JSTトッププレス一覧 > 共同発表

平成28年2月27日

九州大学
科学技術振興機構(JST)

有機半導体性分子の励起子挙動制御に成功

~エキサイプレックスの人工制御~

九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)の中野谷 一 准教授、安達 千波矢 センター長らの研究グループは、二種類の異なる有機分子間で形成されるエキサイプレックス注1)励起子注2)(エキシトン)において、二分子間実空間距離ナノメートルオーダーで精密な調整をすることにより、励起子エネルギーや励起子寿命などの励起状態物性を精密に制御することに成功しました。本成果は、エキサイプレックスの励起状態を電子求引性や受容性など分子骨格に基づく内的要因のみならず、分子間距離の制御という外的因子によっても自在に制御可能であること、さらには、数ナノメートルの距離に分離した二分子間にも十分な分子間相互作用(量子効果)が生じることを初めて実証しました。本研究成果は、有機光化学や有機光エレクトロニクス分野における新たな学術領域を創出し、有機発光デバイスにおける新概念のデバイス創出につながることが期待されます。

なお本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「安達分子エキシトン工学プロジェクト」(研究総括:安達 千波矢)の一環として行われたものであり、平成28年2月26日(米国東部時間)に、米国の科学雑誌『Science Advances(American Association for the Advancement of Science; AAAS)』誌に掲載されます。

<研究の背景>

正孔(ホール)と電子(エレクトロン)が有機分子上で束縛されることで生成される励起子(エキシトン)の失活・拡散・輸送過程は、有機薄膜太陽電池や有機エレクトロルミネッセンス(OLED)素子などの有機半導体デバイスの動作原理の中核をなす物理現象であり、有機半導体デバイスの特性を飛躍的に向上させるためにも必要不可欠な研究対象です。特に、有機分子自体の励起子エネルギーを外的因子により自在に制御することができれば、従来の電荷によるスイッチングではなく、励起子によるスイッチング素子など、これまでの有機半導体デバイスの概念を脱却する新奇な学術領域を創成することができると考えられます。例えば、OLED素子は、有機分子の励起子が基底状態へと遷移する際に放出するエネルギーを発光として取り出す半導体素子です。しかし、一般的に有機分子上で生成される励起子は、電子‐正孔が強く束縛された状態であるフレンケル型励起子注3)であり、その励起子束縛エネルギーは~0.5eV程度と大きく、同一分子での励起子エネルギーを自由自在に制御することは極めて困難です。そのためRGB発光を実現するには、それぞれの色に発光する有機分子、すなわち励起子エネルギーの異なる有機分子を用いる必要があります。

<研究の内容>

本研究グループは、電子供与性(ドナー)分子からなる有機薄膜(ドナー層:D)と電子受容性(アクセプター)分子からなる有機薄膜(アクセプター層:A)の間に、これらの有機分子の励起エネルギーよりも高い励起エネルギーを持つ分子からなる薄膜層(スペーサー層:S)を挿入することで、同一分子系からなるエキサイプレックスの励起子エネルギー、励起子寿命および一重項‐三重項励起エネルギー差をスペーサー層の膜厚により任意に制御可能であることを見いだしました(図A)。

 本研究では、ドナー分子として4,4',4''-tris(N-3-methylphenyl-N-phenylamino)triphenylamine (m-MTDATA)、アクセプター分子として2,4,6-tris(biphenyl-3-yl)-1,3,5-triazine(T2T)、スペーサー分子として3,3-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyl(mCBP)を用い、これらの分子を真空蒸着法注4)により数十ナノメートルオーダーの膜厚で積層させた薄膜について励起子散逸過程の解析を行いました。図Bに、このD-S-A層を発光層としたOLEDにおける発光スペクトルを示します。S層の膜厚の増加に従い、エキサイプレックスからの発光スペクトルが短波長シフトすること、すなわち励起子エネルギーの増加が観測されました。数ナノメートル以上の離れた距離においてもD-A間において分子間相互作用が存在し、その励起子エネルギーをスペーサー層(S)の膜厚(D-A分子間距離)により制御可能であることを明確に示す結果であり、分子間励起子に関する新しい側面を切り拓くものです。また、図Cの各OLEDの発光効率特性が示すように、EL発光効率は中間層の膜厚増加とともに向上し、5ナノメートルのS層を持つD-S-A層をOLEDの発光層として用いたところ、S層のない場合と比較し、8倍以上の高いEL発光効率を得ることにも成功しました。これは、D-A分子間距離を制御することより、図Dに示すように、エキサイプレックス型励起子の熱活性化遅延蛍光(TADF)注5)特性が向上した結果です。

<今後の展開>

有機半導体性分子の励起状態を外部因子により自在に制御することができれば、従来の電荷制御による有機半導体デバイスの新たな機能発現に加え、励起子制御に基づいた新たな概念のデバイスを創出できるものと期待されます。今後、さらなる材料開発・物理解明を通して、新たな分子エキシトン工学の確立を目指します。

<参考図>

図A 本研究で用いた有機半導体材料の構造式とエネルギー準位図

図B 作製した有機EL素子の発光スペクトルのS層膜厚依存性

図C 作製した有機EL素子の外部量子効率特性のS層膜厚依存性

図D S層の膜厚変化による励起子寿命の変化

<用語解説>

注1) エキサイプレックス
励起状態にある分子(例えばドナー分子)が、その励起寿命内に異種の分子(例えばアクセプター分子)に遭遇した場合、ドナー分子からアクセプター分子への電荷移動により、二分子間で励起状態を形成します。この励起状態が基底状態へと遷移する際に発する光をエキサイプレックス発光と呼びます。
注2) 励起子
有機分子中において電子と正孔が束縛されることにより形成される励起状態です。これらの励起子は、有機半導体デバイスの電気的・光学的機能に直接的に影響します。例えば、有機分子からの発光は、励起子が基底状態に戻る際に放出する励起子エネルギーを発光として取り出す過程です。有機分子では、一重項励起状態と三重項励起状態の二つの励起状態が形成され、一重項励起状態からの発光を蛍光、三重項励起状態からの発光をリン光と呼びます。
注3) フレンケル型励起子
電子と正孔が同じ分子に局在し、強いクーロン引力で束縛され、分子中に励起子が閉じ込められた励起子。
注4) 真空蒸着法
真空中で成膜材料を加熱して昇華させ、基材や基板の表面に昇華した分子を付着・堆積させて薄膜を形成する技術です。
注5) 熱活性化遅延蛍光(TADF)
励起三重項状態から励起一重項状態への逆エネルギー移動を熱活性化によって生じさせ、蛍光発光に至る現象を示します。励起三重項経由で発光が生じるために一般に寿命の長い発光が生じることから遅延蛍光と呼ばれます。

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

安達 千波矢(アダチ チハヤ)
九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター センター長
Tel:092-802-6920 Fax:092-802-6921
E-mail:

中野谷 一(ナカノタニ ハジメ)
九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター 准教授
Tel:092-802-6920 Fax:092-802-6921
E-mail:

<JST事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

<報道担当>

九州大学 広報室
〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744
Tel:092-802-2130 Fax:092-802-2139
E-mail:

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“Artificial control of exciplexes opens possibilities for new electronics”