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平成28年1月26日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

高オイル産生クロレラの全ゲノム解読に成功

~オイル産生機構の解明と応用研究の加速に期待~

ポイント

クロレラはトレボウクシア藻綱注7)に分類される淡水産の単細胞の緑藻です。タンパク質を豊富に含んでいて増殖も早いことから、「未来の食糧資源」として、両世界大戦後の食糧難の時代には各国で研究され実際に食されてもいます。最近ではバイオ燃料生産藻類の候補の1つとして注目され、デンプンやオイルの産生をコントロールできるようになってきています(図1)。

東京大学 大学院新領域創成科学研究科の河野 重行 教授と大田 修平 特任助教らの研究グループは、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の支援を受け、チェコ科学アカデミー・微生物学研究所注8)のザッハレーダー博士らのグループと協力して、クロレラの一種パラクロレラ・ケスレリ(Parachlorella kessleri)の全ゲノム解読に成功したほか、トランスクリプトーム解析を行い、代謝マップを構築することで、クロレラがデンプンやオイルを産生するときの各酵素の発現量を明らかにしました。また、電顕3Dによって、クロレラのデンプンとオイル産生過程におけるオルガネラと蓄積物質の動態を初めて明らかにしました。

本研究で明らかにされた全ゲノム情報は、藻類のゲノムや有性生殖の進化に関する基礎研究のみならず、バイオ燃料生産に関する育種や増産技術といった応用研究、カロテノイドや長鎖不飽和脂肪酸といった有用物質を産生させる研究などを加速することが期待されます。この成果は2016年1月25日付でオープンアクセス誌「バイオテクノロジー・フォー・バイオフューエルズ」オンライン版に掲載されます。

本研究は、東京大学 大学院新領域創成科学研究科とチェコ科学アカデミー・微生物学研究所との共同研究によるものです。本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」の一環として実施されました。

<研究の背景>

クロレラは分裂を繰り返し増殖する単細胞性の緑藻類の一群で、主に淡水域に生息しています。クロレラは、タンパク質を豊富に含んでいて増殖も早いことから、「未来の食糧資源」として、両世界大戦後の食糧難の時代には各国で盛んに研究され実際に食されもしています。日本でも戦後すぐの1950年代に東京大学 理学部 植物学教室の田宮 博 教授が屋外大量培養の研究をはじめ多くの成果を上げており、戦後の一時期、東京大学はクロレラ研究の世界の最先端でもありました。ただ、戦後の目覚ましい経済発展で、食糧資源としてのクロレラの魅力は次第に薄れてしまいます。一方、健康への意識の高まりから、クロレラに含まれる豊富な栄養素が注目されるようになり、今では健康食品として不動の地位を築いています。本研究でゲノム解読したクロレラは、天然の状態で他のクロレラと比較して、デンプンやオイルの産生量が極めて高いことが、東京大学の河野教授らとチェコ科学アカデミーの研究グループとの共同研究で明らかになっていました。現在、クロレラをはじめさまざまな微細藻類でバイオ燃料や高付加価値のカロテノイドや長鎖不飽和脂肪酸を産生させる研究が世界各国で急ピッチに進められており、そうした研究をさらに加速するためにも全ゲノム解読は重要な課題です。

<研究の成果>

東京大学の河野教授と大田特任助教らの研究グループには、同大学院のオーミクス情報センターの服部 正平 教授と大島 健志朗 特任准教授らが参加しており、チェコ科学アカデミー・微生物学研究所のザッハレーダー博士とビィソバ博士と共同で、クロレラの全ゲノムを解読し、トランスクリプトーム解析や代謝マップ構築を実施したほか、電顕3Dでデンプンやオイルの蓄積に関わるオルガネラや物質蓄積の動態を解析しました。

本研究で解析したクロレラはパラクロレラ・ケスレリ(Parachlorella kessleri)と呼ばれる種で、国立研究開発法人 国立環境研究所のNIES-2152株を用いました。明らかになったゲノムサイズは62.5Mbp注9)であり、タンパク質をコードする13,057個の遺伝子があることがわかりました。

培地からイオウを除くことで栄養ストレスを与え、クロレラにデンプンとオイルを産生させ、このときに活性化する遺伝子群をトランスクリプトーム解析したところ、イオウ代謝、トリアシルグリセロール注10)の合成、オートファジー注11)関連の遺伝子が活性化していることがわかりました(図2)。

また、クロレラのオイル蓄積過程の細胞内の構造変化を電顕3Dで可視化したところ(図3)、オイルボディ(細胞内に蓄積される油滴)の体積はゼロから約52%まで増加することがわかりました。また葉緑体とミトコンドリアに注目すると、オイル蓄積にともないその体積が劇的に減少しており、特に葉緑体の体積は39%から4%まで著しく減少していました。 トランスクリプトーム解析と微細構造解析の結果から、クロレラのオイル蓄積の過程にはオートファジーが主要な要因として関与している可能性が明らかになりました。

<今後の展開>

本研究で解読したパラクロレラ・ケスレリの全ゲノム情報を公開することで、世界中の研究者がゲノム情報を利用することが可能となります。また、電顕3D技術によって、オイル蓄積過程の細胞内動態をより詳細に解析することが可能となります。本研究によって、藻類バイオ研究のモデル藻類としてばかりでなく、実用化レベルに向けて、有用物質やバイオ燃料生産に関する育種や増産技術といった応用研究への道が開けます。

<参考図>

図1

クロレラにストレスを加えると細胞内にデンプンとオイルを貯めるようになります。クロレラは栄養が豊富にあると、葉緑体(Cp)で活発に光合成しながら盛んに分裂して増えますがデンプンやオイルを細胞に蓄積しません。しかし、培地から栄養が失われたり人為的にイオウを除いたりして栄養ストレスが加わると、葉緑体にデンプン(S)が蓄積されはじめます。さらに栄養ストレスが続くとデンプンが分解されオイル(Ob)が蓄積しはじめ次第に巨大なオイルボディへと生長します。デンプンとオイルには相補的な関係があり、それぞれの量の合計が一定になっているように見えます。こうした関係をトレードオフといいます。グラフの青線はデンプンの増減、黄色線はオイルの増減を示します。

図2

全ゲノム解析をもとに構築された代謝マップにトランスクリプトーム解析結果を表示しました。この代謝マップでは細胞内の主要な代謝経路(エネルギー代謝や物質生産など)とオートファジー経路を示しています。全ゲノムが解読できると細胞がもっているすべての酵素を知ることができます。その酵素の基質と反応産物を代謝経路の順番に並べたものが代謝マップです。新たに全ゲノム解析された生物の代謝マップを構築するにはこれまでの研究データをベースにします。代謝マップの構築で最も利用されているのがKEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)と呼ばれる研究用のデータベースです。今回はこのデータベースをもとに代謝マップを構築して、それぞれの経路にトランスクリプトーム解析を施し、矢印の近くにヒートマップ(データを色として表現した可視化グラフ)としてトランスクリプトーム解析結果を示しました。赤くなれば遺伝子が活発に発現していて、その代謝が活性化していること、緑になると遺伝子の発現が低下して、その代謝も不活性化していることを表しています。 本図の高画質版が必要な場合は、リリース文内容問い合わせ先までご連絡下さい。

図3 電顕3D技術による細胞内構造の立体可視化と体積比較

クロレラの細胞内に蓄積したデンプン(赤紫)とオイル(黄)を電顕3Dで観察しました。電顕3Dは細胞を薄切りにしてそれぞれの写真を撮って断層写真のようにして観察対象を3次元(3D)立体構築する技術です(左3列)。立体構築するのでそれぞれの構造物の体積が正確にわかります(右列の円グラフ)。クロレラにストレスを加えていない培養初期のコントロール期の細胞はデンプンもオイルも蓄積していませんが(上段、コントロール期)、ストレスが加わると葉緑体にデンプン(赤紫)が蓄積しはじめます(中段、デンプン蓄積期)。オイルが蓄積すると葉緑体(緑)が極端に縮退し、細胞の半分以上を黄色いオイルボディが占めるようになります(下段、オイル蓄積期)。スケールは5マイクロメートル(1マイクロメートルは、100万分の1メートル)。

図4 電顕3D技術による細胞内構造の立体可視化(オイル蓄積細胞)

イオウ欠培地で培養してオイル(黄)を蓄積させたクロレラを電顕3Dで立体構築し、細胞壁と細胞膜を除き細胞表層が見えるようにしました(A)。それを半分に割って細胞内部が見えるようにしました(B)。大きな黄色の顆粒がオイルボディで細胞の大部分を占めることがわかります。葉緑体はかなり小さくなり、細胞の片側に見えます。葉緑体の中に見えるデンプン(赤紫)は少なくなっています。
立体構築画像に関してはムービーを用意してあります。必要な場合は、リリース文内容問い合わせ先までご連絡下さい。

