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平成28年2月2日

科学技術振興機構(JST)
千葉大学

変動する光環境から身を守る植物のメカニズムを解明
~植物の生産性を向上させる技術開発に貢献~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、千葉大学 環境健康フィールド科学センターの矢守 航 助教らは、光合成電子伝達注1)に関わる2つのサイクリック経路注2)PGR5依存経路注3)NDH依存経路注4))が、弱光と強光を繰り返す「変動する光環境」で光合成応答を最適化するのに重要な役割を果たすことを明らかにしました。

光は植物の光合成に必須で、植物は光合成の機能を守るためにさまざまな環境応答メカニズムを備えています。直射日光のような強すぎる光は光合成機能にダメージを与え、光合成速度を低下させます。また、曇天や薄暮などの弱光下でも光合成速度が低下します。これまでの光合成研究は、安定した環境での光合成応答を解析していました。しかし野外の光強度は一日を通して常に変動しており、必ずしも一定ではありません。こうした「変動する光環境ストレス」に対する植物の環境応答メカニズムはほとんど明らかにされていませんでした。矢守助教らは先行研究で、NDH依存経路が弱光環境下の電子伝達反応の最適化に重要な役割を果たすことを明らかにしてきました。

矢守助教らは、2つのサイクリック経路を欠損させた変異体イネを使って、野外に近い変動光環境下で、光合成の電子伝達反応と二酸化炭素(CO)の取り込み速度を同時測定するという最新の手法を用いて解析しました。その結果、2つのサイクリック経路が共に働くことで、「変動する光環境ストレス」から身を守っていることが分かり、野外で変動する光環境に対する植物の調節メカニズムを世界で初めて解明しました。今後、変動する光環境に対する光合成応答の全貌解明を進め、光合成効率の改善のみならずバイオマス生産量の確保の技術開発に貢献することで、地球レベルの大気中CO濃度の低減や食料増産が期待されます。

本研究成果は、2016年2月2日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」
(研究総括:磯貝 彰 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授)
研究課題名 「変動する光環境下における光合成制御メカニズムの解明と応用展開」
研究者 矢守 航(千葉大学 環境健康フィールド科学センター 助教)
研究期間 平成25年10月~平成29年3月

<研究の背景と経緯>

植物にとって光合成は必須で、変動する光環境の下でも、太陽光から光エネルギーを吸収して、光合成の電子伝達経路でNADPH(還元力)注5)ATP(化学エネルギー注6))に変換し、これらを利用して、COを固定し、糖やデンプンを合成しています。曇天や薄暮などの弱光下では光合成速度が低下します。一方で、直射日光のような強すぎる光は植物の光合成機能にダメージを与え、光合成能力を低下させます。植物は光合成の光利用効率を高めながら光合成の機能も守る必要があるため、さまざまな応答メカニズムを備えていますが、弱光と強光を繰り返す「変動する光環境ストレス」に対する植物の環境応答メカニズムはほとんど明らかにされていませんでした。その理由として、光合成の制御因子の実体がよく分かっていない上に、変動する光環境下における光合成の計測が困難であるからです。

光合成の電子伝達経路には、リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路が存在します(図1)。リニア電子伝達経路はNADPHやATPを生産し、CO固定をはじめとするさまざまな代謝経路にそれらを供給します。サイクリック電子伝達経路はPGR5というたんぱく質に依存する経路とNDH複合体に依存する経路が存在します。モデル植物であるシロイヌナズナを中心に研究が行われ、直射日光のような強光などの環境ストレスの緩和にサイクリック電子伝達経路が重要だと論議されてきました。しかし、矢守助教らの研究によって、NDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路は強光環境ではなく、むしろ弱光環境下で光合成電子伝達反応を最適化するのに重要であることが新たに分かりました(Yamori et al. 2015, Scientific Reports)。野外では、天候の影響や隣り合う植物同士が影になることで弱光と強光を繰り返すため、植物の受ける光強度は一日を通して常に変動しています。野外のような変動光環境では、サイクリック電子伝達経路が光合成制御の中枢ともいえる役割を果たす可能性が出てきましたが、その光合成の調節メカニズムはよく分かっていませんでした。

