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平成28年3月21日

科学技術振興機構(JST)
京都大学

高分子のモノマー配列を制御する手法の開発

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、京都大学の大内 誠 准教授らは、高分子を構成する繰り返し単位(モノマー)の並び方(配列注1))を制御する手法を開発しました。

近年、高分子は、さまざまな機能を備えた「機能性材料」として、電子材料や医療材料などで活用されるようになりました。導入される機能性基注2)によって高分子の機能は発揮されますが、一般的な方法で合成される高分子では機能性基が無秩序に並んでいるために、これら機能性基の機能を有効に活用できていませんでした(図1)。機能性基の並び方を制御できれば、複数機能性基の協調による機能を設計できる可能性があり、材料としての機能向上や新しい機能の創出が期待できます。このため、繰り返し単位の並び方を分子レベルで精密に制御する手法が求められていました。

本研究グループは、高分子の長さ制御に有効な「リビングラジカル重合注3)」法と、環状化合物が非環状化合物に変化する環化反応注4)を用い、繰り返し単位の配列制御が可能な合成手法を開発しました。

今回の方法では数個のモノマーの配列が制御された分子を合成できることを示しました。分子設計をさらに工夫することで反応サイクルや効率が向上し、より分子量の大きい配列制御高分子の合成が期待できます。配列が制御された高分子は電子材料、導電材料、電池材料、医用材料など、機能性高分子が使われる材料に役立つことが期待されます。

本研究は、京都大学 大学院工学研究科の澤本 光男 教授、日比 裕理 氏と共同で行ったものです。

本研究成果は、2016年3月21日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature Communications」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「分子技術と新機能創出」
(研究総括:加藤 隆史 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究課題 「結合を操って構築する創造性分子鎖:位置・配列・形態の制御による機能創出」
研究者 大内 誠(京都大学 大学院工学研究科 准教授)
研究期間 平成25年10月~平成29年3月

<研究の背景と経緯>

高分子は、従来、プラスチック、合成繊維や合成ゴムなど、軽量で強度が強いいわゆる「力学的材料」として用いられてきましたが、近年は選択分離性、導電性、薬理性、エネルギー変換性、生体適合性などの高度な機能を備えた「機能性材料」としての役割が大きくなってきています。しかし、従来の機能性高分子は、材料機能を担う機能性基がランダムに配置され、材料内で平均的に分散するために、効率よく機能を発現させることは困難でした。機能性基の並び方(配列)を狙い通りに制御できれば、機能向上や新機能発揮が期待されるために、近年合成高分子に対する「配列制御」に関心が集まっています。例えば、ビニルポリマー注5)は身の回りで広く使われる代表的な合成高分子です。ビニルポリマーはビニルモノマーを繰り返し単位として、炭素—炭素結合でつながった主鎖と、炭素1つおきに結合する側鎖から成る構造を持っています。DNAやたんぱく質のように、側鎖の並び方を制御することで飛躍的な機能発現が期待できる合成高分子であり、ビニルポリマーの配列制御は高分子分野の長年の課題でした。

<研究の内容>

従来、鋳型注6)上にモノマーをあらかじめ並べて重合し、配列を制御する方法が考えられていました。しかし、この手法には、①配列の制御された鋳型を合成するのが困難、②鋳型の配列に沿って重合させるのが困難、③側鎖官能基の種類に制約がある、などの問題点がありました(図2左)。

ビニルモノマーを繋げていく重合は連鎖重合注7)と呼ばれ、生成するビニルポリマーの長さ(分子量)制御を可能にする連鎖重合はリビング重合注8)と呼ばれます。今回は、リビング重合の一種であるリビングラジカル重合の機構をベースとした環化反応に着目し、このラジカル環化反応によりビニルモノマーが1ユニットのみ付加する反応を制御しました。さらに結合の切断と再生を操ることで、この付加反応を繰り返して配列を制御する手法を開発しました。本研究の手法は、切断しながら環化反応を繰り返し、配列を制御するもので次のような特長があります(図2右)。

