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平成28年7月8日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

化学の力で見たい細胞だけを光らせる

~遺伝学・脳科学に有用な画期的技術の開発~

ポイント

レポーター遺伝子注1)とは、目的遺伝子の発現、またその発現部位を容易に判別するために、目的遺伝子に組み換える別の遺伝子のことです。LacZは最も汎用されているレポーター遺伝子の一つで、LacZを導入された細胞は細胞内でβ-ガラクトシダーゼという酵素を発現します。これまで、LacZ発現細胞の染色には、β-ガラクトシダーゼと反応して青い色素を生成するX-Galという発色基質が使用されてきましたが、発色には固定処理が必要であり、LacZ発現細胞を生かしたまま可視化することはできませんでした。また、β-ガラクトシダーゼの酵素活性によって蛍光性になる蛍光プローブ注2)も開発されてきましたが、細胞膜を透過しない、酵素反応生成物が細胞外に漏出するといった問題があり、LacZ発現細胞のみを生きたまま検出・特定することは困難でした。

東京大学 大学院薬学系研究科/医学系研究科 (兼担) 浦野 泰照 教授らの研究グループは、β-ガラクトシダーゼとの酵素反応によって蛍光性になると同時に細胞内のさまざまな分子に結合する蛍光プローブの開発に成功しました。開発した蛍光プローブを用いることで、LacZ発現細胞の1細胞レベルでの蛍光検出が可能であること、また蛍光検出したLacZ発現細胞における電気生理学実験にも成功しました。本蛍光プローブを用いることで、今後、これまで困難であったさまざまな生命現象の解明に役立つことが期待できます。

<発表内容>

生命機能や病因を解明する上で、組織や病巣を形成する個々の細胞の挙動や性質を生きた状態で把握することは、細胞集団中の各々の細胞がもつ多様性の理解や、特定の状態にある細胞の検出に有用です。このような細胞解析に汎用される技術の一つがレポーター遺伝子です。観測したい遺伝子の代わりにレポーター遺伝子を導入しておくと、観測したい遺伝子が発現する(転写・翻訳されて遺伝子がコードするタンパク質が生成する)部位やタイミングでレポーター遺伝子も発現し、レポーター遺伝子がコードするタンパク質の蛍光や酵素活性により観測したい遺伝子の発現をモニタリングすることができます。最も汎用されるレポーター遺伝子の一つがLacZであり、大腸菌由来のβ-ガラクトシダーゼという酵素の遺伝子をコードしています。細胞内に発現したβ-ガラクトシダーゼの酵素活性を検出することにより細胞内での観測したい遺伝子の発現を観測者に「レポート」します。

これまで、LacZ発現細胞の染色にはX-Galという発色基質が使用されてきましたが、発色には固定処理が必要であり、LacZ発現細胞を生かしたまま染色して可視化することはできませんでした。生きたLacZ発現細胞の可視化を実現するため、β-ガラクトシダーゼ活性を蛍光強度の変化を利用して可視化する蛍光プローブが数多く開発されてきました。しかし、β-ガラクトシダーゼとの酵素反応によって生成した蛍光色素がLacZ発現細胞から漏出してしまい、LacZ発現細胞を特定できなくなるといった問題点がありました。そこで、LacZ発現細胞のみを選択的に可視化する蛍光プローブの開発が求められていました。

本研究グループは、β-ガラクトシダーゼとの酵素反応により蛍光性になると同時に求電子性注3)の分子に変化する化学スイッチを従来の蛍光プローブに導入することにより、LacZ発現細胞を生かしたまま選択的に可視化する蛍光プローブの開発に成功しました。

本研究グループは以前、生きたLacZ発現細胞中のβ-ガラクトシダーゼ活性を検出する蛍光プローブとしてHMDER-βGalを開発しました。HMDER-βGalはβ-ガラクトシダーゼにより分子内のグリコシド結合注4)が切断されることにより蛍光性のHMDERという蛍光色素に変化します。

今回、β-ガラクトシダーゼとの反応により求電子性の活性中間体を産生するよう、HMDER-βGal誘導体を新たに2種類開発し、それぞれ、SPiDER-βGal-1、SPiDER-βGal-2と命名しました。これらの誘導体は、β-ガラクトシダーゼとの反応により蛍光性になると同時に、細胞内の求核基注5)をもつタンパク質などの分子に結合するため、細胞外への漏出が抑制されると予想しました(左)。

