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平成28年9月21日

大分大学
科学技術振興機構(JST)

世界最高レベルの性能を持つアンモニア合成触媒を開発

~金属の特殊な積層構造と塩基性酸化物の相乗作用~

ポイント

大分大学 工学部の永岡 勝俊 准教授らの研究グループは、既存の工業プロセスよりも理想的な条件で、世界最高レベルのアンモニア合成活性を示す新規触媒として、酸化プラセオジム注1)ルテニウム注2)を担持した触媒(Ru/Pr)を開発しました。

アンモニアは化学肥料の原料として重要な化学物質であり、世界の食料生産の根幹を担っています。近年は再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担うエネルギーキャリア注3)としても注目されています。従来の工業プロセスに用いられている鉄触媒は高濃度のアンモニアが存在する条件では充分に働かないという特徴があります。そのため、非常に高い圧力と温度下でアンモニア合成が行われているにもかかわらず、投入エネルギー量に見合った量のアンモニアが回収できず、多量のエネルギーが浪費されているという問題があります。この問題を解決するためには、現実的な条件(350―400ºC、10―100気圧)で高濃度のアンモニアを得ることができるプロセスの実現と、そのキーテクノロジーとなる、高性能な触媒の開発が求められてきました。

研究グループでは、工業上理想的な条件において、生成速度換算で従来型触媒の約2倍という、非常に高いアンモニア合成活性を示し、高効率でアンモニアを得ることができるRu/Pr図1)を開発するとともに、①ルテニウムが結晶性の低いナノレイヤーとして担持されていること、②Prが高い塩基性を有すること、という2つの特徴が相乗的に作用することで、アンモニア合成反応の律速段階である窒素分子の切断が促進され、高活性が実現されていることを明らかにしました。開発した触媒によって、アンモニア合成プロセスの合理化・省エネ化、再生可能エネルギー由来のアンモニア生産プロセスの実現が期待できます。また、特殊な形態で担持されたルテニウムはさまざまな反応で優れた触媒性能を示すことが期待できます。

本研究成果は、英国王立化学会(The Royal Society of Chemistry)のフラッグシップジャーナルChemical Scienceのオンライン版にて近日公開されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造推進事業 チーム型研究(CREST)「再生可能エネルギーの輸送・貯蔵・利用に向けた革新的エネルギーキャリア利用基盤技術の創出」(研究総括:江口 浩一 京都大学 大学院工学研究科 教授)の研究課題「エネルギーキャリアとしてのアンモニアを合成・分解するための特殊反応場の構築に関する基盤技術の創成」(研究代表者:永岡 勝俊 大分大学 工学部 准教授)(研究期間:平成25~30年度)の一環で実施されました。

<研究の背景と経緯>

アンモニアは化学肥料の原料として重要な化学物質です。20世紀の初頭、ドイツのハーバーとボッシュらによって実現された工業的合成プロセス(ハーバー・ボッシュ法)は、アンモニアの大量生産を可能にし、食糧生産の安定化に貢献しました。このことがその後の世界的な人口増加の起爆剤になったと考えられており、現代でも世界の食糧生産の根幹を担っています。また、アンモニアは近年、再生可能エネルギーの貯蔵・輸送を担う、カーボンフリーの水素・エネルギーキャリアとしても注目されており、化石資源の枯渇によって引き起こされるエネルギー問題を解決する切り札として期待されています。しかし、従来の工業プロセスでは、鉄を主成分とする触媒を用い、非常に高い温度と圧力下(>450ºC、>200気圧)でアンモニア合成が行われていますが、この触媒には生成したアンモニアの濃度が高くなるとそれ以上アンモニアが生成しにくいという特徴があるため、投入エネルギーに見合った量のアンモニアが回収できず、プロセス中で多量のエネルギーが浪費されています。この問題を解決し、アンモニアを省エネルギーで生産するプロセスを実現するためには、キーテクノロジーとなる、従来の工業プロセスよりも温和で、工業的にも現実的な条件(400ºC、10―100気圧)下でも高いアンモニア生成能を示す新たな触媒の開発が求められてきました。

