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平成27年10月28日

名古屋大学
科学技術振興機構(JST)

植物を丸ごと透明化し、中まで観察する新技術を開発

~解剖することなく、植物の内部を細胞レベルで蛍光観察~

ポイント

名古屋大学 大学院理学研究科(研究科長:松本 邦弘)の栗原 大輔(くりはら だいすけ) 特任助教と名古屋大学 WPIトランスフォーマティブ生命分子研究所の東山 哲也(ひがしやま てつや) 教授らは、植物を透明化し、複雑な内部構造を解剖することなく1細胞レベルで蛍光観察注1)できる技術を開発しました。

植物の体は、根や茎、葉、花など様々な器官を持ち、その形態や役割も多種多様です。それらの役割を明らかにするためには、植物の内部構造の詳細な観察が必要です。しかし、植物の内部を直接観察するためには解剖などが必要で、ありのままの状態で観察することは困難でした。

研究グループは、植物の蛍光観察の妨げになるクロロフィル注2)を取り除き、植物を透明化する試薬「ClearSee(クリアシー)」の開発に成功しました。植物の根や葉、めしべなどを丸ごと透明化し、器官全体を細胞1つ1つまで観察することが可能になりました。植物を傷つけず、そのまま透明化しているため、本来の3次元構造を保ったまま、植物の内部で起こっている現象をありのまま観察できます。ClearSeeは蛍光タンパク質注3)の観察のみならず、蛍光色素による染色との併用も可能です。また、被子植物であるシロイヌナズナだけでなく、コケ植物であるヒメツリガネゴケでも透明化に成功しており、多くの植物種に適用可能な技術であると期待されます。

ClearSee技術は植物を蛍光観察するための基本的な技術となり、細胞レベルの現象と個体全体をつなぐシステムの解明など、世界中で植物科学研究が加速していくことが期待されます。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO) 「東山ライブホロニクスプロジェクト」の研究の一環として得られたものです。平成27年10月22日に英国科学誌「Development」のオンライン速報版で公開されました。

<研究の背景と内容>

植物は多数の細胞から構成される多細胞生物で、細胞の形態や組織の構造、そしてその役割は多種多様です。個々の細胞や組織の役割や体の成り立ちを明らかにするためには、植物の内部構造を詳細に観察する必要があります。現代では、蛍光タンパク質を使って、目的の細胞や構造を選択的に標識し、細胞や組織を詳細に観察することが可能になっています。しかし、植物の体は複雑な構造を持ち、また不透明であるため、外から観察できるのは植物器官の表面近くだけでした。このため、植物の内部構造を観察するには、器官の解剖や組織を薄く切って切片を作製するといった、煩雑で熟練を要する操作が必要でした。さらに、組織切片などの断片的な2次元画像から、元の3次元構造を構築することは非常に困難でした。

そのような中、近年の動物研究においては、脳を丸ごと観察するために、脳を透明化し蛍光観察する手法が日本を始め、国内外の多くの研究グループによって開発され、今も改良が進められています。しかし、動物と植物の構造は違うため、これらの手法をそのまま用いても、植物をきれいに透明化できませんでした。そこで、研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、植物を透明化し蛍光観察できる手法の開発を試みました。植物を蛍光観察するときに大きな障害となるのは、葉緑体に存在するクロロフィル自体が発する蛍光(自家蛍光)です。クロロフィルは植物に多量に存在しており、非常に強い赤色の自家蛍光を発するため、しばしば蛍光タンパク質の観察を妨げます。

研究グループは、理化学研究所で開発された透明化解析技術「CUBIC(キュービック)」に用いられた化合物探索法を植物に応用して、植物組織からクロロフィルを取り除く、最適な化合物の組み合わせを探索しました。その結果、植物を透明化する試薬「ClearSee」の開発に成功しました(図1)。

これまで生体組織の内部構造を観察するためには、2光子励起顕微鏡注4)と呼ばれる特殊な顕微鏡を用いる必要がありました。脳組織などでは数100マイクロメートルの深さまで観察できますが、植物ではクロロフィルの自家蛍光や組織の構造の違いから、全身の細胞の核を緑色蛍光タンパク質で標識したシロイヌナズナの葉を2光子励起顕微鏡で観察しても、葉の表面から30~40マイクロメートルの深さまでしか観察できません(図2上)。そこで植物を透明化するため、ホルマリン固定した後、ClearSee溶液に4日間浸しました。透明化した葉では、葉を表から裏まで1枚丸ごと観察することができました(図2下)。ClearSee処理した葉では、細胞核を1つ1つはっきりと識別できます。

2光子励起顕微鏡は生体組織の内部構造観察に優れた顕微鏡ですが、特殊なレーザーを必要とするため非常に高価で、研究者の誰もが使えるほどは機器が整備されていません。そこで、一般的に普及している共焦点顕微鏡注5)を用いたところ、ClearSeeで透明化した葉は、共焦点顕微鏡でも丸ごと観察できることが分かりました(図3)。

ClearSeeを用いると、葉だけではなく、根、茎、花など、他の器官を透明化し、丸ごと観察できます。また、ClearSee溶液内で5ヶ月間保管してあったシロイヌナズナのめしべを観察したところ、驚くべきことに蛍光タンパク質が壊れることなく、安定して蛍光観察できることが分かりました。このように標本を安定して保てる点も、ClearSeeの優れた点です。図4は青色、緑色、黄色、赤色の各蛍光タンパク質で標識した花粉管注6)がめしべの中を伸長する様子ですが、花粉管1本1本をはっきり観察できます。

