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平成28年2月2日

東京大学
日本医療研究開発機構(AMED)
科学技術振興機構(JST)

脂肪組織のメチオニン代謝による組織修復の遠隔制御
~体内環境が治癒力に与える影響~

ポイント

組織修復は生体が損傷した際の重要な防御応答の一つであり、個体の生存に不可欠なメカニズムです。多細胞生物の健常性は多くの臓器の連関(組織間相互作用、やり取り)によって維持されていますが、組織修復の過程においても他の組織からのサポートが重要である可能性が示唆されてきました。しかしながら、組織修復を支える体内環境因子の分子実体や、その普遍性についての理解は依然として立ち遅れています。

東京大学 大学院薬学系研究科の樫尾 宗志朗 大学院生、小幡 史明 特任助教(研究当時、現:英国The Francis Crick Institute研究員)、三浦 正幸 教授らの研究グループはショウジョウバエ幼虫の上皮組織(成虫原基注1))を用いて、損傷した組織の修復を遠く離れた組織が制御する仕組みを明らかにする実験系を構築しました。この実験系を用いて、脂肪体注2)におけるメチオニン(アミノ酸の一種)の代謝が成虫原基の修復に重要であることを発見しました。

本研究グループは代謝産物の分析により、成虫原基が傷害を受けると、脂肪体内のメチオニン代謝が変化することを発見しました。さらに脂肪体のメチオニン代謝経路を人為的に変化させると、成虫原基の組織修復が阻害されることを示しました。メチオニン代謝経路はショウジョウバエとヒトで共通していることから、本研究成果によって明らかになった遠隔組織による組織修復制御機構の健康増進・医療への応用が期待されます。

本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(S) 「発生頑強性を規定する細胞死シグナルの解明」(研究代表者:三浦 正幸)、挑戦的萌芽研究「メチオニンによる腸幹細胞の増殖制御機構の解明」(研究代表者:小幡 史明)と、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」(研究開発総括:永井 良三)における研究課題「個体における組織細胞定足数制御による恒常性維持機構の解明」(研究代表者:三浦 正幸)の一環で行われました。なお、本研究開発領域は、本年度4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、科学技術振興機構より移管されています。

<研究の背景>

損傷した組織の修復は生体の恒常性維持に重要であり、このメカニズムが破綻すると予後の悪化、ひいては個体の死を招きます。近年の分子生物学の発展によって傷害を受けた組織がどのように修復されていくのか、その分子機構が明らかになってきました。しかしながら、これまでの研究では、傷害を受けた組織そのものに着目したものがほとんどで、修復中の組織に対して周囲の組織がどのように働きかけをして、その修復をサポートしているかはあまり研究されてきませんでした。組織修復に寄与する組織非自律的な応答を解明するためには、「どの組織で」「どのような因子が」「どのように働くか」を明らかにする必要がありますが、複数の組織で独立して遺伝子の機能解析を行う実験自体が技術的に難しいことが、研究を進めづらい一因として挙げられます。

ショウジョウバエ幼虫には成虫原基と呼ばれる、成虫の器官の元となる上皮組織が存在しており、成虫原基は古くから再生能力を持つことが知られていました。ショウジョウバエは局所的かつ一過的な遺伝子操作を簡便に行える優れた実験系が発達しています。さらに近年、個体内において、複数の組織で同時にかつ独立して遺伝子操作を行う技術が発達してきました。そこで本研究グループは、成虫原基への一過的な組織傷害の誘導を行いつつ、そこからの修復過程をサポートする遺伝子を「離れた組織」で解析する実験系を構築しました。

アミノ酸の一種であるメチオニンは、それ自体でタンパク質を構成するのみならず、Sアデノシルメチオニン(SAM注3))をはじめとした重要な代謝産物の原料となる必須アミノ酸です。本研究グループは以前の研究(http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_260418_j.html )で、脂肪体のメチオニン代謝が、上皮組織の壊死に応答して変化することを見出していました。このことから、脂肪体におけるメチオニン代謝が、離れた組織のダメージに応答して、その回復をサポートする可能性が考えられました。

<研究の内容>

本研究グループは、一過的な組織傷害とその後の組織修復を誘導できる実験系を構築するために、温度感受性ジフテリア毒素(DtAts)に着目しました。温度変化によって細胞死を誘導できるDtAtsをショウジョウバエ翅成虫原基で特異的に発現させたところ、温度変化によって組織傷害を一過的に誘導できる実験系が構築できました。このDtAtsによる組織傷害と並行して遺伝子操作を離れた組織で行うことで、どの組織のどの遺伝子が修復に重要であるかが調べられます(図1)。

次に本研究グループは、成虫原基における傷害後にメチオニン代謝経路内の代謝産物量を測定しました。その結果、上皮組織の壊死への応答と同様に本実験系でも、脂肪体で活発に起こっているメチオニン代謝経路が変化し、特にメチオニン量やSAM量が減少していることが分かりました。

