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平成27年9月11日

科学技術振興機構(JST)
千葉大学
東北大学

光合成で働くサイクリック電子伝達経路の新たな生理機能を解明
〜二酸化炭素濃度の削減や食料増産に期待〜

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、千葉大学 環境健康フィールド科学センターの矢守 航 助教らは、イネを材料にサイクリック電子伝達経路注1)の1つであるNDH複合体注2)に依存する経路が弱光環境下における光合成制御に重要な役割を果たすことを解明しました。

植物は刻々と変化する気象条件の下、太陽光から光エネルギーを吸収して、電子伝達反応によって直接利用可能な化学エネルギーに変換し、それらを利用してCOを固定し、生命の維持に必要な糖やデンプンを生産しています。光合成における電子伝達経路には、リニア電子伝達経路注3)とサイクリック電子伝達経路が存在することが知られています。後者のサイクリック電子伝達経路は半世紀以上も前に発見されましたが、その生理機能の全体像はいまだに解明されていません。特に、NDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路は、モデル植物を中心に長年にわたり研究が行われ、夏季の直射日光のような強光や乾燥などの環境ストレスの緩和に重要だと論議されてきました。

矢守助教らは、主要作物であるイネを材料に、NDH複合体を欠損したイネの変異体を使って、2つの電子伝達経路とCOガス交換を同時測定するという最新の手法を用いた解析を行い、NDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路は強光環境ではなく、むしろ曇天や薄暮などの弱光環境下の光合成電子伝達反応の最適化に重要であることを世界で初めて明らかにしました。今後、弱光環境下における光合成の最適化メカニズムの解明を進め、光合成効率の改善のみならずバイオマス生産量の確保に結びつけることで、地球レベルの大気CO濃度の低減や食料増産が期待されます。

本研究成果は、京都大学の鹿内 利治 教授と東北大学の牧野 周 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、2015年9月11日(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」
(研究総括:磯貝 彰 奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授)
研究課題名 「変動する光環境下における光合成制御メカニズムの解明と応用展開」
研究者 矢守 航(千葉大学 環境健康フィールド科学センター 助教)
研究期間 平成25年10月〜平成29年3月

<研究の背景と経緯>

植物は変動する光環境の下、太陽光から光エネルギーを吸収して、電子伝達経路においてNADPH(還元力)注4)ATP(化学エネルギー)注5)を生産し、これらを利用して、COを固定し、糖やデンプンを合成しています。光合成の電子伝達経路には、リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路が存在することが知られています(図1)。リニア電子伝達経路はATPやNADPHを生産し、CO固定をはじめとするさまざまな代謝経路にそれらを供給します。一方、サイクリック電子伝達経路では、NADPHは生産されず、ATPのみが生産されます。

高等植物のサイクリック電子伝達経路には、PGR5というたんぱく質に依存する経路とNDH複合体に依存する経路が存在し、特にPGR5依存経路は、強光下の過剰な光から葉緑体を守る役割を果たすなど、その生理機能が少しずつ明らかになっています。一方、NDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路は近年の研究により、NDH複合体が光化学系I注6)超複合体注7)を形成していることが分かってきました。高等植物がこれほど高度にNDH複合体を発達させてきたのには、進化上何らかの理由があると考えられますが、NDH依存経路の生理的意義については不明な点が多くありました。

<研究の内容>

矢守助教らは、主要作物であるイネを材料にNDH複合体を欠損する変異株を用いて、光合成の2つの電子伝達経路(リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路)とCOガス交換を同時解析しました。植物を強光条件で栽培し、その栽培条件で2つの電子伝達速度とCO固定速度を測定したところ、野生株とNDH複合体を欠損する変異株の間で差は見られませんでした(図2)。しかし、植物を弱光条件で栽培し、その栽培条件で光合成解析をしたところ、NDH複合体が欠損することによって、サイクリック電子伝達経路が関与する光化学系Iの電子伝達速度が大きく減少し、その結果として、CO固定速度も減少することが明らかとなりました(図2)。このように主要作物を材料に、2つの電子伝達経路に加えCOガス交換を同時解析することによって、世界初の研究成果が出ました。イネにおけるNDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路は今まで論議されてきた強光環境ではなく、むしろ曇天や薄暮などの弱光環境下における光合成電子伝達反応の最適化に重要な役割を果たすことを新たに明らかにしました(図3)。つまり、弱光環境下における光合成制御の新たな調整メカニズムを世界で初めて解明したことになります。

