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平成28年1月7日

京都大学
科学技術振興機構(JST)

ピロリ菌由来病原タンパク質CagAを全身に運ぶ小胞を発見

~ピロリ菌感染による非消化器疾患の発症メカニズムの解明へ~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、京都大学 大学院工学研究科の秋吉 一成 教授らの研究グループは、ピロリ菌注1)の病原タンパク質CagA注2)が細胞外小胞エクソソーム注3)に含まれることを初めて明らかにし、血流に乗って全身に運ばれることを見いだしました。

ピロリ菌に感染するとCagAが胃上皮細胞内の分子と結合し、がん化を促進することが知られています。最近の研究では、ピロリ菌感染は心疾患や血液疾患、神経疾患などの胃粘膜病変以外のさまざまな全身疾患の発症に関わることが示唆されていますが、そのメカニズムは明らかになっていません。

研究グループはピロリ菌感染胃がん患者の血液中に存在する150ナノメートル程度の大きさのエクソソームにCagAが含まれることを発見し、CagAを発現する胃上皮細胞からCagAを含むエクソソームが分泌されていることが分かりました。さらに、このエクソソームは他の細胞内に入って生物活性を発揮することを明らかにしました。

近年、細菌やウイルス、寄生虫による感染症で、微生物由来の病原因子がエクソソームによって運ばれるという報告があり、感染症とエクソソームの関係が注目されています。本成果は、エクソソームがCagAを輸送する生体由来の運び屋として機能することを明らかにし、胃でのピロリ菌感染が全身で疾患を引き起こすメカニズムの解明の糸口となることが期待されます。

本研究は、東京大学 大学院医学系研究科の畠山 昌則 教授、神戸大学 大学院医学系研究科の東 健 教授、公益財団法人がん研究会の植田 幸嗣 グループリーダーとの共同で行ったもので、英国のオンライン科学雑誌「Scientific Reports」で1月7日(英国時間)に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

JST 戦略的創造研究推進事業

研究プロジェクト 「秋吉バイオナノトランスポータープロジェクト」
研究総括 秋吉 一成(京都大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間 平成23年10月~平成29年3月

日本学術振興会 科学研究費助成事業

研究課題名 「新学術領域研究(研究領域提案型)」感染・炎症が加速する発がんスパイラルとその遮断に向けた制がんベクトル変換(領域略称名「発がんスパイラル」)
研究代表者 畠山 昌則(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
研究期間 平成22~26年度

<研究の背景と経緯>

世界の総人口の約半数はピロリ菌に感染しているといわれ、日本人でも年齢が上がるにつれて感染率が高まることが知られています。中でも、病原タンパク質CagA(以下、CagA)を持つピロリ菌(CagA陽性ピロリ菌)に感染すると、胃がんを始めとする胃粘膜病変を発症することが分かっています。IV型分泌装置注4)と呼ばれるピロリ菌表面のとげによって、CagAが胃の細胞へ注入されると、細胞内のシグナルが撹乱され、がん化が促進されるためです。日本人が感染しているピロリ菌のほぼ100%はCagA陽性ピロリ菌であると認められています。

最近の疫学研究では、ピロリ菌、とりわけCagA陽性ピロリ菌と、心疾患や血液疾患、神経疾患などの全身疾患との関連を指摘する報告がなされています。2010年には血液疾患である特発性血小板減少性紫斑病(ITP)注5)のピロリ菌除菌による治療が保険適用になり、除菌による疾患治療への有効性に注目が集まっています。一方で、胃粘膜に感染するピロリ菌が胃以外で疾患を引き起こすメカニズムについては分かっていません。

<研究の内容>

研究グループは、ピロリ菌由来CagAが、何らかの形で胃から他の組織や臓器へと運ばれることによって、胃以外の部位でさまざまな疾患を発症するのではないかと考えました。そこで注目したのがエクソソームという、細胞が分泌する小胞です。エクソソームは血液、尿、唾液、母乳などの体液中に存在し、タンパク質やDNA、マイクロRNA注6)など細胞間の情報伝達に必須な物質を安定に保持し、細胞から細胞へと運んでいます。研究グループは、CagA陽性ピロリ菌によって細胞内に注入されたCagAがエクソソームとして細胞外へ分泌され、血液を通して離れた組織へ運ばれるという仮説を立てました。

まずCagA陽性ピロリ菌に感染した胃がん患者の血清からエクソソームを回収し、液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS/MS)注7)を用いてエクソソームに含まれるタンパク質を網羅的に解析しました。結果、エクソソームに含まれる代表的なタンパク質とともに、ヒト胃がん由来ピロリ菌株が持つCagAと同一の配列を同定できました(図1)。これにより、CagAが胃のみに存在するのではなく、エクソソームとして血液中へと運ばれていることが初めて明らかになりました。

