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平成28年6月13日

内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)
ブラウン大学 認知言語心理学科
科学技術振興機構(JST)

長期的な視覚課題の訓練によって脳の異なる場所に2種類の
異なる変化が起こることを人工知能技術によって解明

ポイント

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の山川 義徳 プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、株式会社国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所(所長 川人 光男)とブラウン大学 認知言語心理学科(教授 渡邊 武郎)は、共同で脳イメージング法注1)人工知能(スパース機械学習)技術注2)を組み合わせ、視覚の訓練に伴う脳の変化について、新たな発見をしました。

長期の訓練によって起こる視覚能力の向上と、それに伴って起こる脳の変化は、知覚学習と呼ばれています。知覚学習研究では、知覚学習によって脳情報処理のどのような側面が変化するかという点について、過去20年間にわたって議論が続いており、この議論の発展的な解決が望まれていました。本研究グループは、この議論を解決するため、知覚学習メカニズムを解明するための統合モデルを提案し、実験によってこのモデルの妥当性を実証しました。本研究で得られた知見は、加齢による視覚能力低下を防止するための、より効率的なニューロフィードバック訓練方法などの開発に役立つことが期待されます。本研究成果は、2016年6月13日午前9時(米国東部時間)発行の英国神経科学誌「Cerebral Cortex」のオンライン版に掲載されます。

本成果は、以下のプログラムによって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー 山川 義徳
研究開発プログラム 脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現
研究開発課題 機械学習脳情報推定
研究開発責任者 今水 寛
研究期間 平成26年度~平成29年度

本研究開発課題では、具体的な社会応用を視野に入れた携帯型ブレインマシンインターフェースの開発と、その脳科学的な妥当性の検証を行っています。

<山川 義徳 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACTプログラム「脳情報の可視化と制御による活力溢れる生活の実現」では、脳情報の可視化と制御の技術開発を進め、健康な脳をいつまでも維持できる社会を実現することを目指しています。

今水先生が牽引するプロジェクトは、本プログラムの要となる携帯型ブレインマシンインターフェースの開発を進め、特に、中高年層の認知機能の低下防止と回復を実現するサービス提供を目指すものです。

今回の成果は、認知機能の重要な要素の1つである知覚学習に関する長年の論争を新たに開発した人工知能(機械学習)技術により決着をつけたものです。これは科学的な発見であることはもちろん、これにより認知機能の向上の糸口を見つけ、新たな脳情報サービスへの大きな一歩を踏み出せたと考えています。

<研究の背景と経緯>

ImPACT山川プログラム・マネージャーの研究開発プログラムでは、脳の健康に関するサイエンスとビジネスのインタラクションにより、世界に先駆けた新産業創出を目指しており、その一環として、加齢による知覚・認知機能の低下を防止し、高齢化社会における労働力を確保する方法を探索してきました。視覚機能の低下は、目などの感覚器官の衰えとともに、脳の視覚領域における機能の低下が原因となっています参考文献1)。感覚器官の衰えは眼鏡などの器具で補えますが、脳機能の低下を防止するには、効率的な訓練を早期から行う必要があります。

視覚課題の訓練を長期間行うと、その課題に対する習熟が起こるとともに、脳に可塑的な変化が起こります。これは知覚学習と呼ばれ、レントゲン画像から腫瘍のかすかな影を見つける医師、物品の真贋を正確に見ぬく古物商など、視覚のエキスパートたちが見せる能力の基盤になっていると言われています。また、知覚学習研究を通じて開発された視覚訓練法は、加齢によって低下した視覚能力の回復に直接応用可能であることが知られており、近年米国を中心に活発な研究が行われています(図1参考文献2)

しかし、知覚学習に伴い脳のどの部分にどのような変化が起こるのか、過去20年間、決着のつかない問題であり続けてきました。特に、訓練に用いられる視覚刺激に対する感度の向上に対応する脳内変化が起こるとする説(感度向上説)と、訓練に用いられる視覚課題の習熟に対応する脳内変化が起こるとする説(課題習熟説)があり、2つの説は長らく対立してきました。各個人の状態に合わせて適切な視覚訓練法を選択するには、この論争を解決し、知覚学習に伴いどの脳領域がどのような変化をするか明らかにすることが不可欠です。

<研究の内容>

本研究グループは、この2つの説を統合するモデルを新たに提案し、そのモデルの妥当性を実験的に検証するための研究を行いました。提案する2種統合モデルは、感度向上説と課題習熟説の両方の特徴を併せ持ったハイブリッドモデルです。知覚学習がこのモデルに従って起こるとしたら、知覚学習によって、脳内に①訓練に用いられる視覚刺激に対する感度向上に対応する領域と②訓練に用いられる課題の習熟に対応する領域が見られることになります。

これらの脳領域を同定するため、fMRI(機能的磁気共鳴画像法 functional magnetic resonance imaging)注3)を用いて脳活動を測定する実験を行いました。知覚学習に用いる視覚課題として、視覚の運動刺激を検出する課題を用いました。訓練の前と後に、被験者の脳活動をfMRIによって測定し、人工知能(スパース機械学習)技術によって脳活動パターンを解析しました。スパース機械学習アルゴリズム(参考文献3を参照)は現在、注目を浴びている深層学習に比べて学習用データのサンプル数が小さい場合(スモールデータ)に対しても学習の汎化性能が担保され、脳を含む生体データに適していて、ATRの山下 宙人 室長や佐藤 雅昭 所長らにより開発されました。スパース学習アルゴリズムを適用する際に、従来の脳活動の空間パターンを調べる解析技術は不十分であることがわかったため、従来の解析技術参考文献3)を拡張し、時間・空間両方の脳活動パターンを効率的に分析可能な解析技術を開発しました(図2)。