<今後の展開>

植物の光合成反応は私たちの呼吸に必要な酸素を生産するだけでなく、農作物や化石燃料、その他のバイオマスを生産するエネルギー変換反応であるため、人類にとどまらず地球上のあらゆる生命にとって非常に重要な反応です。今後、弱光環境下における光合成の最適化メカニズムの解明を進め、光合成効率の改善のみならず植物のバイオマス生産量確保に結びつけることによって、地球レベルの大気CO濃度の削減や食料増産が期待されます。

<参考図>

図1 2つの光合成の電子伝達経路:リニア電子伝達とサイクリック電子伝達

光合成における電子伝達経路には、リニア電子伝達経路とサイクリック電子伝達経路が存在する。リニア電子伝達経路(上)では、光のエネルギーを使って水分子(HO)から電子を奪い、光化学系II注6)からプラストキノン注8)を介してシトクロム/f 複合体注9)に電子が伝達され、プラストシアニン注10)から光化学系Iへと電子伝達が行われる。

光化学系Iに渡された電子はフェレドキシン注11)を介してフェレドキシン‐NADPレダクターゼ(FNR)注12)に電子が伝達され、最終的にNADPHが生産される。この過程でシトクロム/f 複合体からプロトン(H)が放出され、チラコイド膜注13)内外にプロトン(H)の濃度勾配によってATPが生産される。このように、リニア電子伝達経路はATPやNADPHを生産し、CO固定をはじめとするさまざまな代謝経路にそれらを供給する。

一方で、サイクリック電子伝達経路(下)では、光化学系Iからプラストキノンを介してシトクロム/f 複合体に電子が伝達され、さらにプラストシアニンから光化学系Iへと電子伝達が行われる。そのため、サイクリック電子伝達経路では、NADPHは生産されずに、ATPのみが生産される。また、チラコイド膜内外にプロトン(H)の濃度勾配を形成することによって、過剰なエネルギーを熱として逃がす役割があると考えられている。

図2 NDH依存サイクリック電子伝達経路の欠損が光合成に及ぼす影響

植物を強光条件(光強度:800μmolm−2−1)と弱光条件(光強度:200μmolm−2−1)で栽培して、栽培光環境における光化学系Iと光化学系IIの電子伝達速度、CO固定速度、およびプラストキノンの還元状態を測定した。「*」はスチューデントの 検定(有意水準5%)において、野生株とNDH依存サイクリック電子伝達経路の欠損株の間で有意差があることを示す。

強光条件では、上述する全ての光合成パラメーターにおいて野生株とNDH依存サイクリック電子伝達経路の欠損株の間で差はなかった。

しかし、弱光条件では、NDH依存サイクリック電子伝達経路が欠損することによって、光化学系Iの電子伝達速度が減少し、プラストキノンがより還元状態になり、その結果として、CO固定速度が減少した。プラストキノンは光化学系Iとシトクロム/f 複合体の間の電子の受け渡しを行うのみならず、その酸化還元状態注14)は核や葉緑体の遺伝子発現に関わるなど、重要な役割を担っている。

図3 NDH複合体に依存するサイクリック電子伝達経路の新たな役割

NDH複合体は集光アンテナ注15)Lhca6を介して光化学系Tと超複合体を形成する。NDH複合体に依存する光化学系Iサイクリック電子伝達経路は弱光環境下において、葉緑体の酸化還元状態を調整し(図2)、光合成反応の最適化に重要な役割を果たすことが明らかとなった。

