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平成28年11月24日

科学技術振興機構(JST)
東京農工大学

赤色光で遺伝子を発現させる人工光センサーを開発

~光制御型バイオプロセスを目指して~

ポイント

東京農工大学 大学院工学研究院 生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究機構の早出 広司(ソウデ コウジ)教授と同大学 中島 満晴(ナカジマ ミツハル)研究生は、シアノバクテリア注1)由来の光センサーたんぱく質を改造することにより、赤色光で遺伝子発現を誘導する「人工光センサー」の開発に成功しました。

大腸菌や酵母、微細藻類、シアノバクテリアといった微生物によるバイオエネルギー関連物質や医薬品の生産など、生物を用いた物質生産プロセスである「バイオプロセス注2)」の重要性が高まっています。とりわけ、遺伝子組み換え微生物を用いるバイオプロセスの物質生産にはタイミングが大切です。例えば、まず遺伝子組み換え微生物を増殖させてから、遺伝子からたんぱく質を合成させる(遺伝子の発現)と、効率よく大量の物質を生産させることができます。遺伝子発現のスイッチとして、光合成を行う微生物などが持っている、特定の色の光を認識して遺伝子の発現をオン・オフする仕組みを利用し、色の違う光を当てる方法が注目されていますが、必要のない時にも完全にはスイッチがオフにならないといった発現制御の厳密性の欠如や、利用できる光の色の少なさに問題がありました。

本研究グループは、シアノバクテリアが持つ、緑色光に反応して遺伝子の発現をオンする緑色光センシング機能注3)に着目し、この機能を担う緑色光センサーたんぱく質を改造しました。その結果、赤色光照射で遺伝子発現をオンにでき、緑色光照射で遺伝子の発現を逆にオフにできる人工光センサーの作製に成功しました。この人工光センサーは遺伝子発現のオン・オフを厳密に制御できます。

この技術は、細胞の挙動を光で制御する可能性を大きく広げ、大腸菌を始めとしたさまざまな微生物を用いた新しいバイオプロセスの研究開発をさらに加速すると期待されます。

本研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として行われました。

本研究成果は、2016年11月24日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」
(研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)
研究課題 シアノファクトリ注4)の開発」
研究代表者 早出 広司(東京農工大学 大学院工学研究院 生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究機構 教授)
研究期間 平成23年4月~平成28年3月

JSTはこの研究領域で、高い脂質・糖類蓄積能力や多様な炭化水素の産生能力、高い増殖能力を持つ藻類・水圏微生物に着目し、これらのポテンシャルを生かしたバイオエネルギー創成のための革新的な基盤技術の創出を目指しています。

本研究課題では、海洋シアノバクテリアが持つ優れたバイオ燃料関連化合物の生産能力に注目し、その生合成を合成生物学注5)的アプローチにより設計・制御し、さらに、藻体からの化合物の回収プロセスまで一貫して設計した「シアノファクトリ」を開発することを目的としています。

<研究の背景と経緯>

大腸菌や酵母、微細藻類やシアノバクテリアといった微生物を対象とした遺伝子組み換え技術による、バイオエネルギー関連化合物やバイオ医薬品などの有用物質の生産は、その重要性がますます高まってきています。特に、新たな物質を合成するバイオプロセスの確立や、生産性の向上、菌体の回収方法の改善やコストの低減などの技術開発が必要とされています。

一方、シアノバクテリアは光合成により多様な物質を生産できる原核生物注6)です。この能力が注目され、近年では、バイオエネルギー関連化合物を生産するバイオプロセスの設計に期待が寄せられています。特に、これまでにない機能を持つ生物を設計し、組み換えDNA技術を駆使してつくり出すという「合成生物学」の考え方に基づき、全く新しい機能を持つシアノバクテリアの開発に世界中がしのぎを削っています。本研究グループではすでに、緑色光を照射することでシアノバクテリアの遺伝子発現を制御する新しいシステムの開発(参考文献1)に成功しており、これを応用したさまざまなシステム(参考文献2-4)も構築しています。これらの技術やシステムによって、ある物質を別の物質に変換する能力や新たな物質を生産する能力、あるいは自己凝集能力を与えることができれば、全く新しいバイオプロセスが開発できると期待され、シアノバクテリアのみならず、他の原核生物においても有用であると考えられていました。

