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平成28年4月27日

北海道大学
科学技術振興機構(JST)
内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

「トリブロックコポリマー」を用いた新たな高強度ハイドロゲルを開発

ポイント

内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の伊藤 耕三 プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、北海道大学 大学院先端生命科学研究院の龔 剣萍 教授らのグループは、トリブロックコポリマー注1)をベースとした超高強度ハイドロゲル注2)を開発しました。このハイドロゲルは、水を大量に含みながらもゴムに匹敵する強度、こんにゃくの100倍もの硬さを有する、極めて丈夫な材料です。また、生体内のような塩を含んだ環境でもその強さを発揮できる上に、切断面を簡単に修復することも可能であることから、本ハイドロゲルは、体内での使用を含む医療用途への応用が期待されます。

なお、本研究成果のもとになったトリブロックコポリマーは、大塚化学株式会社から提供を受けたものです。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT) https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー 伊藤 耕三
研究開発プログラム 超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」の実現
研究開発課題 タフポリマーの実現に向けた高靱性ゲルの創製と破壊機構の解明
研究開発責任者 龔(グン) 剣萍(北海道大学 大学院先端生命科学研究院 教授)
研究期間 平成26年10月~平成30年3月

本研究開発課題では、モデルソフトマテリアルズを用いて、高分子ゲルやエラストマーなどのポリマー材料の高タフネス化の設計指針を確立し、それを実材料に応用することによって、高タフネスを有するポリマー材料を創製することに取り組んでいます。

<伊藤 耕三 プログラム・マネージャーのコメント>

PM

ImPACT「超薄膜化・強靱化「しなやかなタフポリマー」においては、学が基礎研究力を生かしてポリマーにタフネスをもたらす新規概念を創出し、企業が生産技術力を活用してその新規概念を安価にポリマーに導入する、という産学の協働体制により、「しなやかなタフポリマー」の実現を目指しています。今回の研究成果は、北海道大学の龔 教授による「ダブルネットワーク」という新規概念に関するものであり、タフポリマーを実現するための分子設計・材料設計技術の一つとして「ダブルネットワーク」の有効性を実証したものです。このことは、ImPACTプログラムが、世界に先駆けたタフポリマーの技術体系確立に向けて、大きく前進したものと考えています。

<研究の背景>

ハイドロゲルは、網目状につながったポリマー注3)が多量の水を含んだ、ソフトかつウェットな材料です。ハイドロゲルのこうした特性は生体の性質と非常に近いことから、生体親和性が高いと目され、医療材料としての応用が期待されています。しかし、従来のハイドロゲルは水を大量に含んでいるために極めて脆く、実際の材料としての使用は、コンタクトレンズなどごく限られたものを除き困難でした。本問題を解決するために、大量の水を含みながらも丈夫なハイドロゲルの開発が世界的に進められています。この分野では日本が世界をリードしており、これまでに、東京大学の伊藤 耕三 教授らによる環動ゲル注4)、川村理化学研究所の原口 和敏 研究員(現:日本大学 教授)らによるナノコンポジットゲル注5)、北海道大学の龔 教授らによるダブルネットワークゲル注6)ポリアンフォライトゲル注7)などが開発されています。

<研究手法・研究成果>

今回、龔 教授らのグループは新たに、トリブロックコポリマーからなるハイドロゲルに第2成分としてポリアクリルアミドというポリマーを加えることにより、水を大量に含みながらも極めて高い強度を示す新規高強度ダブルネットワークゲルの創製に成功しました。このゲルの強度は、先に例示した4つの高強度ゲルの強度を上回る値です。

今回用いたトリブロックコポリマーは、3つの成分が結合してできたひも状の分子であり、疎水性-親水性-疎水性という構造を有しています。このコポリマーを水中に入れると、両端の疎水性部位が「疎水性相互作用注8)」という効果により凝集して網目構造を形成し、塊状のハイドロゲルが得られます(図1)。次に、本ゲルの内部に第2成分であるポリアクリルアミドを導入すると、トリブロックコポリマーの親水性部位とポリアクリルアミドが「水素結合注9)」という比較的弱い結合を作り、トリブロックコポリマー/ポリアクリルアミドのダブルネットワークゲルが得られます。本ゲルを構成する2つの物理的結合を制御することによって、極めて高強度・高タフネスなハイドロゲルを得ることに成功しました。具体的には、ゴムに匹敵する強さ(引張破断応力注10)10MPa(メガパスカル))とタフネス(引裂エネルギー注11)2850kJ/m)、こんにゃくの100倍の硬さ(引張弾性率注12)14MPa)などの優れた物性を示しました。このような優れた力学物性のため、穴を空けたゲルにおもりを吊るしても、穴が裂けて壊れることはありません(図2)。また、このゲルの大きな特徴は、600%の破断歪注13)まで応力が変形の大きさに比例して増大することです。このような大変形まで線形応答を維持する材料はこれまでになかったものです。

さらに、本ゲルは切断面が再接着するという容易な修復性を有しています。ゲルの破断面にジメチルホルムアミド注14)という液体を塗布して再度接触させることで、壊れた結合が自発的に再形成され、ゲルが再度接着します。このことから、本ゲルは壊れても簡単に修復できる、環境負荷が小さい材料であると言えます。

