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平成28年7月22日

科学技術振興機構(JST)
豊橋技術科学大学
慶應義塾大学

スピン波を使った最高性能の位相干渉器を開発

~金の膜を用いてエネルギー損失100分の1を実現~

ポイント

豊橋技術科学大学の後藤 太一 助教と慶應義塾大学理工学部の関口 康爾 専任講師らのグループは、磁性絶縁体中を伝わる磁石のつくる波(スピン波注1))を使った新しい演算素子を開発しました。

これまでの研究でスピン波位相干渉器注2)を使うと、波の重ね合わせ(位相干渉)で強めあった状態と弱めあった状態を、ほとんど発熱がなく実現できることが実証されており、電子機器の飛躍的な性能向上と省電力化への応用が期待されています。しかし信号のエネルギー損失が大きく実用化の障害となっていました。

本研究グループはこれまで使われてきたパーマロイ合金(FeNi)注3)に代えて、磁性絶縁体注4)磁性ガーネット注5))を使い、両端に金の膜を形成する構造を作製した結果、伝播損失が100分の1で、反射によるノイズのない、世界最高性能の位相干渉を使った素子(位相干渉器)を開発しました。

この技術によって、従来の半導体回路では達成できなかった低消費電力で飛躍的な処理機能をもつデバイスの開発が期待されます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の研究課題「極薄磁性酸化物中におけるスピン波位相干渉を用いた多入出力演算素子の開発」の一環として行われ、豊橋技術科学大学の金澤直輝特別研究員、高木宏幸准教授、中村雄一准教授、井上光輝教授、モスクワ大学のグラノフスキー教授、マサチューセッツ工科大学のロス教授らと共同で行ったものです。

本研究成果は、2016年7月22日(英国時間)発行の英国科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」
(研究総括:桜井 貴康 東京大学 教授)
研究課題 「極薄磁性酸化物中におけるスピン波位相干渉を用いた多入出力演算素子の開発」
研究者 後藤 太一(豊橋技術科学大学 助教)
研究実施場所 豊橋技術科学大学 大学院工学研究科
研究期間 平成27年10月~平成31年3月

JSTはこの領域で、材料・電子デバイス・システム最適化の研究を連携・融合することにより、情報処理エネルギー効率の劇的な向上や新機能の実現を可能にする研究開発を進め、真に実用化しイノベーションにつなげる道筋を示していくことを目指しています。上記研究課題では、カイラル磁性体において固有に現れる“巨視的スピン位相秩序”を用い、スピン位相エレクトロニクスの創成に取り組んでおります。上記研究課題では、スピン波回路のもつ利点を、スピン波多入出力位相干渉素子を形成し『具体デバイス』として示し、スピン波回路の礎を築くことを目指します。

<研究の背景と経緯>

高度情報化社会ではコンピューターなどの高機能化に伴い、素子の発熱対策の問題が大きくなってきています。電磁情報機器の発熱は、エネルギー問題だけではなく、小型化や高性能化にも影響し、社会に大きなプレークスルーを起こすために解決すべき重要な課題の1つとなっています。

発熱は電気が流れることで起こるため、電流の流れのない(電子の移動を伴わない)情報キャリア注6)を使うことに注目が集まっています。その中でも磁石がつくる波であるスピン波は、小型化が可能であることや複数の情報を一度に扱えるなどの利点があり、その実用化が期待されています。

2013年に関口専任講師らは、磁性金属であるパーマロイ合金をスピン波伝播媒体として用いることで、世界で初めてスピン波の重ね合わせを利用した論理演算素子注7)の動作を実証しました。これはスピン波を用いた超低消費電力で動作する論理演算素子への道を作った重要な成果です。この実用化に際しては、パーマロイ合金よりもスピン波伝播の際のエネルギー損失が100分の1以下となる磁性絶縁体を用いた論理演算素子の実現が求められていました。電気を流すパーマロイ合金では電流としてエネルギーが消耗されるためスピン波が減衰しますが、絶縁体では電気が流れないためスピン波の減衰が少なくなります。この磁性絶縁体は、スピン波の減衰が小さく長距離を伝えられる反面、端の部分まで行って反射された波も減衰をせずに戻ってくるため、重ね合わせによって波が乱される問題があり論理演算子の実現の課題となっていました。

