JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成28年9月13日

京都大学
科学技術振興機構(JST)

細胞内亜鉛動態に関わるタンパク質を一網打尽に捕捉する分子技術

~亜鉛に関わる生理現象や疾患の解明に期待~

ポイント

京都大学 大学院工学研究科の浜地 格 教授、三木 卓幸 博士(当時博士課程学生、現JSR株式会社)らは、亜鉛イオンの生体内機能に関与する一連のタンパク質群を、網羅的に捕捉して解析する新しい分子技術を開発しました。

亜鉛は生物にとって必須の金属元素であり、酵素の反応中心として遺伝子の発現制御や血液のpH調整などを司るだけでなく、発生や神経活動を制御する信号分子としても注目を集めています。実際に、脳内虚血や脳傷害、てんかんやアルツハイマー病患者の脳組織では、亜鉛イオン濃度が大きく上昇することが知られています。これまでに亜鉛イオン自体をイメージング(可視化)する技術が開発されており、生きた組織・細胞での亜鉛イオン濃度や分布の変動を直接的に観察できるようになりました。しかし、亜鉛の周辺に存在し直接/間接的に関わるタンパク質を直接調べる方法や技術は未発達であるため、亜鉛が制御する現象の全体像を理解するには程遠い現状でした。

本研究グループは、細胞内で亜鉛イオンの周囲に存在するタンパク質を選択的にタグ付けする新しい亜鉛応答分子(以下、AIZin)を合成し、それを用いて亜鉛関連タンパク質を一挙に同定・解析するこれまでにない全く新しい分子技術を開発しました。AIZinは亜鉛イオンとの結合によって活性化し、周辺の様々なタンパク質と反応して蛍光タグを付けることができます。また、蛍光タグを目印としてタンパク質を捕捉・濃縮し質量分析装置を用いた解析を行うことで、亜鉛イオンの周辺に存在するタンパク質の種類や名前を同定できます。本手法を用いることで、脳内虚血をモデルとした酸化ストレスによって生じる亜鉛イオンの濃度・分布の変動と、それに伴う周辺タンパク質の変化を捉えることができました。また同定した周辺タンパク質を手がかりにして亜鉛を最終的に濃縮するベシクル(小胞)の特定にも成功しました。AIZinを用いた分子技術を応用することによって、刻一刻と変化する亜鉛イオンの生体内動態に関係する多くのタンパク質の解析が進み、信号分子としての亜鉛の実体解明につながることが期待されます。

なお本研究成果は、同大学 薬学研究科 石濱 泰 教授、若林 真樹 助教との共同研究の成果であり、JST 戦略的創造研究推進事業の一環として行われました。論文は2016年9月13日午前0時(日本時間)に英国科学雑誌Nature Methodsのオンライン速報版で公開されます。

<研究の背景>

亜鉛は生物にとって必須の金属元素であり、遺伝子の発現制御や血液のpH調整、アルコールなどの物質代謝といった様々な生命活動の維持に重要な役割を果たしています。また、最近の研究で亜鉛が受精卵や脳内の興奮領域で特定の細胞から特定の時間域で放出されることが分かり、発生や神経活動を制御する信号分子としての役割の可能性も注目を集めています。実際に、脳内虚血やアルツハイマー病の患者の脳内では、亜鉛イオン濃度が異常に増えることが知られています。

これまでに亜鉛イオン自体をイメージング(可視化)する技術は開発されていましたが、時間や場所によって変動する亜鉛の周辺に存在し様々な生命活動を直接/間接的に制御(影響)するタンパク質を網羅的に調べる方法や技術は開発されていませんでした。そのため、亜鉛が制御する現象の全体像を理解するには程遠い現状でした。

<研究手法・成果>

(1)亜鉛に結合して活性化しタンパク質と反応する(亜鉛応答)分子の開発

本研究では、亜鉛イオンと選択的に結合することによってタンパク質との反応性が大幅に向上する新しい亜鉛応答分子を開発しました。さらに、これを使って高濃度の亜鉛が存在する環境においてだけ周辺のタンパク質に目印(タグ)付けを行い、この目印を手がかりにスナップショットのように、ある時刻で亜鉛周囲に存在するタンパク質群を一括して同定する手法を考案しました。具体的には、亜鉛イオンを強く結合するユニットと、タンパク質をタグ付けする反応ユニットを連結し、亜鉛イオンの結合で反応ユニットが活性化する亜鉛応答分子(AIZin)を設計し化学合成し、これを最先端の質量分析と組み合わせる方法です(図1)。まず、設計した亜鉛応答分子の特性を試験管内で評価したところ、亜鉛イオン存存下で、共存する多くのタンパク質がタグ付けされることが確認されました。また、細胞内に透過できるようにタグ部分に細工を施した亜鉛応答分子では、生きた細胞にふりかけるだけで15分程度で細胞内に浸透し細胞全体に均一に分布することが確かめられました。

