を資源化するためには107Pdを除去する必要があります。同位体は化学的性質が似ているため、一般に化学的手法で特定の同位体だけを分離抽出することは不可能です。また、1970年代に研究開発された「レーザー同位体分離法」は、イオン化によって特定の同位体だけを分離する方法ですが、パラジウムのように同位体シフトの小さな元素に対しては適用できません。

このようなパラジウムに関する問題を解決するため、1980年にローレンス・リバモア研究所のハオ-リン・チェンらが「レーザー偶奇分離法」を開発しました。レーザー偶奇分離法では、照射するレーザーの偏光注7)を制御することにより、核スピン(原子核の全角運動量)注8)を持たない偶数質量数の同位体は励起イオン化されず、核スピンを持つ奇数質量数の同位体(105Pd と107Pd)を選択的に励起イオン化することが可能となります。この場合、目的の107Pdと同時に105Pdもイオン化されますが、それ以外の偶数質量数の同位体は資源化が可能です。レーザー偶奇分離法は原理的にはその有効性が実証されましたが、励起イオン化効率が低くイオン収量が少ないという課題があり、現在まで実用化に至っていません。

研究チームは今回、チェンらとは異なる励起スキームの採用によりレーザー偶奇分離法を改良し、奇数質量数のパラジウム同位体の励起イオン化効率の向上により、イオン収量を増加させることを試みました。

<研究手法と成果>

従来のレーザー偶奇分離法による奇数質量数のパラジウム同位体の選択的励起には、2種類の円偏光注7)レーザーAとBを用います。まず、レーザーAとBの照射によって核スピンを持つ奇数質量数の同位体を選択的に2段階で励起します。さらにレーザーBの光子を吸収した原子はイオン化連続状態注9)まで励起されてイオン化されます。

その励起スキームは、

の3段階で構成されていました。

ここで、パラジウムの電子数は46個です。そのうちエネルギー準位の最も高い10個は、最外殻の4d軌道に入っています。初めのレーザー照射①により10個のうちの1個(励起電子)がさらにエネルギー準位の高い5p軌道に励起されます。その励起電子は次のレーザー照射②により、さらに高エネルギー準位の5d軌道まで励起され、続いてイオン化連続状態まで励起されます。なお、基底状態の電子配置はで表され(図1A)、第1および第2電子励起状態のイオンコア(励起電子以外の電子と原子核)の電子配置は5/2として表されます(図1B)。

研究チームは、

という分光学的考察に基づいて、自動イオン化準位を探査して励起スキームを選定しました。研究チームが用いた新たな励起スキームは、

です。

ここで、初めのレーザー照射①により電子が第1電子励起状態の5p軌道へ励起されますが、それは上述の従来法とは異なるイオンコア(3/2)を持つ5p電子軌道です。次のレーザー照射②では5p軌道にあった励起電子が6s軌道に励起され、さらに高エネルギー状態である9p軌道(自動イオン化リュドベルグ状態)まで励起されます(図2)。

実験の結果、(A)によるイオン収量が従来の約80倍、および(B)によるイオン収量が従来の約130倍となり、全体として10,000倍程度(80×130)の増加がみられました(図3)。

図4は、新しい励起スキームによって生成された奇数質量数のパラジウム同位体イオンの質量スペクトル注10)を、全てのパラジウム同位体を非選択的にイオン化した場合と比較したものです。放射性同位体107Pdは本研究で用いた試料中に含まれないため、天然に存在する奇数質量数の同位体105Pdイオンだけがスペクトル中に現れていますが、原理的にはパラジウムを資源化するために除去しなければならない放射性同位体107Pdに対しても本手法は適用できます。

<今後の期待>

本研究により、従来のレーザー偶奇分離法を改良することでパラジウムの奇数質量数同位体の選択的イオン化効率を大幅に向上できることが実証されました。将来的にレーザー偶奇分離技術を用いて高レベル放射性廃棄物中のパラジウムを資源化するには、単位時間当たりの試料原子のイオン収量の増大を実現するための、レーザー出力の向上が不可欠となります。

本手法で選択的イオン化される105Pdと107Pdは、理研 仁科加速器研究センターによる非放射化実験の試料として活用される予定です。また、レーザー偶奇分離技術は、ジルコニウムやセレンの各放射性同位体(93Zr:原子番号40、半減期153万年、79Se:原子番号34、半減期29.5万年)など、他のLLFPへの応用も可能です。パラジウムにおける研究開発が今後、“高レベル放射性廃棄物の資源化”という大きな目標に踏み出す最初の一歩になると期待できます。

