ポイント
- 曲げても性質が変化しないフレキシブル圧力センサーの作製に世界で初めて成功した。
- フレキシブル圧力センサーとして世界最高感度を維持しながら、半径80マイクロメートルまで折り曲げても性質が変化しない。
- ゴム手袋など柔らかな曲面上に装着して圧力計測ができるため、デジタル触診をはじめとして、ヘルスケア、医療、福祉など多方面への応用が期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の染谷 隆夫 教授、リー・ソンウォン 博士研究員らの研究グループは、世界で初めて、曲げても性質が変化しないフレキシブル圧力センサーの作製に成功しました。
ウェアラブルエレクトロニクスの装着感を低減するため、生体に密着する柔らかい圧力センサーの開発が重要性を増しています。ところが、柔らかい素材でできた圧力センサーは、曲げたりよじれたりすると、変形に伴うひずみのためにセンサーの性質が大きく変化してしまい、正確に計測できなくなるという問題がありました。本研究グループは、ナノファイバーを用いることによって、曲げても正確に測れる圧力センサーの開発に成功しました。今回開発した圧力センサーは、半径80マイクロメートルまで折り曲げても、圧力センサーとしての性質が変化せず、膨らませた風船のように柔らかい曲面上でも圧力の分布を正確に計測することができました。
本研究成果を活用し、ゴム手袋など柔らかな曲面上に本センサーを装着して圧力を測定することが可能になり、感覚に頼っていた触診をセンサーで定量化するデジタル触診など、ヘルスケア、医療、福祉など多方面への応用が期待されます。
本研究成果は、1月25日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Nanotechnology」誌オンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究プロジェクト |
「染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」 |
研究総括 |
染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授) |
研究期間 |
平成23年8月~平成29年3月 |
上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。
<研究の背景>
近年、ウェアラブルエレクトロニクスの装着感を低減するため、生体に密着する柔らかいセンサーが活発に研究されています。一般に、センサーは、測定対象に密着させることによって、測定の精度を上げることができます。そのため、生体のように柔らかく、かつ常に運動しているものが測定対象の場合、センサーそのものも柔らかい素材で作ることが重要です。これまでに、圧力、温度、ひずみを計測するセンサーが高分子基材やゴムの上に作製され、生体情報の計測に応用されてきましたが、精度が低いという問題がありました。
特に圧力の計測は、床ずれの予防や離床検知などヘルスケアや医療分野でのニーズが高まっており、フレキシブル圧力センサーの開発が精力的に進められてきました。ところが、柔らかい素材でできたセンサーは、曲げたりよじれたりすると、変形に伴うひずみのためにセンサーの性質が大きく変化して、正確に計測できないという問題があり、対象物が柔らかいだけでなく絶えず動いている場合には、さらに計測が難しくなります。このため、センサーを柔らかい素材で作りながら、変形しても性質が変わらず、精度も低くならないセンサーの実現が待たれていました。
<研究の内容>
本研究グループは、曲げても性質が変化しないフレキシブル圧力センサーの作製に世界で初めて成功しました。実際に、この圧力センサーのシートを折り曲げていくと、曲げた部分が80マイクロメートル(髪の毛の倍程度の寸法)の曲率半径になっても、圧力センサーとしての性質が変化しないことが確かめられました。これは、フレキシブル圧力センサーとして世界最高感度を示します。このセンサーは、圧力の変化を抵抗の変化として読み出しますが、圧力を0から70パスカル注1)(Pa)まで増加させると、抵抗が100分の1まで小さくなります。また、600パスカルまで増加させると、抵抗値が6桁以上小さくなります。さらに、3000回以上、圧力を繰り返し加えても性質が変化しませんでした。
開発の決め手は、圧力を感知する素材にナノファイバーを使って、センサーの厚みを2マイクロメートルまで薄くすることに成功したことです。センサーを製造する高分子基材の厚みは1.4マイクロメートルで、基材を含む全体の厚みは3.4マイクロメートルです。ナノファイバーは、エレクトロスピニング法注2)によって形成され、直径は300から700ナノメートルです。ナノファイバー同士が、繊維のように絡み合う構造を形成し、薄くて軽量な多孔性の素材を実現しました。