(2)酸化ストレスを受けた細胞内での亜鉛周辺タンパク質のタグ付けと捕捉・同定

次に、この亜鉛応答分子(AIZin)を質量分析装置と組み合わせ、細胞内での亜鉛周辺タンパク質のタグ付け、およびタンパク質の同定を試みました。具体的には、脳内虚血のモデルとして一酸化窒素による酸化ストレスをC6グリア腫細胞に与え、細胞内での亜鉛イオンの時間的および空間的変動とそれに伴う亜鉛周辺のタンパク質群の種類の変化を追跡しました。まず、酸化ストレス後の亜鉛イオンの分布を蛍光センサーで観察を行ったところ、亜鉛イオン濃度が細胞全体(細胞質や核)で一時的(10分程度)に上昇し、それが3時間くらいかけてある特定の小さな領域(ベシクル小胞)に集まって濃縮される様子が観察されました(図2a)。すなわち亜鉛の局在は酸化ストレスによって細胞内で時間的および空間的に変動することが分かりました。

次に、酸化ストレス刺激後10分と3時間後の細胞に亜鉛応答分子(AIZin)をふりかけて、その後にタグ付けされた複数のタンパク質群を抗体によって捕捉・濃縮し、質量分析装置を使って同定しました。同定された約300種類のタンパク質リストを解析すると、酸化ストレス刺激後10分では細胞質や核に分布するタンパク質が主としてタグ付けされている一方、3時間後ではそれらは減少し、新たにベシクル小胞に分布するタンパク質が多く同定されました(図2b)。この結果は亜鉛イオンの局在変化と一致していることから、亜鉛応答分子と質量分析装置を組み合わせた新手法によって、空間的に変動する亜鉛イオンの周辺に存在する一連のタンパク質をスナップショット的に同定できることが実証されました。さらに、3時間後に同定されたタンパク質群を詳細に解析すると、亜鉛が最終的に濃縮されたベシクル小胞は、ゴルジ体と粗面小胞体の間を行き来する中間ベシクルであることが初めて明らかになりました。酸化ストレスを受けた細胞では、細胞内に大量に放出された高濃度の亜鉛の毒性を抑えるために、これらのベシクルへの亜鉛の一時的な貯蔵が行われているものと示唆されます。

<今後の予定>

本発表で報告した「亜鉛応答分子と最先端の質量分析装置を組み合わせた新手法、すなわち亜鉛周辺タンパク質同定を実現する分子技術」は、これまでその正体が曖昧なままである亜鉛イオンを高濃度に含む様々なベシクル小胞の同定に応用され、亜鉛イオンの信号分子としての解明が大きく進むことが期待されます。また、本研究で提案した世界で初めての斬新なコンセプト(環境応答分子と質量分析の組み合わせによる特定タンパク質の網羅的同定)は、他の様々な細胞環境(鉄や銅などの金属や酸性度、光など)の変動に関与する一連のタンパク質群を探索・同定する一般的な方法論へと拡張され、幅広いインパクトを与えることと思われます。

<研究支援者やプロジェクト>

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「新機能創出を目指した分子技術の構築」(研究総括:山本 尚 中部大学 教授)
研究課題 「生細胞有機化学を基軸としたタンパク質その場解析のための分子技術」
参考URL http://www.mt.jst.go.jp/researchers/hamachi_itaru.html

<参考図>

図1 亜鉛イオンにより活性化して、タンパク質をタグ付けできる方法論の模式図

  • a:亜鉛応答分子(AIZin)が細胞内に浸透して、細胞内の高濃度亜鉛環境でタンパク質をタグ付けする。その後に、タグ付けされたタンパク質を抗体を用いて濃縮して、質量分析によって網羅的に同定する。
  • b:AIZinの活性化機構。亜鉛イオン(Zn2+)結合部位に亜鉛イオンが結合することで、反応ユニットを活性化してタンパク質をタグ付けする。

図2 酸化ストレスを受けた細胞内での亜鉛周辺タンパク質の同定

  • a:酸化ストレスに伴う細胞内亜鉛イオン濃度の蛍光可視化像。蛍光性亜鉛イオンセンサーとして知られるFluoZin3を用いて可視化した。
  • b:酸化ストレスを受けた細胞内での亜鉛周辺タンパク質に関する質量分析を用いた定量解析の結果。

<論文情報>

タイトル A conditional proteomics approach to identify proteins involved in zinc homeostasis
著者名 三木 卓幸、阿波 諒、西川 雄貴、清中 茂樹、若林 真樹、石濱 泰、浜地 格
掲載誌 Nature Methods
doi 10.1038/nmeth.3998

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

浜地 格(ハマチ イタル)
京都大学 大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂 A4-331
Tel:075-383-2754 Fax:075-383-2759
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

京都大学 広報課 国際広報室
Tel:075-753-5727 Fax:075-753-2094
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail: