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平成27年11月6日

東京大学
科学技術振興機構(JST)

自己免疫疾患を防ぐ遺伝子Fezf2の発見

~Fezf2は自己抗原の発現を制御し免疫寛容を成立させる~

ポイント

関節リウマチなど、免疫系が自分の体を攻撃してしまう病気は自己免疫疾患注1)と呼ばれています。自己免疫疾患の患者数は、日本国内だけでも数百万人と見積もられています。この自己免疫疾患の主な原因は、T細胞注2)が自己の成分(自己抗原注3))を認識することによる過剰な免疫応答であると考えられています。

T細胞は心臓の上部前方に位置する臓器である胸腺において分化・成熟します。その過程では、抗原を認識するタンパク質であるT細胞抗原受容体がランダムに作られるため、自己抗原に反応するT細胞が必然的に生まれてしまいます。従って、自分の体を誤って攻撃してしまうことがないよう、そのような自己反応性のT細胞は胸腺内で除去されています。しかし、どのようなメカニズムで自己抗原をつくり、自己反応性のT細胞を選別しているのかは、よく分かっていませんでした。

この度、東京大学 大学院医学系研究科病因・病理学専攻 免疫学分野の高場 啓之 特任研究員と高柳 広 教授らの研究グループは、胸腺に発現し、自己反応性T細胞の選別に関わる転写因子注4)Fezf2を見いだしました。Fezf2は胸腺の上皮細胞で、体の至るところで機能している遺伝子を発現させています。自己抗原が胸腺で作られることにより、それに反応するT細胞を選別し、除去できるのです。Fezf2を持たない遺伝子改変マウスを調べたところ、自己抗体の産生や自己の組織を破壊するといった自己免疫疾患のような症状が見られました。この結果は、Fezf2がさまざまな自己免疫疾患の発症を抑えていることを示しています。今回、解明された免疫寛容注5)が成立するメカニズムは、高等生物の獲得免疫注6)システムの基本原理の理解につながることが期待されます。また、現状では原因の分かっていない自己免疫疾患の発症機序の解明や新たな治療法の確立に役立つと考えられます。

本成果は国際科学誌「Cell」オンライン版に、2015年11月5日正午(米国東部時間)に掲載されます。

本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究「高柳オステオネットワークプロジェクト」(研究総括:高柳 広)の一環として行われました。

<発表内容>

関節リウマチなど、免疫系が自分の体を攻撃してしまう病気は自己免疫疾患と呼ばれています。自己免疫疾患の患者数は、日本国内だけでも数百万人と見積もられています。これらの疾患の原因は、主にT細胞の自己抗原への過剰な反応だと考えられています。

T細胞が胸腺と呼ばれる独立した臓器で分化・成熟する過程で、免疫細胞内の遺伝子組換え機構により、抗原を認識するT細胞抗原受容体が1兆種類も作り出されます。この受容体の多様性は、外来からのさまざまな病原菌に対応する上では非常に役に立つのですが、ランダムに作り上げられるため、自己成分に反応する抗原受容体も作られてしまいます。そこで、自分の体を攻撃してしまう自己反応性のT細胞は、胸腺内で選別され除去されています。この過程は、T細胞抗原受容体が「自己」と「非自己」を見分ける最終的なチェックポイントであり、免疫寛容の成立に非常に重要です。これまでの報告では、胸腺の髄質上皮細胞が持つ転写制御因子Aireが、すべての自己抗原の遺伝子を発現制御することで、あらゆる自己反応性T細胞を選別していると考えられていました。しかし、Aireだけではすべての抗原遺伝子の発現制御が説明できず、実際にどのようなメカニズムで多様な自己成分を発現させ、T細胞を選別しているのか解明されていませんでした。