<研究の内容>

本研究では、鉄触媒ではなく、高濃度の水素存在下でアンモニア生成が抑制されることが多いものの、反応ガス中のアンモニア濃度の影響を受けにくいルテニウムに着目しました。ルテニウム触媒では、担体や促進剤の違いにより、反応特性が大きく異なることが知られており、高機能触媒の開発が可能であると考えたためです。そして、これまでアンモニア合成触媒の担体として全く注目されていなかった希土類元素の1つであるプラセオジムの酸化物に担持することで、Ru/Pr触媒を開発しました。本触媒は、高活性なルテニウム系アンモニア合成触媒として広く研究されてきたRu/CeOやRu/MgO、一部の工業プロセスで実績のあるBa-Ru/活性炭などと比べて非常に高い性能をもっており、触媒の重量当たりでは世界最高レベルのアンモニア生成活性を示します。図2は開発した触媒と、従来型触媒のアンモニア生成活性を比較した結果です。9気圧という、水素濃度が高くルテニウム触媒にとって不利な反応条件であっても、開発したRu/Prのアンモニア生成速度は非常に速く、従来型触媒の2倍以上の優れた触媒性能を示すことが分かります。研究グループでは、Ru/Prがなぜこのように優れたアンモニア生成活性を示すのか、その原因を明らかにするためにさまざまな検討を行いました。その結果、Ru/Prは次の2つの点で従来型触媒とは大きく異なる特徴を有していることが分かりました。

(1)ルテニウムが触媒表面に特殊な形状で担持されていること

図3は開発したRu/Prと従来型触媒の表面を高分解能の透過型電子顕微鏡で観察した結果です。従来型触媒では、担持型触媒でよく見られる粒子状のルテニウムが触媒表面に担持されている様子が観察されました。一方開発したRu/Prの表面はこれらの触媒とは全く異なり、粒子状のルテニウムは観察されず、結晶性の低いルテニウムが触媒表面に0.3~5nm程度の薄さのナノレイヤーとして析出しているという、非常に新奇な構造を示していることが分かりました。また、元素マッピングを行ったところ(図4)、このルテニウムのナノレイヤーは触媒粒子全体を包み込むように担持されていることが明らかとなりました。このような特殊な構造は触媒の調製時に、前駆体であるルテニウムのカルボニル錯体が担体の前駆体であるPr11と反応することで実現できたことも分かりました。

(2)Ru/Prが非常に強い塩基性を有すること

図5はCOをプローブ分子に用いた昇温脱離プロファイル注4)の測定結果です。Ru/Prからは他の触媒と比べて高温で、多量のCOが脱離しています。このことはRu/Prが強い塩基点注5)を高密度に有していることを示唆しています。

過去の研究例から、ルテニウムを活性種とするアンモニア合成触媒では、ルテニウムの構造と触媒の塩基性が触媒活性、とりわけ、アンモニア合成反応の律速段階である窒素分子の三重結合の切断に大きな影響を与えることが知られています。研究グループでは、Ru/Prのもつ上記2つの特徴が相乗的に作用することで、この過程が促進されているのではないかと予想しました。そこでNを触媒上に吸着させ、窒素三重結合に由来する赤外吸収スペクトル注6)を測定したところ(図6)、高活性な触媒ほど、Ru上で窒素分子の三重結合が弱くなっていることを確認することができました。現在は高効率なアンモニア合成プロセスの設計を目指して、触媒特性や反応条件の影響を詳細に検討しています。

<今後の展開>

21世紀になってもなお世界の人口は増加の一途を辿っており、人類は再び食糧危機、そしてエネルギー危機にさらされる可能性があります。アンモニアを高効率に合成するプロセスの開発は、20世紀に食糧危機から人類を救ったアンモニアが、21世紀にはさらにエネルギー危機からも人類を救うことにつながる可能性があります。開発したRu/Prは従来プロセスよりも工業化に適した低圧条件下で優れたアンモニア生成能を示すため、アンモニア合成プロセスの合理化・省エネ化に貢献することができます。また、究極的には、再生可能エネルギー由来の電力、水素を利用した分散型のアンモニア生産システムを実現することで、完全にカーボンフリーなエネルギー貯蔵、輸送プロセスの実現が期待されます。