具体的には、開発したSPiDER-βGalsをLacZ発現細胞に添加して、細胞内のβ-ガラクトシダーゼと反応させた後に細胞内分子を抽出し、SDS-PAGE注6)という解析実験を行ったところ、想定通りに細胞内タンパク質に蛍光色素が結合していることが明らかとなりました。さらに、タンパク質への結合効率が高かったSPiDER-βGal-1を使用して培養細胞を使用した蛍光イメージング実験を行ったところ、LacZ発現細胞が選択的に可視化されました。つまり、SPiDER-βGal-1はまさにクモが貼りつくように細胞内に留まるため、LacZ発現細胞を選択的に可視化できることが明らかとなりました。

また、遺伝学のモデル生物として汎用されているハエ(Drosophila melanogaster)組織中のLacZ発現細胞を生かしたまま観測する技術は、遺伝学の研究に有用です。そこで本研究で開発したSPiDER-βGal-1を用いて蛍光イメージング実験を実施した結果、未固定のハエ組織中にランダムに存在するLacZ発現細胞を1細胞レベルでライブ検出可視化することに成功しました(右)。また、SPiDER-βGal-1を使用することで、マウスの脳スライス中に存在するLacZ発現ニューロンの選択的な可視化にも成功しました。さらに、SPiDER-βGal-1により可視化されたLacZ発現ニューロンは細胞機能を維持しており、パッチクランプ法注7)によりその神経活動を計測できることが明らかになりました。

このように、今回開発した蛍光センサーSPiDER-βGal-1を使用することにより、生きた状態の細胞や組織におけるLacZ発現細胞の特定をはじめとして、これまで実現できなかった生物学実験が可能となり、さまざまな生命現象の解明に役立つと期待されます。

本研究は、以下に示す研究グループとの共同研究で行われました。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」研究領域の一環で行われました。

<参考図>

左図 開発したSPiDER-βGal-1によるLacZ発現細胞蛍光検出メカニズム

生きたLacZ発現細胞中で生成した蛍光色素が細胞内タンパク質に結合する。

右図 生きたハエ組織のLacZ発現細胞の蛍光検出

SPiDER-βGal-1を使用して生きたハエ組織中のLacZ発現細胞を選択的に可視化した蛍光画像(黄色:LacZ発現細胞、青:核)。スケールバーは100マイクロメートル。

<用語解説>

注1) レポーター遺伝子
観測したい遺伝子の発現(転写・翻訳を経て遺伝子がコードするタンパク質が生成すること)を追跡するために使用される遺伝子のことで、蛍光タンパク質や酵素をコードした遺伝子が使用される。観測したい遺伝子の近くにレポーター遺伝子を導入しておくと、観測したい遺伝子が発現すると同時にレポーター遺伝子も発現し、酵素を発現する場合にはその活性を可視化する試薬を使用して観測したい遺伝子の発現量や発現するタイミングを観測することができる。
注2) 蛍光プローブ
観測標的分子と結合・反応して蛍光特性(波長・蛍光強度)が変化する機能性分子のことで、大きく分けて蛍光タンパク質ベースのもの、小分子ベースのものが開発され、生物学的研究ツールとして幅広く利用されている。蛍光プローブを用いることで、標的分子の生成する場所やタイミングを生きた細胞でリアルタイムに検出することができる。
注3) 求電子性
反応する対象となる化学種がもつ電子を受け取る性質。
注4) グリコシド結合
炭水化物分子とそれ以外の有機分子(本発表内容では蛍光色素)が脱水縮合して形成される共有結合。
注5) 求核基
電子を豊富に有し、電子不足の化学種に電子を与える官能基。
注6) SDS-PAGE
PAGEはポリアクリルアミドゲル電気泳動の略。アニオン性の界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)によりタンパク質分子を変性させてからPAGEを実施する電気泳動法の一つ。タンパク質を分子量に応じて分離することができる。
注7) パッチクランプ法
細胞の電流を計測する電気生理学的実験法の一つ。細胞膜上のイオンチャネルやトランスポーターの活動を直接観測できる。

<論文情報>

タイトル Detection of LacZ-Positive Cells in Living Tissue with Single-Cell Resolution
著者名 Tomohiro Doura, Mako Kamiya*, Fumiaki Obata, Yoshifumi Yamaguchi, Takeshi Y. Hiyama, Takashi Matsuda, Akiyoshi Fukamizu, Masaharu Noda, Masayuki Miura and Yasuteru Urano*
掲載誌 Angewandte Chemie International Edition(オンライン版)
doi 10.1002/anie.201603328

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

浦野 泰照(ウラノ ヤステル)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室/大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野(兼担) 教授
Tel:03-5841-3601 Fax:03-5841-3563
E-mail:

神谷 真子(カミヤ マコ)
東京大学 大学院医学系研究科 生体物理医学専攻 生体情報学分野 講師
Tel:03-5841-3568 Fax:03-5841-3563
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川口 哲(カワグチ テツ)
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