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平成27年10月20日

京都大学
科学技術振興機構(JST)

“活性水素”を利用した新しい酸窒化物の合成法の開発

竹入 史隆 京都大学 大学院工学研究科 博士後期課程学生、矢島 健 同特定助教(現、東京大学 助教)、小林 洋治 同講師、陰山 洋 同教授らは、マイナス電荷をもつ水素イオン(ヒドリド注1))の高い活性を利用した酸窒化物注2)の新しい合成法の開発に成功しました。本研究成果は、英国科学誌「ネイチャーケミストリー(Nature Chemistry)」誌(ロンドン時間10月19日電子版)で公開されました。

現在、陶器、電子部品など身の回りでつかわれているセラミックス材料は、酸素イオン(O2−)からなる酸化物です。近年、酸素イオンと窒素イオン(N3−)の両方を含む酸窒化物が、可視光触媒などの(酸化物にはない)優れた特性を示す次世代材料として大きな注目を集めています。しかし、酸窒化物の合成には高温(900〜1500℃)のアンモニア気流中で焼成するという過酷な条件が必要であり、組成と構造に大きな制約があるため機能の制御が困難でした。

本研究では、酸化物の中に存在するマイナス電荷の水素イオン(ヒドリド、H)が高い活性を有することに着目して、温和な条件で酸窒化物を合成する新しい手法を開発しました。陰山教授らは2012年に、ヒドリドを大量に有する酸化物の合成に成功し、その結果をネイチャーマテリアルズ誌に報告しています。今回、同物質をアンモニア気流中、500℃以下の温度で処理したところ、物質中のヒドリドがアンモニア分子(NH)の窒素と結晶骨格を保ったまま交換し、最終的に酸窒化物が得られることを見出しました。酸窒化物は、次世代の強誘電材料注3)の候補として期待されており、本研究により得られた酸窒化物は、試料全体の機能が制御された強誘電性を示す初めての例となります。このように酸化物の中に存在する“活性水素”を利用することにより、今後、酸窒化物に限らず、従来は不可能であったさまざまな無機材料の設計が可能になると期待されます。

本研究成果は本学、ペンシルベニア州立大学、東京大学、米国国立標準技術研究所、ケント大学との共同研究です。また本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「超空間制御に基づく高度な特性を有する革新的機能素材等の創製」(研究総括:瀬戸山 亨 三菱化学株式会社 フェロー・執行役員、平成26〜31年度)、日本学術振興会の最先端研究開発支援プログラム「新超電導および関連機能物質の探索と産業用超電導線材の応用」(中心研究者:細野 秀雄 東京工業大学 教授、平成22〜25年度)の支援を受けて行われたものです。

<背景>

酸化物(セラミックス材料)は、陶器、ガラス、磁石、電子部品などあらゆる用途で私たちの生活に役立っています。近年、酸化物に置き換わる次世代型材料として注目を集め始めているのが、酸素イオン(O2−)が窒素イオン(N3−)と共存する化合物(酸窒化物)です。例えば、酸窒化物は酸化物に比べ小さなバンドギャップ注4)をもつことから可視光応答光触媒や無毒顔料としての応用が期待されています。

しかし、大きな問題は酸窒化物の合成方法です。金属を熱すれば空気中の酸素分子と反応して酸化物になりますが、空気中に八割存在する窒素分子とは反応しません。これは、窒素分子が安定で、反応性が低いためです。したがって、酸窒化物の合成には、出発原料を、アンモニア(NH)気流下の高温(900℃〜1500℃)にて焼成するという強い還元条件を必要とします。この過酷な合成条件のため、構成元素の種類、組成、結晶構造には大きな制約が生じ、ひいてはその機能性に大きな制限がありました。

<研究手法・成果>

本研究では、マイナス電荷の水素イオン(ヒドリド、H)の高い活性を利用した酸窒化物の新しい合成法を開発しました。この発見に先立ち、陰山教授らは2012年にヒドリドを大量に含有するチタン酸化物(BaTiO2.40.6)の合成に成功し、500℃以下の低温において同物質中のヒドリドが気体中の水素分子と交換する能力があることを見出だしていました。今回研究グループは、このヒドリドの交換活性を化学反応に応用できないかと考え、アンモニア気流中、BaTiO2.40.6を低温処理(350〜500℃)しました。その結果、ヒドリドと窒素の交換反応が進行し、新規組成の酸窒化物(BaTiO2.40.4)が得られました。酸素イオン(O2−)と比べて大きな電荷の窒素イオン(N3−)は低温では拡散できないというのが従来の常識であり、低温アンモニア処理では試料の表面しか窒化されないと考えられていました。しかし、今回の反応では、“活性水素”の存在により低温条件にも関わらず窒素イオンが試料全体(粉末および薄膜)にわたって均一に拡散します。

