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平成27年11月13日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

流れを当てたら毛が生えた

~流体せん断力による微絨毛形成の発見とその分子メカニズムの解明~

ポイント

東京大学 生産技術研究所の竹内 昌治(たけうち しょうじ) 教授と三浦 重徳(みうら しげのり) 特任研究員(研究当時)らの研究グループは、MEMS技術注6)を利用して、ヒトの母体と胎児の血流、および両者の間の選択的な物質輸送を担うヒト胎盤バリア構造をマイクロ流路内に再構成したデバイスを作製しました。この「Organ-on-chip」デバイスを用いて、母体血流によって生じる流体せん断力がバリアを構成する細胞の形態や機能にどのような影響を与えるかを調べたところ、灌流培養注7)を行うことにより、負荷した流体せん断力に応じて胎盤バリア細胞の細胞表面に微絨毛と呼ばれる細胞突起構造が誘導されることを見いだしました。

これまでの胎盤バリアの研究は、シャーレの上に細胞を静置培養注8)した状態で行われていました。一方、実際の胎盤バリアは、常に血流による流体せん断力にさらされており、これまでの方法では生体に近い現象が観察できているとは限りませんでした。そこで、本研究で開発したデバイスによって細胞に流体せん断力をかけてみると、これまで観察されなかった、生体バリア組織に特徴的な微絨毛の形成が観察されました。また、その微絨毛には、胎盤バリアの重要な機能の一つであるグルコース輸送に関わるタンパク質GLUT1が局在し、これに伴ってグルコースの輸送量も増加することがわかりました。静置培養した場合は、わずかにしか微絨毛は観察されないことから、胎盤バリア細胞は流体せん断力に応答して微絨毛を形成し、細胞機能を制御していることが明らかになりました。

分子生物学的に解析した結果、TRPV6(Transient Receptor Potential, Vanilloid family type 6)と呼ばれる、細胞外のカルシウムを内部に取り込むカルシウムイオンチャネルが流体せん断力により活性化され、その下流の細胞内シグナル伝達分子が働くことで微絨毛形成が誘導されていることがわかりました。本研究は、MEMSデバイスを利用して上皮細胞の新たな力学応答特性を解明したものであり、今後のメカノバイオロジー注9)研究における分子基盤づくりに貢献することが期待されます。

本成果は、学術誌「Nature Communications」にて公開されます。

なお、本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 「竹内バイオ融合プロジェクト」の一環として行われました。

<研究の背景と経緯>

私たちの体を構成する細胞は、流体の流れや伸展、圧縮、ねじれといったさまざまな力学刺激にさらされています。このような刺激に対して、細胞は独自の応答をすることによって、力学場に適応し、細胞や組織機能を維持していると考えられています。例えば、流体せん断力に常にさらされている血管内皮細胞や数MPa(メガパスカル)の荷重を受けている関節軟骨や骨細胞などは、これらの力学刺激を感受して血管網の構造を変化させたり、骨のリモデリング注10)を行ったりしていることが知られています。

胎盤は、母体から胎児へ栄養を供給する重要な組織です。母体血中にある酸素や栄養物は、血液-胎盤関門(胎盤バリア)と呼ばれる胎盤内のバリア構造を通って、胎児の血液へと輸送されます。母体血側の透過バリアを構成する胎盤バリア細胞は、胎盤へと旺盛に流れ込む母体血から常に流体せん断力を受けています。しかしながら、この細胞の細胞形態や機能が流れによってどのような影響を受けているのか、これまでほとんど研究されてきませんでした。

近年、生体組織構造や機能の一部をマイクロ流路内で再構築した「Organ-on-chip」研究が盛んに行われ、医療応用や基礎科学研究への応用が期待されています。動物実験では、流体せん断力や機械刺激条件を正確に制御することは困難ですが、MEMS技術や流体工学を利用することにより、さまざまな細胞や組織構造物に負荷する力学刺激を制御し、その影響を分子レベルで解析することができるようになりました。

<研究の内容>

竹内教授らは、マイクロ流路(図1)内に配置した厚さ10µm(マイクロメートル)のガラス化コラーゲン薄膜注11)上でヒト胎盤絨毛上皮に由来するBeWo細胞を培養し、灌流培養を行って流体せん断力を負荷しました。細胞表面を走査型電子顕微鏡注12)で観察したところ、静置培養を行った細胞ではほとんど微絨毛が観察されませんでしたが、灌流培養を行った細胞の表面には生体内と同様、微絨毛の形成が顕著に認められました(図2)。流体せん断力を負荷して1時間後には、微絨毛の“芽”が形成され、微絨毛の数や長さは、流体せん断力の負荷とともに経時的に増加しました。また微絨毛の長さは、流体せん断力が強い領域(約0.1dyn・cm-2=10-6N・cm-2)では2µm以下と短く、弱い領域(約0.001dyn・cm-2)ではそれよりも長くなっており、流体せん断力に応じて微絨毛の長さが変化していることがわかりました。