さらに、エクソソーム中のCagAの生理学的機能を詳細に調べるため、培養細胞にCagAを入れて作成したCagA陽性およびCagAを入れない陰性胃がん上皮細胞、それぞれからエクソソームを回収し、サイズと形状を観察し(図2A)、細胞との相互作用を解析しました。CagA陽性胃がん上皮細胞由来エクソソーム(CagA陽性エクソソーム)には、ピロリ菌感染患者血清由来エクソソームと同様に、CagAが含まれていました。次に、エクソソーム内でCagAがその機能を保持しているかどうかを確認しました。CagAは細胞内でリン酸化注8)を受けることで、細胞の増殖・分裂を促す酵素を活性化させて、がん化を引き起こします。このリン酸化されたCagAにより活性化された酵素は、細胞の異常増殖および運動性を亢進させ、ハチドリのくちばしのような形の細胞伸長(ハミングバード表現型)を誘導することが分かっています。そこで、CagA陽性エクソソームをヒト胃がん上皮細胞の培養系へ添加し、24時間後に細胞の形態を観察したところ、CagA陰性エクソソームを添加した系では見られなかった細胞の伸長が観察されました(図2B)。この結果より、CagAが生物活性を保持したままエクソソームから細胞内へ運ばれ機能発現したと考えられます(図3)。

<今後の展開>

本研究で、CagAがエクソソームの構成因子として胃の細胞から放出され、全身循環系に入ることを初めて明らかにしました。本成果は、これまでCagA陽性ピロリ菌の感染で発症リスクが高まるとされていた非消化器疾患の病因・病態解明に向けた第一歩となることが期待されます。近年では、ウイルス、寄生虫、そして今回注目したピロリ菌のような細菌など微生物感染にもエクソソームが関連していることが報告されています。有効なワクチンが開発されていない感染症も多く、エクソソームによる微生物病原因子の輸送メカニズムが解明されることで、ピロリ菌除菌による新たな治療法の開発にもつながると期待されます。

<参考図>

図1 CagA陽性ピロリ菌感染者(A)およびピロリ菌非感染者(B)における
血清由来エクソソーム中のCagA配列の同定

液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS/MS)にて血清から単離したエクソソームに含まれるタンパク質を解析した。ヒト胃がん由来ピロリ菌株が持つCagAの配列の内の(a)-(d)の4つの配列と同一の配列が、ピロリ菌感染胃がん患者由来のエクソソームからのみ同定された。

図2 エクソソームの電子顕微鏡像(A)、ヒト胃がん上皮細胞へCagA陰性および
陽性エクソソームを添加した後の細胞形態変化の観察(B)

リン酸化されたCagAが細胞内に注入されると、ハチドリのくちばしのような伸長した細胞(ハミングバード表現型)が観察される。(スケールバー:Aは100ナノメートル、Bは50マイクロメートル)

図3 エクソソームによるピロリ菌CagAタンパク質の輸送

ピロリ菌により細胞に注入されたCagAはエクソソームとして血液中を移動し、さまざまな組織へと運ばれる可能性がある。

<用語解説>

注1) ピロリ菌(ヘリコバクターピロリ)
ヒトの胃にすみつく、らせん状の細菌。感染すると慢性胃炎を起こし、その後胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんへと進行します。
注2) CagA
ピロリ菌が作り出す病原タンパク質の1つです。
注3) エクソソーム
ほぼ全ての細胞が分泌している30~200ナノメートル程度の小胞を指します。血液、尿、唾液、母乳などに含まれ、エクソソームを分泌した細胞由来の情報を受け手側の細胞に伝える役割を果たします。がんの転移や進行に関わっているとされ、治療、予後診断、バイオマーカーなどさまざまな応用研究が盛んに行われています。
注4) IV型分泌装置
細菌が毒素を分泌するのに用いる装置の1つです。ピロリ菌の表面にある、とげのような形をしたこの分泌装置によりCagAは細胞内へと取り込まれます。
注5) 特発性血小板減少性紫斑病(ITP)
免疫反応の異常により、血小板の数が減少し出血しやすくなる病気です。ピロリ菌陽性ITP患者の5~6割でピロリ菌除菌療法による血小板増加が確認されています。
注6) マイクロRNA
細胞内にある小さなRNAのことで、遺伝子の発現を調節する役割を持ちます。細胞の増殖やがんの転移などの現象に深く関わっていることが知られています。
注7) 液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS/MS)
血清や尿などのいろいろな種類のタンパク質が多く含まれた生体試料中から目的のタンパク質を高感度に検出する際に使用します。タンパク質をトリプシンという酵素で細かく断片化し、これを分離して質量分析にかけ、データベース検索により目的のタンパク質を同定します。一度の分析で多種類のタンパク質を同定できます。
注8) リン酸化
プロテインキナーゼという酵素がタンパク質にリン酸基を付加することをいいます。リン酸化することでタンパク質の機能がオンとなり、細胞内シグナル伝達に関与して細胞の増殖、分化、運動能などを調節します。

<論文タイトル>

Exosomes as nanocarriers for systemic delivery of the Helicobacter pylori virulence factor CagA
(エクソソームによるヘリコバクターピロリ菌毒素タンパク質CagAのデリバリー)
Asako Shimoda, Koji Ueda, Shin Nishiumi, Naoko Murata-Kamiya, Sada-atsu Mukai, Shin-ichi Sawada, Takeshi Azuma, Masanori Hatakeyama, and Kazunari Akiyoshi
doi :10.1038/srep18346

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

秋吉 一成(アキヨシ カズナリ)
京都大学 大学院工学研究科 高分子化学専攻 教授
〒615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂
Tel:075-383-2589 Fax:075-383-2590
E-mail:

<JST事業に関すること>

水田 寿雄(ミズタ ヒサオ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
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<報道担当>

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