ポイント
- 石油や天然ガスの採掘時に伴って産出される随伴水の処理は、環境保全の観点から世界的に大きな関心が持たれています。本研究では、天然黒鉛から得られる膨張黒鉛(EG:exfoliated graphite)によってモデル随伴水(エンジンオイルと蒸留水から作ったモデル水)から油分を選択的に吸収し、残留油分を当初の100ppmから0.1ppmレベルまで低減できることを見いだしました。
- 本研究成果は、随伴水処理の一次処理プロセスとして実用化が期待され、低減化した油分含有水はその後のROなどの各種膜を用いた高度処理が可能となり、資源掘削に伴う環境保全対策がより効果的に実施できると期待されます。
- 本研究結果は、国際科学誌「Journal of Water Process Engineering(Elsevier社)」に掲載されます。
信州大学 COIの研究グループは海水の淡水化をはじめ、広範な汚染水などを浄化できる先進の膜技術を研究開発しています。石油や天然ガス、シェールオイル・ガス採掘に伴って副次的に産出されるいわゆる随伴水注1)処理用の強靭性を備えた膜開発も行っていますが、随伴水に含まれる油分を取り除く随伴水一次処理法の開発が、膜を使用した高度水処理を行うためには重要になります。このため、本研究チームが高いポテンシャルを有する炭素科学を生かし、特殊な炭素体を用いた随伴水一次処理法の開拓を試みました。
今回用いた膨張黒鉛(EG)注2)は、天然に算出される黒鉛を硫酸処理して発泡化したものです(図1)。モデル随伴水(蒸留水にエンジンオイルを混合したもの)中にEGを加えて攪拌し、油分吸収性能を評価したところ、原水中に含まれていた100ppmの油分を、0.1ppmレベルまで低減できることを見いだしました(図2)。これは、従来の随伴水一次処理で得られる油分濃度の数十分の1の低い濃度で、ナノろ過(NF)膜、逆浸透(RO)膜注3)などでの処理が可能な油分レベルです。さらに、EGは非常に安価(1kg~1,000円)な天然素材由来の炭素体であることから、随伴水処理の一次処理プロセスとしての実用化が期待できます。
EG内の吸着油分の量を調べ、EGには油分が選択的に吸収され、油分が少なくとも原水中の250倍以上の濃度でEGの中に取り込まれていることも明らかとなりました。また、EGの油分吸収の機能は、3.5%の食塩水をエンジンオイルと混合させた別のモデル随伴水でも発揮され、従来用いられている活性炭などと比較しても吸収性能で上回ることを確認しています。
さらに、スーパーコンピューターを用いた数値解析で、EGの空隙に入ったモデル随伴水から油分だけが選択的にEG粒子の空隙に露出したグラフェン表面に吸収されるメカニズムも解明しました(図3)。
油分吸収後のEGを回収する方法についても検討し、あらかじめEGに鉄粒子を添加して磁性を付与することで、油分を吸収させた後に磁場を利用してEGを効率よく回収できることも明らかとしました。
なお、本論文に関する特許は申請済みです。
油分と水分を吸収したEGから、油分を回収する方法や、また火力発電用の燃料への使用も期待され、今後の検討課題と考えています。なお、原料の天然黒鉛は特にアジア、南米地域で広く産出されており、資源的、コスト的にも問題はなく、その有効活用法としての発展も期待されています。
本研究成果は、安価な天然黒鉛を随伴水処理に結び付ける新たな成果と評価され、国際科学誌「Journal of Water Process Engineering」(Elsevier社)に掲載されることが決まりました。
この研究成果は、科学技術振興機構(JST)が推進するセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」*の中核拠点として、「活気ある持続可能な社会を構築する」という将来ビジョンに向け、信州大学などが取り組む革新的な造水・水循環システムの構築を目指す研究の一環で得られた成果です。
*センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
科学技術振興機構(JST)による公募型研究開発プログラム。現在潜在している将来社会のニーズから導き出されるあるべき社会の姿、暮らしの在り方を見据えたビジョンに基づき、企業だけでは実現できない革新的なイノベーションを創出するため、産学連携による研究開発に取り組んでいます。
信州大学は、ビジョン3・活気あふれる持続可能な社会の構築(ビジョナリーリーダー、住川 雅晴 日立製作所 顧問)の中の「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」の中核機関です。
- プロジェクトリーダー(PL):上田 新次郎(日立製作所 インフラシステム社 技術最高顧問)
- サブプロジェクトリーダー(SPL):辺見 昌弘(東レ 理事)
- 研究リーダー(RL):遠藤 守信(信州大学 特別特任教授)
≪中核機関≫ 信州大学、物質・材料研究機構(NIMS)、長野県
≪中心企業≫ 日立製作所インフラシステム社、東レ、昭和電工
≪参画機関≫ 理化学研究所、高度情報科学技術研究機構、北川工業、トクラス
≪COI-Sサテライト≫ 海洋研究開発機構、ソニーコンピュータサイエンス研究所、東京大学、中央大学、宇宙航空研究開発機構