なお、本触媒については特許出願を完了しており、今後の工業化も期待されます。

<参考図>

図1 開発したRu/Pr触媒の模式図

酸化プラセオジム(Pr)担体を結晶性の低いルテニウム(Ru)のナノレイヤーが覆っている。

図2 Ru/Prと従来型触媒のアンモニア生成速度の比較

空間速度注7):18Lh−1−1、反応圧力:0.9MPaという工業プロセスと比較して温和な条件でアンモニアの生成活性を比較した。従来型の高活性触媒として知られているRu/CeOやRu/MgOと比べて、Ru/Prは高いアンモニア生成速度を示す。

図3 Ru/Prと従来型触媒の高分解TEMによる観察結果

Ru/MgOとRu/CeOは粒子状のRuが触媒上に担持された典型的な担持型触媒の構造をしている。一方Ru/Prでは粒子状のRuは観察されず、表面に厚さ数nm以下のレイヤーとして析出している。

図4 Ru/Prと高角散乱環状暗視野像(HAADF)と元素マッピングの結果

Ruが触媒の粒子表面を覆うように担持されていることが分かる。

図5 COをプローブとした昇温脱離プロファイルの比較結果

Ru/Prでは他の触媒と比較してより高温で多くのCOが脱離していることが分かる。

図6 触媒上に吸着した窒素分子の赤外吸収分光スペクトルと窒素三重結合の模式図

2210、2189、2178cm−1の吸収ピークがRu上にend-onで吸着した窒素分子の三重結合に対応する(模式図)。高活性な触媒ほど吸収ピークの位置が低波数側にシフトしており、結合エネルギーが弱まっていることを示している。

<用語解説>

注1) 酸化プラセオジム
希土類元素の1つであるプラセオジムの酸化物。プラセオジムは工業的にはガラスの着色料や磁石の材料として使用されている。周期表上ではセリウムの右隣に位置する。
注2) ルテニウム
貴金属の一種であるが白金族元素の中では比較的安価であり、工業的にもさまざまな用途で利用されている。東京工業大学の尾崎 萃、秋鹿 研一らがアンモニア合成触媒として温和な条件で優れた特性を示すことを見出し、1970年頃から先駆的な研究成果を発表している。
注3) エネルギーキャリア
エネルギーの輸送・貯蔵のための担体となる化学物質。特に、アンモニアや有機ハイドライド、ギ酸など、海外などの再生可能エネルギーが豊富な地域で得た電気エネルギーを化学的に変換して消費地まで貯蔵・輸送するのに用いられる化学物質を指す。
注4) 昇温脱離プロファイル
触媒表面にプローブ分子を吸着させ、試料を加熱しながらプローブ分子が脱離する温度と量を測定した結果。触媒表面の酸・塩基性の評価などに用いられる。
注5) 塩基点
触媒表面上で電子対の供与に働く点(ルイス塩基)。ルテニウム系のアンモニア合成触媒では塩基性の担体を使用する方が、触媒活性が高くなることが知られており、これは担体の塩基点からRu経由で吸着Nに電子が逆供与されることで、窒素三重結合を弱めるためだと考えられている。
注6) 赤外吸収スペクトル
試料に赤外光を照射し、透過光を分光することで得られるスペクトル。分子骨格の振動、回転に対応するエネルギーの吸収が観測されるため、分子の結合状態に関する情報を得ることができる。
注7) 空間速度
単位触媒重量,単位時間あたりに触媒に接触する気体の体積を表したもの。図2の条件では1gの触媒に1時間あたり18リットルの原料ガスが接触したことを示す。

<論文情報>

タイトル A low-crystalline ruthenium nano-layer supported on praseodymium oxide as an active catalyst for ammonia synthesis
(高活性なアンモニア合成触媒としてふるまう酸化プラセオジムに担持されたルテニウムの低結晶性ナノレイヤー)
著者名 Katsutoshi Sato, Kazuya Imamura, Yukiko Kawano, Shin-ichiro Miyahara, Tomokazu Yamamoto, Syo Matsumura, and Katsutoshi Nagaoka
掲載誌 Chemical Science
doi 10.1039/c6sc02382g

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