一方、ヒト胎盤バリア組織においては、グルコースを細胞外から細胞内へ取り込む輸送体膜タンパク質GLUT1が絨毛上皮細胞の頂端部に局在していることが知られています。前述のデバイスを用いて静置培養を行うと、生体組織とは異なりGLUT1は主に細胞内に局在していましたが、流体せん断力を負荷することによって、細胞頂端部側へとGLUT1の細胞内局在が変化しました。また、蛍光標識したグルコース誘導体を用いて、細胞内へのグルコースの取り込み量および母体チャネルから胎児チャネル側への細胞を介したグルコース輸送量を調べたところ、灌流培養を行った細胞では、それぞれ約1.4倍および約1.8倍増加していました。以上の結果から、流体せん断力は細胞形態だけでなく、タンパク質局在の変化を介して細胞機能を変化させることが明らかとなりました(図3)。

細胞内のカルシウムイオン濃度を観察したところ、流体せん断力の強さに応じてBeWo細胞のカルシウム取り込み量が変化することがわかりました。さらに、カルシウムイオンを不活性化させるカルシウムキレート剤を灌流培養液中に添加すると微絨毛形成が有意に阻害されました。そのため、これらの現象には流体せん断力により活性化されるカルシウムイオンチャネルが関与しているのではないかと考えられました。BeWo細胞およびヒト胎盤バリア組織には、流体せん断力で活性化することが知られているカルシウムイオンチャネルTRPV6が発現しています。そこで、siRNA注13)を用いてTRPV6の機能を低下させたところ、流れに伴う細胞内カルシウム応答が抑制され、微絨毛形成が有意に低下しました。分子生物学的に解析した結果、流体せん断力に応答して活性化したTRPV6を介して細胞質内にカルシウムイオンが流入すると、細胞内シグナル伝達分子Aktがリン酸化され、微絨毛形成に関わるEzrinタンパク質の活性化(リン酸化)を引き起こすことによって微絨毛が形成されていることが明らかになりました(図4)。

<今後の展開>

これまで上皮細胞にある微絨毛は、細胞分化とともに形成される構造であると考えられてきました。今回竹内教授らは、独自に開発したマイクロ流路デバイスを用いることで、流体せん断力によって上皮細胞に微絨毛形成が誘導されることを示しました。微絨毛は、腎臓や小腸などの上皮細胞以外にもさまざまな細胞種で発達しており、多様な細胞・組織機能の発現に関与しています。したがって、今後は本研究で見いだした力学応答機構が胎盤バリア細胞以外の細胞種で広く働いているのかを明らかにするとともに、生体内においてどのような役割を果たしているのか慎重に調べていく必要があります。微絨毛を介した力学刺激応答機構を分子レベルで制御することができれば、さまざまな組織機能を改善する治療薬の開発につながることが期待されます。

<参考図>

図1 ヒト胎盤バリア構造を再構成した「Organ-on-chip」デバイス

  • 流体せん断力に対する上皮バリア構造の微絨毛形成や物質輸送機能を評価可能。
  • 左) デバイス中央部の拡大図。BeWo細胞が培養されたガラス化コラーゲン薄膜(コラーゲンビトリゲル膜)が、母体および胎児の血流を模した2つの流路(チャネル)を隔てています。
  • 右) デバイスの全体図。

図2 竹内教授らが見いだした流体せん断力(FSS)による微絨毛形成の様子

胎盤上皮バリア細胞を灌流で培養すると、微絨毛が誘起されるとともに、流体せん断力の強さに応じて微絨毛の長さが変化しました。Static:静置培養。

図3 流体せん断力によるGLUT1の細胞頂端膜への局在

  • 左) コラーゲンビトリゲル(VC)を培養基材として用いると、流体せん断力負荷後に、グルコース(2-NBDG)の細胞への取り込み、または細胞を介した輸送量が増加していることがわかりました。
  • 右) グルコース取り込み量・輸送量の変化に伴い、グルコース輸送体タンパク質GLUT1は細胞内から細胞頂端側へと局在が変化していました(共焦点レーザー顕微鏡によるX-Z光学切片像)。このような効果は、従来の研究で用いられてきたポリエステルの細孔膜(PM)を培養基材とした場合にはほとんど認められていません。流体せん断力は、微絨毛形成に伴うGLUT1の局在変化を介して、グルコース輸送を制御していると考えられます。

