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平成28年10月29日

科学技術振興機構(JST)
名古屋大学

植物の花粉は受精しなくても種子を大きくできることを発見

~気象条件に左右されない穀物生産に期待~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、JSTの笠原 竜四郎 さきがけ研究者(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM) 招へい教員)らは、雄しべの花粉管の内容物(花粉管内にある液体)が、雌しべの中にある胚珠注1)で放出されると、受精しなくても、種子を大きくする機能を持つことを発見しました。

胚珠の中にある卵細胞のもとへ精細胞を運ぶために、花粉は花粉管注2)という輸送器官を伸ばします。この花粉管の内容物は機能を持たないと考えられていました。笠原研究者らは花粉管内容物に注目し、受精に失敗しても、胚珠の中で花粉管内容物を放出するシロイヌナズナの変異体を用いて交配実験を行いました。その結果、花粉管内容物が放出された胚珠は、受精していなくても細胞分裂し、種子を肥大させることを発見しました。それだけではなく、種皮や胚乳注3)も形成することが分かり、「胚珠は受精しなければ肥大することはない」という植物界の常識を覆しました。

植物の生殖は花粉が雌しべに付着する受粉から始まり、花粉管誘引注4)を経て受精に至ります。本研究は、花粉管誘引と受精の間で、花粉管内容物が作用する段階が存在することを明示する重要な発見となりました。人類が穀物を収穫して食用とするのは、主に種子の胚乳です。イネ、トウモロコシ、コムギの種子の大部分は胚乳でできています。本研究で明らかになった花粉管内容物の機能を解明し、作物に応用する技術が開発されれば、受精せずとも胚乳を形成する穀物を生産できる可能性があります。開花期に台風、高温などの悪天候や異常気象が起きる条件下では受精が高確率で失敗するので、作物の生産に甚大な被害をもたらしますが、受精に頼らないで胚乳を形成できれば、気象に左右されない穀物生産が可能になります。

本研究成果は、2016年10月28日(米国東部時間)発行の米国オンライン科学誌「Science Advances」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」
(研究総括:磯貝 彰 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授)
研究課題 イネ生殖分子機構の解明と操作を基盤としたアポミクシスへの挑戦
研究者 笠原 竜四郎(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
研究実施場所 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)
研究期間 平成25年10月~平成29年3月

<研究の背景と経緯>

被子植物は雄しべで作られた花粉を雌しべの先端に付着させて受粉します。受粉した花粉は花粉管を伸ばし、雌しべの中にある卵細胞を含む胚珠に2つの精細胞を送り届け、受精を完了します(図1)。この時、2つの精細胞とともに花粉管内容物(花粉管内にある液体)も胚珠内に届けられますが、この内容物の機能は全く明らかにされていませんでした。

動物では植物の花粉管内容物に相当する精漿(せいしょう:精子を取り巻く液体)の機能はかなり知られています。例えばマウスの実験で、精漿にあるたんぱく質を欠損させた場合、精子が受精不可能となるなど、精漿は動物の受精に必要不可欠であることが明らかになっていました。笠原研究者らは、植物の花粉管内容物にも動物の精漿のように重要な機能があると考えました。

<研究の内容>

笠原研究者らは、まず花粉管内容物を受け取った胚珠がどのような遺伝子を発現しているのかを確認するために、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、遺伝子の大規模解析を行いました(図2)。受粉しても一定の割合で胚珠が受精しない変異体を用いた大規模解析の結果、花粉管内容物を受け取り、受精して胚および胚乳を形成した胚珠では、胚および胚乳の形成に必要な遺伝子群が発現していました。一方、花粉管内容物は受け取ったが、受精はしていない胚珠では、胚および胚乳の遺伝子発現は見られなかったものの、興味深いことに、受精後に発現すると考えられていた細胞を大きくする遺伝子群、細胞を分裂させる遺伝子群ならびに種皮を形成する遺伝子群が発現していました。

