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平成28年6月28日

科学技術振興機構(JST)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

細胞の「かたち」が運命を決定する新しいメカニズムを解明

~病気の発症予測や診断技術の開発に期待~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクトの佐藤 匠徳 研究総括(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 佐藤匠徳特別研究所 所長)らは、細胞の過去の「かたち」が細胞の将来の運命を左右することを見いだし、その分子レベルでのメカニズムの1つを解明しました。

細胞のかたちが細胞の機能に影響することは、17世紀に細胞が発見されて以来よく知られていました。近年では、細胞のかたちと、その機能や状態との関係について、多くの研究が行われています。しかし、将来の機能や運命(分化の方向性)に与える影響は不明でした。

本研究グループは、ゼブラフィッシュの発生時における神経幹細胞注1)の不等分裂をモデルに、細胞のかたちが全く失われた後でも、元のかたちが運命を左右するという現象を明らかにしました。さらに、この現象の根底にある分子メカニズムの一端を、ゼブラフィッシュを用いた生体内(in vivo)実験系と、数理モデルやコンピュータシミュレーション、数理シミュレーションの技術を綿密に組み合わせた革新的なアプローチで解明しました。

本研究成果は、細胞のかたちと機能や運命は関係するのかという数世紀にわたる生物学の基礎的問いに新たな知見を提供します。本研究の発展により、細胞のかたちから、病気の発症の予測や診断をする技術開発に貢献できると期待されます。

本研究は、オランダの数理コンピュータサイエンス研究所(CWI)のローランド・メルク チームリーダーらの協力を得て行いました。

本研究成果は、2016年6月28日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)

研究プロジェクト 「佐藤ライブ予測制御プロジェクト」
研究総括 佐藤 匠徳(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 佐藤匠徳特別研究所 所長)
研究期間 平成25年10月~平成31年3月

上記研究課題では、生命現象の多階層システムの「根底にある支配的メカニズム」を解明し、さらに多階層システムの破綻と疾患との因果関係を明らかにします。そして、多階層システムの全体像から個別の現象までが統合的に捕らえられる「いきものの設計図」を作成することを目指しています。

<研究の背景と経緯>

1665年、イギリスの自然哲学者のロバート・フックは、当時開発されたばかりの顕微鏡で初めて細胞を観察しました。そして、19世紀には「すべての生き物は1つ、あるいは複数の細胞からなる」という「細胞説」が提唱されました。それ以来、さまざまな細胞が観察され、われわれ人間を含む動物、そして植物は、さまざまな「かたち」をした細胞からなり、細胞のかたちはそれぞれの機能や状態(例えば分裂状態)を決定することが、現代の生物学の教科書には記載されています。

近年では、培養中の細胞のかたちを人為的に変える技術により、かたちが機能に与える影響やメカニズムの詳細が明らかになりつつあります。しかし、細胞のかたちが身体の中でダイナミックに変化する過程で、過去に持っていたかたちが、そのかたちを失った後の細胞の機能や運命(分化の方向性)にも影響を及ぼすのかは明らかではありませんでした。

<研究の内容>

本研究は、身体が透明であるため個々の細胞のふるまいを容易に観察できるゼブラフィッシュを脊椎動物モデルとして用いました。ゼブラフィッシュの神経幹細胞であるV2細胞は、細胞分裂の過程で、ユニークなかたちになりますが、細胞分裂の直前には球形となって(分裂期球形化)元のかたちの歪みを失い、2種類の細胞(V2a細胞とV2b細胞)に不等分裂します。このV2細胞を用いて細胞のかたちが運命を決定するメカニズムを解析することにしました。

まず、個々の細胞のかたちの歪みを定量的にライブイメージング注2)できる方法を開発し、分裂期球形化と細胞分裂により歪みが失われた後に、V2a細胞かV2b細胞のどちらに分化するのかを観察しました(図1上段)。

次に、レーザーをV2細胞に照射して、細胞のかたちをリアルタイムに人為的に歪ませ、新たに生じた歪みと細胞分裂後の運命に定量的な相関関係が存在するのかを、数理統計解析で調べました。その結果、分裂前のかたちに歪みのある細胞では、尖った方がV2a細胞に分化する偏りがあり、運命決定に影響を及ぼすことが明らかになりました。

