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平成28年4月5日

北海道大学
科学技術振興機構(JST)

ジカウイルスの輸入リスクと国内伝播リスクの予測統計モデル開発

ポイント

ジカ熱流行の国際的な拡大が社会的注目を集めています。ブラジルにおける大規模な流行にともない、相当数の小頭症が報告され、妊娠中のジカウイルス感染と強い因果関係が示唆されたため、この感染症が注目されるに至りました。北海道大学の西浦 博 教授の研究チームは、ジカ熱の輸入リスクと各国での国内伝播のリスクを推定する新しい統計モデルを開発し、国固有のジカ熱の輸入確率と国内伝播確率の2つの推定を実施しました。その結果、国内伝播リスクは過去にデングウイルスやチクングニアウイルス注1)の流行が認められた国において高くなる傾向があると判明しました。日本もデング熱の小規模流行が認められ、2016年中にジカ熱の国内伝播を認めるリスクは16.6%と推定されました。提案したモデルはジカ熱の国際的流行拡大に関するリスクアセスメント注2)を実施する上で重要な科学的根拠を与えます。国内伝播リスクの高い国は媒介蚊の制御が必要であり、一方で、国内伝播のリスクが低い国は過度の社会的不安を煽る必要はなく、渡航に伴う妊婦の感染を避けることに注力すると良いものと示唆されます。これらの結果は英国時間4月5日付の英国科学誌「PeerJ」に発表されます。

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 「科学的発見・社会的課題解決に向けた各分野のビッグデータ利活用推進のための次世代アプリケーション技術の創出・高度化」(研究総括:北海道大学 田中 譲)における研究課題「大規模生物情報を活用したパンデミックの予兆、予測と流行対策策定」(研究代表者:西浦 博)の一環として行われました。

<研究の背景>

ジカウイルス感染症はデングウイルス感染症やチクングニアウイルス感染症などと同様にAedes属の蚊(シマカ)の媒介によって、ヒトからヒトへ伝播するウイルス感染症です。臨床症状・徴候はデング熱に類似しており、軽微なことが多く、不顕性感染(症状を呈さない感染)も多数みられることが知られています。しかし、妊娠初期の女性がジカウイルスに感染すると、胎児の一部に小頭症が発生することがあると明らかになり、その因果関係が次第に科学的に支持されています。2015年4月以降、ブラジルを起点に南米地域での流行が始まり、飛行機などによるヒトの移動によりアメリカ大陸以外の世界各地において感染が確認されました。本研究の目的は、ジカウイルスの国固有の輸入リスクと国内伝播リスクを推定することです。そのために数理モデルを構築し、観察データを基にパラメータ推定と将来予測を実施しました。

<これまでの課題・問題提起>

これまでに英米を中心とした研究グループにより、媒介蚊の生態を気象データなどから精密に予測したGIS(地理情報システム)上でジカウイルス伝播のリスクを予測する研究が実施されてきました。しかし、実際の輸入リスクや国内伝播リスクはヒトの移動やウイルスの定着のしやすさに依存するため、輸入・国内伝播やヒトの移動の実測値を加味した研究アプローチによる国単位でのリスク予測も求められます。このたび、本研究チームでは新たな統計モデルを構築し、それを用いて過去の輸入状況データを分析することで、輸入リスクを推定し、さらに、デングウイルスとチクングニアウイルスの過去の流行データを用いて国内伝播のリスクを推定しました。

<研究の手法>

ジカ熱の国内伝播はジカ熱の流行地からの輸入に加えて、蚊によってヒトからヒトへ伝播しなければ発生しません。これまでの研究から、航空機を利用したヒト移動ネットワークデータ注3)を用いた数理モデルによる予測を実施すると、各国の伝染病の輸入リスクを推定できることがわかっています。航空ネットワークデータを用いてブラジルから世界各国までの実効距離(effective distance)注4)をそれぞれ計算し、国固有のジカウイルス輸入リスクを生存解析モデル注5)によって推定しました。生存解析モデルによる推定には、ジカ熱を既に輸入した国の輸入日を利用しました。また、暫定的な国内伝播リスクの推定のためには、同じAedes属の蚊を共有して伝播するデングウイルスとチクングニアウイルスの疫学データ(これまでのデング熱あるいはチクングニア熱の流行の有無に関する情報)を用いて、リスク推定モデルを構築しました。

<研究の成果>

生存解析モデルを過去のジカウイルス輸入データ(ブラジルでの流行から輸入国までに要する経過時刻)に適合(フィット)することにより、国固有の輸入リスクを十分に予測することができました。また、デングウイルスとチクングニアウイルスの疫学データを用いた国内伝播リスクの推定に成功しました(参考図)。