この遺伝子解析結果から、植物の胚珠は受精しなくても分裂し、細胞を肥大させ、種皮をも形成することが推測されたため、次にこれらの胚珠の表現型を観察しました。その結果、受精していないにもかかわらず、花粉管が入っていない胚珠と比べて胚珠は平均で2.5倍肥大し(図3)、さらに種皮も形成していることが分かり(図4)、「胚珠は受精しなければ肥大することはない」という植物界の常識を覆しました。

次に、この胚珠肥大を引き起こしているのが花粉管内容物であることを確認しました。花粉管がある一定の割合で破裂し内容物を放出する変異体を用いて、受精してはいないものの肥大している胚珠の割合と、花粉管が破裂して内容物が放出された胚珠の割合を比較しました。その結果、胚珠が肥大する割合と花粉管内容物が放出された胚珠の割合とが完全に一致し、胚珠を肥大させているのは紛れもなく花粉管内容物であることが明らかになりました。笠原研究者らは、この現象をPOEM(Pollen tube dependent Ovule Enlargement Morphology:花粉管依存的胚珠肥大)現象と名付けました(図5)。また、受精することなしに胚乳が発生する胚乳自動発生注5)の変異体を用いると、花粉管内容物がない場合の胚乳自動発生率は3%以下であるのに対し、花粉管内容物が放出された場合、50%もの胚珠が胚乳を自動発生させることが明らかになりました。このことから、花粉管内容物は胚珠の中に胚乳を形成する確率を大幅に上昇させる機能があることも判明しました(図6)。

<今後の展開>

今後は花粉管内容物のどのような分子がPOEM現象を引き起こしているのかを解明していきます。植物の生殖は花粉が雌しべに付着する受粉から始まり、花粉管の誘引を経て受精へと至りますが、この間に花粉管内容物によるPOEMというもう1つの段階が明らかになり、植物の生殖科学の新しい研究に道を拓きました。

また、本研究は農学的応用にも非常に大きな可能性を秘めています。胚乳自動発生変異体の胚珠に花粉管内容物が作用すると胚乳自動発生の頻度が大きく上昇することを発見し、受精なしに胚乳を形成する個体をシロイヌナズナで作成することができました。植物は開花期に台風や異常な高温、低温といった悪天候や異常気象により高確率で受精できなくなり、作物の生産に甚大な被害をもたらします。花粉管内容物の鍵因子が見つかれば、それを常に胚珠で発現させることで、受精せずとも胚乳が形成される可能性が高まります。人類が穀物を収穫して食用とするのは、主に種子の胚乳です。イネ、トウモロコシ、コムギの種子の大部分は胚乳でできています。本研究で明らかになった花粉管内容物の機能を解明し、作物に応用する技術が開発されれば、受精に頼らないで胚乳を形成し、気象条件に左右されずに穀物を生産できるようになると期待されます。

<参考図>

図1 植物の花の構造と花粉管による受精

  • (A) 植物の花の構造。植物の花には、図中央に示されている雌しべと、その傍にある雄しべがある。雌しべの中には卵細胞を含む胚珠があり、雄しべの中には精細胞を含む花粉がある。
  • (B) 花粉管を伸ばした花粉。先端には精細胞が存在する。花粉管内容物は花粉管の中にある液体部分である。薄黄色の部分は花粉管内容物。
  • (C) 左:雌しべに受粉した花粉は花粉管を伸ばす。花粉管は最後の目的地である胚珠にたどり着き、ここで花粉管が破裂して2つの精細胞が受精する。右:受精後に形成された種子。黄線は花粉管の軌跡を示す。
  • (D) 胚珠の中で破裂する花粉管。花粉管の破裂後、2つの精細胞とともに花粉管内容物を胚珠内に放出する。放出された2つの精細胞は卵細胞と中央細胞にそれぞれ受精する。
  • (E) 受精後の種子。受精した卵細胞、中央細胞はそれぞれ胚と胚乳を形成する。同時に胚珠は種皮を形成する。

図2 花粉管内容物による胚珠の遺伝子発現

グラフはそれぞれ縦軸に遺伝子発現強度、横軸に受粉してからの時間(HAP)を示す。上段のグラフは細胞を大きくする遺伝子群、中段は細胞を分列させる遺伝子群、下段は種皮を形成する遺伝子群の経時変化を示している。右側の花粉管が入っているが受精していない列の結果から、それぞれの遺伝子群で受精していないにもかかわらず、いくつかの遺伝子群の発現が上昇していることが判明した。