<用語解説>

注1) サイクリック電子伝達経路
光合成電子伝達経路の1つで、循環的電子伝達経路とも呼ばれる。高等植物のサイクリック電子伝達経路には、NDH複合体に依存する経路とPGR5たんぱく質に依存する経路とが存在する。サイクリック電子伝達経路は、電子が光化学系Tの周りを循環することによって、NADPHは蓄積せず、電子がシトクロム/f 複合体を通過することで、チラコイド膜内外にプロトンの濃度勾配のみが形成され、ATPのみが生産される。特にPGR5に依存するサイクリック経路は、プロトンの濃度勾配を形成することによって、過剰なエネルギーを熱として逃がす役割もあることが報告されている。一方で、NDH依存経路の生理的意義についてはいまだに解明されていない。
注2) NDH複合体
サイクリック電子伝達を触媒する複数のたんぱく質。NAD(P)Hデヒドロゲナーゼ複合体の略称だったが被子植物ではNAD(P)Hではなくフェレドキシンから電子を受け取ることが報告され、NADHデヒドロゲナーゼ様複合体と呼ぶことが提案されている。近年の研究によって、NDH複合体は光化学系Iと超複合体を作ることが明らかになっている。
注3) リニア電子伝達経路
光合成電子伝達経路の1つで、直線的電子伝達経路とも呼ばれる。リニア電子伝達経路はATPやNADPHを生産し、CO固定をはじめとするさまざまな代謝経路にそれらを供給する役割を持つ。
注4) NADPH(還元力)
光合成電子伝達反応によって生産され、生体内で還元剤としての役割を果たす。
注5) ATP(化学エネルギー)
生体内に広く分布し、物質の代謝や合成に重要な役割を果たす。
注6) 光化学系I、光化学系II
光化学系Tは、光エネルギーを利用してCOを糖に変換するために必要な還元力(NADPH)を作る光化学系たんぱく質の1つ。光化学系Uは、光エネルギーを利用して水を分解し酸素を発生する光化学系たんぱく質の1つ。
注7) 超複合体
複数のものが結合して一体となっているもの。今回の場合、NDH複合体が集光アンテナLhca6と光化学系Tと結合して、超複合体を形成している。
注8) プラストキノン
光化学系IIからシトクロム/f 複合体への電子伝達を担う電子伝達体。
注9) シトクロム/f 複合体
光合成電子伝達反応に関与するタンパク質複合体の1つで、光化学系Uと光化学系Tとの間の電子伝達反応を担う。
注10) プラストシアニン
シトクロム/f 複合体から光化学系Iへの電子伝達を担う電子伝達体。
注11) フェレドキシン
光化学系Iからフェレドキシン−NADPレダクターゼ(FNR)への電子伝達に関与する鉄・硫黄クラスターを含むたんぱく質。
注12) フェレドキシン−NADPレダクターゼ(FNR)
光化学系複合体Iによって生じる電子をフェレドキシンから受け取り、NADPを還元しNADPHを生産する酵素。
注13) チラコイド膜
葉緑体の中に存在する生体膜。チラコイド膜中には光化学系Iや光化学系IIなどの光エネルギーの吸収や伝達、また、電子伝達に関わるたんぱく質複合体が存在している。
注14) 酸化還元状態
生体内の酸化状態および還元状態を示す。物質が電子を失うことを酸化といい、電子を受け取ることを還元という。
注15) 集光アンテナ
光を吸収するアンテナとして働き、吸収した光エネルギーを光化学系に伝達する役割を持つ。

<論文タイトル>

Photosystem I cyclic electron flow via chloroplast NADH dehydrogenase-like complex performs a physiological role for photosynthesis at low light
(葉緑体NDH複合体に依存する光化学系Iサイクリック電子伝達経路は弱光環境下における光合成反応の最適化に重要な役割を果たす)
doi :10.1038/srep13908

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

矢守 航(ヤモリ ワタル)
千葉大学 環境健康フィールド科学センター 助教
〒277-0882 千葉県柏市柏の葉6−2−1
Tel/Fax: 04-7137-8115
E-mail:

<JST事業に関すること>

松尾 浩次(マツオ コウジ)、川口 哲(カワグチ テツ)、大川 安信(オオカワ ヤスノブ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
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千葉大学 企画総務部 渉外企画課 広報室
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Tel:043-290-2018 Fax:043-290-2011
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東北大学 農学部 総務係
〒981-8555 宮城県仙台市青葉区堤通雨宮町1−1
Tel:022-717-8603 Fax:022-717-8607
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(英文)“Photosystem I cyclic electron flow via chloroplast NADH dehydrogenase-like complex performs a physiological role for photosynthesis at low light