<研究の内容>

これまでの研究で、この研究グループでは磁性絶縁体(イットリウム鉄ガーネット)膜を用いた場合でも余分なスピン波が重ね合わせを邪魔しない構造を考案しました。今回の研究では、その構造を基に、スピン波重ね合わせを利用した三端子の論理演算素子を作製し、その動作を実証しました。パーマロイ合金の代わりに磁性絶縁体を使った場合のスピン波の伝播の様子を模式的に示したのが図1(b)になります。磁性絶縁体を線状に加工し、その両端から金属配線によってスピン波を起こして中央でスピン波を位相干渉させ、中央の金属配線によって電気信号として読み取るものです。パーマロイ合金に比べて出力は大きくなりますが、媒体端部でスピン波は反射し、位相干渉が乱れてしまいます。そこで、媒体端部にスピン波を吸収する性質のある金の膜を形成しました(図1(c))。この工夫により媒体端部でのスピン波反射が抑制され、整ったスピン波の重ね合わせが実現できました。

余分なスピン波がある状態では、信号のばらつきのためオン状態(重ね合わせで強めあう状態)とオフ状態(重ね合わせで弱めあう状態)が重なることもあります(図2)。そのためデバイスとして、動作不良や間違った結果を出力することになります。すなわち、整ったスピン波を作ることはデバイス実証に必須であることを示しています。

一方、金膜をつけたときの論理演算素子の動作は重ね合わせを乱す余分な波がなくなり、重ね合わせがきれいに行われます。

さらに、今までの技術では磁性金属であるパーマロイ合金を使っていたため、一方向にのみ伝播しますが、磁性絶縁体ではこの制約はなく、あらゆる方向に伝播させることができます。これは、図3のような、複雑でより実用に近いデバイス設計を可能にします。直線上の配線だけではなく、斜めや直角、曲線といったスピン波の配線が可能になり、デバイスの小型化や、多入出力素子の発想が拡大します。

<今後の展開>

本研究は、発熱の少ないデバイスを作る上で必要不可欠でありながら長い間実現に障害のあった、磁性絶縁体を使った位相干渉器を実証した世界初の報告です。

実用化に向けて、素子の微細化、スピン波を効率的に励起させる方法などの多くの改善が必要ですが、本技術を発展させることで、発熱の少なく現行の電子回路を凌駕したデバイスの実現が期待されます。

<参考図>

図1 媒体の違いが及ぼすスピン波への影響

媒体の違いによるスピン波の伝搬の違い。磁性金属(a)の中を伝わるスピン波は、エネルギー損失が大きく伝わるスピン波が弱くなってしまう。エネルギー損失の少ない磁性絶縁体を用いた場合であっても、金膜のない(b)では磁性絶縁体の端の部分で反射するため余分な波ができてしまい、重ね合わせが乱れてしまう。一方金膜をつけた(c)では端の部分での反射が抑えられて波の重ね合わせが乱されない。

図2 図1で手前の入力信号と奥の入力信号を重ね合わせて
その中心での磁場の強度を電気信号に変えて測定した結果

金膜を用いていない場合(a)と金膜を用いた場合(b)でのオン状態(重ね合わせで強めあう状態)とオフ状態(重ね合わせで弱めあう状態)の強度の違い。金膜を用いていない(a)の場合は反射などで起こる余分な波のために重ね合わせが乱され、オン状態とオフ状態が重なってしまうところもあり、論理演算素子として機能できない。一方金膜を用いた(b)の場合は余分な波を除去しているため重ね合わせがきれいに起こってオン状態とオフ状態を完全に区別することができる。

図3 磁性絶縁体を使うことで期待される多様なスピン波素子構造

<用語解説>

注1) スピン/スピン波
スピンとは電子の自転運動であり、自転運動による微小な磁石としての性質。スピン波は、スピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が空間的にずれて波のように伝わっていく現象。
注2) 位相干渉および位相干渉器
波が強め合ったり、弱め合ったりする現象、およびそれを利用した素子
注3) パーマロイ合金
鉄とニッケルの合金。
注4) 磁性絶縁体
磁石の性質をもっていて、電気を通さない材料。
注5) 磁性ガーネット
磁石の性質をもつガーネット(ざくろ石)。ここではイットリウムと鉄を含むガーネットを用いた。
注6) 情報キャリア
情報を運ぶ担い手。
注7) 論理演算素子

コンピューターの中央演算装置を構成し、デジタル信号“1”、“0”を使って論理演算を行う素子。

<論文情報>

Demonstration of a robust magnonic spin wave interferometer
(安定なスピン波位相干渉素子の実証)
doi :10.1038/srep30268

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

後藤 太一(ゴトウ タイチ)
豊橋技術科学大学 助教(さきがけ研究者 兼務)
〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1
Tel:0532-44-6991(秘書 0532-47-0120) Fax:0532-47-0120
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア沙織 (スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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豊橋技術科学大学 総務課広報係
〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1
Tel:0532-44-6506 Fax:0532-44-6509
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慶應義塾 広報室
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
Tel:03-5427-1541 Fax:03-5441-7640
E-mail:

(英文)“Logic gate demo using volume spin wave propagating noise-suppressed magnetic oxide