この現象の根底にある分子メカニズムを明らかにするために、コンピュータを用いた(in silico注3))数理モデルの構築とその数理シミュレーションによる分子メカニズム仮説の立案と、実際にゼブラフィッシュを用いた遺伝学的手法や発生工学など生体内(in vivo)の手法での検証を繰り返しました(図1中段)。デルタ(Delta)リガンド注4)という細胞膜上のシグナル分子が細胞のかたちの歪みに応じて局在し、その歪みが失われた後もデルタリガンドはそのまま局在し続けることを見いだしました。デルタリガンドは、生物の発生などで細胞運命を調節する因子であり、細胞のかたちが運命に影響することが裏付けられました。つまり、デルタリガンドが細胞のかたちの歪みに応じて局在することで、かたちが記憶として保存され、歪みが失われた後も将来の運命決定に影響を及ぼすという、分子メカニズムが存在することが明らかになりました(図1下段)。

<今後の展開>

生体内実験系とコンピュータを用いた実験系とを綿密に組み合わせたアプローチにより、細胞のかたちが将来の運命を左右するという新たな現象を発見し、その分子メカニズムの1つを解明することに成功しました。本研究成果は、細胞のかたちと機能や運命は関係するのかという数世紀にわたる生物学の基礎的問いに新たな知見を提供するものです。生体内の各組織に存在する細胞のかたちから、その細胞や各組織の将来の機能や運命を予測できる可能性を示します。この知見をさらに発展させることで、生物学の基礎研究の進展に加え、細胞や組織の生理的機能や病気の状態を予測や診断する技術開発に貢献できると期待されます。

<参考図>

図1 細胞のかたち情報の記憶システムが、将来の運命へ影響する。

定量的ライブイメージング、レーザーによるかたちのリアルタイムな人為的制御、数理モデル、コンピュータシミュレーション、遺伝学的手法、発生工学的手法などを有機的に統合するアプローチにより、ゼブラフィッシュの生体内において、神経幹細胞のかたちが将来の運命に偏りをもたらすことを見いだした。また、この現象はデルタ(Delta)リガンドの局在化による、かたち記憶システムを介していることも明らかになった。

<用語解説>

注1) 神経幹細胞
神経細胞およびグリア細胞へ分化する細胞を供給する能力を持つ幹細胞のこと。
注2) ライブイメージング
生体組織や細胞を生かしたまま、個々の細胞の働きや遺伝子の発現の様子を可視化し、外部から観察する手法のこと。
注3) in silico(インシリコ)
in vivo(生体内で)や in vitro(ガラス、すなわち試験管内で)などに準じて作られた用語で、文字通りには「シリコン内で」の意味であり、実際には「コンピュータを用いて」を意味する。
注4) デルタ(Delta)リガンド
ノッチ(Notch)シグナル伝達系で受容体であるNotchに結合するリガンドの一種。Notchシグナル伝達系は、多細胞生物に進化的に保存された経路で、発生の過程および幹細胞で細胞の運命の決定を調節する役割を担う。

<論文情報>

タイトル Memory of cell shape biases stochastic fate decision-making despite mitotic rounding
(細胞の「かたち」情報記憶システムが分裂期球形化にも関わらず将来の確率論的運命決定に偏りをもたらす)
著者名 Takashi Akanuma, Cong Chen, Tetsuo Sato, Roeland M. H. Merks, Thomas N. Sato
doi 10.1038/ncomms11963

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

森江 俊哉(モリエ トシヤ)
ERATO 佐藤ライブ予測制御プロジェクト 研究推進主任
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
佐藤匠徳特別研究所 主任研究技術員
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2
Tel:0774-95-2312 Fax:0774-95-2329
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 広報担当
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2
Tel:0774-95-1176 Fax:0774-95-1178
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(英文)“Discovery of a mechanism that the cell exploits to instruct its future fate by memorizing its past shape: a possibility to develop a new method to predict and/or diagnose diseases”