<研究の内容>

矢守助教らは、主要作物であるイネを材料に、PGR5依存経路やNDH依存経路を欠損させた変異体を用いて、光合成の2つの電子伝達経路(リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路)とCOの取り込み速度を同時解析しました。一定の光環境で栽培し、その栽培条件で2つの電子伝達速度とCO固定速度を測定したところ、野生株と変異株の間で差は見られませんでした。しかし、変動する光条件で光合成を解析したところ、PGR5依存経路やNDH依存経路が欠損することによって、サイクリック電子伝達経路が関わる光化学系I注7)の電子伝達速度が大きく減少し、その結果として、リニア電子伝達経路が関与する光化学系II注7)の電子伝達速度とCO同化速度は共に減少することが分かりました(図2)。さらに、長期間、変動する光環境下で植物を栽培したところ、PGR5依存経路の欠損によって植物成長が49.7%減少し、また、NDH依存経路の欠損によって植物成長が31.7%減少することが明らかとなりました(図3)。2つのサイクリック経路が共に働くことで、「変動する光環境ストレス」による光合成阻害を回避して身を守るという植物の調節メカニズムを世界で初めて解明しました(図4)。

本研究成果は、東北大学の牧野 周 教授と京都大学の鹿内 利治 教授と共同で行ったものです。

<今後の展開>

食物連鎖注8)の底辺を支えるのが植物です。植物の光合成応答は私たちの呼吸に必要な酸素を生産するだけでなく、農作物や化石燃料、その他のバイオマスを生産するエネルギー変換反応であるため、地球上のあらゆる生命にとって非常に重要な反応です。今後、野外の変動する光環境下における光合成の調節メカニズムを全貌解明し、光合成効率の改善のみならず植物のバイオマス生産量確保の技術開発に貢献することで、地球レベルの大気中CO濃度の削減や食料増産が期待されます。

<参考図>

図1 2つの光合成の電子伝達経路:リニア電子伝達とサイクリック電子伝達

光合成の電子伝達経路には、リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路が存在する。リニア電子伝達経路はATPやNADPHを生産し、CO固定をはじめとするさまざまな代謝経路にそれらを供給する。一方で、サイクリック電子伝達経路では、NADPHは生産されずに、ATPのみが生産される。また、チラコイド膜注9)内外にプロトン(H)の濃度勾配を形成することによって、過剰なエネルギーを熱として逃がす役割があると考えられている。電子伝達反応によって変換されたNADPH(還元力)やATP(化学エネルギー)を利用してCOを固定し、生命の維持に必要な糖やデンプンを生産している。


図2 変動光環境下における光合成応答に及ぼすサイクリック電子伝達経路の影響

野生株とPGR5依存経路の欠損株(図A)、NDH依存経路の欠損体(図B)を用いて、変動光環境下において、光化学系Iと光化学系IIの電子伝達速度と、CO固定速度を同時測定した。変動する光環境として、強光(1500 μmol m-2 s-1)と弱光(200 μmol m-2 s-1)を10分間ずつ交互に合計5時間繰り返した。「μmol m-2 s-1」は、光量子密度を示し、光強度の目安として使われる単位である。野生株は、変動する光環境下では上述する全ての光合成パラメーターが少し減少する程度であったが、PGR5依存経路やNDH依存経路が欠損することによって、サイクリック電子伝達経路が関わる光化学系Iの電子伝達速度が大きく減少し、その結果として、リニア電子伝達経路が関わる光化学系IIの電子伝達速度やCO同化速度が減少した。

図3 変動光環境下における植物成長に及ぼすサイクリック電子伝達経路の影響

野生株とPGR5依存経路の欠損株(図A)、NDH依存経路の欠損体(図B)において、変動光環境下における植物成長を解析した。発芽後に500 μmol m-2 s-1の光強度で30日間栽培し、その後、光強度が一定の環境(定常光)と変動する光環境(変動光)それぞれの環境で、50日間の植物栽培を続けた。定常光栽培は明期14時間の強光(800 μmol m-2 s-1)として、変動光環境では、明期14時間で強光(800 μmol m-2 s-1)と弱光(150 μmol m-2 s-1)を10分間ずつ交互に繰り返した。PGR5依存経路の欠損によって、定常光栽培でも野生株に比べて成長量がやや減少する傾向にあったが、変動光栽培では著しい減少を招いた。また、NDH依存経路の欠損では、定常光栽培において野生株と比べて成長量に差が見られなかったが、変動光栽培では大きく減少した。「異なるアルファベット」はテューキー・クレーマーの検定で、野生株とPGR5依存経路の欠損株、もしくはNDH依存経路の欠損体の間で有意差があることを示す。

