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平成28年5月24日

東京大学 医科学研究所
日本医療研究開発機構(AMED)
科学技術振興機構(JST)

季節性インフルエンザウイルスの抗原変異を予測する新規技術を開発

~より有効なワクチン製造が可能に~

ポイント

東京大学 医科学研究所 感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡 義裕 教授らの研究グループは、季節性インフルエンザウイルス注1)の抗原変異を高い精度で予測する技術の開発に成功しました。

季節性インフルエンザに対するワクチンは、その発症や重症化を防ぐ効果がありますが、ワクチン製造で使われるウイルス(ワクチン株)と実際に流行したウイルスとの間で、ウイルスの主要抗原であるヘマグルチニン(HA、図1)の抗原性が一致しないと、ワクチンの予防効果が弱まります。そのため、頻繁に抗原変異が起こる季節性ウイルスに対しては、毎年のようにワクチン株を見直す必要があります。しかし、現行の技術では、抗原変異の予測を誤ることがあり、ワクチンの予防効果が十分に発揮されないことがあります。

本研究では、本研究グループが1999年に開発した「リバースジェネティクス法注2)」(図2)を用いて、多様な抗原性を持つ季節性ウイルス株の集団(ウイルスライブラリー)を人工的に作出しました。そして、季節性ウイルスに対する抗血清を用いて、ウイルスライブラリーからさまざまな抗原変異株を単離し、それらの遺伝子性状および抗原性状を分析することにより、将来起こる季節性ウイルスの抗原変異を、従来よりも高い精度で予測できる技術を開発しました。

本研究の成果によって、実際の流行株とワクチン株の抗原性が一致しないリスクが低減され、より有効なワクチンの製造が可能になります。

本研究成果は、2016年5月23日(米国東部時間)、英国科学雑誌「Nature Microbiology」のオンライン速報版で公開されます。

なお本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学、英国ケンブリッジ大学が共同で行ったものです。本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業、日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降) 革新的先端研究開発支援事業、文部科学省 感染症研究国際ネットワーク推進プログラムなどの一環として得られました。

<研究の背景・先行研究における問題点>

季節性インフルエンザワクチンを皮下または筋肉内に注射すると、血液中にウイルスのHAに対する中和抗体注3)が産生され、それによってインフルエンザの発症や重症化を防ぐことができます。しかし、ワクチン製造で使われるウイルス(ワクチン株)と実際に流行するウイルスとの間でHAの抗原性が一致しないと、ワクチンの予防効果が弱まることが知られています。そのため、頻繁に抗原変異が起こる季節性ウイルスに対しては、毎年のようにワクチン株を見直す必要があります。

ワクチンを製造するには少なくとも半年程度の期間を要するため、実際の流行が始まる半年前には適切なワクチン株を選定しておく必要があります。世界保健機関(WHO)は、世界各国のサーベイランス機関が収集した流行株の抗原性状を分析して、翌年に流行するウイルスの抗原性状を予測し、その情報に基づいて翌年の流行シーズンのためのワクチン株を選定・推奨しています。しかし、年によっては選定されたワクチン株と実際に流行したウイルスとの間でHAの抗原性が一致せず、ワクチンによる予防効果が十分に発揮されないことがあります。そのため、季節性ウイルスで起こる抗原性状の変化を、高い精度で予測する技術の開発が望まれています。

<研究の内容>

本研究グループは、変異を持つインフルエンザウイルスを人工的に作出することができる「リバースジェネティクス法」を世界に先駆けて開発しています。この手法を用いて、インフルエンザウイルスのHA遺伝子にさまざまな変異(ランダム変異)を導入し、多様な抗原性状を持つウイルス株の集団(ウイルスライブラリー)を人工的に作出しました。