ナノファイバーは、フッ素系エラストマー注3)の中に、カーボンナノチューブとグラフェン注4)を添加して作製されます。カーボンナノチューブとグラフェンの添加量を調整することによって、圧力をかけていないときにはナノファイバーが高抵抗で、わずかの圧力を加えると低抵抗になるようにしています。ナノファイバーを使ったセンサーは、薄く、かつ、たくさんの穴があいた構造であるため透明で、貼り付けても目立ちません。また、重量は50ミリグラム/平方メートルしかありません。さらに、応答速度は、圧力をかけた時に20ミリ秒、圧力をなくしたときには5ミリ秒でした。
本研究グループは、さらに、多点計測できるフレキシブル圧力センサー(多点センサー)を作製しました。このセンサーは、12×12の格子状に圧力センサーを並べたもので、全体で144点の圧力を計測できます。全体の厚みは8マイクロメートルです。この多点センサーは、有機トランジスター注5)の集積回路を使って、アクティブマトリックス方式注6)と呼ばれる手法で圧力の分布を計測します。膨らませた風船の表面に多点センサーシートを乗せて、2本の指で風船を押しつぶしました。風船は大きく変形しましたが、多点センサーはこの変形によるひずみの影響を受けずに、指で圧力をかけたところだけ正確に圧力の分布を計測することに成功しました。
<今後の展開>
曲げても性質が変化しないフレキシブル圧力センサーを実現できたことで、風船だけでなくゴム手袋のように柔らかい曲面上でも非常に高精度な圧力の計測ができるようになります。例えば、圧力を正確に検出できるゴム手袋を用いると、これまで感覚に頼っていた乳がんのしこりの触診をセンサーで定量化するデジタル触診など、ヘルスケア、医療、福祉、スポーツなど多方面への応用が期待されます。
<付記>
本研究は、米国ハーバード大学のジーガン・スオ(Zhigang Suo)教授のグループとの共同研究で進められました。
<参考図>
図1
白い風船の上に、多点の圧力センサーのシートを密着させ、指で大きく変形させました。このように大きく変形した状態でも、正確に圧力分布を計測することができます。なお、圧力センサーの素材は透明ですが、多点化したセンサーから圧力データを読み出すための回路で使われている電極や配線は透明ではなく、金色に見えています。
図2
指に巻いたセンサーアレイ。非常にフレキシブルで曲面にもピッタリとフィットします。しわなどの変形があっても、精度良く圧力を計測できます。
<用語解説>
- 注1) パスカル
- 圧力の単位。1平方メートルの面積あたり1ニュートンの力が作用する圧力を1パスカルと定義する。
- 注2) エレクトロスピニング法
- 溶解した材料から紡糸(スピニング)する手法。細くとがったノズルに高電圧をかけて液状の材料を噴き出させることによって、直径がナノ寸法のナノファイバーを作ることができる。
- 注3) フッ素系エラストマー
- ゴムのような弾性を示す高分子材料の中でフッ素を含む素材のこと。耐久性に優れるため、自動車や半導体など広い分野で使われている。
- 注4) グラフェン
- 1原子の厚みしかない炭素原子だけで構成されるシート状の物質。六角形格子構造を持つ。炭素の共有結合のために物理的に丈夫で、かつ高い導電性を示す。
- 注5) 有機トランジスター
- 有機半導体と呼ばれる炭素と水素を骨格とした物質でできた電子スイッチ。高分子基材の上に容易に製造できるため、くにゃくにゃと曲げることができる。次世代のフレキシブルディスプレイやフレキシブルセンサーへの応用が期待されている。
- 注6) アクティブマトリックス
- ディスプレイやセンサーの駆動方式の一種。各セルにアクティブ素子(薄膜トランジスター)を集積させることによって、低消費電力化や高精度化が実現できる。
<論文情報>
タイトル |
“A transparent bending-insensitive pressure sensor”
(多点計測のための超薄型大面積生理温度センサー) |
著者 |
Sungwon Lee, Amir Reuveny, Jonathan Reeder, Sunghoon Lee, Hanbit Jin, Qihan Liu, Tomoyuki Yokota, Tsuyoshi Sekitani, Takashi Isoyama, Yusuke Abe, Zhigang Suo and Takao Someya |
掲載誌 |
Nature Nanotechnology(ネイチャー・ナノテクノロジー) |
doi |
10.1038/nnano.2015.324 |
<お問い合わせ先>
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染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
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