今回、東京大学 大学院医学系研究科病因・病理学専攻 免疫学分野の高場 啓之 特任研究員と高柳 広 教授らの研究グループは、胸腺の髄質上皮細胞で選択的に高く発現している転写因子のFezf2に着目しました。遺伝子改変によりマウスの胸腺上皮細胞のみでFezf2を欠損させ、マウスを解析したところ、加齢とともに、体の各臓器で炎症性細胞注7)の浸潤や自己抗体の産生といった重篤な自己免疫疾患の症状が見られました。Fezf2は、Aireでは誘導できない多くの自己抗原遺伝子の発現を制御していることが明らかとなりました。これらの結果は、胸腺上皮細胞のFezf2が自己抗原となる遺伝子を発現制御し、T細胞を選別するために非常に重要な因子であることを示しています(参照)。

以上の結果により、胸腺内で免疫寛容を成立させる分子メカニズムの一端が明らかとなりました。このメカニズムの解明は、高等生物の獲得免疫系の仕組みの基本原理の理解につながります。今回の発見は、原因不明の自己免疫疾患の解明に役立つ可能性があります。現在、ヒトでのFezf2遺伝子の変異による自己免疫疾患は見つかっていませんが、今後発見される可能性もあります。将来的には、Fezf2によって制御される抗原遺伝子群と、自己免疫疾患や癌などの関連を解明することで、抗原を標的とした新たな免疫療法の確立が期待されます。

<参考図>

図 胸腺内のT細胞の選別に必要な転写因子Fezf2のはたらき

胸腺は心臓の上部前方に位置する独立した臓器であり、転写因子Fezf2は胸腺上皮細胞の中で自己抗原の遺伝子を直接的に発現制御している。それらを認識する自己反応性のT細胞は胸腺内で除去されることで、免疫寛容を成立させている。生き残ったT細胞は、外来の病原菌などの侵入を防ぎ、獲得免疫系で中心的な役割を担う。

<用語解説>

注1)自己免疫疾患
自分の体の成分に対して、過剰な免疫反応が起こることが原因となる病気。自己抗原に対する抗体(自己抗体)の産生や炎症による自分の組織の破壊を特徴とする。
注2) T細胞
胸腺で分化・成熟するリンパ球の1つであり、血液中のリンパ球の70〜80%を占める。病原体などの成分を認識する受容体を持ち、特異的な免疫応答を引き起こすのに重要な細胞集団。
注3) 自己抗原
免疫応答を引き起こす元となる自分の成分を指す。T細胞などの免疫細胞の抗原受容体が認識し、抗体が結合する。自己免疫疾患では、自分の成分が過剰な免疫応答を引き起こす。
注4) 転写因子
DNAに特異的に結合するタンパク質であり、様々な遺伝子の発現を直接的に制御する機能を持つ。
注5) 免疫寛容
自己の成分に対して免疫応答が起こらない状態。
注6) 獲得免疫
生まれたときには備わっておらず、後天的に獲得される免疫のこと。獲得免疫のシステムでは、自己と非自己を区別して、病原体などの非自己に対してのみ特異的な応答を引き起こす。一度抗原に遭遇すると記憶され、二度目の遭遇では素早く免疫応答が引き起こされる。
注7) 炎症性細胞
免疫応答の局所に集まってくる細胞で、好中球、マクロファージ、リンパ球などの白血球を指す。充血・はれ・発熱・痛みなどの原因となる。

<発表雑誌>

雑誌名 Cell(2015年11月5日オンライン版)
論文タイトル Fezf2 Orchestrates a Thymic Program of Self-Antigen Expression for Immune Tolerance
著者名 Hiroyuki Takaba, Yasuyuki Morishita, Yoshihiko Tomofuji, Lynett Danks, Takeshi Nitta, Noriko Komatsu, Tatsuhiko Kodama, and Hiroshi Takayanagi
doi 10.1016/j.cell.2015.10.013

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

高柳 広(タカヤナギ ヒロシ)
東京大学 大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学分野 教授
Tel:03-5841-3373 Fax:03-5841-3450
E-mail:

<JST事業に関すること>

大山 健志(オオヤマ タケシ)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528  Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
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