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平成28年10月1日

京都産業大学
理化学研究所
東北大学
科学技術振興機構(JST)

細胞内のカルシウム濃度を一定に保つメカニズムを解明

~ジスルフィド還元酵素が、貯蔵庫へのカルシウムの出入りを制御~

ポイント

細胞内のカルシウムイオンはさまざまな生命現象のセカンドメッセンジャー注1)として機能するもっとも重要な物質の1つです。細胞内小器官の1つである小胞体注2)は、細胞内のカルシウム貯蔵庫として働き、小胞体膜上のカルシウムチャネル注3)ポンプ注4)がその濃度の制御に関わっています。小胞体カルシウムポンプSERCA2はサイトゾル注5)から小胞体内腔へのカルシウムイオンの取り込みを担い、小胞体内腔およびサイトゾルのカルシウム濃度の維持に必須とされています。これまでに、SERCA2b分子の小胞体内腔部位にはレドックス(酸化還元)制御を受ける2つのシステイン(アミノ酸)が存在し、これらシステインが酸化されジスルフィド結合注6)を形成することでカルシウムの取り込み活性が抑えられることが知られていました。しかし、酸化されたシステインを還元し、SERCA2bを活性化させるメカニズムはこれまでわかっていませんでした。

今回、京都産業大学の永田 和宏 教授、潮田 亮 助教、理化学研究所の御子柴 克彦 チームリーダー、宮本 章歳 研究員、東北大学の稲葉 謙次 教授らのグループは、ジスルフィド還元酵素ERdj5が、SERCA2bのジスルフィド結合を還元することによって、SERCA2bのカルシウムの取り込みを活性化することを見いだしました。また、ERdj5は、小胞体内のカルシウムイオン濃度が低いときは、SERCA2bを活性化し、濃度が十分高くなると、SERCA2bから解離してSERCA2bを不活性化しました。ERdj5を介した、この巧妙なフィードバック制御機構によって、小胞体内のカルシウム濃度が一定に維持されていることを初めて明らかにしました。

本研究の成果は2016年9月30日午後(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences、USA)のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:田中 啓二 東京都医学総合研究所 理事長兼所長)
研究課題 「小胞体恒常性維持機構:Redox、Ca2+、タンパク質品質管理のクロストーク」
研究代表者 永田 和宏(京都産業大学 総合生命科学部 教授)
研究期間 平成25年4月~平成31年3月

JSTは本領域で、先端的ライフサイエンス領域と構造生物学との融合により、ライスサイエンスの革新に繋がる「構造生命科学」と先端基盤技術の創出を目指します。上記研究課題では、ERdj5を中心として、タンパク質恒常性(ホメオスタシス)・レドックス(酸化還元)恒常性・カルシウム恒常性の3つの主要な恒常性のクロストーク分子基盤を、静的(X線結晶構造解析)および動的(FRET解析)な構造解析によって解明します。

<研究の背景>

細胞外からの刺激によって生じる細胞内のカルシウムイオン濃度の変動は、細胞増殖や細胞死、筋肉の収縮、免疫応答などさまざまな生命現象に重要な役割を果たします(図1)。細胞小器官の1つである小胞体は、カルシウム貯蔵庫として働き、サイトゾルと比較しておよそ10,000倍のカルシウムイオンが存在します。また、小胞体に存在する多くの酵素や分子シャペロン注7)はカルシウムと結合することで機能するものが多く存在し、小胞体内のカルシウム濃度が維持されない場合は小胞体の機能が著しく低下し、最終的に細胞死が引き起こされることがあります。一方、サイトゾルの高濃度のカルシウムイオンは細胞毒性を持つため、カルシウムイオンは、再び小胞体に取り込まれるか、もしくは細胞外へと排出されます。小胞体の膜上に存在する小胞体カルシウムポンプSERCA2はATPのエネルギーを使ってサイトゾルから小胞体へとカルシウムイオンを取り込み、小胞体の内側およびサイトゾルのカルシウムイオンの恒常性を正常に維持するために重要な役割を果たします(図1)。SERCA2のアイソフォーム注8)SERCA2bの機能低下は発がん、皮膚異常角化(ダリエー病注9))や精神疾患を引き起こすことが知られており、その機能制御の詳細なメカニズム解明はこれら疾患の治療にも大きく期待されます。

これまでに、SERCA2b分子の小胞体内腔部位にはレドックス(酸化還元)制御を受ける2つのシステインが存在し、これらシステインのチオール基(-SH)の酸化(S-S結合)によってカルシウムの取り込み活性が抑えられることが知られていました。しかし、酸化されたシステインを還元し、SERCA2bを活性化させるメカニズムはこれまでわかっていませんでした。