<研究の内容>

本研究グループはこれまでに本研究課題において、緑色光の照射によって遺伝子の発現を制御するシステムの開発に成功しています。このシステムは、シアノバクテリアが特定の色の光を認識し、それに基づいて遺伝子の発現を促す緑色光センシング機能を用いたもので、緑色光を感知するセンサーたんぱく質、センサーたんぱく質からのシグナルを受け取って活性化する転写因子注7)、活性化した転写因子によって活性化されるプロモーター注8)から成ります(図1)。

センサーたんぱく質は、光を受け取るセンサー部分とトランスデューサー注9)に相当する転写因子を活性化する酵素の部分(転写因子活性化酵素:ヒスチジンキナーゼ)、両者をつなぐ柔軟なコイル状の部分(リンカー部分)の大きく3つの領域に分かれています。これまでの他者の研究により、センサー部分が光を受け取るとその立体構造が変化してリンカー部分がねじれ、センサー部分と転写因子活性化酵素とがある特定の位置関係になったときにだけ転写因子活性化酵素が活性化することが知られていました。そこで、リンカー部分のコイルの長さを調節することで、センサー部分と転写因子活性化酵素の位置関係を調整し、このセンサーたんぱく質の光に対する応答や制御の厳密化を試みました。このような試みを通して、「人工光センサー」を作成し、転写因子やプロモーターともども大腸菌に組み込みました。

改造していない緑色光センサーたんぱく質を組み込んだ大腸菌では、緑色光を当てた時に目的遺伝子が発現しましたが、赤色光を照射して発現を抑えた場合にもわずかながら目的遺伝子の発現が見られてしまいました。一方、新しく構築した「人工光センサー」を組み込んだ大腸菌では、本来とは全く逆の性質を示しました。すなわち、「人工光センサー」は赤色光を当てると遺伝子発現を促し、緑色光を当てると発現を抑えました。さらに、緑色光照射下では、「人工光センサー」を組み込んだ大腸菌において遺伝子発現が厳密に抑制されていることが観察されました(図2)。

このようにセンサーたんぱく質を改造することで、光による発現誘導の特性を改良し、また従来使用されていなかった色の光の下で遺伝子を発現するシステムの開発に成功しました。

<今後の展開>

本研究成果は、組み換えDNA技術によって全く新しい機能を持つ生物を設計し、つくり出すという「合成生物学」の考え方に基づくものです。大腸菌は原核生物のモデル生物として用いられる生物でもあり、今回実現に成功した、光による遺伝子発現制御機能の改変技術を、シアノバクテリアを始めとする有用物質を生産する微生物に応用することで、高度な機能を持つ新しいバイオプロセスの開発が急速に進展すると期待されます。

<参考図>

図1 緑色光センシングシステム

緑色光センシングシステムは、緑色光を感知するセンサーたんぱく質、センサーたんぱく質からのシグナルを受け取って活性化する転写因子、活性化した転写因子によって活性化されるプロモーターから構成されます。緑色光が照射されると、センサーたんぱく質がリン酸化(P)されて活性化します。次に、このセンサーたんぱく質が転写因子をリン酸化し、転写因子が活性化します。活性化した転写因子は特定のプロモーターに結合して目的遺伝子の発現を促し、目的たんぱく質が生産されます。

図2 人工光センサーの挙動

緑色光センサーたんぱく質は、光を受け取るセンサー部分と転写因子活性化酵素、両者をつなぐコイル状のリンカー部分からできています。通常、センサー部分が緑色光を受けるとその構造が変化してリンカー部分がねじれ、センサーと酵素が特定の位置関係になると酵素が活性化。次いで、これが転写因子を活性化します。赤色光を受けた場合はこうした変化は起こらないので、酵素は活性化しません。しかしリンカー部分は長くて柔らかく、センサー部分と酵素の位置関係が揺らぐため、これらの制御は決して厳密なものではありません。