解析の結果、V3Aと呼ばれる、視覚運動刺激に特に強く反応する視覚領域において、①の視覚刺激に対する感度向上に対応する脳活動パターン変化が見られました。また、V1と呼ばれる比較的低次の視覚領域と、頭頂間溝と呼ばれる高次認知過程に関係する領域において、②の課題習熟に対応する脳活動パターン変化が見られました。すなわち、知覚学習の結果、脳の異なる領域に、それぞれ異なる種類の脳活動パターン変化が起こったことがわかりました(図3)。以上の結果から、今回用いた視覚課題に関して、視覚運動刺激に対する感度を向上させるにはV3Aの機能を高める訓練を行う必要が、課題の習熟には頭頂間溝やV1の機能を高める訓練を行う必要があることがわかります。

<今後の展開>

本研究で妥当性が確かめられた2種統合モデルは、感度向上説と課題習熟説の両方の特徴を併せ持ち、知覚学習研究分野におけるこれまでの知見を統合的に説明することができます。従って、これまで2つの説の対立によって停滞していたこの分野の進展を加速させることが期待できます。また、本研究で用いたfMRIと人工知能(スパース機械学習)技術を組み合わせたアプローチは、知覚学習にとどまらず、記憶や運動学習などさまざまな学習メカニズムの解明に応用可能なポテンシャルを持っています。

山川プログラム・マネージャーの研究開発プログラムでは、人工知能(機械学習)技術とニューロフィードバック・トレーニング注4)を用いて、加齢による認知機能の低下を防止する方法を開発しています。今回、得られた成果は、第一に、時間・空間両方の情報を用いて、人工知能(機械学習)技術による脳活動パターン解析の精度を向上させた、という点です。この技術は、ImPACTで主な開発対象にしている携帯型ブレインマシンインターフェースにおける基盤技術の一部をなすものです。第二に、ニューロフィードバック・トレーニングにおいてどの領域を対象とするか決める方法を開発した、という点です。課題に対する習熟や視覚刺激に対する感度向上など、個人の状態に合わせた訓練効果を得るためには、脳領域ごとの役割の違いを事前に明らかにしておくことは不可欠です。今後は、このような方法を用いて、光トポグラフィーなど簡便な装置への応用を検討していきたいと思います。

<参考図>

図1

知覚学習研究から得られた知見は、視覚や学習のメカニズムの解明に寄与するだけでなく、効率的な視覚訓練法の開発にも直接応用可能である。

図2 従来の脳活動パターン解析技術(左)と本研究で開発された新しい解析技術(右)

新しい方法では、脳活動の空間パターンに加え、時間パターンも考慮した解析が行われた。

図3 本研究で得られた知見のまとめ

V3Aでは視覚刺激に対する感度向上に対応する変化が見られた。頭頂間溝とV1では課題習熟に対応する変化が見られた。

<参考文献>

<用語解説>

注1) 脳イメージング法
脳を傷つけることなく、脳の外側から脳活動を測定・可視化する方法。代表的な方法として機能的磁気共鳴画像法(fMRI)があげられる。
注2) 人工知能(スパース機械学習)技術
fMRI信号の時空間パターンは、被験者に提示される視覚刺激や、被験者が行っている課題に応じて変化します。数理統計学的な方法をもとに、このパターンの違いをコンピュータに学習させることができます。従って、できあがった人工知能システムを用いると、脳のどの領域でどのような情報処理が行われているか、その情報処理が知覚学習によってどのように変化したか、調べることが可能になります。
注3) fMRI(機能的磁気共鳴画像法 functional Magnetic Resonance Imaging)
fMRIは、脳を傷つけることなく、脳の外から非侵襲的に脳の活動を調べるための装置です。脳のある領域で活発な神経活動が起こると、その領域で消費されるエネルギーが増えるので、消費されたエネルギーを補うために、その領域の血流が一時的に増加します。fMRIでは、強力な磁場を持ったコイルなどを用いて、脳全体の血流変化を可視化します。この血流変化を解析することで、間接的に脳活動の変化度合いを知ることが可能になります。
注4) ニューロフィードバック・トレーニング
fMRIなどで計測した脳活動をリアルタイムで解析し、その結果を本人にフィードバックすることで、脳活動を望ましい方向に誘導する技術です。

<論文情報>

Kazuhisa Shibata, Yuka Sasaki, Mitsuo Kawato, and Takeo Watanabe :
“Neuroimaging Evidence for 2 Types of Plasticity in Association with Visual Perceptual Learning”. Cerebral Cortex
(ニューロイメージング法によって得られた、視覚知覚学習が2種類の可塑性と関係する証拠)
doi:10.1093/cercor/bhw176

研究グループ
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)柴田 和久※1、佐々木 由香※1、渡邊 武郎※1、川人 光男(※1米国ブラウン大学と併任)

<謝辞>

研究参画者の一部は、以下の研究資金からの支援も部分的に受けています。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 広報担当 藤村
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel:0774-95-1176
E-mail:

<ImPACT事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室
〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-6380-9012 Fax:03-6380-8263
E-mail:

<報道担当>

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 経営統括部 広報担当 藤村
〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
Tel:0774-95-1176
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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