また、得られたチタン酸窒化物BaTiO2.40.4が、極性構造(空間群P4mm)であることに着目し、圧電応答顕微鏡注5)により誘電特性を検討した結果、強誘電体の特徴である分極反転を示すことがわかりました。酸窒化物は次世代強誘電材料の候補として期待されており、本研究により得られたチタン酸窒化物は、試料全体の物性が制御された強誘電特性を示す初めての例となります。なお、誘電特性の評価は、藤田 晃司 工学研究科 准教授、赤松 寛文 ペンシルベニア州立大学 博士研究員、Venkatraman Gopalan 同教授らを中心として行われました。

<今後の期待>

マイナス電荷の水素イオン(ヒドリド)を含む酸化物(酸水素化物)は、今回のチタン系以外に、コバルト、バナジウム、クロムなどにおいて近年続々と報告されており、新しい物質群といえます。これらの酸水素化物においても“活性水素”としてのヒドリドを利用することによって、さまざまな特性をもつ酸窒化物が得られると予想されます。さらに本手法のアンモニアの代わりに種々のガス種を用いることによってフッ素、硫黄、塩素などの異なる元素との交換を可能となる可能性があり、今後、ヒドリドを起点とした化学反応による新たな無機材料の設計・合成が期待されます。

<参考図>

図1 本研究における反応の概略図

最初の反応では、酸素イオン(O2−)の一部が水素イオン(H)に交換される。次の反応(本研究)で、水素イオンが窒素イオン(N3−)へと変換される。“活性水素”(ヒドリド)を含む酸化物(中央)をアンモニア気流中、低温処理(350〜500℃)することにより、水素と窒素の交換反応が進行し、新しい酸窒化物(右)が得られる。従来、低温アンモニア処理では試料表面のみしか窒素化できないと考えられていた。また、安定な酸化物(左)から酸窒化物は得られない。

図2 圧電応答顕微鏡で観察した、新規酸窒化物BaTiO2.40.4における分極の反転画像

<用語解説>

注1) ヒドリド(H
負に帯電した水素イオンのことで、水素化物イオンともいう。通常、水素は酸化物中では正に帯電したプロトン(H)としてふるまうが、近年、ヒドリドを含む酸化物の報告も増えており、これらは酸水素化物と呼ばれている。
注2) 酸窒化物
酸素イオン(O2−)と窒素イオン(N3−)が共存する化合物。両者は分極率などの性質が異なるため、酸窒化物は酸化物よりも優れた、または新しい機能を発現することが期待されている。特に蛍光体や光触媒、誘電体といった分野で注目されている。
注3) 強誘電材料
結晶内において、分極(正負の電荷分布のずれ)が存在し、かつそれを電圧印加により反転できる物質群。メモリやコンデンサなど、電子部品を中心に幅広く応用されている。
注4) バンドギャップ
半導体の価電子帯の上端から伝導帯の下端までのエネルギー差のことをいう。一般に、酸化物ではバンドギャップが大きすぎるため可視光を吸収できないが、酸窒化物では可視光を吸収できる。
注5) 圧電応答顕微鏡
強誘電体に電圧を印加すると、分極の状態に応じて試料が伸び縮みする(逆圧電効果)。圧電応答顕微鏡はこの効果を利用した装置であり、試料と探針の間に交流電圧を印加することで、試料の伸び縮み(歪み)を観測し画像化できる。

<論文情報>

タイトル A labile hydride strategy for the synthesis of heavily nitridized BaTiO3
著者名 Takeshi Yajima, Fumitaka Takeiri, Kohei Aidzu, Hirofumi Akamatsu, Koji Fujita, Wataru Yoshimune, Masatoshi Ohkura, Shiming Lei, Venkatraman Gopalan, Katsuhisa Tanaka, C. M. Brown, Mark A. Green, Takafumi Yamamoto, Yoji Kobayashi, and Hiroshi Kageyama
doi 10.1038/nchem.2370

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

陰山 洋(カゲヤマ ヒロシ)
京都大学 大学院工学研究科 物質エネルギー化学専攻 教授
Tel:075-383-2506 Fax:075-383-2510
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