<研究の内容と成果>

今回、京都産業大学の永田 和宏 教授、潮田 亮 助教、理化学研究所の御子柴 克彦 チームリーダー、宮本 章歳 研究員、東北大学の稲葉 謙次 教授らのグループは、小胞体内に局在するジスルフィド還元酵素ERdj5が、SERCA2bのS-S結合を還元(切断)することを見いだしました(図2)。これまでSERCA2bを活性化する因子は発見されておらず、細胞内カルシウム制御の観点から重要な発見です。

ERdj5が存在しない細胞を用い、カルシウムの取り込みを観察すると、ERdj5が存在する通常の細胞と比較してSERCA2bを介した小胞体内へのカルシウムイオンの取り込み活性が著しく低下し、小胞体内のカルシウムイオン濃度が正常に保たれないことがわかりました。また、ERdj5が存在しない細胞では、小胞体内のカルシウム濃度低下に伴う小胞体ストレス注10)に対して強い感受性を示し、小胞体内で働く分子シャペロンなどのタンパク質の機能が低下していることが示唆されました。この報告の中で、試験管内の実験においても還元酵素ERdj5がERCA2bのATPase注11)活性を促進することを証明しました。これらのことより、ジスルフィド還元酵素ERdj5がSERCA2bのカルシウムポンプ機能を促進し、小胞体内腔のカルシウム濃度を正常に保つことで小胞体の機能を正常に維持していることがわかりました。

また、ERdj5はカルシウム濃度依存的に重合体を形成し、SERCA2bへの結合しやすさが制御されていることがわかりました(図2)。すなわち、ERdj5は、小胞体内のカルシウムイオン濃度が低いときは、SERCA2bを活性化し、濃度が十分高くなると、SERCA2bから解離してSERCA2bを不活性化することがわかりました。すなわち、ERdj5が小胞体内のカルシウム濃度センサーとして機能し、ERdj5を介した巧妙なフィードバック制御機構によって、小胞体内のカルシウム濃度が一定に維持されていることが初めて明らかになりました。

ERdj5は、変性したタンパク質を分解する際に必要な還元酵素として2008年に本研究グループが発見した、タンパク質品質管理に関わる分子でしたが(Ushioda et al.,Science 2008)、今回、新たにカルシウム恒常性維持にも重要な役割を持つことを明らかになりました。このことはERdj5が、小胞体内の酸化還元(レドックス)恒常性、タンパク質恒常性、カルシウム恒常性のすべてに関わり、それらとの強いクロストークを持つことによって、小胞体という細胞小器官の恒常性の維持に必須の役割を持っていること、これら3つの恒常性を互いに連携させていることを強く示唆する結果となりました。

<今後の展開>

細胞内でのカルシウムイオンの役割は多岐に渡り、カルシウム恒常性が破綻すると、細胞機能の低下や細胞死に繋がり、心疾患、癌、精神疾患など多くの重篤な病気の原因となり得ます。小胞体はカルシウム貯蔵庫として重要な役割を果たしており、これまでカルシウムポンプSERCA2bを活性化するメカニズムは知られていませんでした。還元酵素ERdj5によるSERCA2b活性化の詳細なメカニズムをさらに理解するため、現在、ERdj5がSERCA2bにどのような形で結合し、SERCA2bの構造をどのように変化させるかを詳細に調べています。これらの分子基盤を基にカルシウム制御機構を正しく理解し、細胞内のカルシウム恒常性維持機構に迫ることを目指しています。その成果は、カルシウム恒常性破綻で引き起こされるさまざまな病気の治療法開発に役立つと期待されます。また、SERCA2bによる細胞内カルシウムイオンの調節は、メラニン合成の調節作用を持っており、このメカニズムを巧妙に制御することによって、皮膚の色素沈着などメラニン制御を介して、美白効果なども期待されます。

<参考図>

図1 小胞体を中心とした細胞内カルシウム動態の概略

細胞内のカルシウム濃度の恒常性は、細胞膜や小胞体膜上のカルシウムチャネルやカルシウムポンプによって制御される。小胞体は細胞におけるカルシウム貯蔵庫としての役割を持っており、サイトゾルと比較すると約1万倍もの高い濃度のカルシウムが貯蔵されている。小胞体からサイトゾルへの一過的なカルシウム放出はさまざまな生命現象のセカンドメッセンジャーとして働く。しかし、サイトゾルの過剰なカルシウム濃度上昇は細胞にとって有害であり、速やかに細胞外または小胞体内腔へと除去されます。カルシウムポンプSERCA2は小胞体膜上でカルシウムの小胞体内腔への取り込みを担う。SERCA2の機能不全はサイトゾルのカルシウム上昇と小胞体内腔のカルシウム濃度の低下を招く。小胞体内腔で働く多くの酵素や分子シャペロンはカルシウムイオンとの結合が必要で、小胞体内腔のカルシウム濃度の低下は小胞体ストレスを引き起こし、細胞機能の破綻を招く。

