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平成27年11月6日

京都大学
長崎国際大学
科学技術振興機構(JST)

赤血球で酸素を輸送する膜たんぱく質の立体構造を解明
~遺伝性貧血などの疾患の解明に役立つ新たな知見~

ポイント

京都大学 大学院医学研究科 岩田 想 教授、長崎国際大学 薬学部 濱崎 直孝 客員教授らは、ヒトの赤血球における酸素の輸送に重要な役割を担っている「band3(バンド3)注1)」という膜たんぱく質の立体構造を原子レベルで解析することに成功しました。

血液中に含まれる赤血球は、生命維持に必須の酸素を肺から体内に循環しています。これまでの研究から、赤血球は血液中の二酸化炭素を取り込み、赤血球内で重炭酸イオン注2)と水素イオンに分解し、赤血球内のpH注3)を変化させることで、ヘモグロビンに結合した酸素の放出を促すことが知られています。赤血球の膜(赤血球膜)に存在する膜たんぱく質「バンド3」は、赤血球内で生成した重炭酸イオンを外に放出し、代わりに塩素イオンを取り込む「交換輸送」を担っており、赤血球が適切な量の酸素を組織へ供給するのに欠かせない役割を担っています(図1)。

本研究グループでは、抗体フラグメント注4)を結晶化の促進因子として用いる独自技術により、ヒトのバンド3を結晶化することに成功し、その立体構造を原子レベルで解明しました。得られた立体構造は、赤血球膜を貫通する7本のヘリックス注5)の束でドメイン注6)を構成し、2つのドメインが逆向きに繰り返す構造を持っていました(図2)。このような2つのドメイン構造は、アミノ酸配列はあまり似ていないものの、ウラシル輸送体注7)の立体構造と似ていることが分かりました。そこで、バンド3とウラシル輸送体の立体構造を詳しく比較したところ、片方のドメイン(コアドメイン)が動くことで、バンド3は塩素イオンを取り込み、重炭酸イオンを放出することが示唆されました(図3)。また、赤血球の疾患に関係する変異が、このコアドメインに集中して存在することも明らかになりました。

このような詳細な立体構造の情報を基に、赤血球の酸素や二酸化炭素の運搬機構や遺伝性の血液疾患の解明がさらに進み、将来、バンド3の機能を制御するための薬剤の分子設計や人工血液の開発などにもつながることが期待されます。

今回の研究開発は、JST 戦略的創造研究推進事業による支援を受けています。また、本研究は、東京大学、九州大学、英国・ウォーリック大学との国際共同研究チームで行ったものです。本研究成果は、2015年11月6日(米国時間)に米国科学誌「Science」で公開されます。

<研究の背景と経緯>

ヒトの血液に含まれる赤血球は、酸素を肺から体内の細胞に運ぶという生命の維持に重要な役割を担っています。具体的には、赤血球のヘモグロビンという色素が、酸素の多い肺において酸素と結合して二酸化炭素を放出し、酸素が少ない体内で酸素を放出することで、細胞は酸素を得ることができます。このように赤血球が、酸素を必要としている細胞に効率的に酸素を運ぶためには、赤血球が血液中の酸素の濃度を感知(センサー)することが求められます。赤血球の細胞膜(赤血球膜)にある「バンド3」という膜たんぱく質が、このセンサーとしての役割を担っています。

バンド3は、赤血球膜にあるたんぱく質の3分の1を占め、これまでにさまざまな生化学的実験により、その機能が明らかになりつつあります(図1)。まず、細胞において血液中に放出した二酸化炭素が赤血球の膜を透過し、赤血球内で重炭酸イオンと水素イオンに変換されます。次にバンド3は、この重炭酸イオン(電荷を持ったイオンは膜を透過できない)を外に放出すると同時に、血液中の塩素イオンを赤血球内に取り込む「交換輸送」を行います。その結果、赤血球内では炭酸が塩酸に換わって、pH中性から酸性に変わり、ヘモグロビンに酸素の放出を促します。つまり、バンド3が赤血球内のpHを制御することで、二酸化炭素を多く放出している組織に対して重点的に酸素を供給することができます。酸素は多くても少なくても細胞にとって害になりますが、赤血球はこのような制御機構により、過不足なく組織に酸素を供給し、その細胞を維持しています。