- 研究開発期間:平成25年度~平成33年度(予定)
<発表の背景>
プロジェクトチームが、世界的な水不足を解消するために注目したのが、海水、随伴水、かん水注4)という3つの水源で、これらはすべて塩分を含んでいます。
脱塩のためにキーテクノロジーとして取り組んでいるのが、従来のポリアミドに替わるナノカーボンを使った逆浸透(RO)膜の研究開発です。しかし、随伴水には、油ガス成分を含め、塩分、多種にわたる有機物・無機物、貴金属類、自然起源の放射性物質などが含まれ、そのままRO膜に通すことは現実的ではないため、その前処理についても検討してきました。
これまでの調査では、随伴水の排出量は石油の3~6倍、1日あたり数千万トン注5)もあるとされています。随伴水は各地で組成が異なるため、オーダーメードの処理方法が取られたうえで、油生産のために油井に再注入されるか、海洋や地下に投棄されています。現状の処理方法は、比重差分離や濾材ろ過など三段階を経て、油分の濃度を5ppm以下まで低減できますが、海上からの海底油田の掘削では処理機械を設置するスペースがないため、15ppm程度が限度とされています。
石油、天然ガスなどの資源の産出量は将来さらに増えることから、効果的な随伴水処理法の開発の要請が高まっており、本研究成果はこうした資源産出に関わる環境保全対策に大きく貢献できると考えられます。具体的には、油分濃度を1ppm以下に引き下げ、新開発される強靭なRO膜を使った脱塩を行えば、油井への再注入などに再利用が飛躍的に進むと考えています。
<参考図>
図1 膨張黒鉛(EG)の走査電子顕微鏡写真
図2 100ppmのモデル随伴水に膨張黒鉛(EG)を投入・撹拌した時の油分濃度の経過変化
図3 スーパーコンピューターによる膨張黒鉛(グラフェン)の油分吸着シミュレーション
(ノルマルヘキサンは代表的な油の分子モデルとして想定した)
<用語解説>
- 注1) 随伴水
- 油・ガスの生産時に副次的に生じる水のことで、採掘のために地上から圧入される水や地下水などがその要因であり、油分、有機物や塩分、重金属などを含んでいる。
- 注2) 黒鉛(グラファイト)
- 平面六角形の形で炭素原子が結合したシートが層状に積み重なった構造を有し、平面六角形の炭素結合がダイヤモンドと同じく強いのに対して、シート間の結合は弱いファンデルワールス結合(主に分子と分子の間に働く弱い化学結合の一種)のため剥離しやすい性質がある。このシート間に硫酸を挿入したのち急激に加熱することによりシートが膨張して、空隙を多く含む膨張黒鉛(EG)が生成される。
- 注3) 逆浸透(RO=reverse osmosis)膜
- 水は透過するが、イオンや塩類など水以外の不純物は透過しない性質を持つ膜のこと。逆方向から圧力をかけ、浸透圧の原理を用いて水を押し出すことから命名された。
- 注4) かん水
- 湖沼や地下にある塩分を含んだ水のこと。
- 注5) 数千万トン
- 一般的な50メートルプールに換算するとおよそ4万杯分に相当する量。
<論文情報>
タイトル |
“Oil sorption by exfoliated graphite from dilute oil-water emulsion for practical applications in produced water treatments” |
著者名 |
Kenji Takeuchi, Masatsugu Fujishige, Hidenori Kitazawa, Noboru Akuzawa, Josue Ortiz Medina, Aaron Morelos-Gomez, Rodolfo Cruz-Silva, Takuya Hayashi, Mauricio Terrones, Morinobu Endo* (*Corresponding author) |
掲載誌 |
Journal of Water Process Engineering 8, 91-98(2015) |
doi |
10.1016/j.jwpe.2015.09.002 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
竹内 健司 信州大学 カーボン科学研究所 准教授
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<プロジェクトに関すること>
中村 牧生 信州大学 アクア・イノベーション拠点 広報コーディネーター
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田中 厚志 信州大学 環境・エネルギー材料研究所 教授、学長補佐
アクア・イノベーション拠点研究推進機構・副機構長(戦略支援統括)
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<JST事業に関すること>
松永 光正 科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部 COIグループ
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