図3 花粉管依存的な胚珠肥大現象(POEM)の発見

  • (A) 受精可能な花粉管が入って、受精が起こった胚珠。肥大した種子が観察できる。
  • (B) 花粉管が入っていない胚珠。花粉管が入らなければ、胚珠は肥大しない。
  • (C) 受精不可能な花粉管が入った胚珠。受精は起こらずとも花粉管内容物が放出されているため、胚珠の肥大が確認できる。受精不可能な花粉管が入った胚珠100個を調べたところ、花粉管が入っていない胚珠と比較して、平均で2.5倍肥大していた。

図4 花粉管依存的な胚珠肥大現象(POEM)に伴う種皮形成

  • (A) 受精可能な花粉管が入って、受精が起こった胚珠。種皮が胚珠の大部分に形成されていることがよく分かる。
  • (B) 花粉管が入っていない胚珠。花粉管が入らなければ、種皮が形成されない。
  • (C) 受精不可能な花粉管が入った胚珠。受精は起こらずとも花粉管内容物が放出されているため、種皮の形成が確認できる。

図5 花粉管依存的な胚珠肥大現象(POEM)のまとめ

  • 上段: 花粉管内容物が胚珠内に放出されない時、その胚珠は肥大することはない。仮に花粉管が胚珠に入ったとしても、花粉管内容物がなければその胚珠は肥大しない。
  • 下段: 花粉管内容物が放出された場合、受精する、しないにかかわらず、胚珠が肥大し、種皮も形成される。
  • EC: 卵細胞 CC: 中央細胞 SC: 助細胞 AC: 反足細胞

図6 花粉管内容物による胚乳自動発生の種子形成の促進

  • 上段: 花粉を受粉していない胚乳自動発生変異体の雌しべ。胚乳自動発生はほとんど生じていない。
  • 下段: 受精不可能な花粉を受粉した胚乳自動発生変異体の雌しべ。赤く染色されているのは種皮で、胚乳形成を示している。花粉管内容物が胚珠内に入ると、多くの胚珠で胚乳の自動発生が観察された。このように胚乳自動発生変異体は、花粉管内容物が作用すると、受精しなくても胚乳の形成を開始することが明らかになった。

<用語解説>

注1) 胚珠
雌しべの中にある種子の元になる部分(図1A左)。ここに花粉管が進入し、受精すると種子が形成される(図1C右)。
注2) 花粉管
花粉が雌しべの先端に受粉した後(図1C左)、花粉は管(図1B)を伸ばし胚珠に進入後、受精する。この管を花粉管という。
注3) 胚乳
植物が受精後に種子を作る段階で種子の栄養となる部分。収穫された胚乳は米、麦、トウモロコシとして人類の主要な栄養となる。
注4) 花粉管誘引
花粉から伸びた花粉管は、胚珠から分泌される物質により胚珠に誘引される。これを花粉管誘引という。この後、花粉管は胚珠に進入し受精する。
注5) 胚乳自動発生
胚乳は通常、受精しないと形成されないが、受精することなしに胚乳が発生することをいう。シロイヌナズナでのみ報告されており穀物ではまだ胚乳自動発生の現象は報告されていない。

<論文情報>

Pollen tube contents initiate ovule enlargement and enhance seed coat development without fertilization.
(花粉管内容物は受精することなしに胚珠を肥大させ、種皮の形成をも開始する)
doi :10.1126/sciadv.1600554

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

笠原 竜四郎(カサハラ リュウシロウ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM) 招へい教員
〒464-0814 愛知県名古屋市千種区不老町 名古屋大学理学南館521
Tel/Fax:052-789-2101
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
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名古屋大学 総務部 広報渉外課
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名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
Tel:052-789-4999 Fax:052-789-3053
E-mail:

(英文)“Plant’s POEM: “No need to fertilize, for increase in seed size”
- Expectations for robust crop production under various environmental conditions -