本研究では、将来流行する季節性ウイルスの抗原性状を予測するため、2009年に世界的大流行を引き起こしたウイルス(A/H1N1pdm)をもとに作られたウイルスライブラリーからさまざまな抗原変異株を分離し、その遺伝子性状および抗原性状について流行株と比較しました(図3)。まず、A/H1N1pdmの感染者あるいは感染動物から採取した血清とウイルスライブラリーを混合した後、培養細胞に接種し培養しました。その後、抗体による中和を回避することで増えてきた変異株を回収しました。回収された変異株の遺伝子性状を解析したところ、HAの抗原決定領域注4)に複数の変異が生じていることがわかりました。また、変異株は流行株に対する血清との反応性が低いことが赤血球凝集抑制(HI)試験注5)によって確認されました。このHI試験で得られたデータを抗原地図法注6)解析し、抗原変異のパターンを分析することによって、今後A/H1N1pdmで起こる抗原変異を予測しました。

本研究で同定された変異を持つウイルス(16-1/4変異株)が今後自然界で流行するのかどうかを検証するために、2009年にヒトから分離されたA/H1N1pdmの流行株(CA04株)に対する抗体を持つフェレットを準備し、そのフェレットにCA04株あるいは16-1/4変異株を感染させました。その結果、CA04株を感染させたフェレットからはウイルスは全く検出されませんでした。それに対して、16-1/4変異株を感染させたフェレットからは大量のウイルスが検出されました(図4)。これは、このような変異を持つA/H1N1pdmウイルスが今後自然界で流行する可能性があることを示しています。

さらに、本研究グループは、香港型A/H3N2ウイルスのライブラリーから単離された抗原変異株の分析によって、実際のインフルエンザ流行シーズンに起きた抗原変異を事前に予測することに成功しました。

<社会的意義・今後の展開>

本研究で開発した予測技術によって、将来流行するウイルスの抗原性状と一致するワクチン株を先回りして準備することが可能になります。すなわち、実際の流行株とワクチン株との抗原性が一致しないリスクが低減され、より有効なワクチンの製造が可能になります。本研究で得られた成果は、季節性インフルエンザの流行拡大阻止や発症・重症化予防に貢献すると期待されます。

今後は、さらに精度の高い予測技術の開発を進めるとともに、B型インフルエンザウイルスで起こる抗原変異を予測する技術も開発する予定です。

<参考図>

<用語解説>

注1) 季節性インフルエンザウイルス
2009年に出現したブタ由来ウイルス(A/H1N1pdm)の大流行に伴い、それまで流行していたソ連型ウイルス(A/H1N1)が消滅した。2016年4月現在、A/H1N1pdm、香港型A/H3N2、B型の3種類が季節性ウイルスとして流行している。
注2) リバースジェネティクス法
8つのインフルエンザウイルス遺伝子を発現するプラスミドと4つのインフルエンザウイルスタンパク質を発現するプラスミドを細胞に導入することで、感染性を持つウイルスを産生させる方法。プラスミドには自由に変異を導入することが可能であるため、人工的に変異を導入したウイルスを作出することができる。
注3) 中和抗体
ウイルスの細胞への感染を阻止できる抗体。
注4) 抗原決定領域
抗体は抗原のある特定部位を認識して結合するが、その部位のことを抗原決定領域と呼ぶ。インフルエンザのヘマグルチニン(HA)分子には、中和抗体が結合する主要な抗原決定領域が存在する。流行株のHAタンパク質の抗原決定領域に変異が起きると、その流行株に対する中和抗体は結合できなくなることがある。
注5) 赤血球凝集抑制(HI)試験
ウイルスは肉眼では確認することができないが、赤血球同士がウイルスを介して結合すると肉眼でも確認できるほどの大きな凝集塊を形成する。これを赤血球凝集反応という。赤血球とウイルスが結合する前に、ウイルスに対する特異的な抗体を加えると、抗体はウイルスの赤血球への結合を阻害するので、凝集塊は形成されない。これを赤血球凝集抑制(HI)反応という。
注6) 抗原地図法
赤血球凝集抑制(HI)によって解析されたウイルス株間の抗原性の違いを二次元の地図上に示す方法。これにより、抗原変異のパターンを明らかにすることができる。

<論文情報>

タイトル Selection of antigenically advanced variants of seasonal influenza viruses
掲載誌 Nature Microbiology
doi 10.1038/nmicrobiol.2016.58

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

河岡 義裕(カワオカ ヨシヒロ)
東京大学 医科学研究所 感染・免疫部門ウイルス感染分野 教授
Tel:03-5449-5310
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〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
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