<用語解説>

注1) 全ゲノム解読
生物の全塩基配列をゲノムと呼び、生物のもつ全ゲノムの塩基配列を決定し、さらにタンパク質コード領域やその他のゲノム領域の生物学的注釈付けを行うことを全ゲノム解読という。生物学的注釈付けとは、ゲノムDNA上にある遺伝子の位置、構造、機能を、遺伝子予測プログラムを利用して同定する作業。
注2) トランスクリプトーム解析
ゲノム(DNA)の情報は、RNAに転写され、タンパク質に翻訳される。転写されたものを転写産物(RNA)あるいはトランスクリプト(RNA)と呼び、細胞内の全転写産物(全RNA)の種類と量を丸ごと解析することをトランスクリプトームと呼ぶ。こうした網羅的な解析をすることで、遺伝子が活発に働いているか抑制されて不活発になっているかを全遺伝子にわたって調べることができる。
注3) 代謝マップ
生命活動に必要な物質を合成する連続した酵素の反応と、エネルギーを得るために物質を分解する連続した酵素の反応を代謝といい、代謝経路を図式化して表したものを代謝マップと呼ぶ。
注4) 電顕3D
透過型電子顕微鏡法(TEM)は、非常に高い分解能で細胞内微細構造を観察できるが、一方、TEMの特性上2次元情報しか得られない。細胞の物質生産動態を調べるには、3次元立体構築が不可欠である。TEMデータによる3次元像を得るためには立体構築技術(電顕3D法)が必要となる。本研究で採用している連続切片法は、2次元のTEM画像を断層写真のように積み上げる技術。高い技量と時間を要するが、大きな細胞でも細胞1個すべてを丸ごと立体可視化することが可能である。
注5) 細胞小器官(オルガネラ)
細胞の内部に存在し、特定の機能を分担している構造体のこと。細胞内膜系によって区切られた区画を形成しており、藻類細胞には、核、葉緑体、ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体、液胞などがある。
注6) 有用物質
ここでは藻類が産生する高付加価値で人の健康に役立つ物質を意味する。例えば、カロテノイドでは、抗酸化作用をもつβカロテン、ルテインやアスタキサンチンなどがある。どのカロテノイドや不飽和脂肪酸を産生するかは藻類種によって異なる。
注7) トレボウクシア藻綱
緑藻植物門に含まれる藻類グループの名称。主に淡水性の単細胞性藻類からなり、栄養細胞(活発に代謝・増殖している細胞)は鞭毛をもたない不動性の種類が多い。トレボウクシア藻類の中ではクロレラがよく知られており、増殖能が良いことから、バイオ燃料や高付加価値物質を産生する藻類として注目されている。
注8) チェコ科学アカデミー・微生物学研究所
英文表記はInstitute of Microbiology of the CAS、チェコ語表記はMikrobiologický ústav (MBÚ) AV ČR。
注9) Mbp(メガベースペア)
Mは10の6乗(100万)、bpは塩基対を示す。ゲノムのサイズを表す単位として使われる。
注10) トリアシルグリセロール
グリセロール(グリセリン)に3分子の脂肪酸がエステル結合したアシルグリセロールで、中性脂肪の1つ。
注11) オートファジー
細胞内分解機構の総称。オートファジーの役割は多岐にわたるが、その1つに、栄養飢餓におけるタンパク質のリサイクル機能がある。藻類細胞では窒素源やイオウ源が制限されると、アミノ酸の枯渇につながるが、オートファジーが働くことによって、アミノ酸飢餓を回避すると考えられている。

<論文情報>

タイトル Highly efficient lipid production in the green alga Parachlorella kessleri: draft genome and transcriptome endorsed by whole-cell 3D ultrastructure
著者 大田修平、大島健志朗、山﨑誠和、金相完、余哲、吉原真衣、武田行平、竹下毅、カテリーナ・ビィソバ、ヴィレム・ザッハレーダー、服部正平、河野重行Corresponding author)
掲載誌 バイオテクノロジー・フォー・バイオフューエルズ(Biotechnology for Biofuels
掲載日 2016年1月25日
doi 10.1186/s13068-016-0424-2

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教授 河野 重行
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東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻
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