図4 変動光に対するサイクリック電子伝達経路の新たな役割

光は植物の光合成に必須であるが、変動する光環境ストレスは植物の光合成機能にダメージを与え、光合成能力を低下させる。この光阻害を回避するための適応戦略として、光合成電子伝達に関与する2つのサイクリック経路(PGR5依存経路、NDH複合体依存経路)が重要な役割を果たすことが明らかとなった。サイクリック経路が働くことによって、葉緑体のチラコイド膜内外にプロトン濃度勾配(ΔpH)が形成され、ATPの供給や過剰エネルギーの熱放散過程を活性化することで、変動する光環境ストレスから身を守っていると考えられる。野外環境で日常的に見られる「変動する光環境下」で、サイクリック経路は光合成制御の中枢ともいえる役割を果たすことが明らかになった。つまり、主要作物であるイネを材料に、「変動する光環境ストレス」から身を守る植物のメカニズムを世界で初めて解明した。

<用語解説>

注1) 光合成電子伝達
葉緑体のチラコイド膜にある光合成の電子伝達反応。光エネルギーを利用して、2種類の光化学系(I、II)の作用で水から電子を奪って酸素を発生し、NADPを還元してNADPHを生成する。この電子伝達反応が進むことによって、同時にATPが合成される。このように生成したNADPHとATPは二酸化炭素の固定に使われる。
注2) サイクリック電子伝達経路(サイクリック経路)
光合成電子伝達経路の1つで、循環的電子伝達経路とも呼ばれる。高等植物のサイクリック電子伝達経路には、PGR5たんぱく質に依存する経路とNDH複合体に依存する経路とが存在する。サイクリック電子伝達経路は、電子が光化学系Ⅰの周りを循環することによって、NADPHは蓄積せず、電子がシトクロム/f複合体を通過することで、チラコイド膜内外にプロトンの濃度勾配のみが形成され、ATPのみが生産される。サイクリック経路の駆動でプロトンの濃度勾配が形成されることによって、過剰なエネルギーを熱として逃がす役割もあることが提案されている。
注3) PGR5依存経路
サイクリック電子伝達を触媒するPGR5たんぱく質に依存する経路で、フェレドキシンからプラストキノンへの電子伝達を担っている。高等植物においては、PGR5(PROTON GRADIENT REGULATION 5)依存の経路が主なサイクリック電子伝達経路であると考えられている。
注4) NDH依存経路
サイクリック電子伝達を触媒するNDH複合体に依存する経路。NAD(P)Hデヒドロゲナーゼ複合体の略称だったが被子植物ではNAD(P)Hではなくフェレドキシンから電子を受け取ることが報告され、NADHデヒドロゲナーゼ様複合体と呼ぶことが提案されている。また、NDH複合体は光化学系Iと複合体を作ることが明らかになっている。
注5) NADPH(還元力)
光合成電子伝達反応によって生産され、生体内で還元剤としての役割を果たす。
注6) ATP(化学エネルギー)
光合成電子伝達反応によって生産され、生体内にで物質の代謝や合成に重要な役割を果たす。
注7) 光化学系I、光化学系II
光化学系Ⅰは、光エネルギーを利用してCOを糖に変換するために必要な還元力(NADPH)を作る光化学系たんぱく質の1つ。光化学系IIは、光エネルギーを利用して水を分解し酸素を発生する光化学系たんぱく質の1つ。
注8) 食物連鎖
自然界において、生物には「食うもの」と「食われるもの」の関係があり、これらの関係が鎖のようにつながっているので、食物連鎖と呼ばれる。食物連鎖の始まりは植物で、植物は草食動物に、草食動物は肉食動物に「食われる」という関係がある。
注9) チラコイド膜
葉緑体の中に存在する生体膜。チラコイド膜中には光化学系Iや光化学系IIなどの光エネルギーの吸収や伝達、また、電子伝達に関わるたんぱく質複合体が存在している。

<論文タイトル>

A physiological role of cyclic electron transport around photosystem I in sustaining photosynthesis under fluctuating light in rice
(光化学系Iサイクリック電子伝達経路は変動光環境に対する光合成応答の最適化に重要な役割を果たす)
doi :10.1038/srep20147

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

矢守 航(ヤモリ ワタル)
千葉大学 環境健康フィールド科学センター 助教
〒277-0882 千葉県柏市柏の葉6-2-1
Tel/Fax:04-7137-8115
E-mail:

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

千葉大学 企画総務部 渉外企画課 広報室
〒263-8522 千葉市稲毛区弥生町1-33
Tel:043-290-2018 Fax:043-284-2550
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(英文)“A physiological role of cyclic electron transport around photosystem I in sustaining photosynthesis under fluctuating light in rice