ポイント
- 培養細胞で高増殖性を有するインフルエンザウイルスを作出した。
- 培養細胞での増殖性の悪さが培養細胞ワクチン製造の大きな壁になっていたが、その壁を乗り越え、高い生産効率の培養細胞ワクチン作製に向け大きく前進した。
- 従来の受精卵ワクチンに見られたようなワクチン製造過程で起きる抗原変異による有効性低下の懸念がないワクチンの生産や、迅速でかつ効率的なパンデミック対応ワクチンの生産が可能になる。
東京大学 医科学研究所ウイルス感染分野の河岡教授らは科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業及び日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)の革新的先端研究開発支援事業などの支援を得て、培養細胞で高い増殖能を有するウイルスの作出に成功しました。
培養細胞で高い増殖性を有するウイルスを作出した初めての例です。河岡教授が既に発表しているリバースジェネティクスの手法(図2)を用いて、インフルエンザウイルスの2種類の主要な抗原タンパク質を入れ換えるだけで、理論的にはどのような型のウイルスでも同様の方法で高増殖性ウイルスの作出が可能となります。
現在の季節性インフルエンザワクチンは受精卵(発育鶏卵)でウイルスを増殖させて製造していましたが、この製造過程で抗原変異が起こりワクチンの有効性が大きく低下することが知られていました。培養細胞でウイルスを増殖すると抗原変異が入る危険性が低減され、より有効なワクチンを製造することが可能になります。
しかし、大きな問題点として培養細胞ではウイルス増殖性が悪いという欠点がありました。その欠点を克服するウイルスを作出したという成果が今回の発表となります。この成果により製造過程での抗原変異が大きく軽減された高生産能の培養細胞でのワクチン製造が期待できます。
高病原性インフルエンザウイルスによるパンデミック対策として、国は迅速な製造が可能な培養細胞を用いて製造するパンデミックワクチンの備蓄に取り組んでいますが、その生産性の低さが大きな問題となっていました。今回の成果はその問題をも克服できるものです。
今回の成果は、従来の季節性インフルエンザワクチンに比べ高い有効性が期待でき、またパンデミック発生時には迅速かつ十分な量のワクチン供給が期待できるものです。本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学と共同で行ったものです。本研究成果は、2015年9月2日(イギリス時間)、英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本医療研究開発機構(AMED)(平成27年度以降)革新的先端研究開発支援事業、文部科学省 感染症研究国際ネットワーク推進プログラムなどの一環として得られました。
<発表内容>
① 研究の背景・先行研究における問題点
季節性インフルエンザワクチンは受精卵を用いてインフルエンザウイルスを増殖させて製造していますが、それは受精卵でのウイルスの増殖性が優れているからです。しかし、受精卵でインフルエンザウイルスを増殖させると主要な抗原であるヘマグルチニン(HA)に変異が入るため、実際の流行株と抗原性が異なることとなり、ワクチンの有効性が低下することが知られています。そのために製造中に抗原に変異の入らない方法として培養細胞でウイルスを増殖させワクチンを製造する方法が実用化されています。しかし、培養細胞ではウイルスの増殖性が悪く、迅速で十分な量のワクチン供給に制約が生じることになります。河岡教授らの成果はこの増殖性の低さを大きく改善するもので、培養細胞ワクチンの迅速な供給を可能にするものです。
② 研究内容(具体的な手法など詳細)
河岡教授らはリバースジェネティクス法注1)(図2)を世界に先駆けて開発し、インフルエンザウイルスに自由に変異を入れることができます。インフルエンザウイルスは8本の遺伝子を持っていますが(図1)、インフルエンザの研究で多用されるA/PuertoRico/8/34(H1N1型)の8本の遺伝子のうち、主要抗原であるHAとノイラミニダーゼ(NA)以外の6本の遺伝子(以下、PR8のバックボーンと称します)ごとにランダムに変異を、あるいは高増殖性を与えることが示唆されている変異を導入した遺伝子を作製し、リバースジェネティクス法を用いて多様なウイルスを人工的に作出しました(図2、図3)。そのウイルスを培養細胞ワクチン製造の際に繁用されるMDCK細胞注2)及びVero細胞注3)に感染させてウイルスを回収する操作を繰り返すことにより高い増殖性を示すウイルスを単離しました(図3)。最終的に3つの遺伝子のプロモーター領域注4)に変異を持ち、7カ所のタンパク質に変異の入った高増殖性を与える変異を同定しました(図4)。これらの変異を有するPR8のバックボーンを基に、新型ウイルスであるH5N1型やH7N9型、季節性ウイルスであるH1N1型やH3N2型のHAとNAを入れたウイルスを作製し、Vero細胞、MDCK細胞、受精卵で高い増殖性を示すことを確認しました(図5)。
③ 社会的意義・今後の予定など
本研究成果は今回同定した特定の変異を持つPR8バックボーンを使用することにより、多くの型のインフルエンザウイルスのHA、NAを持つ高増殖性ウイルスを短期間で作出することが可能となったことを意味しています。
このことは季節性インフルエンザワクチンとパンデミックインフルエンザワクチンの製造に大きなインパクトを与えます。
季節性インフルエンザワクチンは受精卵を用いて製造されていますが、その製造過程で抗原性に変異が入るため、ワクチン接種により抗インフルエンザ抗体ができたとしても、実際の流行株との反応性が減弱するためワクチンの有効性が低下します。変異の導入が最小限となる培養細胞で増殖したウイルスを用いてワクチンを製造することで、従来のワクチンより有効性の上昇が期待できることになります。
新型インフルエンザウイルスによるパンデミック対応は製造の迅速化や受精卵入手の制限回避を目的に、国が主導して培養細胞ワクチン製造が行われていますが、現状ではウイルスの増殖性の低さが原因で十分な供給量を確保できずワクチン製造会社は苦慮しています。今回の成果は迅速に十分量のワクチン供給を可能とする手段を与えるものです。
なお、季節性インフルエンザワクチンにはB型インフルエンザウイルスも含まれていますので、今後は同様の手法で高い増殖性を有するB型ウイルスの作出も行う予定です。
<参考図>
<用語解説>
- 注1) リバースジェネティクス法
- 8つ各インフルエンザウイルス遺伝子を発現するプラスミドと4つのインフルエンザウイルスタンパク質を発現するプラスミドを細胞に導入することで、感染性を持つウイルスを産生させる方法。プラスミドには自由に変異を導入することが可能であるため、人工的に変異を導入したウイルスを作出することができる。
- 注2) MDCK細胞
- イヌ腎臓上皮細胞株Madin-Darby kidney cellの略称。
- 注3) Vero細胞
- アフリカミドリザルの腎臓上皮細胞。
- 注4) プロモーター領域
- 遺伝子の転写を調節する領域で、タンパク質には翻訳されない領域。
<発表雑誌>
雑誌名 |
Nature Communications |
論文タイトル |
“Development of high-yield influenza A virus vaccine viruses” |
著者 |
河岡義裕 |
doi |
10.1038/ncomms9148 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
河岡 義裕(カワオカ ヨシヒロ)
東京大学 医科学研究所 感染・免疫部門ウイルス感染分野 教授
Tel:03-5449-5310
E-mail:
<AMED事業に関すること>
日本医療研究開発機構(AMED) 戦略推進部 医薬品研究課
革新的先端研究開発支援事業(インキュベートタイプ)担当
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-1
Tel:03-6870-2219 Fax:03-6870-2244
<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部
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Tel:03-6380-9130 Fax:03-3222-2066
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