<参考図>

図1 パラジウム(Pd)原子の基底電子状態の核スピンと2種類のイオンコア

  • A:パラジウム原子の基底電子状態()を表す。パラジウムの46個ある電子のうちエネルギー準位の最も高い10個は、最外殻の4d軌道入っており、その軌道角運動量lの総和は0である(紫)。また電子スピンの総和は0である(緑)。の左上付き文字1は電子スピン多重度、右下付き文字の0はd軌道角運動量と電子スピンの総和を足した電子の全角運動量である。
  • B:従来法で励起された場合の5/2イオンコアを表す。Dはd軌道角運動量が2であること、左の上付き文字の2は電子スピン多重度、右下付き文字の5/2はd軌道角運動量2(紫)と電子スピン(上向き)の総和1/2(緑)を足した電子の全角運動量である。
  • C:新たな方法で励起された場合の3/2イオンコアを表す。Dはd軌道角運動量が2であること、左の上付き文字の2は電子スピン多重度、右下付き文字の3/2はd軌道角運動量2(紫)と電子スピン(下向き)の総和-1/2(緑)を足した電子の全角運動量である。

図2 リュドベルグ原子

リュドベルグ原子は、イオンコアと励起電子に分けて考えることができる。従来法では、4d→5p→5d→イオン化連続状態に励起されたが、本研究で電子は、4d→5p→6s→9p(自動イオン化リュドベルグ状態)に励起された。本研究では、励起電子以外の部分、すなわちイオンコアの電子配置が同じ状態間の遷移確率が桁違いに大きいことを利用。

図3 励起スキーム変更によるイオン収量の増大

1は従来法によるイオン強度、~80は自動イオン化状態への共鳴励起によるイオン強度、~10,000は3/2イオンコアに変更した場合のイオン強度を示している。イオン強度とイオン収量は比例するため、新しい励起スキームにより収量が約10,000倍に増加したことが分かる。

図4 得られたパラジウム同位体イオンの質量スペクトル

青線は非選択的イオン化の場合、赤線は奇数同位体の選択的イオン化の場合に生成するイオンの質量スペクトルを表す。選択的イオン化の場合、天然に存在する105Pdのみがイオン化されたことがはっきりと見て取れる。

<用語解説>

注1) 同位体
同じ原子番号(=陽子の数)を持つ元素の原子で、原子の質量数(陽子の数+中性子の数)が異なるもの。同位体同士は、互いの化学的性質が非常に似ている。
注2) 長寿命核分裂生成物(LLFP)
半減期が長い放射性同位体のこと。原子力発電所の使用済核燃料を再処理した残りの高レベル放射性廃棄物には、79Se(半減期:29.5万年)、93Zr(153万年)、99Tc(21.1万年)、107Pd(650万年)、126Sn(10万年)、129Ⅰ(1,570万年)、135Cs(230万年)などが含まれている。
注3) レーザー同位体分離法
同位体の吸収波長の違いを利用して、特定の同位体だけをレーザー光で励起・イオン化して分離抽出する方法。
注4) 同位体シフト
同位体ごとの吸収波長の違いのこと。
注5) 自動イオン化準位
イオン化エネルギー以上の高エネルギー電子状態のうち、離散的な電子準位のこと。この状態に励起された原子は、自発的に電子を放出してイオン化する。
注6) イオンコア
光照射によって電子励起した原子は、励起電子とイオンコアに分けて考える。イオンコアとは光吸収に関与していない電子と原子核を指す。
注7) 偏光、円偏光
電磁波は、電場と磁場の振動によって伝播するが、電場や磁場の振動の向きがそろっている場合が偏光と呼ばれる状態である。また、円偏光とは電場や磁場が一周期進む間に、電場の向きが光の進行方向の軸の周りを一回転しながら進む光をいう。
注8) 核スピン
原子核の全角運動量のことで、原子核を構成している核子(陽子と中性子)の角運動量の合計となる。
注9) イオン化連続状態
イオン化エネルギー以上の高エネルギー電子状態のうち、特定の電子準位として帰属されず連続分布する電子状態のこと。
注10) 質量スペクトル
レーザー照射によって生成したイオンについて、質量数に対するイオン強度を図示したもの。本研究では、同位体イオンの質量の違いが検出器への到達時間の違いとして検出される飛行時間型質量分析器を使用した。

<論文情報>

タイトル1 Spectroscopic investigation of autoionizing Rydberg states of palladium accessible after odd-mass-selective laser excitation
著者名 T. Kobayashi, C. R. Locke, and K. Midorikawa
掲載誌 Japanese Journal of Applied Physics Rapid Communication
doi 10.7567/JJAP.56.010302
タイトル2 Improved efficiency of selective photoionization of palladium isotopes via autoionizing Rydberg states
著者名 C. R. Locke, T. Kobayashi, and K. Midorikawa
掲載誌 Applied Physics B
doi 10.1007/s00340-016-6623-5

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

理化学研究所 光量子工学研究領域 アト秒科学研究チーム
専任研究員小林 徹 (こばやし とおる)
研究員クレイトン・ロック(Clayton Locke)
チームリーダー緑川 克美(みどりかわ かつみ)
Tel:048-467-9491  Fax:048-462-4682
E-mail:(緑川)

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〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容、およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
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理化学研究所 広報室 報道担当
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