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平成28年3月24日

京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
科学技術振興機構(JST)

植物由来成分であるプテロシンBはSIK3を阻害し
変形性関節症の治療薬開発のリード化合物となる

ポイント

箭原 康人 大学院生(やはら やすひと:京都大学 CiRA/富山大学)および妻木 範行 教授(つまき のりゆき:京都大学 CiRA)らの研究グループは、竹森 洋 プロジェクトリーダー(たけもり ひろし:医薬基盤・健康・栄養研究所)らと共同で、プテロシンB注1)という物質が変形性関節症注2)に効果があることを明らかにしました。

加齢とともに関節の軟骨は薄くなり、変形性関節症の患者数も増加します。妻木教授らの研究グループは薬剤誘導によりSik3注3)遺伝子を欠失するマウスを作製したところ、Sik3を欠失したマウスでは関節軟骨が厚くなり、変形性関節症の進行が抑えられました。さらにSik3の阻害剤として食用植物由来の物質であるプテロシンBを同定しました。プテロシンBをマウスの関節に投与すると、変形性関節症の進行が抑えられました。以上の結果から変形性関節症の治療ターゲットとしてSIK3が有用であると考えられました。また、プテロシンBは変形性関節症の薬のリード化合物注4)になりえると考えられます。

この研究成果は2016年3月24日10時(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されます。

<研究の背景>

関節軟骨は骨の末端を覆い、関節がなめらかな動きをするために必要です。軟骨が変性すると変形性関節症となります。変形性関節症のリスク要因としては、加齢や関節への過剰な負荷、メタボリックシンドロームがあります。加齢によって関節軟骨が薄くなること、また加齢とともに変形性関節症の患者さんの数が増えることはよく知られていますが、軟骨が薄くなることが変形性関節症の原因となるかどうかは不明でした。

これまでの研究で、変形性関節症の軟骨細胞は、通常の軟骨細胞に比べてより成熟した細胞(肥大軟骨細胞)の性質を持っていることがわかっていました。また、妻木教授らのグループはSik3遺伝子を欠失したマウスでは、軟骨細胞の成熟が抑制され、軟骨細胞が増えることを見いだしました。今回の研究ではSIK3と変形性関節症との関係に着目しました。

<研究結果>

1.変形性関節症にはSIK3が関与している

変形性関節症の患者さんの軟骨では、より症状が重症であるほど活性型のSIK3が検出される細胞の数が多く、SIK3の疾患への関与が考えられました。そして、薬剤によりSik3遺伝子を欠失させたマウスの関節軟骨を観察したところ、軟骨層がより厚くなっていました(図1)。またマウスに変形性関節症が起こりやすくなる手術を行ったところ(半月板切離モデル)、Sik3欠失マウスはSik3遺伝子を持つマウスと比較して変形性関節症になりにくいという結果となりました。

2.プテロシンBが変形性関節症を緩和する

Sik3のシグナル伝達系を抑制する化合物をスクリーニングし、今回調べた植物成分由来の化合物ライブラリーの中で、プテロシンBがSik3の活性を抑制することを明らかにしました。そこで、変形性関節症モデルのマウスの関節にプテロシンBを注入すると、変形性関節症の症状をおさえました(図2)。

3.プテロシンBはヒト軟骨細胞の肥大化も抑える

ヒト健常者のiPS細胞から軟骨を作製し、軟骨細胞が肥大化する環境でプテロシンBを加えて4週間培養しました。するとプテロシンBは軟骨細胞が肥大化するのを抑制しました(図3)。

<まとめ>

今回の研究結果から、Sik3遺伝子の欠失やプテロシンBによりSik3シグナルを抑制すると、マウスにおいて軟骨細胞の成熟を抑制し、軟骨層がより厚くなること、また、マウスが変形性関節症になるのを抑えることがわかりました。これらの結果から、SIK3は変形性関節症の治療ターゲットとなりうることが明らかになりました。また、プテロシンBは変形性関節症の治療薬のリード化合物となることが期待されます。

<本研究への支援>

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

<参考図>

図1 軟骨の厚さの比較

Sik3f/fSik3を持つマウス、Sik3Δ/ΔSik3欠失マウス、
Articular cartilage:関節軟骨
赤く染まった部分が軟骨細胞の部分。右側のグラフは数値化したもの。
t-test * P<0.05 スケールバー:100µm

図2 半月板切離モデルでの抑制効果

Vehicle:コントロール、PterosinB:プテロシンB投与、DMM:半月板切離、
OARSI score:変形性関節症の重症度を表す指標 数値が高いほど症状が重い
Mann-Whitney test. ** P<0.01、スケールバー:100 µm

図3 ヒトiPS細胞由来の軟骨細胞へのプテロシンの効果

Pterosin B:プテロシンB添加、Vehicle:プテロシンBなし
サフラニン O:軟骨を赤く染める試薬
スケールバー:100µm

<用語解説>

注1) プテロシンB
ワラビに含まれ発がん物質として知られるプタキロサイドが、アク抜きの過程でアルカリに晒された結果、生じるものがプテロシンB。プテロシンBは安定な物質で発がん性はない。

図

注2) 変形性関節症
膝や足の付け根、肘、肩などの関節に痛みや腫れが現れる病気。年齢が高くなるほど多く、男性よりも女性の患者さんが多い。膝の変形性関節症の方だけでも日本では2400万人以上いるとも推定される。
注3) SIK3、Sik3
塩誘導性キナーゼ(Salt Inducible Kinase)の一種。タンパク質をリン酸化して細胞内の情報伝達に関与するタンパク質およびそのタンパク質をコードする遺伝子のこと。ここではマウスのタンパク質・遺伝子を“Sik3”と表記し、“Sik3”と同じ機能をすると考えられるヒトのタンパク質・遺伝子を“SIK3”と表記しています。
注4) リード化合物
薬を開発する上で出発点となる化合物のこと。多くの場合はこのままでは薬とはならず、この化合物の形を変更することでより良い(効果が強い、副作用が少ない、壊れにくいなど)化合物を探し、改良が加えられる。

<論文情報>

タイトル Pterosin B prevents chondrocyte hypertrophy and osteoarthritis in mice by inhibiting Sik3
掲載誌 Nature Communications
著者名 Yasuhito Yahara1,2, Hiroshi Takemori3, Minoru Okada1, Azuma Kosai1, Akihiro Yamashita1, Tomohito Kobayashi1, Kaori Fujita1, Yumi Itoh3, Masahiro Nakamura1, Hiroyuki Fuchino4, Nobuo Kawahara4, Naoshi Fukui5, Akira Watanabe1, Tomoatsu Kimura2 and Noriyuki Tsumaki1
所属機関:
  1. 京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
  2. 富山大学 医学部
  3. 医薬基盤・健康・栄養研究所 代謝疾患関連タンパク探索プロジェクト
  4. 医薬基盤・健康・栄養研究所 薬用植物資源研究センター
  5. 東京大学 大学院生命科学研究科
doi 10.1038/ncomms10959

<お問い合わせ先>

<研究内容・CiRAに関すること>

京都大学 iPS細胞研究所(CiRA) 国際広報室
和田濵 裕之
Tel:075-366-7005 Fax:075-366-7185
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“New candidate compound for treating osteoarthritis