<今後への期待>

本ゲルを構成する2種類の物理的結合は、体内のような塩を含んだ環境でも安定に存在できるため、本ゲルは医療用途に適した素材であると言えます。現在は生体適合性のあるポリマーを用いてはいませんが、今後の研究により、本ゲルに使用されるポリマーを生体適合性のものに置き換えることで、生体での使用が可能な高強度ハイドロゲルの創製が期待されます。また本ゲルは様々な形に成型することも可能なので、血管、軟骨、臓器など、用途に合わせた様々な形状の医療用ゲルが創製できます。

近年の高齢化・高福祉社会の進展により、医療材料のニーズは大きく高まっています。本ゲルに代表される様々な強靭ゲルは、将来の社会を支える重要な基盤材料になることが期待できます。

イオン結合を用いたゲル(例えばポリアンフォライトゲル)は、塩を含んだ環境で強度が低下してしまうことが知られています。

<参考図>

図1 ゲルの作り方

トリブロックコポリマーを水中に入れると、両端の疎水性部分が凝集して網目構造を作り、ゲルとなる。本ゲルに第2成分を導入することで、ブロックコポリマーの親水部と第2成分が水素結合を形成し、新規ダブルネットワークゲルができる。

図2 ゲルの優れた力学特性

本ゲルは、引張破断応力10MPa、破断歪600%というゴム並みの強靭さを示す。また、ゲルに空けた穴におもりを吊るしても壊れない、という極めて高いタフネスを示す。

<用語解説>

注1) トリブロックコポリマー
3つの成分が順番に結合してできたポリマーのこと。両端が同じ成分からなるA-B-A型と、全てが違う成分からなるA-B-C型があり、今回は前者を使用した。
注2) ハイドロゲル
網目状の高分子の内部に水を含んだ材料のこと。身近な例で言うと、ゼリー、こんにゃく、ソフトコンタクトレンズなどがハイドロゲルである。
注3) ポリマー
小さな分子(モノマー)がひも状に結合してできた、鎖状の長い分子のこと。高分子とも呼ばれる。プラスチックやゴムはポリマーからできている。
注4) 環動ゲル
ゲルを構成する高分子網目の架橋点(結び目)が自由に動くような材料。架橋点が動くことで、力が1か所に集中することを防ぎ、丈夫なゲルとなる。
注5) ナノコンポジットゲル
粘土の微粒子とある種のポリマーを複合させることで、粘土微粒子にポリマーが吸着して架橋点となり、丈夫なハイドロゲルとなったものである。
注6) ダブルネットワークゲル
脆い網目と良く伸びる網目という、性質の異なる2種類の高分子網目を複合させることによって得られる、丈夫なハイドロゲルのこと。
注7) ポリアンフォライトゲル
+の電荷を持つモノマーと-の電荷を持つモノマーを、同じ数だけ混ぜてポリマー化させた材料。+の部位と-の部位がイオン結合を作り、丈夫なハイドロゲルとなる。
注8) 疎水性相互作用
水に溶けにくい分子が、水中で凝集する効果のこと。例えば、水に油を溶かした時に油が球状に集まるのは、疎水性相互作用の効果と言える。
注9) 水素結合
分子の中で、部分的に電荷の片寄りがある部分に生じる、弱い相互作用のこと。ほとんどの場合は水素が関わるので、このように呼ばれている。
注10) 引張破断応力
材料がどのくらいの力まで耐えられるか、の指標となる測定値。材料を一方向に引っ張ったとき、「引張に要した最大の力÷元の断面積」という式で計算できる。引張破断応力10MPaは、1cm角の材料に100kgのおもりを吊るしても壊れない、ということに対応する。
注11) 引裂エネルギー
材料のタフネス(壊れにくさ)の指標となる測定値。材料を引き裂いて亀裂を生じさせた際、「引き裂きに要したエネルギー÷亀裂の面積」という式で求められる。一般的なゲルの引裂エネルギーは1~10J/m程度である。
注12) 引張弾性率
材料の変形しにくさ(硬さ)の指標となる測定値。材料を一方向に引っ張り、わずかに変形させたとき、「(変形に要した力÷元の断面積)÷その時の変形率」という式で計算できる。
注13) 破断歪(はだんひずみ)
材料がどのくらい伸びるか、の指標となる測定値。材料を一方向に引っ張ったとき、「(最大の長さ-元の長さ)÷元の長さ」という式で計算できる。破断歪600%は、元の長さの7倍まで伸びることに対応する。
注14) ジメチルホルムアミド(DMF)
有機溶媒の一種で、工業的に様々なものを溶かす溶剤として広く使われている。

<論文情報>

タイトル Tough Physical Double-Network Hydrogels Based on Amphiphilic Triblock Copolymers
(両親媒性トリブロックコポリマーをベースとした強靱な物理架橋ダブルネットワークゲル)
著者名 張 慧潔、孫 桃林2、3、張 奥開、井倉 弓彦、中島 祐2、3、野々山 貴行2、3、黒川 孝幸2、3、伊東 治、石飛 宏幸、龔 剣萍2、3
(北海道大学 大学院生命科学院、北海道大学 大学院先端生命科学研究院、北海道大学国際連携研究教育局、大塚化学株式会社)
掲載誌 Advanced Materials
doi 10.1002/adma.201600466

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

龔 剣萍(グン チェンピン)
北海道大学 大学院先端生命科学研究院 教授
〒060-0808 北海道札幌市北区北8条西5丁目
Tel:011-706-2774
E-mail:
URL:http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g2/

<ImPACTの事業に関すること>

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〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
Tel:03-6257-1339

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室
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