図2 ERdj5を介したSERCA2bの活性制御

小胞体内腔のカルシウム濃度を一定に保つことは、細胞にとって重要である。小胞体のカルシウムは小胞体膜上のSERCA2bカルシウムポンプによって取り込まれる。酸化型SERCA2b(小胞体内腔のシステインがS-S結合を形成している状態)は、カルシウム取り込み活性が抑えられており、これまでSERCA2bを還元する酵素は発見されていなかった。小胞体内腔の還元酵素ERdj5はこのジスルフィド結合を還元し、SERCA2bの活性を促進することがわかった。また、小胞体内腔のカルシウム濃度が十分高くなれば、多量体化し、SERCA2bから解離し、活性を抑えることもわかった。

<用語解説>

注1)セカンドメッセンジャー
細胞内において、情報伝達物質が受容体に結合し、別の情報伝達物質が産生または放出され、新たに情報伝達を担う。この二次的に産生される情報伝達物質のこと。
注2)小胞体
網目状に連なる膜性の細胞小器官で、細胞内のカルシウムの貯蔵のほか、分泌タンパク質のフォールディングや修飾、脂質代謝、細胞内物質輸送などを担う。
注3)カルシウムチャネル
生体膜に貫通し、カルシウムイオンを受動的に透過させるタンパク質の総称。
注4)カルシウムポンプ
濃度勾配に逆らって能動的にカルシウムイオンを運搬するポンプタンパク質。
注5)サイトゾル
細胞内の細胞質から核やミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体などの細胞小器官を除いた部分のこと。細胞質ゾル。
注6)ジスルフィド結合
近接する2つのシステイン上のチオール基(-SH)が酸化され、硫黄原子間で架橋される共有結合。
注7)分子シャペロン
タンパク質の折り畳み(フォールディング)を助けるタンパク質の総称。「シャペロン」とはフランス語で若い女性が社交界デビューする際、付き添う介添人の意味があり、タンパク質が成熟するのを助ける。
注8)アイソフォーム
機能はほぼ同じであるが、アミノ酸配列が異なるタンパク質分子。SERCA2にはSERCA2a、2bが知られている。
注9)ダリエー病
毛包性角化症ともよばれ皮疹が生じる病気で、てんかんや躁鬱病を合併することが知られている。SERCA2遺伝子への変異によるSERCA2の機能低下が発症の原因とされるが、発症のメカニズムには不明な点が多い。
注10)小胞体ストレス
小胞体内腔のタンパク質が正常に折りたたまれなかった場合、小胞体内腔に蓄積し、小胞体にストレスが生じること。小胞体内腔におけるカルシウムイオンの濃度低下は、カルシウムイオンと結合する分子シャペロンや酵素の機能低下を招くため、小胞体ストレスの原因とされる。
注11)ATPase
ATP加水分解酵素。ATPをADPとリン酸に加水分解する酵素で、この時に発生するエネルギーを利用し、さまざまな反応に利用する。SERCA2はATPase活性を持ち、この時に生じるエネルギーを利用して、カルシウムを取り込む。

<論文情報>

タイトル(和訳) Redox-assisted regulation of Ca2+ homeostasis in the endoplasmic reticulum by disulfide reductase ERdj5
(ジスルフィド還元酵素ERdj5を介した小胞体カルシウム恒常性のレドックス依存的制御)
著者名 Ryo Ushioda, Akitoshi Miyamoto, Michio Inoue, Satoshi Watanabe, Masaki Okumura, Ken-ichi Maegawa, Kaiku Uegaki, Shohei Fujii, Yasuko Fukuda, Masataka Umitsu, Junichi Takagi, Kenji Inaba, Katsuhiko Mikoshiba, Kazuhiro Nagata
掲載誌 Proceedings of the National Academy of Sciences、 USA
doi 10.1073/pnas.1605818113

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

永田 和宏(ナガタ カズヒロ)
京都産業大学 総合生命科学部 教授/タンパク質動態研究所 所長
〒603-8455 京都府京都市北区上賀茂本山
Tel:075-705-3090
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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京都産業大学 広報部
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