研究グループは次に、透明化した組織を蛍光色素で染色できるかを試みました。ClearSeeで透明化したシロイヌナズナの葉を、細胞壁、細胞の核を染色する蛍光色素でそれぞれ染色したところ、蛍光タンパク質と同様に、葉を丸ごと観察できることが分かりました(図5)。蛍光タンパク質で目的の細胞を選択的に標識するためには、蛍光タンパク質の遺伝子を遺伝子組換え技術を用いて植物に導入する必要があります。このため、遺伝子組換え技術が確立されていない植物種では、蛍光タンパク質を用いることができません。しかし、蛍光色素は低分子化合物であるため生体外から与えるだけでも植物に取り込まれます。ClearSeeは蛍光色素染色と併用することが可能なため、遺伝子組換え体を作れない植物にも適用することが可能です。さらに、研究グループはシロイヌナズナだけではなく、園芸植物や作物、またコケ植物であるヒメツリガネゴケでも同様にClearSeeが効果的であることを明らかにしており、ClearSeeは多くの植物種に適用できることが期待されます。

<今後の展開>

多細胞生物では、個々の細胞同士がコミュニケーションを取りながら、個体全体を維持しています。ClearSeeは非常に簡便に植物を透明化し、1細胞レベルで植物を丸ごと蛍光観察できる技術であるため、細胞レベルの現象と個体全体をつなぐシステムの解明に貢献すると期待されます。また、2光子励起顕微鏡だけではなく、共焦点顕微鏡でも丸ごと観察できることに加え、多くの植物にも適用できるため、今回開発したClearSee技術によって、世界中で植物科学研究が加速していくと期待されます。

<参考図>

図1 ClearSeeによる植物透明化

ClearSeeで処理したシロイヌナズナは、下のマス目が透けて見えています。

図2 2光子励起顕微鏡で観察したシロイヌナズナの葉

全身の細胞の核を緑色蛍光タンパク質で標識した葉を、2光子励起顕微鏡を用いて撮影しました。画像の上側が、対物レンズがある側の葉の表面で、下にいくにつれて葉の深い部分になります。ClearSee処理した葉では裏面まで観察できています。下のスケールバーは100マイクロメートルを、右のカラースケールは葉の表面からの距離を表しています。

図3 共焦点顕微鏡で観察したシロイヌナズナの葉

全身の細胞核を緑色蛍光タンパク質で標識した葉を、共焦点顕微鏡を用いて撮影しました。画像の上側が、対物レンズがある側の葉の表面です。下のスケールバーは100マイクロメートルを、右のカラースケールは葉の表面からの距離を表しています。

図4 ClearSee処理したシロイヌナズナのめしべ

2光子励起顕微鏡を用いて撮影しました。

図5 ClearSee処理したシロイヌナズナの葉を蛍光色素で染色

葉の細胞核(左)と細胞壁(右)をそれぞれ蛍光色素で染色して、2光子励起顕微鏡を用いて撮影しました。画像の上側が、対物レンズがある側の葉の表面です。スケールバーは100マイクロメートルを表しています。

<用語解説>

注1) 蛍光観察
目的の細胞や構造を標識した蛍光色素などを顕微鏡で観察することです。
注2) クロロフィル
植物の葉緑体に含まれる色素で、光合成に関わっています。波長の短い紫外光や青色の光を吸収して、波長の長い赤色の蛍光を発します。
注3) 蛍光タンパク質
紫外光などの励起光を当てると蛍光を発する、分子量(分子の大きさ)が大きなタンパク質です。緑色蛍光タンパク質(GFP)の場合、分子量は約27,000です。蛍光タンパク質によって目的の細胞や構造を標識するためには、蛍光タンパク質の遺伝子を遺伝子組換え技術を用いて、生物に導入する必要があります。一方、染色に用いられる蛍光色素は、分子量が約数百の低分子化合物であるため、生体外から加えて目的の構造などを標識することが可能です。
注4) 2光子励起顕微鏡
蛍光タンパク質や蛍光色素を観察する蛍光顕微鏡の1つ。生体内での散乱の影響を受けにくい特殊なレーザーを用いているため、生体組織の深部を観察することに適しています。
注5) 共焦点顕微鏡
蛍光タンパク質や蛍光色素を観察する蛍光顕微鏡の1つ。研究用として一般的に普及しているタイプの顕微鏡です。
注6) 花粉管
植物が受粉した際に、精細胞をめしべの奥深くに存在する種子の元になる組織へと届けるための長い管状の細胞。先端内部に2個の精細胞を保持しながら活発に先端成長します。

<論文情報>

掲載誌 Development
論文名 ClearSee: a rapid optical clearing reagent for whole-plant fluorescence imaging
(植物の全身を蛍光観察するための迅速な透明化試薬 ClearSee)
著者名 Daisuke Kurihara, Yoko Mizuta, Yoshikatsu Sato, Tetsuya Higashiyama
(栗原 大輔、水多 陽子、佐藤 良勝、東山 哲也)
doi 10.1242/dev.127613

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

栗原 大輔 特任助教
名古屋大学 大学院理学研究科
Tel:052-747-6401 Fax:052-789-2497
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<JST事業に関すること>

大山 健志
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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<報道担当>

名古屋大学 総務部 広報渉外課
Tel:052-789-2699 Fax:052-788-6272
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科学技術振興機構 広報課
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