図4 胎盤上皮バリア細胞における流体せん断力誘導性微絨毛形成の概要

流体せん断力を負荷すると、TRPV6を介してカルシウムイオンが流入し、細胞内シグナル伝達因子Aktがリン酸(P)化されます。活性化したAktはさらに微絨毛関連因子Ezrinのリン酸化と細胞膜への移行を誘導し、微絨毛の形成が開始されます。それに伴い、グルコース輸送体タンパク質GLUT1などの膜輸送体タンパク質も微絨毛へと局在し、バリアの物質輸送能が変化します。

<用語解説>

注1) 胎盤バリア
母体および胎児の循環系を隔てる細胞構造。両者の間の物理的な障壁であることに加え、胎児の生育に必要な栄養因子や代謝物を選択的に輸送する一方で有害物質の透過を防ぐバリア機能を持つ。血液-胎盤関門とも呼ばれる。
注2) 流体せん断力
せん断とは物体をはさみ切るような作用をいう。物体のある断面に平行に、互いに反対向きの一対の力を作用させると物体はその面に沿って滑り切られるような作用を受ける。このような作用を与える力をせん断力と呼び、水の流れなどの流体によって与えられる場合は特に流体せん断力と呼ぶ。
注3) 微絨毛
細胞表面にある小突起。栄養分の吸収や細胞からの分泌、細胞外環境のセンシング、接着など多くの細胞機能に関わることが知られている。胎盤の他、腸壁の細胞や内耳などの感覚細胞にも存在する。
注4) カルシウムイオンチャネル
細胞の表面にあり、カルシウムイオンを細胞の外側から内側へ、または内側から外側へ透過させるタンパク質。
注5) リン酸化シグナル伝達経路
細胞内で、ある種のシグナル(情報)が他の種類のシグナルに変換される過程をシグナル伝達経路といい、中でもタンパク質をリン酸化して活性を変化させることによりシグナルを伝達するタイプの経路をリン酸化シグナル伝達経路という。
注6) MEMS技術
各種の微細加工技術を応用し、微小な電気要素と機械要素を組み合わせたデバイスやシステムを構築する技術。MEMSとは、Micro Electro Mechanical Systemsの頭文字をとったもの。
注7) 灌流培養
培養液を常に流しながら細胞や組織を培養すること。
注8) 静置培養
流れのない培養液中で細胞や組織を培養すること。
注9) メカノバイオロジー
分子、細胞、組織・器官、個体に対して、力(圧力、摩擦力、重力など)が与える影響を解明し、それを応用することを目指す学問領域。
注10) 骨のリモデリング
骨を壊す働きをする「破骨細胞」が骨を吸収(骨吸収)する一方で、骨を作る働きをする「骨芽細胞」が、破骨細胞によって吸収された部分に新しい骨を作る(骨形成)ことにより、骨が新しい骨に置き換えられること。
注11) ガラス化コラーゲン薄膜
コラーゲンをガラス化(結晶構造をとらずに、流動性を持たない状態にすること)させ、さらに再水和して得られる、強度・透明性・タンパク質透過性に優れたコラーゲンゲルの薄膜。
注12) 走査型電子顕微鏡
電子顕微鏡の一種。電子ビームを試料に照射し、試料から放出される二次電子・反射電子・X線などを検出することで試料を観察する。透過型電子顕微鏡では試料全体に電子線を照射するのに対し、走査型電子顕微鏡では細く直線的な電子線を少しずつずらしながら照射して試料の表面を網羅的にスキャンする。
注13) siRNA
低分子二本鎖RNAのことをいう。標的遺伝子に対し適切にデザインした配列のsiRNAを細胞内に導入すると、RNA干渉(RNAi)という細胞内の特殊な仕組みを利用して、標的遺伝子の発現が配列特異的に抑制される。

<発表雑誌>

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Fluid shear triggers microvilli formation via mechanosensitive activation of TRPV6
(流体せん断力はTRPV6の活性化を介して微絨毛形成を誘起する)
著者名 Shigenori Miura, Koji Sato, Midori Kato-Negishi, Tetsuhiko Teshima and Shoji Takeuchi
doi 10.1038/NCOMMS9871

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

竹内 昌治(タケウチ ショウジ)
東京大学 生産技術研究所 教授
〒153-8505 東京都目黒区駒場4-6-1
Tel:03-5452-6650 Fax:03-5452-6649
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
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