このようにバンド3の機能解明が進む一方、この膜たんぱく質の立体構造の全貌はまだ明らかになっていませんでした。1994年に電子顕微鏡による大まかな構造が報告され、2010年には二次元結晶注8)を基に電子顕微鏡でより正確な構造が報告されています(※)が、バンド3の全体の立体構造や、重炭酸イオンが結合する部位などの立体構造は原子レベルでは解明されていませんでした。その要因としては、バンド3自体が糖鎖を持つ膜たんぱく質で、三次元立体構造を得るために必要なバンド3を安定に精製し結晶化することが非常に困難であることが考えられます。京都大学の岩田 想 教授らの研究グループでは、ヒトの膜たんぱく質の立体構造をX線結晶構造解析手法により原子レベルで明らかにしていくために、膜たんぱく質の発現、精製、結晶化するためのさまざまな技術をこれまで開発してきました。今回、これらの技術を活用して、バンド3の三次元の立体構造解析に成功しました。

(参考) Yamaguchi T, Ikeda Y, Abe Y, Kuma H, Kang D, Hamasaki N, Hirai T. “Structure of the Membrane Domain of Human Erythrocyte Anion Exchanger 1 Revealed by Electron Crystallography”, J Mol Biol. 2010 Mar 19;397(1):179-89.
doi :10.1016/j.jmb.2010.01.027.

<研究の内容>

本研究グループは、JST 戦略的創造研究推進事業 総括実施型(ERATO)「岩田ヒト膜受容体構造プロジェクト」(平成17~22年度)にて開発した抗体を用いた結晶化促進技術により、ヒトのバンド3と、バンド3を安定的に固定する阻害剤(HDIDS)、抗体フラグメントの複合体の結晶化に成功し、立体構造を原子レベルで解明しました(図2)。得られたバンド3の立体構造は、赤血球膜の外側に向けて開いた状態(以下、「外向き」)で、2つのドメインの間に阻害剤が結合していました。また、それぞれのドメインは赤血球膜を貫通する6本および8本のヘリックスの束で構成され、これまでの電子顕微鏡により解析された構造と整合しています。さらに、阻害剤はこれらのヘリックスの束によって赤血球膜の内部に形成されたV字のような割れ目に結合していました。

興味深いことに、このように膜貫通ヘリックスの束からなる2つのドメインを持つバンド3の立体構造は、アミノ酸配列の相同性は低いものの、核酸(ウラシル)を輸送する膜たんぱく質「ウラシル輸送体(UraA)」と似ていることが分かりました。そこで、本研究グループでは、既に立体構造が明らかになっている細菌のウラシル輸送体と、今回解明したバンド3の立体構造を比較しました。その結果、2つのドメインのうち1つ(コアドメイン)は非常に類似していましたが、もう片方(ゲートドメイン)は全体の形態はよく似ていても、細かい部分は異なることが分かりました。

これまでの研究から、バンド3は重炭酸イオンや塩素イオン(Cl)が結合し、赤血球膜を通過する際に構造が大きく変化することが知られています。本研究グループは、ウラシルが結合しているウラシル輸送体の構造が細胞膜の内向きであることから、バンド3の内向きの構造に類似していると仮定し、バンド3の構造変化を予測しました。まず、バンド3は外向きの構造に赤血球外の塩素イオンが結合し、コアドメインがゲートドメインの方に動くことで赤血球膜の内向きが開くことで、塩素イオンを赤血球内に取り込みます。次に、塩素イオンが放出されて空いた部位に重炭酸イオンが結合し、バンド3のコアドメインが元の外向きの状態に戻ることで、重炭酸イオンが赤血球膜の外に放出されると考えられます(図3)。またこの解析の結果、バンド3における塩素イオンと重炭酸イオンは同じ位置(ウラシル輸送体のウラシル結合部位)に結合することが分かりました。

さらに本研究グループは、これまでの生化学的な研究成果を基に、バンド3の重炭酸イオンと塩素イオンの結合部位の詳細を分析したところ、遺伝性溶血性貧血注9)に関係しているアミノ酸残基が、バンド3の重炭酸イオンが結合するコアドメインにあることが分かりました。その他の赤血球の疾患に関係するアミノ酸残基の多くも、コアドメインにあることが明らかになりました。今後、立体構造の情報を基に新たな変異を導入することで、他の血液疾患や赤血球の恒常性との関係が明らかになると思われます。

<今後の展開>

バンド3は赤血球だけでなく、他の臓器にも存在することが、近年明らかになっています。バンド3の立体構造が原子レベルで解明されたことから、これらの構造解析と生化学実験を組み合わせることにより、赤血球が酸素を輸送する仕組みがより詳細に解明できると期待されます。また、バンド3の構造変化を計算機上でシミュレーションおよび再現することにより、バンド3の機能や赤血球の疾患との関係についてもより深い解析が可能になると考えられます。さらに、これらの機能や疾患の機構などが解明できれば、将来、薬剤や人工血液の設計にもつながると期待されます。