そこで、脂肪体でメチオニン代謝を操作し、組織修復に与える影響を調べました。SAMを消費してその量を調節する代謝酵素Gnmt注4)やメチオニンからSAMを合成する酵素Sams(SAM合成酵素)を脂肪体特異的に操作したところ、成虫原基の組織修復が不完全になることを発見しました。これらのことより、脂肪体におけるメチオニン代謝の適切な調節が成虫原基における組織修復に必須であることが示されました(図2)。

<今後の展望>

本研究から、特定の組織の修復過程が、どのような体内環境に影響されるのか、その分子機構の一端が明らかにされました。今後の課題として、脂肪体が組織損傷をどう感知して、どのようにメチオニン代謝を変化させるのか、何が脂肪体から出て離れた組織の修復をサポートするのか、など、傷害組織と脂肪体のコミュニケーションを介在する因子を明らかにする必要があります。

まずはこの知見がヒトに当てはまるかを詳細に検討する必要がありますが、メチオニン代謝経路の酵素がヒトとショウジョウバエに共通することから、似たような現象がある可能性が考えられます。またメチオニン代謝の変化は、糖尿病や慢性肝炎をはじめとしたいくつかの疾患時に見られており、適切なメチオニン代謝経路の調節が乱された状況下での、離れた組織での組織修復機能に異常がないかを詳しく調べる必要があります。ヒトやマウスの肝臓は、その7割近くを切除しても再生することが知られていますが、興味深いことに、GnmtやSams(マウスMAT1A)の機能が低下したマウスにおいて、肝臓の再生が阻害されることが報告されています。本研究成果を応用した、新たな薬剤や健康法の開発が期待されます。例えば、肝臓や脂肪組織のメチオニン代謝を調節することによって、他の組織の損傷からの回復や術後の予後を改善できる可能性が考えられます。

<参考図>

図1 組織修復を遠隔的に支える遺伝子を明らかにするための実験系の構築

温度感受性ジフテリア毒素(DtAts)は低温下(18℃)で活性化し、高温下(29℃)で不活性化される。DtAtsをショウジョウバエ幼虫の上皮組織(翅成虫原基)で発現させ、温度変化を利用することで、一過的な組織傷害とその後の組織修復が観察される。組織修復が完了したかどうかは、成虫の翅が正常にできたかどうかで確認できる。これと並行して、損傷組織とは違う組織で遺伝学的操作を行い、どの組織のどの遺伝子が翅成虫原基の修復に寄与しているかを調べることが可能である。

図2 脂肪組織におけるメチオニン代謝の上皮組織修復への遠隔的な制御

上皮組織(翅成虫原基)への局所的な傷害に応答して、脂肪組織(脂肪体)のメチオニン代謝が変化する。さらに脂肪体のメチオニン代謝を遺伝学的に阻害すると、翅成虫原基の修復が不完全になる。このことから、脂肪体のメチオニン代謝が遠隔的に組織修復に影響を与えることがわかる。

<用語解説>

注1) 成虫原基
完全変態を行う幼虫に存在する組織。変態を経て成虫の器官に変化する。原基本体を作る一層の上皮組織と扁平上皮の囲芽膜からなる袋状の組織であり、再生能力を持つことが知られている。成虫のどの器官に分化するかは予め決定されている。
注2) 脂肪体
脊椎動物の肝臓と白色脂肪組織と同様の機能を持つ昆虫の器官。アミノ酸や脂質、糖質の代謝に関与する組織であり、細菌感染に対する防御機構にも関わっている。
注3) SAM
Sアデノシルメチオニン。必須アミノ酸であるメチオニンの代謝によって合成されて、ポリアミンやシステインの原料となる。活性型メチオニンとも呼ばれ、DNAやRNAなどの核酸や脂質、種々のタンパク質のメチル化修飾に必要。
注4) Gnmt
グリシンNメチルトランスフェラーゼ。肝臓に豊富に存在する酵素。アミノ酸であるグリシンにメチル基を付与してサルコシンを合成する反応を担う。この過程でSAMを消費するため、余分なSAMを消費してその量を制御する因子として機能する。ショウジョウバエ、マウス、ヒトには存在するが、線虫には存在しない。

<論文情報>

タイトル Tissue nonautonomous effects of fat body methionine metabolism on imaginal disc repair in Drosophila
著者 Kashio, S., Obata, F. *, Zhang, L., Katsuyama, T., Chihara, T., and Miura, M.*(*:責任著者)
掲載誌 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
出版・発行 2016年2月1日(米国東部時間 午後3時)
doi 10.1073/pnas.1523681113

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

三浦 正幸(ミウラ マサユキ)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬科学専攻 遺伝学教室 教授
Tel:03-5841-4860 Fax:03-5841-4867
E-mail:

<事業に関すること>

日本医療研究開発機構 戦略推進部 研究企画課
Tel:03-6870-2224 Fax:03-6870-2243
E-mail:

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
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<報道担当>

東京大学 大学院薬学系研究科 庶務チーム
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科学技術振興機構 広報課
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