<今後への期待>

各国の潜在的なジカウイルスの国内伝播に備えて、早急なリスク推定が重要と考えられます。今回の推定モデルの結果は公衆衛生従事者のリスクアセスメントに重要な役割を果たします。国内伝播リスクの高い国は媒介蚊対策を考慮する必要があります。日本ではジカ熱の輸入感染者が報告されたために、参考図では除外しましたが、(ここでリスク予測のために)ブラジルでの流行以前にジカウイルスが確認されていないと仮定すると、2016年中にジカ熱の国内伝播を認めるリスクは16.6%と推定されます。同リスクはメキシコで48.8%、台湾で36.7%など、デング熱やチクングニア熱の流行を認めた熱帯・亜熱帯地域でより高く、一方で温帯では英国で6.7%、オランダで5.3%など日本よりも低い国もありました。国内伝播のリスクが低い国は過度の社会的不安を煽る必要はなく、渡航に伴う妊婦の感染を避けることに注力すると良いものと示唆されます。

<参考図>

2016年末までのA.ジカウイルスの輸入リスク、B.ジカウイルスの国内伝播リスク。濃い赤で示された国はリスクの高い国。ブラジルでの流行以前にジカウイルスが確認された国(グレー)は除外されている。この図により、輸入リスクおよび国内伝播リスクの高い国を可視化できる。日本は南太平洋で感染した輸入感染者が(ブラジルからの輸入感染者の前に)診断されたことがあるため、AおよびBのリスク推定では除外された。本文中の日本での国内伝播リスク16.6%とは、仮にその輸入イベントを無視して、AおよびBの計算に含まれた国々から推定されたモデルパラメータを利用して、それをブラジルから日本への実効距離に対応させて計算した結果として得られた。

<用語解説>

注1) デングウイルス、チクングニアウイルス
デングウイルスはデング熱およびデング出血熱などといった熱帯特有の感染症の1つの原因ウイルス。フラビウイルス科フラビウイルス属に属する。チクングニアウイルスはトガウイルス科アルファウイルス属に属し、ヒトが感染すると発熱や関節痛などを生じるチクングニア熱を起こす。いずれもジカ熱と症状が酷似しており、さらに、ネッタイシマカやヒトスジシマカなどシマカによって主に媒介されることが知られている。
注2) リスクアセスメント
あるリスクの特定や見積もり、優先度の設定、リスク低減措置の決定など、一連の手順を指す。リスクアセスメントの結果に基づいて適切な流行対策を講じる必要がある。
注3) 航空機を利用したヒト移動ネットワーク
国際線の航空機を利用したヒト移動に関するネットワークデータ。重症急性呼吸器症候群(SARS)やインフルエンザH1N1-2009などの多くの研究において、同ネットワークデータを利用した数理モデルを利用すると、流行発生国から次々と国際的に流行が伝播していく様を確実に捉えることができる(予測可能性に優れている)ことが実証されてきた。
注4) 実効距離(effective distance)
effective distanceは地理的な距離ではなく、飛行機の便数や空港から空港へのヒトの流れ、密度を考慮した距離であり、感染症の世界的伝播を推定するために使われる主要な指標。したがってヒトの流れが少ない地域間の距離はeffective distanceにおいて遠いということを意味する。
注5) 生存解析モデル
ある現象(イベント)が発生するまでの時間を分析する統計モデル。本研究でのイベントとはジカ熱の輸入感染者が侵入すること。時間当たりのイベント発生リスクをハザードと呼び、ハザードをイベント発生要因(例えば航空機による旅客者数)で数理的に記述することでイベント発生リスクを計算する。従来、臨床医学研究において患者の死亡までの時間を分析するために発展してきた方法のため、生存解析モデルあるいは生存分析モデルと呼ばれる。

<論文情報>

タイトル Estimating risks of importation and local transmission of Zika virus infection
(ジカウイルス感染症の輸入リスクおよび国内伝播リスクの推定)
著者名 ナ ギョンア1、 水本 憲治3、宮松 雄一郎1、安田 陽平2、木下 諒1、 西浦 博1
(1北海道大学 大学院 医学研究科、2東京大学 医学部、3東京大学 大学院総合文化研究科)
掲載誌 英国科学誌「PeerJ」
doi 10.7717/peerj.1904

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

西浦 博(ニシウラ ヒロシ)
北海道大学 大学院医学研究科 社会医学講座 教授
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E-mail:
URL:http://researchmap.jp/read0133306/

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