本研究グループが開発した抗体フラグメント作製技術により、これまで立体構造解析が難しかった多くの膜たんぱく質の結晶化および構造解析をより迅速に実施できるものと期待されます。

<参考図>

図1 バンド3の役割

赤血球の膜(赤血球膜)に存在するバンド3は、赤血球に取り込まれた二酸化酸素から、赤血球中の炭酸脱水酵素によって生成された重炭酸イオンを赤血球の外に放出し、塩素イオンを取り込む(Chloride Shiftという)。塩素イオンを取り込むことで、赤血球内のpHが下がる。その結果、ヘモグロビンは酸素を赤血球から細胞へ放出される。つまりバンド3は、ヘモグロビンが酸素を放出するタイミングを制御しているといえる。

図2 バンド3の立体構造

14本のヘリックス(カラーの番号入りのリボン)が7つずつ束になって2つのドメインを構築している。中央の黄色と赤色のボールが阻害剤を示している。阻害剤は、2つのドメインの割れ目に結合していることが分かった。

図3 バンド3の輸送機能予測モデル

バンド3は、赤血球の外側に開いた状態で、阻害剤が結合し全体の立体構造を安定化している。この外向きの状態に、血液中の塩素イオン(緑色のボール)がバンド3のコアドメイン(黄色)に結合し、コアドメインが動くことで赤血球内に塩素イオンが取り込まれる。重炭酸イオン(白と赤のボール)は塩素イオンの代わりにバンド3に結合し、コアドメインが動くことで、重炭酸イオンが赤血球の外に放出される。

<用語解説>

注1) band3(バンド3)
陰イオン交換輸送体1(Anion Exchanger1:AE1)とも呼ばれる膜輸送たんぱく質で、ヒトの赤血球膜や腎集合管に存在する。バンド3の変異は、東南アジア型楕円赤血球症(SAO)という赤血球の形状に影響を与える遺伝病などを発症する原因として知られている。
注2) 重炭酸イオン(HCO
炭酸水素イオンともいう。二酸化炭素(CO)が血液中の水(水素イオン)と反応して生成するイオンで、血液中のpHをアルカリ性に傾ける。
注3) pH
溶液の酸性度を示す一般的な尺度。pH7が中性で、それより小さいと酸性、大きいとアルカリ性。血液のpHの標準値は7.4で、正常域は7.36~7.44の範囲。生体内では酸性度とアルカリ性度のバランスが非常に重要で、正常値の範囲から少し外れただけでも多くの器官に著しい影響が出るため、正確に調節されている。
注4) 抗体フラグメント(Fv)
抗体を酵素処理や、遺伝子工学的手法を用いて発現させて、抗原に結合できる最小単位にしたもの。
注5) ヘリックス
たんぱく質の立体構造の一部で、アミノ酸がらせん状に折りたたまれたモチーフ(二次元構造)のこと。
注6) ドメイン
たんぱく質の立体構造において、ヘリックスなど二次元構造が組み合わさってできている単位のこと。構造的に独立しており、ドメインとドメインの間は、アミノ酸の鎖でつながっていることが多い。構造だけでなく、各ドメインは機能的にも独立している場合が多い。
注7) ウラシル輸送体(UraA)
哺乳類において核酸(ウラシル)を取り込み、ビタミンCの輸送を担っている膜たんぱく質。2011年に、細菌のウラシル輸送体の立体構造が原子レベルで解明されている。
注8) 二次元結晶
膜たんぱく質は脂質二重膜中に存在しているが、二次元結晶は膜たんぱく質がこの脂質二重膜中において二次元的に規則的に並んだもの。この二次元結晶を電子顕微鏡によりさまざまな傾斜角で撮影して三次元データを集めることで構造解析できる。
注9) 遺伝性溶血性貧血
先天的な赤血球の異常によって起きる貧血のこと。球状や楕円の赤血球を作ることや、赤血球の酵素が欠乏するなどが原因で、赤血球が破壊する(溶血)と考えられている。

<論文タイトル>

Crystal structure of the anion exchanger domain of human erythrocyte band 3
(ヒトの赤血球膜たんぱく質「バンド3」の立体構造解析)
doi :10.1126/science.aaa4335

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

岩田 想(イワタ ソウ)
京都大学 大学院医学研究科 教授
〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町
Tel:075-753-4372 Fax:075-753-4660
E-mail:

濱崎 直孝(ハマサキ ナオタカ)
長崎国際大学 薬学部 客員教授
〒859-3298 長崎県佐世保市ハウステンボス町2825-7
Tel:0956-20-5741 Fax:0956-20-5622
E-mail:

<JST事業に関すること>

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科学技術振興機構 戦略研究推進部
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<報道担当>

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