一方、作成した人工光センサーでは、通常とは逆に赤色光下で酵素が活性化するようになりました。この人工光センサーでは、センサー部分と転写因子活性化酵素の位置関係が通常のものとは正反対になっているため、赤色光を受けて構造変化が起こらない場合に酵素が活性化するようになったと考えられます。また、人工光センサーでは光照射による酵素活性ののオン・オフがよりはっきりと切り替わるようになりました。これは柔軟なリンカー部分が短くなった結果、センサー部分と転写因子活性化酵素の位置の揺らぎが減少したためと考えられます。

<用語解説>

注1) シアノバクテリア
藍藻(ランソウ)とも呼ばれる微生物で、光合成により生育する。海水や淡水中に多く生息する。原始の地球において大気の酸素を合成して地球を酸素で満たした地球生物進化の立役者である。太陽光をエネルギー源とした炭素固定(光合成)によりさまざまな物質を生産できることから、バイオ燃料関連化合物を始めとした物質生産の宿主として注目されている。
注2) バイオプロセス
生物の持つ物質生産能力を利用して、目的の物質を生産する一連の工程。化学反応に基づいた一般的な物質生産プロセスに比べると、反応条件が穏やかで環境的負荷が小さく、複雑な化合物でも合成できるという特長がある。
注3) 緑色光センシング機能
シアノバクテリアが特定の光の波長を認識し、その結果として遺伝子の発現を制御する機能の1つ。一般には二成分制御系と呼ばれる遺伝子発現制御の一種である。緑色光が当たると転写因子を活性化(リン酸化)するセンサーたんぱく質、そのセンサーたんぱく質からのシグナルを受け取り活性化される転写因子、活性化された転写因子によって活性化されるプロモーターから成る。
注4) シアノファクトリ
本研究課題において構築を目指している、シアノバクテリアによるバイオ燃料関連化合物生産システム。1)合成生物学の考え方に基づき、増殖や物質の生産、藻体の凝集・溶解を光で制御できるようにした海洋合成シアノバクテリア、2)バイオ燃料関連化合物を1)のシアノバクテリアで生産するために必要な一連の遺伝子群、3)生産したバイオ燃料関連化合物を藻体から効率よく抽出するために設計されたイオン液体、およびこれを用いた抽出プロセスから構成される。
注5) 合成生物学
生物の機能は遺伝子やたんぱく質、またそれらが組み合わさってできるネットワークなどによって維持されているが、これら生物機能を構成する要素を「部品」とみなし、これを人工的に組み合わせることで望みの機能を持つ生物を設計しようとする学問およびその技術。物質生産などへの応用が期待されている。
注6) 原核生物
染色体DNAを収める「核」を持たない生物。一般にサイズが小さく、内部構造も単純である。大腸菌やシアノバクテリアはこの仲間に含まれる。
注7) 転写因子
生物内でDNAの情報を基にたんぱく質が合成される際には、まず初めにRNAポリメラーゼという酵素によってDNAの情報を写し取ったRNAが合成され(転写)、このRNAを基にたんぱく質の合成(翻訳)が行われる。この転写の段階において、その開始や強弱を調節するタンパク質のこと。
注8) プロモーター
転写開始にかかわるDNA上の領域のこと。特徴的な塩基配列を持っていて、ここにRNAポリメラーゼや転写因子が結合すると、その下流の遺伝子の転写が開始される。
注9) トランスデューサー
さまざまな目的のために、ある種類のエネルギーを別のものに変換する装置。一般には電子機器などでよく用いられる用語だが、生物機能を「部品」とみなす合成生物学的な考え方から、ここではこの表現を用いている。

<参考文献>

<論文情報>

Construction of a Miniaturized Chromatic Acclimation Sensor from Cyanobacteria with Reversed Response to a Light Signal
(光シグナルに対する応答が逆転した、短縮型シアノバクテリア由来光センサーたんぱく質の構築)
doi :10.1038/srep37595

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

早出 広司(ソウデ コウジ)
東京農工大学 大学院工学研究院 生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究機構 教授
〒184-8588 東京都小金井市中町二丁目24番地16
Tel/Fax:042-388-7027
E-mail:
URL:http://www.tuat.ac.jp/~tanpaku/index.html

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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東京農工大学 総務部総務課 広報・基金室
〒183-8538 東京都府中市晴見町三丁目8番地1
Tel:042-367-5930 Fax:042-367-5553
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(英文)“Development of an artificial photosensor which induces gene expression under red light illumination