本研究では、まずリビングラジカル重合法をベースに、希釈条件でラジカル種とビニルモノマー間の環化反応を制御しました。さらにこの環化反応で生成する環状分子に対し、お互いに影響することなく切断と再生が可能な2種類の結合をあらかじめ導入しておくことで、(1)環化反応、(2)一方の結合の切断、(3)再生によるビニル基の導入、という3ステップを繰り返し、配列の制御されたビニルオリゴマーを合成することに成功しました。

ここで天然のペプチド生成機構に目を向けると、鋳型を利用するのは成長する反応末端のみであり、アミノ酸1ユニット分が伸長すると反応場部位が次のアミノ酸と反応するために前進し、これを繰り返すことで配列制御を実現しています。つまり、鋳型を移動させて末端の反応点でのみ鋳型を活用しています。今回の手法はこの自然の配列制御機構から着想を得て、環化反応を繰り返す分子設計を行いました。つまり環化反応をアシストする鋳型を1回の反応に利用し、切断して再生できる結合を組み込むことでこの環化反応を繰り返し制御できる状況を作り出せるように設計したものです。切断と再生が可能な2種類の結合を適切に選択して分子を設計したこと、さらにお互いに影響することなく複数のステップを制御したことが今回の開発で最も重要でした。

<今後の展開>

本手法により、機能性基の配列が制御できれば、高分子を用いるエレクトロニクス材料、膜材料、医療材料などの機能向上が期待されます。

一方で、本手法では一度に合成できる量が限られるという問題があります。今後は高濃度でも反応を制御できる分子設計、反応プロセスを効率化するための分子設計が重要になります。また、配列させる機能基の種類や組み合わせを適切に選択することで、実際に配列に基づく機能を創出することが重要になります。

<参考図>

図1 配列制御高分子と従来の高分子との比較

図2 鋳型によって配列を制御する手法
鋳型上にモノマーを並べる手法(左)と環化反応を繰り返す本手法(右)

<用語解説>

注1) 配列
配列(シークエンス)とはモノマー由来の繰り返し単位からなる高分子において、このつながり方の順番を意味する。例えば、DNAでは核酸塩基の並び方を、たんぱく質ではアミノ酸の並び方を指す。
注2) 機能性基
カルボキシル基(−COOH)やアミノ基(−NH)など、高分子の機能や特性に関与する官能基をさす。
注3) リビングラジカル重合
成長種がラジカル重合であるリビング重合をリビングラジカル重合と呼ぶ。ラジカル成長種を共有結合種から可逆的に生成させる手法により、重合中のラジカル種同士の不可逆的な停止反応や連鎖移動反応を抑制している。精密に高分子を合成する手法として幅広い分野で用いられている。
注4) 環化反応
非環状化合物が環状化合物に変化する反応をさす。
注5) ビニルポリマー
ビニルモノマーの連鎖重合で得られるポリマーをビニルポリマーと呼ぶ。典型的なビニルポリマーは炭素−炭素結合でつながった主鎖に対し、炭素1つおきに側鎖が結合しており、ビニルポリマーの配列はこの側鎖の並び方を意味する。
注6) 鋳型
天然高分子である核酸やたんぱく質の合成過程では、成長鎖が次に反応すべき分子(モノマー)がDNAやRNAによって決められており、配列が制御される。金属を成形する際に用いる枠になぞらえて、このDNAやRNAを鋳型と呼びます。鋳型の配列情報を生成物の配列に転写可能な人工系を構築できれば大変興味深いと考えられます。
注7) 連鎖重合
ラジカル、イオンなどの活性種がモノマーに付加し、付加されたモノマーは活性種となって、次々にモノマーを反応して重合が進行する重合である。典型的な例として、アゾ化合物を用いたスチレンのラジカル重合が挙げられる。
注8) リビング重合
リビング重合とは、連鎖重合において、移動反応や停止反応を伴わない重合のことである。この重合を用いると、分子量や末端基の制御が可能になる。

<論文タイトル>

A strategy for sequence control in vinyl polymers via iterative controlled radical cyclization
(ラジカル環化反応の繰り返しによるビニルポリマーの配列制御)
doi :10.1038/NCOMMS11064

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

大内 誠(オオウチ マコト)
京都大学 大学院工学研究科高分子化学専攻 准教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-7127 Fax:075-383-2603
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<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア 沙織(スズキ ソフィア サオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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(英文)“A strategy to control sequence of vinyl polymers